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カラーレス・ブラッド(旧・未完)  作者: 岳
2章 : 出会い
17/35

16話 : 初めての仕事と

「……それでも、ちょっと経験積んだ奴に狙われるとヤバイんだけどな」


「え?」


「こっちの話だ」


組合に手配された宿の中で、デンスケはボロいテーブルを挟んでアーテと差し向かいで話していた。テーブルの上にはケーキと、売店で買った水が並んでいた。


「それでは、これより第一回ケーキ会議を始める。議長はオレ、書紀はこの不思議棒人間だ」


『ジャッカスという。よろしくな、小娘』


「………え? な、なんですか、この人……え、人?」


「世にも不可思議な知恵袋だ。妖精か妖怪のようなものと思っておけばいい」


デンスケの言葉を聞きながら、アーテはジャッカスを見た。


3秒たった後、うん、と小さく頷いたその目は乾いていた。


それよりも、とデンスケはアーテに尋ねた。


「アーテ、一応だが聞いておきたいんだけど……お前、異世界の出だよな? なんだったか、レッドランかブルールかグリンティアの」


「……はい。レッドランの、王都に住んでいました」


「過去形、ということは……」


「死にました。パパ、ママも、2ヶ月前に……」


経緯を聞いたデンスケは、顔をしかめた。


アーテの両親は商店を経営していたという。小さくもないが大きくもない、それなりに裕福な日々を家族と、家族のようだった店員と平和な生活を送っていた。


何もかもが覆ったのは、3ヶ月前のこと。それまでは懇意にしていた大きな商店が、急にアーテの家の商売の妨害をし始めた。


何とか奮闘するも、敢え無く商店は絶体絶命の危機に。そこで、アーテは奇妙な男が家にやってくるのを目撃したという。


「あれほど怒ったパパとママを見たのは、始めてでした……」


何か条件を提示されたらしいが、アーテの両親は激昂して客を追い返したという。そして、運命の夜が訪れた。アーテは俯きながら、震える声で説明をした。気がつけば、全てが終わっていたことを。


「裏切り者、というパパの言葉を聞きました。たおれた、ママの姿も……」


「……そうか」


「パパも、黒い服の男に……わたしは、気を失って……」


気がつけば、こちらの世界の外街に居たと、アーテは震える声で説明した。


外街とは、居住区から逃げ出した罪人や、心石登録を剥奪されてなお心石を使って生活する者達が集まる、居住区外にある集落のようなもの。梅田に近いという外街で、アーテは震えながらも何とか日々を凌いでいたという。


そこから助け出されたのは、あの騒動があった2日前のこと。アーテは父の知り合いだと名乗った男に保護されるも、嫌な予感を覚えて逃げ出したと語った。


「……え、それだけで?」


「はい……でも、この時しかないとおもって」


それから逃げて、逃げて、逃げ続けた先にあの騒動に出くわした。近くに居たミコトに出会い、突然の怪獣の出現に怯えていた所を、アキラに助けられたと涙ながらに語った。


「……どうして、お前が泣く?」


「だって……わたしのせいで、アキラさんは」


「ああ、アキラはお前達を庇って死んだ。それは間違いない。でも、それがアイツの選択だったんだ」


謝ってくれるなよ、とデンスケは言った。


「あいつは自分で心石使いになることを選んだ。戦うことを受け入れた。そしたらもう、そこから後は全てアイツの責任だ。誰かを見捨てて生き延びるも、誰かを守って死ぬことも」


人とは異なる、戦う力を持った者の死に方は大別して2つだ。生き延びるか、誇りに殉じるか。生死はあくまで結果であり、全てではない。デンスケはそう語り、アーテに問いかけた。


