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カラーレス・ブラッド(旧・未完)  作者: 岳
2章 : 出会い
18/35

17話 : イマザト駅前商店街(前編)

市場は物資の流れに沿って出来るもの。居住可能な区域が限られている上、移動と治安のコストが異変前の比ではないぐらいに高くなったオオサカで、商店が店舗を出せる場所は限られてくるものだ。


「だからこそ、ここ第7地区のイマザト駅前は色々と賑わっている訳よ。どうしてだか分かるかね、アーテちゃん?」


組合の受付嬢の制服を着たままのカナの質問に対し、アーテは少し考えた後に首を横に振った。デンスケも分からないと答えると、カナは自慢げに語り始めた。


「答えは、ヒガシオオサカと線路1本で繋がってるから! 線路自体は、異変前からあったキンテツ線を利用したみたいだけどね」


武器防具、心石装具、魔装具に強化用の各素材など、生産職の聖地となったヒガシオオサカから貨物が届けられるのがここイマザトであり、少し西にあるツルハシだとカナは教師のように語った。


言葉の通り、イマザト駅前は大規模な商店が立ち並んで居て、夜の暗さが人の賑わいと店の灯りで照らされていた。一般人も含めて、日中の居住区が嘘のように人のざわめきが響いている。デンスケとアーテはお上りさん丸出しの様子で、あちこちに視線を奪われていた。


「でも、良かったのか? そりゃあオレ達はここいらのことは何も知らないし、案内してくれるのはすっげえ助かるんだけど」


「いーのいーの。タイムカードを打刻し終えたからには、敏腕受付嬢の仕事も終了。巷で人気の、市井のいち美女に戻らざるを得ないので!」


明るい声でカナが言うと、デンスケはそうっすね、と頷いた。返事をする裏で、デンスケはカナが突然近づいてきた時のことを思い出していた。初仕事が終わった後、組合の1階でアーテと2人で話して居る所を話しかけられたのだ。


実戦を経験した新人戦技者のサポートする役目を負っていると言われ、そういうアフターサービスもあるのか、とデンスケは案内を頼んだが、ひょっとしなくても嘘なんじゃないかと思い始めていた。


「……あによ。助かるのは事実でしょ? それに、私にとっても打算あってのことだから」


「自分からバラすのかよ」


「余計な警戒と恨みは買いたくないのよねー。何の得にもなんないじゃん。私が知りたいのはあなた達、特にそこの可愛い女の子のこと。あとは、スクールでの事件とか?」


「あー……それじゃ、成功報酬で頼む。ちゃんと案内してくれたら、可能な範囲で話せることは話すってことで」


「交渉成立! じゃ、まずは狩人必須の薬品類の店に行くとしますか。上級狩人の信頼厚い、腕利きのばーちゃんがやってる凄い店なんだよ!」


先導するカナの後を、2人はついていった。道中では知り合いだろうか、カナは何人もの相手と軽い挨拶を受けては交わしていた。軽い足取りで、人通りの多い商店街を歩く。途中でデンスケは飲食店を見つけ、そこに記された金額に目を丸くした。


「うわっ、高っ!」


「……でも、天然もの、書いてます」


焼き魚定食が八千円と書かれているのを見たデンスケが、引きつった顔になった。直後に、ハッした表情で看板を見た。


「魚屋・イテグモ……ちょっ、待てよ、魚ァ!? このオオサカで捕れんのか!?」


「ん? 当たり前じゃん、オオサカ湾で今日も今日とて漁やってるよー。第15地区の海岸近くのダンジョンでも収穫できるし、キョウトからは鯖だって届く」


証明するかのように、魚の焼ける香ばしい匂いが2人の鼻をくすぐった。思わずと、2人の喉がごくりと鳴った。


「た、食べたい……いや、でも流石にこれは……」


「だ、ダメ、です。今日の稼ぎ、足りません」


初仕事で狩れた害獣は20匹。心石持ちの特別個体はいなかったため、金額にして一万円程度にしかならなかった。2人で定食を食べると一万六千円と、完全に足が出てしまう。


500万円の貯蓄があるにはあるが、ここで浪費していい金ではない。事前に金額を使うプランについて簡単な説明を受けていたアーテは、デンスケの裾を掴んで欲望に勝てるよう説得した。


