表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カラーレス・ブラッド(旧・未完)  作者: 岳
1章 : 帰還
11/35

10話 : かつての戦争と、急転する今

自分の部屋の調理場の中。デンスケは放熱の心石で組まれたコンロの上、そこで熱せられたフライパンを。高熱の鉄のステージ上で踊り狂う炒めものを相手に、格闘をしていた。クラスメートと乱闘をした時より真剣な表情で、輸入物の鶏肉と先の演習の報酬で配布されたキャベツに火が通っているか、観察していた。


「まだもうちょっと、か―――そう言えば、前の演習のアイツ。明日の朝一で地元に帰るらしいぞ」


「……そっ、か。元気になると良いね」


具材が炒められる音が大きいため、大声で。2人は屋外演習の事件から一週間、ようやく歩けるようになったクラスメートの未来について偲んだ。ほぼ接点は皆無のため、三ヶ月の苦楽を共にしたという程度での、義理の範疇だったが。


「あれを見たら……確かに、続けろなんて無責任な事は言えないよね。本当に大丈夫なのかな。日常復帰も困難なように見えたけど」


「リハビリ次第で戻れるだろ。心石使いは廃業だろうけどな」


助成金の返済に入院の費用、どちらにせよ借金が増える訳だ。彼の未来は暗いだろうな、とデンスケは内心だけで呟いた。


「……と、そろそろか。アキラ、塩加減のチェックを頼む」


「了解。……もうひとつまみ、かな」


「だと思ってたんだよ」


デンスケは調子の良いことを言いながら、小さじ程度の塩を追加した。ソース味で炒めた具材を2つの皿に盛り付ける。


小さいテーブルの上に置き、硬い座布団の上に座ると両手を合わせた。


「いただきます………おっ、結構イケてる?」


「鶏肉がちょっと生だよ、ほら」


「大きく切り過ぎたやつか……ま、食えんことはないだろ」


「いや、炒めるから。面倒くさいの?」


「そうとも言う。いいだろ、死にはしないし」


「そんないい加減なこと言ってると、いつまでたっても成長しないよ」


「う”っ……気をつける」


和気あいあいと2人は言葉を交わした。そうだ、と顔を上げたアキラは生の鶏肉の代わりとしてデンスケの昔の話をせがんだ。


「デンスケって、毒にも耐性があるんだよね。あちらの世界だと、空気自体が毒性を持ってたって話で昨日は終わったけど」


「通称だな。理由も成分も分からないけど、深く呼吸をするとみるみる体調が悪くなっちまうぐらいにヤばい毒だった」


場所ごとに濃度が異なり、特に毒が濃い場所はマスクを点けなければ使い手とはいえ、命に関わるほどだった。デンスケは震えながら語り、そういう所は、と心石を取り出すと形状をマスクに変えた。


「……いつも思うけど、多芸過ぎでしょ。装飾師さんが見ると、また解剖されるよ?」


「どんどん遠慮が無くなって来たよな、あの女」


「デンスケ程じゃないと思うけど。それで、濃い場所ってどんなだったの?」


「大きな建物の残骸がある場所だったな。エリル曰く、大規模な戦闘が行われた証拠だとか何とか………って、お前もよく信じるな」


「話としては面白いし。本当でも嘘でも、面白い事には変わりないから」


それに納得できる材料もあるし、とアキラは部屋の隅で本を読む棒人間ことジャッカスに視線を向けた。


「トドメはデンスケの存在自体かな。それより、怪物だったっけ? こっちの害獣とは強さも全然違うとか」


問いかけられたデンスケは、生焼けになっていたキャベツの芯を齧ってしまい、苦い顔をしながら答えた。


「似てる所もあるけど、根本的に違うな。最低でも教官クラスが10人は居ないと、最弱の個体でも勝負にならなかったし」


出現頻度は害獣の方が圧倒的に上だが、個体強度は数十倍だった。デンスケは嫌そうにキャベツの芯を飲み込みながら、思い出すのもしんどいと愚痴を零した。


「まずサイズから違う。一番小さいのでオレの10倍ぐらい。攻撃の容赦のなさも……刺すっていうより砕くって感じのばっかり。正面から受けたら、障壁ごと挽き肉にされてたなアレは。酷い時はそいつらが群れで湧き出るし」