「助けられたこと、迷惑に思ってるか?」


「違います! ありえません、そんな……!」


「だったら、誇ってくれ。そして、覚えておいてくれ。命を投げ出して自分の誇りに殉じた、格好良い男が居たことを」


辛気臭い花は手向けにならないと、デンスケは告げた。悪いことをしたんじゃないんだから、と訴えかけるように。アーテは、言葉を咀嚼した後に、涙を拭きながら頷いた。


「辛いことを話させてゴメンな……取り敢えずはケーキを食べるか」


「……はい」


2人は黙々とケーキを食べ始めた。1つ一万円という、かつての世界を思うと法外な値段だが、必要なものだったとデンスケは信じていた。


「旨ええぇええ……なんか頭ん中で変革が起きてるよこれ、キテるキテます。え、こぼれちゃったりしてない? 俺の脳みそ無事?」


『おお、もう……あちらの食事が粗末過ぎたせいか、社会的に見られたらダメな顔になってるぞ。しかし美味そうだな、一口食べていいか?』


「命と引き換えにするなら」


こわやっ、と呟くジャッカスの横でデンスケはひたすら食べ続けた。アーテは、しっかりと味わいながらもくもくとケーキを食べていた。


その両目には、うっすらと涙が浮かんでいた。言葉もなく、無言で小さく頷いている様子を見ると、感動で言葉もないようだった。そうして食べ終わった後、2人は無言で手を合わせた。沈黙したまま、10秒。ケーキ様に感謝を捧げたデンスケは、心石に関する授業を始めた。


「心石の扱いに関して、誰かから教えを受けたことは?」


「ない、です。両親は心石と契約していましたが、教えてもらったことは一度も……」


だろうな、とデンスケは頷いた。自己申告だが、年齢から言えば小学生のアーテに戦い方を教えるのは行き過ぎている。良い両親だったんだろうな、と思いながらもデンスケは教えざるを得ない状況を呪った。


(それでも、資質は一級品だ。色もそうだけど、本人のやる気も)


デンスケは興奮する測定員から聞かされた。白という色は、貴重な色であることを。光の三原色を合わせることで生まれる、複合色の1つ。水色を帯びているとはいえ様々な種類の方陣を効率よく扱える、いわゆる“アタリ”の色の1つだと。特に治癒の方陣術をロスなく扱えるのが大きいらしい。


『それに、エリルのあの方陣も使えるかもしれんな』


「え……空羅・天元時空裂波さいしゅうへいきそのいちはやめとこうぜ。どう考えても死人が出る」


『組合ごと消し飛ぶわ。別口だ、方向性が違う』


ジャッカスの言葉に、デンスケは成程と頷いた。


―――エリルから託された方陣は、自分にとってのアドバンテージだ。まだ確証は得られないが、あの世界が未来としたらエリルの方陣術は最先端、経験と改良が加えられた高度なものになる。


とはいえ、簡単に行使できれば苦労はしない。目敏い者が見れば、出どころを問い詰められるだろう。少なくとも、秘密裏に練習ができる場所を確保するまでは使えないだろうな、とデンスケは考えていた。


「それよりも、身の安全を確保する必要があるんだけどな」


「……え?」


「追手じゃなくてな。多分、そっちはもう解決済みだし」


処置した、と断言するからにはそうなのだろう。知らない内に世界を移動していたこと、式典の護衛が少なかったこと、恐らくはお偉いさんが来ていただろうに、大きな事件として周知されていないこと。


総合するときな臭いにも程があるが、だからこそ中央府との関連が深いであろうミコトの言葉は真実だと思われた。


「だから問題となるのは、資質の方。囲い込み……取り込みに青田刈り、なんでもいいけど」


デンスケはきっぱりととアーテに伝えた。今後、複数の集団から身柄を狙われる可能性が高いことを。


「え……わ、わたしが? ど、どうしてなんですか」


『お前が貴重な資質持ちだからだ。隣に居るのが無色の雑魚なら、別にオレでも―――と考えるバカが必ず出てくる』


リキヤは無名、あるいはうだつの上がらない、未熟な使い手どうしの諍いについて、全ては取り締まれないと言っていた。強引な勧誘もその1つだろう。相手の意見を聞かず、自分の思い通りに世界を回したがる人間は場所時間時期を問わずどこにでも存在すると、ジャッカスは気取ったポーズで告げた。


