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カラーレス・ブラッド(旧・未完)  作者: 岳
2章 : 出会い
19/35

18話 : イマザト駅前商店街(後編)

出汁(だし)の味は昔とあんまり変わってないんだな……麺はかなりアレだけど」


商店街のうどん屋の中、デンスケは鰹と昆布の合せ技ときつねうどんのあげの香ばしさに1本を取られていた。あまりの懐かしさと旨さに、先程のイラつきは既に遥か彼方へ消え去っていた。うどんのコシが弱く、味もそんなだが、オオサカのうどんは出汁で食べるからいいんだよ、と誰にか分からないが言い訳をしていた。


天ぷらうどんを頼んだアーテも同じように感激していた。天ぷらを一口食べる度に止まり、嬉しそうに何かを呟くとまた一口、そしてまた止まる、を繰り返していた。


「いや、猫舌ってだけじゃない?」


「違うって。みろ、あの目の輝きを。心石まで輝きそうだぞ」


「うわほんとだ。ていうかアーテちゃんの方が感激してるの?」


意外だわ、と言うカナにアーテは真剣な表情で答えた。


「おかしくありません。生きる―――すなわち食べることです」


食べることに一生懸命なアーテの様子に、カナは引きつった笑みを返した。


デンスケは特に何も言わなかった。アーテがスラム街で何を食べていたのか、触りだけ聞いていたからだ。産まれた時からどん底にいた者と、奈落に落とされた者の日々の辛さは同じではない。毒の耐性だけは付いたと思います、とアーテに笑顔で答えられたデンスケは、それ以上のことを尋ねる度胸はなかった。


「あ、ははは……あ、でもさっきはほんっとありがとね。あいつら、今日はやたらしつこかったし」


「今日は、って……いつもあんな風に絡まれてるのか?」


「毎日って訳じゃないけど、別に珍しくもないかな……ちょっとね。あの酔っ払ってた奴が、特にたちが悪くて」


酒癖と女癖が悪いだけでなく、素行もよろしいとは言えないらしい。それでもかなり貴重な色持ちのため、仲間達と組合からは重宝されていると、カナはため息混じりに言った。


「あいつの誘いをいつも社交辞令で済ませてたけど、それが癪に障ったようね。何もない時は、あたし一人でも躱せるんだけど」


「酔っ払うとタガが外れると」


その分だと、誰に何かを言われたか覚えていないだろう。酔っぱらい男に興味がなくなったデンスケは、飯がまずくなる話もなんだし、と話題を変えた。


「治癒方陣使いが重宝される理由が嫌というほど分かったぜ……なんだ、あのポーションの値段は」


予想外過ぎた、とデンスケは現実逃避を兼ねてうどんをすすった。切り傷、擦過傷を治せるレベル1のポーションでも1瓶で3万円。それなりに深い刺し傷、斬り傷を治すレベル2ともなれば10万円以上で、レベル3、4ともなると脳みそが記憶を拒否するほど高い値段が設定されていたからだ。


「需要と供給がちょっとね。昔、試しにレベル1と2のポーションを下げる試みがあったんだけど」


「その口調だと、うまくいかなかったようだな」


「そ。今でいう1階レベルの使い手が激増しちゃって」


昔の内容だけどね、と前置いてカナは語った。ポーション頼み戦闘しかできない、荒く未熟な戦技者ばかり増えたという。狩場では向こう見ずで、何も考えていない者から死んでいく。それが無くなった結果、低レベルかつ素行の悪い者ばかりが増え、治安も悪化の一途を辿ったことを。


「味の改良と一緒にやったのがね。昔はもっと不味い……というか、一滴飲むだけで吐きそうになるぐらい辛くて苦しい味だったって聞いてる」


それはけしからんだろ、と日本の薬剤師達が改良を加えた結果、子供でも飲める今のポーションになったという。そういう所はやっぱり日本だよな、とデンスケは経緯を聞いてニヤつく自分を抑えきれなかった。