「う わ あ」


脅威度1を複数相手にして苦戦する自分なら、挽き肉どころか骨、魂さえ残らなそうだ。時には搦め手のような戦い方をする話を聞いたアキラは、心底行きたくないと呟いた。何もかもが終わっている世界というのがデンスケの評価が、この上なく正しいように思えた。


「あ、でも食べ物とかどうしてたの? まさか怪物を食べてた訳じゃないよね」


「食える個体もいたけど、日常的に賄えるほどじゃなかったからな。討伐数に応じて配布されてた。くっっっっっそ不味い固形食料だけど」


材料が何か、どうやって作られているのか。デンスケは知るのが怖くて最後まで聞かなかったと青い顔で呟いた。


「いや、不味いっていうより食べ物だったのか? ……コツは無心になることでな。汝、噛む時も飲み込む時も後味が脳の中を広がる時も何も考えるな、ってのが鉄則。食事の時間が苦痛すぎて、食事は苦行だって認識がいつの間にか当たり前になってた」


帰ってきた当初は日本食という概念さえ削られていたように思う、とデンスケは遠い目をした。第7支部で出された不味いことで有名らしい固形食料も、あちらの世界よりマシだったと語りながら。


日本食という概念についてデンスケが思い出したのは、桜を見た後だった。ポーションの味には感激した、と神を崇拝するような顔でデンスケは製作者に祈りを捧げていた。


「……故郷の味とか恋しくないの? 家庭料理とか、自分の家だけの味付けとか」


「忘れちまったなあ。あっちの世界じゃ、生きるだけで必死だったから」


お陰で色々と荒んじまった、とデンスケは冗談を言うように乾いた笑いを零した。跳ばされた直後は毒の空気を吸い込んで死にそうになった。死ぬ間際に心石と契約するも、よりにもよって無色だった。師匠に騙されて小間使いにされながら修行を受け、最初の3ヶ月は毎晩泣いて過ごした。


退屈だけはさせてくれない充実した異世界生活だったと、デンスケは懐かしそうに当時の想い出を語った。


「……やっぱり、デンスケはマゾだね」


「人聞きの悪い。ちょっと打たれ強いだけだ」


「そんなレベルかなぁ。じゃあ、他の人たちはどうだったの?」


「ノーコメントで。ま、気のいい奴らだったけどな」


デンスケは心石使いが集まっていた場所を思い出していた。心石に適合しない者は―――ほとんど存在しないかったが―――遠くで合成食料を作る作業に従事していた。使い手は怪物の出現に備え、本部の中には最低でも30人が常駐していた。


「変な形の………塔? がいくつも積み重ねられたオブジェの近くでな。暇な奴らが集まっては、障害物競走してた」


心石による身体能力を活かして、どちらが早く昇れるか、という勝負が賭け事の対象になっていた。あちらの世界は悪路が多く、平地に比べて戦い辛い場所が多かった。荒れた足場周りでも機動力を確保できるよう、訓練も兼ねて色々と使われていた、とデンスケは語りながら食べ終わった食器を片付け始めた。


「それだけ聞くと楽しそうだけどね」


「バカ騒ぎでストレス発散しないと、どうにかなりそうだったからな。俺だけじゃなくてみんなが。幸い、俺らの時代は決戦方術使いが多かったからいくらかマシだったが」


怪物を相手に、時には犠牲者無しで勝利を得ることが出来る。そんな夢物語を可能にする、お伽噺の中からやって来たような常識外の存在のことだ。皆の憧れで、象徴で、一部からは崇拝の対象だったと語るデンスケは、キャベツの生焼けを齧った時よりも苦い表情を浮かべた。


「……デンスケは、その人達のことが嫌いだったの?」


「数人だけど、超がつくほどに苦手だったな。エリルとは仲良かったが」


『人呼んで、万象貫通(スパイラル・ネメシス)のエリルだな。人によっては、黄金の女神と崇められていた』


「え―――お、黄金ってまさか、貴色の中でも上位の!?」


『あちらではそういった分類は無かったが、素質だけで言えば上澄み中の上澄みだった。そこに居る底辺のカスのゴミとは違ってな』


「ふっ、照れるぜ」


「うわつよ」


アキラはタフなのかバカなのか何も考えていないのか、デンスケのことが少し分からなくなった。


「……ま、色々とな。まともな感性のままだと、色々と耐えられなくなるような、そんな世界だったよ」


助けを求めても、返ってくる声はない。祈りを捧げても、神様には動かない。疲労の極地にあってなお、立ち上がらなければ踏み潰される。最初の見た死は、怪物の巨体に踏み潰されてヒキガエルのようなオヴジェになった女性の姿だった。