「あははは、叱られてやんの。普通逆じゃない? ま、先に食事を済ませるのも一つの手だけど」


「……いや、すまん。案内を頼む」


楽しみは後で取っておくタイプのデンスケは、用事を先に済ませることを選んだ。了解、とカナは小さく笑いながら商店街の奥へ、駅がある方向へ進んでいく。


そこでデンスケは、道行く人々の顔ぶれが変わったことに気づいた。気がつけば、周囲にはごつい体格をした者や、いかにもな武器を持っている者ばかりになっていた。


「おや、気づいたようだね? その通り、狩人(ハンター)探索者(シーカー)相手の店は、こうして区分けされてんの」


「ふーん……そういうもんか。確かに、買い物客にとっちゃ便利だけど」


武具の類は大荷物になるだろう。それを抱えたまま、あちこち行かなくて済むということだ。それはそうとして、駅に近づくにつれて戦技者の質も上がっているような気がする。呟いたデンスケの言葉に、カナは驚いた様子で答えた。


「ほんとに目ざといね? アタリだよ。ここいらの人達は、駅周辺の治安維持役としても期待されてるから」


特に駅、貨物列車、線路の保護を最優先として、それらに害を成す犯罪者やはぐれの害獣を即行で狩り取る手練が集まっている。説明を受けたデンスケは、そういうことかと頷いた。


「この世界って、移動コストがバカ高いんだよな……ちなみにだけど、車の塗装に使われてるものって」


「そりゃもう、害獣避けの仕組みがふんだん満タンこれでもか、ってぐらいにね? その分値段はお察しだけど、直接身体に塗りたくる訳にもいかないから」


「あー、人体には有毒なのか」


「使い手なら気合入れて頑張れば大丈夫らしいけど。肌に直接、っていうのは絶対に止めた方がいいって話よ」


車が高くなる訳だ、とデンスケは頷いていた。それでも必要とされるぐらいには、使い勝手が良いことにも気がついていた。今日の仕事でもそうだったが、居住区外を無防備で彷徨いていれば害獣の群れに出くわすことがある。その危険性を回避しつつ、大人数で目的のポイントまで体力の消費無く移動できる車は、チームとして必須のアイテムのように思えた。


(自分たちで狩りの時間を調整できるのも、な。無理をする必要もなくなる)


狩りのペースを自分たちで決められるのは大きい。引き際を見誤ったのだろう、同じ狩りに参加した新人の2人の内の1人のように、帰らぬ人にならなくて済むのだから。


「……ま、人それぞれの色々だね。そろそろ到着するよ―――ほら、あそこ!」


案内された先は中心部より少し離れていて、人通りも少ない場所。そこには、無人の掘っ建て小屋がぽつんと立っていた。


デンスケはにっこりと笑って、カナを見た。


「冗談はそのデカい尻だけにしとけよコラ……」


「あ”?」


途端に渦巻く修羅場の嵐。おろおろとした様子で2人を見るアーテだが、2人は無視してにらみ合いを始めた。


「これのどこが立派な薬屋だぁ……? 廃屋どころじゃねえ、ぶっ壊れた窓から向こうが透けて見えてんゾ?」


ボロにも程がある木造建築()()()ものを指さし、デンスケは無色だからと舐めてんじゃねーぞ、と呟いた。夜のそよ風が、建物の前から後ろへ抜けていった。


「こーれーだーかーらー素人は。いいから黙って見てなさいよ」


カナは家の前まで行くと、懐から心石を取り出した。石の表面に、淡い黄色の輝きが浮かび上がる。


気がつけば、デンスケ達は薬屋の中に居た。内装は古ぼけているが味がある、整理整頓も行き届いている、何より棚に並んでいる瓶と中に入っている液体が美しく、見てるだけで購買意欲がそそられる。


目を奪われていたデンスケが正気に戻ると、そこには顎を上げて親指でくいと自分を指す女が居た。デンスケはゆっくりと頭を下げた。謝罪と、女らしくない仕草を見てしまった申し訳なさのあまり。


「おや、お客さんかい」


デンスケは、ワンテンポ遅れた接客をする声の主を見た。そこには、古ぼけたローブを身に纏い、年季ものの大釜に入った液体を、使い込まれた長い木の棒でかき回している老婆の姿があった。デンスケは思わず小さく頭を下げた。いかにもな雰囲気もそうだが、どことなく祖父と似た雰囲気を感じたからだ。老婆は柔らかく微笑みながら、デンスケに告げた。