「でも、不味いポーションってのも気になるな」


「あ、懲罰用にちょっと残してるらしいわよ。前にやらかした新人が鼻から激マズポーション流し込まれてたもの」


激しく痙攣した後、2日は目を覚まさなかったらしい。いや、それも飯が不味くなる話だよね、と再度話題を変えようとしたが、気がつけばデンスケの丼の中は空になっていた。アーテも同じようで、空の丼をじっと見たまま黙り込んでいた。そのまま見つめ続ければ湧いて出てくるのでは、と言わんばかりの凝視だった。


「そろそろ出るか……でも、おごってもらって良かったのか? 例の話も今日の所は要らんとか言うし」


「借りはすぐに返す主義だからね。そこら辺のバランスは重要よ?」


貸し借りは慎重に、がモットーらしい。それだけあの酔っぱらいが危険だったという事だが、デンスケは特に追求しなかった。


頼むわ、と伝えて店の外に出る。まだまだ人通りはいっぱいで、夜は始まったばかりと言わんばかりの人間があちこちに屯していた。


デンスケは勘定を済ませたカナに礼を言うと、武器や防具等の装備品が売っている店があれば教えて欲しいと言った。カナは少し悩んだ後、一見さん限定の店になるけど、と言いながら歩き始めた。


「ルイア、居る~?」


「居ねえわけねえだろバカ。なんだ、珍しいな」


店に入るなり、カナの呼びかけに答えたのは、黒いボサボサ頭の男だった。年の頃は20を少し過ぎたぐらいで、170cmほどしかないデンスケにとっては見上げるぐらいに大きい身体をしていた。


筋骨隆々な男はデンスケとアーテを見るなり、新人か、と呟いた。


「取り敢えずは店頭にあるものを見な。話はそれからだ」


「店頭に無いけど、欲しいものがあったら?」


「値段次第だ」


端的に答える鍛冶師らしい男の言葉に頷き、デンスケは店の中を歩き回った。片手剣、両手剣から斧といった重量物は当然のように、盾、小手、鎧という心石使いがあまり使わないようなものまであった。


試しに手に持ってみるが、使い手ではない一般人が鍛えてようやく振り回せる程度の重さだった。


(使えても予備程度か……何より重さがなぁ)


心石で変異した武器の最大の利点は持ち運びが不要なことだ。余計な重量物を抱えての移動は、身体能力が突出している使い手であっても疲労する。状況に応じて変異の種類を選べるのも、心石変異武具のメリットの1つだった。そして何より、自分の身体にあった重量バランスの武具を作れるのが大きかった。


デンスケにとっては、変異武具は必須だった。他の一般の使い手より、デンスケは肉体の動作の精密性を重視していた。自分のイメージした通りに、正確に、異常なほどの精度を求めなければ、出力で劣る相手を戦った時に一方的に蹂躙されかねない。


とはいえ、普通の武具が変異武具に勝る点もあった。代表的なものが、魔装具だ。表面に特殊な加工を加えた武器や防具に、心石の素を加工した金属で塗装し、心素をこめた装飾を施すことで出来るそれは、心素を流すだけで特定の方陣術の効果を得られるという。


デンスケもあまり見たことはなかった。あちらの世界で、何人かが専用武具として持っていたのを数度見ただけだ。


(方陣展開の時間をカットできるのは、かなーり効果的だけどなぁ……)


オレ心素量少ねーからあんまり意味無いし、とデンスケは魔装具を要らんもの扱いした。


「どーしたぁ。試しに手に取って見てもいいぞ」


「じゃあ……これで」


デンスケは壁に立てかけてあった片手剣を手に取ると、心石を起動した。そして心素で剣を覆いながら軽く剣を振ると、余波で風が巻き上がった。


これが、通常の武器を使うメリットの1つだ。心素で強化した武器の威力は、通常の変異武具を確実に上回ること。変異のイメージや、変異自体の技術を苦手とする者は、変異武具よりも心素強化を選ぶ。折れても破砕が起こる心配もなくなるため、普通の武具を使う者も決して少なくはなかった。


(とはいえ、高すぎるな。買う意味もあんまり無いし)


デンスケは変異だけで言えば、誰にも負けないぐらいに磨いてきた自負があった。武器はそれこそ、戦いに使えるものならいくらでも変異できるようにさせられた。だが、防具に関しては違った。