辛い現実を流すことをデンスケは学んだ。無能が罪ではなく即座に死に変換される世界があることを知った。あの世界の人々は、生きては行けるだろう。文字通り、生き抜くことしかできないだけだが。限界は見えている、将来の発展性もない。100年か200年の後には先細り、怪物によって滅ぼされるだろう、故に“黒”の世界とデンスケは名付けた。


「……友達は、居たんだよね。ちょっとでも、戻りたいと思う?」


「思わない。色々あって、居場所も無くなったからな」


「そうなんだ……でも、手紙だけでもやり取りできるのなら?」


「愚痴ばかりになるからなぁ。むしろどの面下げてんだ、って感じだし」


どんな事情があろうと、逃げてきたことには変わりない。自分は自分なりに考えて選んだ回答を、相手が好意的に取ってくれるとは限らない。自分の場合は裏切られたと罵られても言い訳はできないし文句は言えないと、デンスケは自嘲と共に答えた。


「アキラの方こそ、お袋さんに手紙でも書いたらどうだ? 風使いの飛脚便なら少々高いけど、ちょっと無理すればいけるだろ」


進んでんのか退化してんのか分からなかったけど、必要な職業だよな、とデンスケは面白そうに言った。一度見てみたい、という好奇心も混ざった提案だった。


アキラは困ったように、苦笑を返した。


「母さんも、今の時期は忙しいから。それに、怒られそうだよ。手紙なんて高価な出費するぐらいなら、1つでも多く装飾を付けなさい、ってね」


「……確かに、手っ取り早く強くなるのには有用だよな」


「底上げって意味じゃ本当に有用なんだよ? 教官も言ってたじゃないか。複数人のチームで組み合わして上手く運用できれば、格上の害獣でも打倒できるって」


ふと、アキラはそういえばとデンスケに尋ねた。


「デンスケは卒業後にどこのチームに入るか決めてるの?」


「いや、別に。誘いも来てないし、っていうか気が早すぎだろ」


「そんな事ないよ。早い人は、今の段階で別地区も含めて色々とアピールしてるから」


「地元じゃなくて、別の? 地元で旗上げようって奴は居ないのか」


「……そもそも、このスクールに行かされてる時点でね」


全寮制で、心石使いとしての基本を学べて、他地区の使い手との交流も深められる。そんなスクールよりも、地元の有名チームで厚遇を受けてるエリート候補の方が贅沢かつ有用な教育を施されてるんだ、とアキラは悔しそうに語った。


「一概には言えないけど。弱小チームに比べれば、こっちの方が恵まれてるし」


「ああ、だからトシのユッキーとハルちんは躍起になってんのか。卒業後にスカウトされるようにって」


その筈が、最初の授業で無色に無双された。そりゃ焦るわ、とデンスケは他人事のように考えていた。


「そういえば、組合は? 公務員だし、安定してそうだけど」


「あっちは基本コネだよ。地元の有力者との繋がりがないと、お話になんない」


それに、とアキラは窓の外を指した。天空のビルがある方角を。


「去年、組合は連合と揉めた時にイモ引いたから。情けない組織、っていう印象が強くなってるんだ」


「……やっぱり、立場的に言えば連合の方が強いのか」


そもそもの話だけど、とデンスケはいい加減気になっていたことを尋ねた。


「なんで連合はあんなに嫌われてんだ? 一時期はオオサカの危機を救った英雄扱いされてたんだ、もっと敬われてもおかしくないだろうに」


「それは……そうか、異世界だからか、うん」


アキラは苦笑しながらも、説明を始めた。連合の―――というよりも、三傑の行動に端を発して、と前置いて。


「最初の頃は、三傑も異世界の助っ人も市民から受け入れられてた。引っくり返ったのは、害獣の脅威が下火になってから」


動乱後と呼ばれている時期。オオサカは復旧に全力を尽くした。それこそ、使える者は子供でも使うぐらいの、総力戦だったと語り継がれている。その中で、心石という超便利ツールが利用されない筈がなかった。


心石の普及と、使い手の増加。それは当時まだ黎明期だった、方陣術の発展に繋がっていく。誰でも使えて、一定の効果が期待できる上に、改善を施せば効率が高まっていく。オオサカの研究者達は大空白の発展から方陣術の開発に移り、後々には心石の補助装飾にも手をつけていった。