『悪い話ではあるまい。将来性があるチーム……徒党に保護されれば、もっと良い暮らしができるぞ?』


「……いえ。お断りします」


「どうしてだ? いや、別にそうしろと言っている訳じゃないが」


「力、ある人が頼れる、限りません。パパ言ってました。ママもそうです。人と人の付き合いは、もっと、違うくて……その……」


適した言葉が思い浮かばないのか、アーテがどもる。デンスケはそうか、と頷いた後に小さく呟いた。


「口約束だけど、オレはアーテを裏切らない。アキラに託されたからな。かといって、使い走りにするのも違うし、お姫様のように過保護にするのもまた違う」


今度は、デンスケが考え込んだ。この関係をなんと言えばいいのか。


迷っていたデンスケに、アーテはあの、とためらいがちに口を開いた。


「その、友達……ではダメですか」


『それはつまり友達から始めましょう的な?』


デンスケにビンタを受けたジャッカスが、部屋の向こうへ飛んでいった。


「取り敢えずは、仲間……チームメイトで良いだろ。友達というのは、一足飛び過ぎるような気がするし」


「そう……ですね。では、仲間でお願いします」


アーテは頭を下げた。その礼儀正しさに、デンスケは感動していた。ぶっ殺し上等だったあちらの世界の使い手とも違う、無色を見下していたスクールの大半の人間とも違う、こちらを見た上で礼節を取った行動をしてくれる。


それも、年端の行かない女の子がだ。それだけで、何かをしてやりたいという気持ちになる。デンスケはリキヤが心配していた理由を、今になって理解した。


『ふむ、心石は心の色であると誰かが言ったものだが』


同感だ、とデンスケは思った。本当の所はまだ分からないが、アーテの清廉さと、誰かに強引に染められそうな危うさを考えれば、ジャッカスの言葉は間違っていないように思えた。


「でも……あれ? それ考えると無色のオレはどうなるんだ」


『染められない、染まらない。マイペースの極みであるお前らしいじゃろう』


「え……そうなんですか?」


「違う、自分の道を行ってるだけだ」


道を行くんじゃなくて道が来い、が当たり前だった師匠とは違う、心外だとデンスケは反論した。


『多かれ少なかれ、心石使いにはそういった面があるがな……お前の勧誘もそうだ』


そういった小さな諍いや武力行使などを組合が半ばに認めている状況を含めて、力が正義だという風潮があることは確かだろう。だから、とデンスケは言った。


“その程度で仲間を奪われる奴は不要、組合に泣きつかなければ自分たちの安全も確保できない無能は端っこで細々と生きていろ”、という組合側の無言のメッセージが感じられることを。


『うーむ、無法だな』


「まさしく世紀末って感じだな。でも、逆に考えればいい」


こっちも、遠慮はしなくていいということだ。


にやりと笑って、デンスケはアーテに色々と説明を始めた。


「作戦名は、そうだな……“ロリコンは、まとめて包みゴミ箱へ。舐めた野郎を、けして許すな”だ」


そこから説明された話を、アーテは驚きながらも、ひとつひとつ真面目に覚えていった。






翌日、デンスケ達は組合の1階に来ていた。登録して間もない新人に斡旋される仕事があったからだ。9時と朝が早いが、目当ての仕事や外部からの依頼を目当てに、色々な狩人達が集まっていた。心石を武器化している者、そうではない武具を身に纏っている者、どういった趣味か革鎧や金属の鎧を装備している者まで、様々だ。


アーテはそれを眺めながら、昨日の授業内容を思い出していた。


(心石使いは、つきつめれば()()()出来る。それを理解していれば、相手を侮ろうなんて気持ちは起きない……)


反芻したアーテは、緊張した面持ちになった。


強化、変異、干渉などの基本的なことは全て教えられた。その時点で、おおよそ強くなるということに関しては万能であるかのようにアーテは思えていたが、本当に強い者は更に奥の手を持っているという。


アーテは少し恐怖心が芽生え、時折聞こえてくる狩人の怒号に怯えながら、左右を見回していた。その横でデンスケは自然体のまま、アーテを守る位置で立っていた。


やがて順番が来ると、デンスケはうげっと声を出した。


「おーっとこれは予想外の反応ね。心外だわよよよ」


「二日酔いっスか?」


「……言うわね、初対面も同然だってのに」


「お互い様かと」


デンスケは心石をかざした。それが受付の心石装置に照らされ、自動的に仕事が選択された。カナは素早く説明用の資料を取り出すと、担当者として自分の名前を追記し、デンスケに手渡した。