デンスケは剣を元に戻した後、やっぱり無いかと呟いた。


「あん? なんだ、何が欲しいんだ」


「仕込み鉄甲。金属じゃなくて、繊維に防刃素材かなんか組み込んだやつ」


あまりに重いと、生命線であるスピードが死ぬ。とはいえ、腕周りの傷は著しく戦闘能力を下げられる。なので、全面を金属で覆う手甲ではなく、それなりに軽量で切り傷や、害獣の牙を最低限防げるものが欲しい。


ずっとイメージしていたものを、デンスケは熱く語った。ちょっと憧れだった、とは口に出さなかったが、店長は何かを察すると、ニヤリと笑った。


「あるぜ―――アンタが笑顔になれるプレゼントが」


「ほっ、ホントっすか!?」


「嘘は言わねえ。で、アンちゃんの色は」


「……無色ッス」


「あー……分かった。より必要になるな」


「なにない? またルイアの病気が発症した?」


「職人のサガと言えサガと」


作りたくなった時が作る時だ素人めと、格好良い背中を魅せながらルイアなる漢は店の奥へと引っ込んでいった。カナが変わってないわね、とため息をついた。


「いや、良い職人さんだろ。何の文句があるんだよ」


「商品ってのは売れなきゃ意味ないの。ったく、なんだったかしら……チュウガクニネンセイ? が好きそうな武器とか防具とか、暇さえあれば作ってんのよ」


それで奥さんから怒られるらしいが、別の作品の創作意欲にも繋がるということで、最終的には黙認されたらしい。とことん愚痴られたわよ、とカナは疲れた顔になっていた。


「いや、やっぱりすげえ人だろ。夢と生活を両立してんだから」


「アンタねえ……ま、いいわ。アタシが口出す筋じゃないし。それより、アーテちゃんには? あの子こそ、装備が必要でしょうに」


「……あー、そうなんだけどな」


元気づける意味でも、というカナの提案にデンスケは言葉を濁した。


薬売りの魔女(デンスケ命名)の所から帰ってきた時、アーテの顔色が優れなかったことについてだ。デンスケは本人に聞いたが答えてもらえず、元凶に尋ねたがアンタの聞くことじゃないと言われ。それでも気分転換に、と食事を先に済ませることにしたのは、アーテを元気づけるためだった。


「とはいえ、武器の類を持たせる訳にもいかんしなあ。下手をしなくても屍と躯で小山ができそうだし」


「……え”? 心素量が多いのは聞いてたけど、そんなに?」


「出力の調整無しの全力ブッパだしな。それで全然バテてないあたりが理不尽だよな」


一撃目が悪かった、とデンスケは今日の戦闘について反省をしていた。よくよく考えてみれば、戦闘慣れしていない少女が直撃したら相手をずたずたのぐちゃぐちゃの挽き肉にする矢を狙って撃てる方がおかしいのだ。それも、一応の見た目は動物の姿をしている害獣に対して。


「ヒャッハー言いながら乱射されても困るしな。余波でまずオレが死ぬ」


「そ、そう……なら、防具とかどうなの?」


「障壁の硬度も半端ねーぞ。全力で張られたら普通に突破できん」


出力差って理不尽だよね、とデンスケは凹んでいた。覆せる手法はいくつも持ってはいるが、それはそれとしてゴリ押しできる程の出力と心素量を持っていることに対して、思う所が無い筈が無かった。


それから、とデンスケは小声で話した。下手な道具を買う方が逆効果になると。


人間、新しい道具を入手すると使いたくなるものだ。アーテの性格上、無闇に刃物を振り回したがるとも思えないが、まだ出会って数日といった仲で、100%大丈夫だと保証できるような自信もない。


万が一が起きる確率が少ない障壁を主として、戦場に出てもらうつもりだった。


「心構えとかな。あとは、基礎を磨くことに専念させる」


出力が大きい使い手は、基礎を固めるだけで一定の位階までたどり着ける。創意工夫を跳ね飛ばす、純粋な強さがあるからだ。


「そっか。堅実だけど、最善かもね……っと、どうやら来たみたいよ」


カナの言う通り、ルイアが注文の品を持って戻ってきた。デンスケは黒と白でデザインされた仕込み手甲を見るなり、少年のように目を輝かせた。


「付け方は簡単だ。初回だけ説明が―――」


デンスケが手を出すと、ルイアが装備の際の注意点を説明しながら、丁寧に両腕へ手甲を巻きつけていく。これでよし、言われたデンスケは、手甲が巻かれた腕をゆっくりと上げた。