「僕はよく知らないんだけど、こっちの世界の人は考えられないぐらいの科学の知識を持ってたんだよね。失敗と反省を繰り返しながら、色々なテクノロジー? を生み出していったとか」


「それは……言われてみれば。心石っつー便利な道具が無かった時代は、頭と手だけで冗談みたいな機能を持つ機械とか生産してたんだよな」


「そこなんだよね。根本的な発想力というか、引き出しの量と種類は完全にニホン……オオサカの方が上だった。異世界の最新鋭の方術を過去のモノにするには十分なぐらい」


異世界側は焦った。ニホンの使い手は質こそ劣るが、数が多く、性格的に兵士向きな人材が多かった。


「全てが終わった後、勇者派遣とか異世界人派遣の代価を求められたんだ。オオサカ側も応じる姿勢だったらしいけど、その()()がとんでもなくて」


最新の方陣術の無償提供、技術者の派遣という名目の取り込み、研究成果の提出、その他科学技術関連まで。府外とはまだコンタクトが出来なかった時期で、府知事は独力で交渉を強いられた。


「……異世界では、力こそ正義って風潮が蔓延しててね? あまり他国との難しい交渉とか経験が少なかったらしいんだ。オオサカ側は府知事が頭になって、他の地域の代表と調整を進めた上で、かなり譲歩した条件で再度交渉に赴いたんだけど……」


結果は最悪の一言。異世界側、特に青の賢者が跳ばされたブルールが強気な姿勢を崩さず、逆にさらなる条件を付け加えられた。


関係が徐々に悪化し始め、そこに仲介役として出てきたのが三傑だった。両者の意見を調整して、バランスが取れるように―――それでもオオサカ側にとっては譲歩した形になるが―――合意が得られ、無事に終わったかと思われた。


異世界の3国がオオサカから一部限定で提供した技術だけではなく、裏でその他の技術や方陣技術者まで攫っていった事実が発覚するまで。


交渉の後、府知事は独力での限界を感じて、ヨドヤバシに中央府を立ち上げた。府の外交官もその時に編成されたが、最初の異世界派遣の時に愕然し、絶句した。


「生きて()()()()、たった一人の外交官は全て説明した。説明を求めた上司の末路と、あっちの要求を」


代表になった外交官の代表である女性は、最後まで帰ってこれなかった。あちらの代表の言伝は「今後もよろしく頼む」という内容だけ。


オオサカ側は確認に確認を取った上で、異世界側の意図を明らかにした後、準備を進めた。生存のための戦争を行うことを。


使い手になった者達は、当時の方針のことを聞かされる。有名な一文だった。“このまま舐められ続ければ、オオサカは際限なく搾取される。言葉だけでは届かないだろう。ならば、言葉に力を持たせるために。手を出せば痛い目を見ると、強欲で無知なガキ大将に思い知らせなければ、我々に未来はない”と。


「オオサカは外交官の即時返還と賠償請求を求めたけど、その使者さえ帰ってこなかった。始まったんだ、異世界との大戦が」


三傑は―――あちら側についた。転移者は1/2がオオサカ側につき1/4が不参加を表明し、残る1/4は勇者と共にオオサカ側の心石使いと戦った。


僕も詳しくないんだけど、と前置いてアキラは大体の流れを説明した。戦場となったのはオオサカ市内で、激戦となったのは天空ビル周辺。


初期は三傑と異世界の貴族が陣頭に出て大攻勢を仕掛けてきたため、オオサカ側は劣勢を強いられた。だが、その時に1つの転換点が訪れた。それまで音信不通だったキョウトとコンタクトが取れたのだ。


「キョウトって……あの京都か」


「うん。僕も詳しい話は分からないんだけど、大空白前からキョウトは独自の異能力者? を集めていたらしいんだよ」


「は?! え、心石使いじゃなくて!?」


「そうみたい。それで、事情を知ったキョウトはオオサカ側に立って参戦。キョウトの新戦力は少数だけど精鋭で、貴族を完全に封殺。戦況は互角になったんだ」


時間が経過するにつれ、徐々にオオサカ・キョウト側が有利になっていった。キョウトが持っていた対異能力者戦のノウハウに、オオサカの戦技者が大戦の最中に得た対人戦の経験が合体したこと。