「それじゃあ、頑張ってね新人さん! 油断だけはしないように」


「……うっス」


ぺこり、とデンスケは小さく会釈しながら、アーテの手を引いて受付から離れた。視線が集まっていることに気づいたが、その全てを無視しながら資料を読み始めた。


「昨日の説明の通りだな……30分後に組合前のバス停に集合か」


任務の内容は、居住区外近傍の脅威度が低い害獣の掃除だった。20人は乗れるらしいミニバスで移動し、登録したチームごとに害獣を倒していくとのことだ。


目標数は設定されておらず、脅威度についても低いとして書いていない。どのような敵が現れるのか分からない状況で、どんな働きを見せるのか、といった組合の思惑が透けて見えている任務だった。


(問題児が居れば、早めにあぶり出したいんだろうが……)


『取り敢えずは関係ないだろう。さしあたっては、あの怪しい奴らへの対処か』


視線を向けなくても分かる、明らかにこちらに注目している者が、5、6人。品定めをしているかのように見せて、隠しきれない敵意のようなものが感じられる。


悲しいぐらいに新人だな、とデンスケは小さくため息をついた。


『と、いう訳だ小娘。予定通り、守りはデンスケに任せて、お前は攻撃に集中するように』


ジャッカスの念話に、アーテはハイと答えた。


声に出してはいないため、外からでは無言のまま立っているようにしか見えない。傍目には無防備なまま、デンスケ達はミニバスに乗り込んでいった。









「狭いな、これ」


ミニバスの後部座席―――とはいっても、座席が取り払われ、床に座らされているのだが―――で、デンスケはしかめっ面をしていた。バスの振動がダイレクトに尻に伝わっていたからだ。アーテも同じようで、体育座りをしながら、振動で左右に揺れる小さな身体をなんとか支えていた。


『小娘、移動中に余計な体力を消費するな。素直にデンスケに掴まっておけ』


(え、でも)


遠慮するアーテに、デンスケは無言で頷いた。アーテは座りながらその小さな手で、デンスケの太もものあたりを掴んだ。途端に、周囲の視線が厳しくなった。


「……遊びじゃねーんだぞ」


ぼそり、と誰かが呟いた。小さいが確かに響き渡った声は、停滞していた場の空気を動かした。


「ガキがたった2人だけ……ほんとにやれんのかよ。泣いて逃げるなら今の内だぜ」


「そいつに至っては無色だしな。巻き添えにすンのだけはヤメロよ?」


ガラの悪い格好をした、2人の少年がこちら指を差した。解れた防護服を着ているが、サイズがあっていない。こちらを明らかに見下している様子を見たデンスケは、こいつじゃないなと呟いた。


(探っているって感じじゃないな、どっちかっていうと―――)


考えている内に、別方向から横槍が入った。


「騒ぐな、ガキ共。初めてのピクニックだからってはしゃぐんじゃねえよ」


赤い癖毛の女性狩人が、ざわついた場の雰囲気を一掃した。ガラの悪い口調だが、声にははっきりとした力があったからだ。


この面子の中では、明らかに格上。監督役のようなものだろうとデンスケは思っていたが、本人からそのことが語られた。


「新人未満のくせに、他所のこと気にしてるんじゃねーよ。いらんエネルギー使うな、ボケカス」


「お……俺は、別にそんなつもりじゃ」


「怖がる奴ほど口が回る―――お前はどっちだ、チンチクリン?」


袖丈のあたりを見ながら、女が言う。少年は反論しようとしたが、迫力に圧されて黙り込んだ。他の面々も視線を逸らすと、それぞれの準備を始めた。


その中で一人、様子を変えなかったデンスケに対し、女が目を細めた。


「ビビってねえな。なんだ、経験者か?」


「スクールで一通りの実習は受けたんで」


「な……と、いうことはお前、例の事件の生き残りか?」


女の言葉に、デンスケは沈痛な面持ちで頷いた。


「……似てねえとは思ったが、そっちの子は」


「あの事件で亡くなった友から託されました。彼女を一時的に預かっていた人からも。オレもこの子も、家族とは死別していますので……」


「ここまで連れてきたのは、そういう理由か……いや、変なこと聞いちまって悪かった」


赤髪の女は頬をかきながら謝った。デンスケはいい人だ、と懸念事項が1つ消えたことに安堵していた。


そこで、何かを踏んだのか車が大きく揺れた。デンスケは何ともなかったが、アーテはバランスを崩し、あぐらをかいていたデンスケの足元に、覆いかぶさる形で倒れ込んだ。


「あっ! ご、ごめんなさい」


アーテは頬を赤くすると、慌てながらデンスケから離れて姿勢を正した。だが、焦っていたせいだろうか、次に起きた振動で思いっきり後ろに体勢を崩すと、車体の内壁に頭をぶつけた。