「お………おおおおお!」


「へっ、どうだ坊主。気に入ったか?」


「それはもう!」


デンスケは軽く腕を振り回したが、手首の関節から指の関節まで、全く阻害されずに動くことを確認すると、感激のあまり言葉を失っていた。


「合金の鉄鎖入りだから、防御力もかなりあるぞ。一度、自分の心素をなじませればより効果的だ。あとは通常出力の余波の心素を受けるだけで、合金の硬度が跳ね上がる」


「……え、それは地味にすごくない?」


驚くカナを他所に、デンスケは興奮のあまり演舞をした。円を描く軌道で腕を回し、鋭く前に踏み込むと同時に両の掌を打ち放った。


強化されていないのに、どうしてか風が巻き起こった。カナは気づかなかったが、ルイアはやっぱりな、と頷いていた。


「―――術技も問題なし、と。マスター、これいくら?」


「あん? あー、いくらだっけか。切れっ端の寄せ集めだしな……」


ルイアはデンスケの顔をじっと見た後、よし、と頷いた。


「10万きっかりだ。見た所、サイズを調整する必要もなさそうだしな」


「……ちょうど、か。分かった、買わせてもらうよ」


ありがとう、とデンスケは告げた。アキラから託された金額とぴったりだったからだ。サイズもちょうどとなれば、まるで運命だ。そう考えたデンスケは、気がつけば礼を述べていた。


「今後ともご贔屓にってやつだ。売った俺が手前に礼を言われる筋合いはねえよ」


ルイアは無愛想に言うが、誰がどう見ても照れ隠しがゆえの態度だった。看破された事に気づいたルイアの目が細くなると、デンスケは慌てながら10万円を渡した。


「まいど。初回サービスだ、投げナイフも付けて置く」


「至れり尽くせりだな。あんがと、おっちゃん」


「どうしたしまし……っておい、手甲。装備したまま帰る気かよ」


「一刻も早くなじませたいんで」


デンスケは玩具を買った子供のようにはしゃいでいる―――すると、店の入り口の扉が開いた。


店主であるルイアは入ってきた人物を見るなり、呆れた顔になった。


デンスケは思わず同じ方向を見た。黒髪の長髪の女で、前髪まで無造作に伸ばしっぱなしにしているせいで、デンスケからは顔が見えなかった。身体にはボロボロになった青と白の防護服を纏っていて、腰には大小の刀が差してあるが、片方は鞘まで罅割れていた。ひと目見るだけで『何かに惨敗しました』というのが分かる様相だった。


「またアンタかい……どうやら、今回も失敗したみたいだな」


「………修理。研ぎ、お願い」


「接客中だよ、見て分からねえのか」


後で預かるから待ってろ、というルイアの言葉に女は返事もせず店の奥へ歩いていったかと思うと、壁に背を預けながらへたり込んだ。ルイアが舌打ちするも気にせず、女はただそこに座っていた。


風呂に入っていないのか、少し酸っぱい臭いがする。だが、デンスケはあちらの世界暮らし慣れていたし、アーテもスラムでの生活で慣れざるを得なかった。


カナとルイアだけが顔をしかめる中、ルイアは女を横目で見た後、カナに少し話があると言った。


「じゃ、先に出てるわ」


「悪いな、お客さん。5分ぐらいで済むからよ」


デンスケに連れられ、アーテが外に出た。ルイアは疲れた様子で、女を親指で指差しながら「どうにかしてくれないか」とカナに告げた。


「いや、いきなり言われてもね。そもそも、どういった人なの?」


「例の狼狩りだ。……先月にパーティが壊滅した」


小声で伝えられた内容を聞いて、カナはすぐに察した。1階でも中堅レベルの狩人では珍しい、女3人組みのチームが種別不明、脅威度不明の狼型害獣に襲われて1人だけ生き残った事件は組合の中でも噂になっていたからだ。生き残った刀使いが、仇の害獣を探し回っていることまで。