そして、最終的にはオオサカ―――地球の歴史の重さが決め手となったと、アキラはいまいち分かっていない顔で説明した。


「一般には公開されていないんだけどね。結論だけを言うと、異世界に潜入した精鋭が徹底的なゲリラ? とか、破壊工作をしたって。かなりえげつない方法だったらしいよ」


「あー………そういう事か」


デンスケは何となくだが、アキラが分からない部分を理解できていた。まだ学生だった頃の、歴史の一覧を思い出したからだ。戦国時代もそうだが、とにかく人間どうしで殺し合っていた記述が多かった。必要となれば新しい物を開発した。殺し殺される手段も、策も。戦争における考え方も、日常生活に使える指南書にできるレベルまで。市街戦ともなれば余計にだろう。


(異世界の現地での工作に役立ったのは、近代戦のノウハウかな……元自衛隊員も参加してたのか? でも、そういえば―――)


「三傑って、元はどういう人達だったんだ?」


「え? えーと、僕もよくは知らないんだ。元は学生だった2人と、ケイサツカン? が1人だったらしいけど」


多少は対テロの知識を持っていただろうが、ガチの破壊工作に対処できる出自ではない。それでしてやられたのか、とデンスケは小さく頷いた。


『ようは、異世界の国々が与し易いと判断したのが原因じゃろ。三傑や異世界転移者とやらを通して、オオサカという町を―――国自体を甘く見た、見下した』


謙虚さと腰の低い姿勢、行儀良く無欲であり規律正しいという美徳が、あちら側の常識とは異なっていたのかもしれない。デンスケはジャッカスの言葉に頷きつつも、事前に情報は収集していた筈だとも考えていた。


(主な対象は転移者か? 過去の戦争では敗戦国だったとか、戦争を好まない国民性とか聞いたんだろうな……それで、耳の良い情報ばかりを信じたのか?)


蓋を開けてみれば劣勢になっても講話に応じない、覚悟が決まった者ばかりだった。予想外の戦力の乱入に、まさかの現地に入り込まれての工作。風説の流布など序の口だろう、やろうと思えばどこまでも汚くなれるのが戦争だ。


「で、最終的には対等な条件で講話が成ったんだ。三傑が仲介したらしいね」


「……よく引き受けたな」


「限界だったらしいよ。地元の年寄りが居酒屋で騒いでるのを聞いたことがあるんだけど、ニホンジンを殺し続ける立ち位置に耐えられなくなったんじゃないかって」


『勝手な話じゃな。だが、それで終わりではあるまい?』


「そう、だね。戦争は2年続いたんだけど、その後に害獣の大規模発生が起きたんだ」


当時は危険だとして調査が進められていなかったウメダの地下迷宮から、津波のような害獣の群れが地上へと侵攻を始めた。当時は未発見だった、あちこちの地域にあった小規模な迷宮からも。


「ウメダは特に危険だったらしいよ。一歩間違えれば、地上ごと根こそぎ潰されてたって」


完全に予想外のタイミングで、空前の規模での奇襲だった。その最初の危機に立ち向かったのが赤の勇者だと、神妙な顔でアキラは語った。


「命を振り絞って、大規模な結界術を展開したんだって。最後の最後まで群れを食い止めて……」


間一髪、オオサカと勇者連合の援軍が間に合った。だが、迷宮の奥から出てきた害獣は脅威度の高い者も多く、青の賢者と緑の戦士が参戦するも、害獣が各地へ流出して町を襲うのは止められなかった。


戦争という過酷な実戦で鍛えられたオオサカの戦技者の奮闘もあり、民間の死者は数千のレベルで抑えられた。


『……戦争が起きていなければ、数百倍の規模で犠牲者が出ていただろうな』


「それは……そうかもしれないね」


その後、正式に組織が編成された。地上の害獣を討伐する狩人(ハンター)、迷宮内の害獣を討伐しつつ時折現れる宝物を持ち帰る探索者(シーカー)、居住区外の危険区域や未踏破区域を調査する冒険者(レンジャー)。中央府の元に各組合が設立され、対害獣の組織として各地域の心石使いを管理、統括する役割を担うようになった。