「だ、大丈夫か?」


「~~~へ、平気です」


痛いからか、恥ずかしいのか、アーテは顔を赤くしながら強がった笑いを見せた。


デンスケはそれを見て運動神経悪そうだなと一抹の不安を覚えていたが、別の者には異なる感想があったようだ。


赤髪の女はじっとアーテを見ると、少し頬を染めながら呟いた。


なにこの子かわいい、あれ欲しい、という小声を聞いたデンスケは頷きながら思った。



(アカン。前言撤回、こいつもヤバイ奴かもしれん)



『どんくさい小娘も、要修行だな……』

























「それでは、各自散開。撤収は2時間後となる」


赤髪の女が告げると、新人の狩人達はチームにばらけて去っていった。その中で1チームだけ、もし戻らなければ、という質問をしていた。


女は、笑顔で答えた。一秒たりとも待たん、という簡潔な一言を。


ショックを受けているらしい二人組を置いて、デンスケはそそくさと移動を始めていた。そして物陰に入ると、デンスケは膝立ちになった。


「ほら、早く」


「え……もう、ですか?」


『お前のどんくささは分かった。聞くが、運動は得意な方だったか?』


「……ど、努力はしていました。どっちかというと本を読むのが好きで」


「それは何となく分かってたけどな」


出会った時から日本語を理解できていたこともそうだが、学習速度があまりにも速かった。心石と契約してからは補助の影響だろうか、言葉の習得度合いが加速度的に進んでいる。身体を動かすよりも頭を動かす方を得意としていたことは、自明の理だった。


「そっちの修行はじっくり進めるとして……取り敢えず、戦場に慣れてもらう」


『早く背に乗れ。時間がもったいない』


ずばりと言われたアーテは、渋々とした様子でデンスケの背中に乗った。そして、昨夜に練習していたように、デンスケが自分の身体の周りにアーテの足場を作った。


「どうだ?」


「はい……大丈夫です、動きません」


両足と胴回りを固定されたアーテは、両手を離しても問題ないことを伝えた。デンスケも、アーテを抱えなくても自立できることを確かめると、準備を、と告げた。


「少し飛ばすから、移動中はしっかり掴まってろよ」


「は―――わっ?!」


デンスケはアーテの返事を待たず、強化した肉体で走り始めた。1歩で3m、2歩目で10m、加速をした後に速度を調節して荒廃した町並みを走っていく。


スクール近くの居住区外とは異なり、あちこちから油断ならない気配が漂ってくる。デンスケはそれらを肌で感じ取りながら回避し、一気に距離を稼いだ。3分ほど進むと、デンスケは公園らしき場所を見つけ、止まった。


野球場ほどではないが、雑木林が見えるその空間は、ただの公園ではない広さを持っている。その周辺で彷徨いている害獣を発見すると、デンスケは背中のアーテに呼びかけた。

「脅威度3、シティウルフが2体だ。予定通りにやれるな?」


「は……は、はい」


高速での移動と振動のせいで少し目が回っていたアーテだが、気合で持ち直すと、深呼吸をした。心石が月白色に輝き、小さな唇が弩弓(クロスボウ)、という形で紡がれていく。


だが、変異はゆっくりだった。デンスケのように一瞬ではなく、5秒をかけてようやく弩弓の形になった心石は、構造も整っていない不格好な形だが、アーテの両手に収まっていた。