「んー、すぐにどうにかっていうのは難しいと思う。さっきちらっと見えたけど……目、かなりヤバいわ」


カナも小声で返した。あの空虚な目は、仇を殺す目的以外に働いていない。耳も同じで、この距離で噂をされていても興味を全く示さないことから、精神的に末期であることをカナは見抜いていた。恐らくは、そう遠くない内に無謀な真似をして死ぬだろう。それも戦いに生きる者の終わりの一つで、よくある光景だとカナは割り切っていた。


「……巻き込まれないように、か? その割にはやべえ奴と絡んでるじゃねえか」


「え、誰のこと? アーテちゃんなら、心配ないわよ。こっちが心配になるぐらいにいい子だし」


「違う、あのデンスケって奴だ」


あいつヤバイぞ、とルイアはカナに忠告した。


鍛冶師という職業柄、戦いに関わる多くの人間を見てきた。新人、ベテラン、チンピラ、義侠者、達人。その中で、一見普通な様子をしていながらも、どうしてかヤバイと感じた者のことをルイアは語った。


「覚悟してる奴は怖いぞ。人はどうしたって死ぬ、それを頭で考えずに自然体で受け入れてる奴の目だ。そもそも、近接戦闘の技術を独自にあれだけ磨いている時点でちょっと普通じゃない」


装飾による補助には見えない、流麗な動き。よほど鍛えたのだろう。つまりは身の毛がよだつ大型の獣と、息がかかる位置で殴りあい、斬り合いになること受け入れ、その道を進むことを選んだ証拠でもあると、ルイアは恐ろしげに語った。


現在は障壁を頼りにすることが前提の、安全重視での戦闘を行うスタイルが主流とされている。装飾頼みの武術を武器に、意識の半分は障壁に割くのだ。一瞬の隙が生死を分ける害獣との戦闘を日常的にこなすのであれば、どうしたって安全に偏らざるをえない。


日々の生活は漫画や物語ではない、1歩間違えれば死ぬような戦闘を毎日続けたいなんて思うのは狂人か求道者ぐらいだ。慎重策を取っても、不意の事故が起きて死ぬこともあるのだから。


「それを承知の上で、前に出て殴りあうのを良しとするってのは……なあ? しかも無色だぞ。薄い障壁で、洒落にならん」


言われてみれば、とカナは先ほどの喧嘩を思い出していた。へりくだってもいない、上からでもない、普通に注意をしただけ。まるで、それで喧嘩になっても仕方が無いと受け入れているかのようだった。相手は強い、それが分かっているのに。大怪我をするかもしれない、だというのに怯えはなかった。


「……いや、考えすぎでしょ。そんなんじゃないって」


「へえ? お前は何をもってそう思うんだ」


「だって、その……見た目とか、雰囲気とか。どう見ても普通だし」


「だから怖いんだよ。ありゃあスイッチが入れば変わるタイプだぜ」


覚悟を定めた者は、一度決めたことを貫く。誰がなんと言おうと自分のやり方を変えない。たとえ常識が立ち塞がろうと、そんなものは屁理屈だと吐き捨て、突っ走った先で好き勝手に笑うのだ。