「え、旅人(トラベラー)ってのは?」


「顔パスで居住区外から未踏破区域まで、どこにでも行ける人達のこと。取得状況が目を疑うぐらい厳しくて、超一流の使い手の証にもなってる」


取っておけば一生は食いっぱぐれのない、異世界にだって行けると聞いた時、デンスケは信じられないものを見る顔になった。


「え、行けんの?」


「行けるよ、天空ビルから。すっっごいお金かかるけど」


『やはり世の中は金か』


「知った風な口を聞くな棒人間。つーか気になったんだけど、今の連合との関係はどうなってんだ? 完全に敵扱いにはなってないけど」


「個人によるかなぁ。異変後と戦争後の害獣討伐で市民の盾になったのは本当だし。人も良くて、嫌われるような性格じゃなかったらしいし」


『一方で、戦争時に多くのオオサカの戦技者を屠ったのも三傑。なんとも複雑じゃな』


「単純だとそれはそれで殺し合いになりそうだけどな。でも……よく異世界との交流を続けてるよな」


『相手のことが分からないままになる、という状況を恐れたんじゃろ。二度と戦争が起きないように、交流をしながら互いの腹を探り続けている訳じゃ』


「……そうかもしれないね。でも、貴族だけは昔から別扱いだよ。害獣討伐に参加した家もあれば、未だに徹底抗戦を主張する家もあるらしいから」


一般の戦技者の共通認識は、とにかく貴族には関わるなという事でまとまっていた。人材交流として、こちらに来ることを許可された貴族は最低でも敵意は持っていない者ばかりで、オオサカに対して批判的な者は異世界側から移動禁止の令が出されている。


そんな裏事情に関係なく、異世界の貴族という存在は大戦時に多くの心石使いを虐殺した者達として、嫌悪と畏怖の象徴になっていた。関わり合いになるだけでオオサカの戦技者から爪弾きにされてしまう程に。


「装飾師の貴族先輩って、そんな感じだったのか」


「……ブレア先輩のことなら、そうだよ。悪くない人だとは僕も思うけど」


話が逸れたね、とアキラは話題を本筋に戻した。


「って、卒業後のことだよ。デンスケは就職先というか、勧誘されてるチームとかは無いんだよね」


「無いな。組合はややこしそうだし、飛び込みもなぁ。無色だとバカにされて心が折れそう。どこかで地味にソロ活動に励むしか無いような気がする」


「だ―――だ、だ、だだだだったらさ! 僕と一緒に、チームを立ち上げようよ」


「……そりゃ、背中の心配をしなくて済むのは助かるけど」


「ぼ、僕は事務関係のことも勉強してるんだ。装飾に関しても、それなりの腕は持ってるんだ、これでも」


アキラの言葉に、デンスケはそういえばと先週のことを思い出していた。青の貴族疑惑が持たれている装飾師の所に行った時のことだ。知識量はかなりのものだけど、もしかして装飾も出来るのか、と聞かれた時にアキラが頷いたことを。


「も、もちろん人数が必要な仕事の時は僕も参加するよ。そうじゃない時は、裏方で支えてさ。上手くやれると思うんだ」


「うーん……ま、無理じゃないと思うけどな。でも、デメリットを忘れてるぞ。無色のオレと一緒に居るとお前もバカにされるだろ」


デンスケはここ三ヶ月の間で、無色の心石使いの立場の弱さを実感していた。そんな者を身内を抱えたとして、装飾師のお袋さんの評判にも響くかもしれない。純粋な疑問を口にしたデンスケだが、アキラは苦虫を噛み潰したかのような顔になった。


悩みどころなんだろうな。アキラの反応をそう捉えたデンスケは、急ぐことじゃないと小さく笑い、立ち上がった。


「え、どこいくの?」


「ちょっと散歩だ。……今のこと、よく考えて決めてくれよ。誘われましたけど、やっぱり疎ましいから放逐します、なんて寂しいからな」


手をひらひらとさせて、デンスケは部屋から去っていった。


追うようにジャッカスが、デンスケの心石の中に還っていった。


『ふむ、どこに行くつもりじゃ?』


(貴族先輩のとこ。さっきの話で、ちょっと気になる点があったから)


『……一方向からの話では信用できない、か?』


(伝言ゲーム程度なら良いんだけどな。臭わないか、ジャッカス)


『ああ、臭いな。戦の匂いだ、血の臭いがする』


(そういう事だ。血が流れる。なら、納得できるだけの情報は集めておきたい)


教官にも自分なりの解釈を伝えた。敵が手練ということも。だが、何もかもが間に合う訳ではない。何も分からず殺し殺されるよりもマシな方を、とデンスケが考えている時だった。廊下の先に、クラス内では有名な3人が話し込んでいたのは。