「ちっ、なんだい無色かい。おとといきな」


沈黙が流れる。その後、デンスケはゆっくりと俯き目を閉じた。不意打ちに揺れた心から、涙が溢れ落ちないように。


「ちょちょちょちょ! 待ってよおばちゃん、ちょっといきなり過ぎるんじゃない!?」


「やかましいわい。明日も知れない身だってのに、今更あのろくでなしの旦那を思い出させるんじゃないよ」


その後、カナはミロという名前の老婆から話を聞いた。死んだ亭主が無色で、戦闘能力は皆無だったが口が上手く、見栄えも良く洒落者だったとうことで世の中を上手く渡っていたらしい。主に、褒め言葉に弱い女を桟橋にして。


「そっちの子も、誑かされたんだろう?」


「え? わ、わたしは」


「―――いや。ちょっと待ちなカナ、この子は」


「お察しの通り、“白”ですよ」


カナの言葉を聞いたミロは、小さくため息をついた。よりにもよってこの時期に、という呟きと共に木の棒から手を離すと、デンスケ達からは見えない店の奥へと入っていった。


「……つーか、どうやってアーテの色を知ったんだ?」


「普通に書類に書かれてるわよ? 受付なら、担当した狩人の心石ぐらい把握しておかないと」


色々な意味でね、とウインクするカナにデンスケはそういうことかと頷いた。


そうしている内に、ミロが戻ってきた。鋭い視線をアーテに向けた後、デンスケとカナの2人を見ながら告げた。


「悪いけど、少しの間この子と2人にしておくれ」


「いきなりなんだよ……どういった理由か聞かせて欲しいんだが」


「アンタには言えないね。……差別してるんじゃないよ。今後、この子にとって大事なことを教えるだけさね」


ミロの声と眼差しを見たデンスケは、嫌な顔をしながらもカナに視線で促した。カナの心石が輝いた後、二人は廃屋の前に戻されていた。


「……すげえな。これ、固有領域の応用か?」


障壁を展開できる範囲は、固有領域(パーソナルスペース)とも呼ばれている。普通は自分から2m程度しか領域として認識できないが、人によっては考えられないぐらい広い範囲に展開できる者もいる。領域の中で術者はかなりのアドバンテージを得られるのだが、まさか空間を拡張しつつ自由にいじくれるとは、デンスケは夢にも思っていなかった。


「250年続いた老舗だからできるんだよ。ここは私が受け継いだ私の城だ、って何代も想い続けてきたからこそ、あそこまでになったんだ」


「ふーん……それだけ強い誇りと自負があるってことか」


心石の効力は人によって異なる。かなり曖昧(ファジー)なものだが、強く想う、念じることが一つの鍵になることは広く認識されていた。その上でデンスケは、どれほど強い想いが蓄積されてきたのか想像もつかないな、と年月の重みのようなものを感じていた。


アーテを置いて問題ないと判断した理由の一つだった。これだけの店を持つ長が早々、年端も行かない女の子を害するような不用意はしないという信用があったからだ。


「ま、誰もがこの空間を持ってなきゃいけない、ってもんでもないけどね。結局の所は腕と技量と愛想だよ、デンちゃん」


「そうだな。代替できるものがあれば、無理に使う必要もないし」


『使われない技術は廃れるものだ。あちらの世界で使われていない理由が分かったな』


(ああ、あの怪物どもは大きすぎるもんな)


怪物は総じて巨体、固有領域内にすっぽりと収められるものではないのだ。領域改変とも呼ぶべき技術は驚異的だが、怪物との戦闘では役に立たず、店も何もない、というよりは建物に思い入れを持てないあちらの世界の戦闘時においてはあまり役に立たない技術とも言えた。


『例外はお主だけだな。心石の糸による方陣の繭、あれも一種の領域改変だろう?』


(……言われてみれば、そうだな)


先の草食怪獣に使った切り札のひとつ、方陣展開浸透術法。名前を『一心一徹無二一閃』という。無色の方陣で包み自分の世界の中に相手を引き込む技で、その中でデンスケはいくつかの法則を無視し、1度だけの斬撃を放つことが出来る。こちらも万能とは程遠いが、固有領域の改変に似ているといえば似ていた。


『反動でほぼ100%心石破砕が起きるあたりは、似ても似つかないが……まだ完治はせんか?』


(そんなすぐには無理だ。あと一週間はかかりそうだな)