「なにせ、俺がそうだしな」


「……最後の一言で、一気に警戒する気が失せたわ」


ルイアは肩をすくめながら、念のためだと小さく笑った。



「先入観だけを見て、気にしすぎるのもな。普通に接してりゃ、ただの気のいいアンちゃんだと思うぜ」

















「へー、ここが心石装具を売ってる……って、基本的なことを聞いて悪いんだけど」


「便利道具と思っておきなさい。食材を冷蔵保存できるし、お湯も出るわ」


ようするに家電か、とデンスケは頷いた。目の前にあるのは、心石の装具屋。ルイアの店を出た一行は、一般的な装具店に来ていた。


だが、デンスケは店頭に並んでいるもの―――心石の球が陳列されているのを見るなり、やっぱり家電とは違うな、と考えを変えた。


「電気で動いてるんじゃないし……あれだ、機能と箱を別々に分離してるんだな」


冷蔵庫だと外の箱と、冷蔵・冷凍の機能を持つ冷凍球が別々に売られている。箱は大きさやデザイン、材質で。球は調整機能や心素変換効率などで値段が異なっていた。


「つーか、この電気とかどうやってんだ? 発電所とか全滅したっぽいのに」


「心素を変換してんのよ。有志を集めて、ね。人によっては良い稼ぎになるらしいし、刑罰でも有期心素提供っていうのがあるから」


「犯罪者を資源として有効活用してるって訳だ」


中でも海沿いの市場の冷凍機能保持役は年中不足しているため、犯罪の程度によっては魚市場冷蔵終身刑になる者もいると、カナは低い声で忠告した。


「ものによっては長期間動くものもあるけどね。ただ、やっぱりお金がかかるし」


「でも、好きにカスタマイズできるのは面白いな」


反面、複雑な機構を持つ家電は作られなくなった。大量生産をする工場が無いからだ。大枚をはたいて機械を作成しても、はぐれの害獣1匹で全てが台無しになるリスクはあまりにも大きかった。


「何か、おすすめとかある?」


「んー、始水球とか? いつでも綺麗な飲み水が確保できるわよ。他は……すぐに必要なものは無いんじゃない? 集合住宅に入るなら、大体の所は揃ってるわよ」


デンスケ達は組合の仮宿を使用してはいるが、一ヶ月で強制退去になる。それまでに居住区の集合住宅の空き物件を見つけて、引っ越しするのが普通だった。


「……マンション、ねえ」


「言っておくけど、一軒家は高いわよ。1階の狩人ならローンなんて組んでくれないし」

「途中でおっ死なれたら回収できないもんな。おっ、結界効果のある装具もあんのか」


「範囲は狭いし、心素消費がバカ高だけどね」


「大丈夫だ、ウチには頼もしい心石エンジンが居る」


肩を叩かれたアーテは、何のことか分からずに首を傾げた。外道を見る目になったカナに、デンスケは冗談だと肩をすくめた。


「……そういえば、土地の値段とかどうなってんだ?」


「居住区内で、個人で持とうとしたら……坪単価で200万ぐらいかしら。場所によるけどね」


「うわっ、高……いのか?」


「ウメダやナンバよりはだいっっぶマシよ。家の値段はそんなに高くないしね」


木材は居住区外の森から定期的に頑丈なものが入ってくる。組み立てを行うのは大工の技術を持った心石使いが多く、異変前には出来なかった無茶かつ大胆な作業が出来るようになった影響で、組み立てにかかる時間やコストは劇的に下がった。


組合の建物があれだけ立派なのも、狩人が総動員で作業に参加したからだ、とカナは自慢げに語った。


「ふーん……ちなみに、居住区外は?」


「値段なんてつかないわよ。害獣がそこら中に彷徨いてる所で、頻繁に寝泊まりするバカなんて居る筈ないじゃない」


「ま、よって集って襲われたらひとたまりもないよな」


だが、とデンスケは色々と思索を巡らせながら、視線を個人の装具から業務用の所へ移していった。


「うわっ、変換効率いいな………持ち運べるサイズじゃないけど」


「値段も相応ね。ほら、こっちには用はないでしょ」


それからデンスケ達は装具屋を一通り見たあと、他の店も練り歩いた。


デンスケはまだその時ではないが、遠征するようになったらと思い、冒険者用の装具を色々見て回ったが、「世の中やっぱり金や」という現実を突きつけられるだけに終わった。

「何考えてるんだか……だから意味ないって言ったでしょうに」


「いや、成果はあったぞ。目標を確認できた」


第一目標まではそう遠くないな、と呟くデンスケをカナは胡乱な目で見た。


(やっぱり……変な奴だけど、普通じゃない)


ヤバイ奴だなんて思えない。そう呟きながら、カナは別れた。


―――1週間も経たない内に自分の考えが根底から改めさせられるようになるとは、欠片たりとも思わないまま。






「あー、楽しかったな」


「はい。……少し、寂しいですが」


デンスケとアーテは2人で夜道を歩いていた。人の賑わいから遠ざかった直後は、普段よりも寂しさと孤独感を感じる。灯りがあるとはいえ、どこかに無常観が漂うのだ。それでも、人の気配があるだけマシだと、デンスケは気にしないでずんずんと歩を進めていた、その時だった。