「お? おお、ちょうど良かったぜ、無色」


「名前で呼んでくれよ、ハルちゃん」


「てめ……いや、今はいい。こいつらが、アンタに話があるってよ」


視線を向けられたミツハルと女性生徒が、どうしてか睨みつけてくる。状況が分からないデンスケは取り敢えず、と女子生徒に尋ねた。


「えっと、オレはデンスケだけど、名前なんだったっけ?」


「な……あ、アンタ……っ!」


「話が進まん、さっさと名乗れ。俺はミツハルだ」


「………ミナよ。それで、単刀直入に聞くけど、前の演習で起きた心石破砕(クラッシュ)、やったのはアンタなの?」


「なに言ってんだコイツ」


デンスケはトシハルの方を向いて、どういった意図なのかを聞いた。意味がまったく分からなかったからだ。


「だから違うって。こいつは確かにすっっげえムカつく奴だけど、犯人じゃない。なにせ、オレの目の前に居たんだからな」


「……だが、現場には残滓が残っていなかった。脅威度1の害獣ではないとすれば、証拠もなく武具を折れるのは一人だけだろう」


故にお前が関わっている、とミツハルは断定気味の口調で告げた。


デンスケは鼻で笑い、もう一人居るだろと答えた。


「は? そんなの、居る訳ないじゃない」


「いや、居るって。お前達に気取られないように演習中の生徒の武具を折れるのが」


「……まさか、教官が犯人だって言ってるんじゃないでしょうね? そんなの不可能よ、別の生徒が待機していた場所を目撃してるし」


「なら、オレも不可能だろ。こいつにアヤつけられてた時に悲鳴が聞こえたんだ。方陣術も使えないオレがどうやって離れた位置に居る奴の武具を折れるってんだよ」


むしろそんな手段があるなら欲しい、切実に欲しいと視線で訴えると、ミナは気圧されたように一歩退いた。


「……その様子、本当にお前ではないようだな。しかし、それなら一体誰が」


「だから、害獣だろ。なんで別の方向で考えるかね」


トシユキの反応を見たデンスケは、3人が揉めている原因をそれとなく推測した。


緑の豪剣ジャーこと、トシユキは下手人が害獣であると信じている。青の槍マンことミツハルと、方陣暴発娘のミナは自分を疑っている。


『そこで意見が対立しているのか……しかし、トシユキは良く貴様を庇おうだなんて考えたな』


(曲がった事が嫌いなんだろ。深く考えてないとも言う)


一方で、疑念を持つ2人は考えている。怖さを覚えた訳だ。脅威度1である害獣なんかに心石が折られるという事実を認めたくない、別の要因がある筈だと。


デンスケは顔には出さなかったが、ややこしい事態になっているなと、本当の下手人に対して恨み節を抱いた。


(ったく、仕事人過ぎるだろ。心石行使の痕跡も残さずに………いや、ちょっと待て)


デンスケはある可能性に気づき、2人に尋ねた。


「おい、トシ&ミナ。残滓が無かったってのは本当か?」


「……間違いない。教官から直接聞いた話だ」


「だからアンタを疑ってんでしょ? 多分、遠距離からだろうけど、それだけ強力な攻撃とか方陣術使ったら、多少は痕跡が残るじゃない」


何となくのレベルだが、殺意や敵意、憎悪等がこめられた攻撃が行使された後には、その場に匂いのようなものが残る。それが全く無いというのは、少し考え辛い程に。


『――かなり拙いの。一刻を争う、という事態にはなっていないと信じたいが』


(どちらにせよ、貴族先輩の話を聞いてからだな)


当時の三傑を含めた戦争参加者に抱いた疑問点とも、無関係ではない。急ぐ必要があると判断したデンスケは、集まった3人を追い散らした。


トシユキとミツハルは訝しい表情をしながらもチーム内とのミーティングがあるらしく、今日の所はと言い残して去っていった。


「で、なんで残った。トシ&ハルと違ってボッチなのか?」


「アンタと一緒にしないでしょ。さっきの、教官についての話」


「……いや、冗談の類だったんだが」


論点を急転換して矛先を逸らすための、詐術とも言う。はっきりと告げると、ミナは顔を真っ赤にしながら怒り始めた。


「だからってくだらない冗談言ってんじゃないわよ! 名誉毀損よ、侮辱よ、死刑よ!」


いきなり最終段階の宣告をしたミナの剣幕に、デンスケは怖いなあと思いながらも、気づいたことを指摘した。


「なんだ、マサの字に惚れてんのかお前」


「ほ、ほれぇ!? ばばばバカなこと言ってんじゃないわよ、それになんでアンタ程度が呼び捨てにしてんのよ」


「そりゃ教官と助手だから。あ、もしかして羨ましくて突っかかってんのか?」


「………そんな訳ないじゃない、アホなのいやアホね?」


「そこで急に冷静になるなよ、傷つくだろうが」


無知な子豚を見るような目になったミナに、デンスケは素直過ぎるのも嫌だけどなあ、と思いつつマサヨシの冥福を祈った。こういう手合は厄介そうだと、経験もないのに百戦錬磨風に頷きながら。