その間にも、戦場の時間は動いていた。デンスケ達に気づいていたシティウルフは既に、攻撃を仕掛けられる間合いまで近づいていた。


変異に集中していたアーテが気づいたのは、ウルフ達はこちらに向けて飛びかかっている時だった。


アーテの障壁は間に合わないだろう。そう判断したデンスケは、棒の形に変えていた心石を振り回し、飛びかかってきた2体をまとめて叩き落とすとアーテに言葉をかけた。


「狼の類いに、初見で矢を当てるのはキツイだろうしな……障壁を試す。いけるか、アーテ」


「は……え?」


「なんだ、もう漏らしたか?」


「も、もらしてません! い、行けます、行きます」


宣言と、ウルフの跳躍はほぼ同時だった。アーテは教わった通り、拒絶の意志を共に手を前にかざした。白く水色に輝いた心石から障壁が展開される。


そして、ウルフから突き出された牙と爪が、とてつもなく硬いものに当たったかのように、まとめてへし折られた。


白い障壁は、小揺るぎもしない。まるで絶対かつ神聖な防壁であるかのように、アーテを中心にした綺麗な輝きは自分の領土を主張していた。


「……ずるくね?」


『本音がまろび出とるぞ』


ジャッカスの言葉を聞いて正気に戻ったデンスケは、相手の様子を観察した。


端的に表現すると、困っていた。足で地面をたしたしと踏みつけ、痛みに耐えながらも「どうすりゃいいんだこんなもん」という言葉が聞こえてきそうだった。


「……チャンスといえばチャンスか。アーテ、射れるか?」


「やって、みます」


緊張した面持ちで、アーテは弓を構えた。障壁が有効だと分かったからか、先程よりもかなり落ち着いた様子で矢をつがえると、クロスボウの引き金を引いた。


速度自体は、大したことはなかった。それなりの使い手なら十分に見切れる速度で、機敏なウルフも見てから、何とか回避できる程度のもの。


だが、こめられた心素量が違った。


()()した矢は、その余波で近くに居たウルフを吹き飛ばした。交通事故にあった犬のように吹き飛ばされた2体は、近くにある木に激突すると、小さな唸り声をあげて倒れ込んでいた。


「……やっぱり、ずるくね?」


デンスケは盛大に凹んだ。全部アーテだけでいいんじゃないかな、と言わんばかりの凹みっぷりだった。


一方でアーテは、予想外の威力に驚いていた。まさか、自分の手でこれだけの破壊を撒き散らせるとは思っていなかったからだ。


それでも、敵は健在だった。アーテは呆然とするデンスケを置いて地面に降り立つと、慎重に狙いを定めた。


(あれ……手、震える)


視線の先で苦しんでいる2体を見ると、どうしてか手が、腕が、全身が震えて止まらない。それでも、と相手が動物ではない、害獣なんだとアーテは自分に言い聞かせながら、目を閉じて引き金を引いた。


「あぶっっっっ?!」


デンスケは全力で仰け反った。顔があった場所を矢の柄の部分が通り過ぎていく。そのまま回転し、地面に落ちると矢は爆発するとまた周囲に破壊を撒き散らした。


デンスケは余波で飛ばされたが、空中で姿勢を整えると、両足で着地に成功した。途端、どっとデンスケの背中に冷や汗が流れた。


「こ、殺す気か?!」


「え……あ、あれ?」


デンスケは、アーテの弩弓の弦が切れていたのを見た。未熟なイメージか、威力のせいだろうか、耐久性に問題があったようだった。


一方で、ウルフは既に逃げていた。一目散に雑木林の中へ駆け込む様子は、まるで捕食者から逃げる動物のようだった。


デンスケはその姿を哀れに思いつつも、心石を構えて弓の形に変化させた。すかさず2発、放たれた矢は一頭に命中し、もう1発は木に突き刺さるだけに終わった。


「……久しぶりだし、こんな所か。周囲には……敵影なし。ひとまずは切り抜けられたけど」


デンスケは帰ってきてからはしたことがない、笑顔を顔面に貼り付けたままアーテに告げた。



「正座しようか、アーテ。取り敢えず、今のは冗談抜きで死ぬかと思ったし」



ひょっとしなくても、先の騒動よりも命の危険を感じた。恐怖で泣きそうになりながらもデンスケは手心を加えず、規格外の素質を持つアーテを徹底的に鍛えることを誓った。



でないとオレが死ぬし、アーテ自身も自滅しかねない、という切実な想いと共に。





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