「あの……デンスケ、さん」


「ん? なんだ、アーテ」


「その……冒険者の道具ですけど。どうして見てたんですか?」


「え……ああ、そういや詳しくは言ってなかったか」


冒険者になるとは言っていたし、旅人になるのが目標だと告げていた。だが、何をするために成るのかについては説明していなかった。自分の説明不足に気づき、デンスケは改めて言葉にした。


「大阪府の、河内長野……と言っても分かんねえか。車で移動しても何時間もかかる距離に、オレの爺さんの墓があるんだよ」


300年で廃れて寂れて風化して、人間の気配さえ無くなった町。それでも、その場所には祖父の骨が眠っている。だからさ、とデンスケは言った。


「墓参りするんだ。剣と道具と弁当を持って、未開の地を抜ける。害獣はもちろん、怪獣だってでるかもしれない」


それでも、オレは行く―――約束を果たす。迷うことなく告げるデンスケの言葉に、アーテは驚きに目を丸くした。


「そんなに、遠くに……きっと、危ないのに」


「そうだろうけどな、アーテ。人生は常に二択だぞ」


自分がやりたいか、やりたくないか。その答えの後に付属するものは全部おまけだと、デンスケは笑いながら言った。


「オレはやる。どうしてって、オレがやりたいからだ。道中の危険も楽しむ。それだけ、やり甲斐があるってことだからな」


退くことを考えていない目だった。まるで、帰る場所がなくなったような。そう思ったアーテは、問いかけずにはいられなかった。


「家族とか、居ないんですか?」


「居ない。血縁も。帰る家さえも―――」


残っているのは、あちらの世界で培った縁と絆と約束だけだ。そして、鍛えた力と受け継いだ想いと。それ以外のものは何もかも無くしちまったと、デンスケは事実だけを並べるように話した。


「アーテは、レッドランに居ないのか? 親戚とか、知り合いとか」


「……親戚は居ません。ですが、友達は居ました」


それでも帰る気がないのは、どうしてでしょう。アーテは胸の前で小さな手を握りしめながら、震える身体のまま自分の胸の内を吐露した。


「ですが、ぜんぶ真っ赤に染まりました……今更戻ったとして、居場所はありません」


「そんな事はないだろ。抱きしめられて、慰めてくれる人は大勢いる」


「それでも、私はやりたい事があるんです―――パパとママが、楽しそうに語っていた夢を叶えたい」


いえ、とアーテは首を横に振った。きっと、受け売りや誰かのためという訳でもなくて、と悩みながら。


「……そっか。手助けが欲しいなら言ってくれな。あと、旅には流石につれていかないから」


「え……な、なんでですか?」


「危ないから」


ほら、とデンスケは今日の戦闘の時のように、アーテの前で屈んだ。


「今日一日の戦闘だけでコレだ。今にも眠りそうな目だぞ」


「そんな……ことは」


「いいから」


デンスケは強引にアーテを抱えると、背負った。アーテは最初は不満そうにしていたが、10秒も経つとデンスケの耳元をアーテの寝息がくすぐっていた。


体力と精神を消耗したからだろう。もっと体力をつけて、図太くならなきゃなとデンスケは冗談混じりに笑った。



「思った通り……いや、それ以上に強情な子だな」



そして儚くも、強い。素質に性格に、さぞ欲しがる奴も多いだろうとデンスケはため息をついた。



結局の所、最後に選ぶのはこの子自身なんだろうなと、近い内に来るであろう選択の時の足音を近くに感じながら。






●ちょっと一言


・出汁は流石に300年前よりは品質が落ちているらしい。

 デンスケは食べるのが久しぶりすぎて気づかなかったけど。


・心石装具も異世界産の技術とのこと。

 職人たちが知識と工夫と好奇心を素材に魔改造した結果、

 異世界の人達は「あいつらやっぱヤベエ」になったとか。

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