デンスケは答えながら、道行く狩人を遠い目で見ていた。今の状態でまともにやりあったら、この中の8割に負ける自信があるな、と自嘲して。


「急に黙り込んで……どうしたの? またデリカシーのない言葉でも考えてるとか。言っとくけど、軽々とああいうのは口にしないでよね。親しい相手ならともかく、見てる人は見てるんだから」


「すんませんね。ちょっと、イラっときたもんで」


「なにを……ああ、ひょっとして無色がどうのこうのって? あ、図星かぁ。ちょっと耳赤くなってるし」


「うっせ」


ぶっきらぼうに言い捨てるデンスケに、カナは下らないことだと言った。


「どーせ最初のクエストの途中で、新人未満ちゃんに何か言われたんでしょ? ああいうのは、ほっときなさいよ。見下す言葉ってのは自分に自信がないから出てくんの」


付き合うだけバカらしい、とカナは吐き捨てた。


「どんな色であれ、強い人は強いものよ。強いからって信頼が得られるとも限らないけど」


「落ちをつけるなよ。ま、確かに監督役だった赤髪の強い女は拘ってなかったな」


「赤髪って……ああ、エイミのこと? って、呼び捨てじゃなくて敬称つけなさいよ……仮にも現区長の妹よ?」


2階に上がりたての上級狩人だが、その成長速度から、将来をかなり注目されているという。デンスケはあの可愛いもの好き(言葉を選んだ)が、と意外そうな顔をした。その表情からカナはあー、という顔で色々と察した。


「ひょっとしてだけど、あの子ってばアーテちゃんに反応した?」


「かなりアレなレベルで。他の奴らが気づいてたかは微妙だが」


「あー、もう……ここだけの話にしておいてね。まーた区長の雷が落ちかねないし」


比喩なのか、物理的なのかどちらだろう。そう考えているデンスケと小さなため息をついているカナに、注意を向けた者が居た。


通りすがりらしい男4人、女1人の計5人のチームだった。見るからに酔っ払っている様子で、ニヤつきながらカナに近づくと、アルコールの臭いを撒き散らしながら絡み始めた。


「おやおやぁ? これはこれは、最近になって1階に落とされたカナちゃんじゃないですか」


「……お久しぶりですね、若手のホープさん」


デンスケは、カナの態度が急変したことに気づいた。何か因縁のある相手なのだろう。そして、話しかけてきた者達の力量をそれとなく探ると、小さなため息をついた。


(ホープという評価は偽り無しか……ちょっと、きついかな)


『巻き込まれるようなら、逃げる手もありだが』


カナ側に絡まれる理由があればそれも、と考えていたデンスケだが、話を聞いていると違うようだった。カナは1階の受付嬢が少なく、人材も乏しいからと上司に命じられてヘルプをしていただけだという。新人が育つまでの教育係とかなんとか。だが、それを自称ホープは都落ちと勝手に解釈しているようだった。


悲しいすれ違いだが、カナが自分の仕事に自負を持っているのが不幸だった。流せばいい所を、頑なに認めようとしない。すると最初の内はちょっかいをかけるのが目的だったらしい男達は、良くない方向へ態度と口調を変えていった。


まずいな、とデンスケは呟いた。何をしているかは分からないが、今すぐにでもアーテが戻ってきてもおかしくないからだ。万が一があれば、アーテを守りながらこの酔っ払いを相手にするハメになる。そう判断したデンスケは、問題の早期解決のために動いた。


「そこいらにしといた方がいいんじゃないの、ホープさん」


「……あぁ? 俺に言ってんのか、てめえ」


「他に誰がいるよ。酔っ払いがクダを巻くのは子供の教育によろしくないから」


言葉が終わる前に男から拳が飛んできた。予備動作もくそもない荒い大振りだったため、デンスケはなんなく避けると、会話を続けようとした。


「いきなり何すんだよ。ともあれ、ろくな事にならないからここいらでお開きに」


「ならねえよ。誰だテメエ、俺たちが誰だか知ってんのか?」


「いや、全く。成り立ての新人なので」


悲しいかな常識さえも勉強中だというのに、ちょっと有名だとはいえ狩人の一人一人を把握なんてできるはずもない。そう思ってのデンスケの答えに、男はいたく感激したように顔を真っ赤にして大声を上げた。


「てっめ……1階のクサレ木っ端ごときが俺に意見すんのか、しやがんのか、おぉ?!」


「なんなんスかこの人」


普通に話してるだけなのにキレ散らかす男に、デンスケは若干引いていた。他のメンバーらしい男達に視線を向け――既に男一人と女一人はどこかに行っていた―――デンスケはそこで気づいた。


「こいつもバカだけど、でしゃばる方が、ね?」


「そう無茶はしないと思うから。流石に心石は起動してないし」


残りの二人の男は優しい顔だったが、我慢しろという口調でしかものを言わない。デンスケは男達と、怒っている男の目を見て色々と察した。自分が、普通の人間として見られていないことなど。こういうのが普通なのかと尋ねようとしたデンスケはカナへ視線を向けたが、カナの視線が追う先と表情に気づくと、一歩大きく横へ跳び退いた。


暴風のような蹴りが、デンスケの頭があった位置を薙いだ。


「っ! んの、避けんなやコラァ!」


「いや側頭部狙うなよ、殺す気か」


「へっ、この程度でびびってんのかぁ?」


ドン引きしているデンスケの態度を弱腰と見たのか、酔っ払いが追撃を仕掛けようとした。その懐の心石には、淡い光が漏れつつあった。流石にそれはまずい、と男達が止めに入ろうとした時に、別方向から声が()()()()


「―――動くな」


力が入っていない、たった一言。その言葉だけでピシリと空気が硬直した。比喩ではなく、物理的に。デンスケは動けなくなっていたことに気づいた。男達も同じなようで、背筋を伸ばしたまま硬直していた。やがてゆっくりと、物理的に場を収めた声の主は酔っ払いの男に軽い一撃を加えた。


無防備に顎を打たれた男が、膝から崩れ落ちる。その後、小さなため息と共に男は集まった面々を見回しながら告げた。


「駅近くで揉め事を起こすな。常識だろうに、ったく」


「あ……アンタは、まさか」


有名なのだろう、と勝手にデンスケは確信していた。青く短い髪に、整った容貌。立ち居振る舞いもそうだが、何より身にまとう雰囲気と何気ない動作が、男が手練であることを示していた。


「俺の事はどうでもいい―――喧嘩は終わりだ、いいな?」


仕掛けた方は、と男は酔っ払いとその仲間の方に視線を向けた。


「お前らだな。組合には自分から報告しろ」


「は、はい!」


男達は思わずといった様子で直立不動になると、大声で返事をした。


「それじゃ、カナちゃんも気をつけて。一人歩きは止めなよ?」


「……はい。ありがとうございます、タツマさん」


タツマと呼ばれた青い男は笑顔で頷いた後、歩いて去っていった。デンスケは何なんだ、と思いつつもとりあえずは喧嘩が終わったことにホッとしていた。


タツマから注意を受けた男達は「やっちまった」と呟き、明日は飯抜きかなあと落ち込んでいた。元凶である気絶している男を恨めしく睨みながら軽く数初の蹴りを入れると、二人がかりで担ぎ上げた。


「じゃ、俺らはこれで。何かとすまんかったな」


「悪かった。それじゃ、カナさんと……そっちのやつも」


男達は軽く手を上げて謝罪をしながら、去っていった。デンスケはその背中を見送った後、小さなため息をついた。


「ありがとう、助かったわ……ってどうしたの?」


「いや? ちょっと、自分の立ち位置を思い知らされただけだ」


身につけている装備か、こちらの容貌か。あるいは、新人ていどという嘲りだろうか。どのような理由にせよ、2階の狩人達にとって今の自分は見る価値もないし、構う価値もないということだろう。謝罪をしたつもりになっている男達の態度も含めて、今の自分はこの程度なんだな、とデンスケは小さく頷いていた。


(――イラつくけど、腹を立てるよりは建設的に動こう。この喧嘩の仕掛け人も近くに居るようだし、な)


デンスケはこちらを影から伺っている者達の気配を感じ、これを元凶と断じた。恐らくはカナと彼らの仲を知っていた者の仕業だろう。ちょうど良いと男達にカナの居場所を教え、自分を巻き込んだと思われた。


『狙いは恐らく威力偵察か、あるいは――』


(いや、もう分かった。奴さん、完全にこっちを舐めきってるぜ)



近い内に仕掛けてくる。そう確信したデンスケは、最低限の装備は整えておくか、と目の前に立ち並んでいる武具の店をじっと眺めていた。



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