『そういう所じゃぞ、そういう所』


(何がだよ)


デンスケは反論しながら、言葉の荒いミナをおだめてやり過ごそうとした。しばらくして、何とか鎮圧に成功したデンスケはさっさと立ち去ろうとするが、ミナは最後に言っておくことがあると呼び止めた。


「―――最初の演習。よくもやってくれたわね、と言いたいけど……勉強にはなったわ。おっさん呼ばわりして悪かったわね」


「あ、そういえばどうしてだ? 聞き間違いと思って流してたけど」


「……地元のおじさんに、よく注意されてたのよ。後衛だからって、障壁にこもってばかりだといつか亀になるぞ、って」


思い出して興奮した時に、無意識で叫んだのか。デンスケは話を聞きながらも、亀は酷いなと苦笑した。


「思い知らせてくれてありがとう―――今度は私はアンタを思い知らせるから」


「期待しとくよ、方陣暴発娘」


デンスケは言い残すなり走り去っていった。背後からの怒声を無視して、研究棟へと急ぐ。万が一にもないレベルだが、確認したかったのだ。


あちらの世界で仲が悪かった―――嫌悪感を抱いていた、決戦方術使いの一人が好んで用いていた、嫌らしい搦め手に関連することで。


「……それで、私の所に?」


「異世界側からの意見を聞ける知り合いが他に居なくて」


「だからって、よりにもよって……」


バカなんだろうな、とブレアはため息をついた。


「私もよくは知らないよ。そういう教育は受けたけど、興味ないから忘れた」


「そんな貴族風味の玉虫色の回答を……って、やっぱり代価が無いと話せない?」


知らないのではなく忘れた、というのであれば引っ張り出せるかもしれない。そう考えたデンスケは、とっておきを1つ、準備しながら再度問いかけた。


「聞きたいのは勇者関連の話で、確認したいのはただ一つ。三傑は本当に()()()()異世界の方に付いたのか、っていう点について」


「……それは、思い出せないね」


「なら、仕方ないッスね」


デンスケは一瞬だけ展開して見せた。


―――心石にストックしていた、エリルが組んだあちら側の世界の方陣を。デンスケ自身には使えないものだが、万が一のためにと贈られたのだ。効果はてきめんで、ブレアは最初に装飾を施した時のように目を見開き、驚きに硬直した。


「忙しい先輩に無理をさせるのも悪いし。今日はここで帰らせてもら」


「ちょっと待って待ちなさいいいから座って」


「……思い出しました?」


「今思いだすから、ちょっと待ってて」


ブレアは真剣に考え始めたが、デンスケはその反応を見るなり「これは知らないな」と呟いていた。


そのあたりの事情はデリケート過ぎる内容のため、本当に知っているなら絶対に誰にも聞かれないように周囲を確認するか、この場で直接手段に訴えてくるかのどちらかになるからだ。


『今の方陣は見たいが、対価になるような話は持っていない。だから悩んでいると、そんな所か』


(だろうな。教えられてないのか、そもそもそんな裏事情は無かったのか)


判別がつかないと思ったデンスケは、ゆっくりと色々話し出したブレアの言葉に相槌を打ちながらも、確認したいのはそこじゃない、と内心で歯がゆさを感じていた。


『収穫はあったじゃろう。少なくとも、破砕の下手人は此奴の関係者ではない』


それとなく尋ねてみたが、不思議な表情を浮かべるだけ。ただ、デンスケは1つだけ気になる言葉をブレアから聞き出せた。


「赤の勇者には悪いことをした、ですか」


「……そう。逆に、青の賢者の評判は良くなかった。緑は半々かな」


教師陣からの教えを自分なりに解釈してのことだけど、とブレアが告げた。デンスケは、なんとも判断がつかない中途半端な話だと悩み始めた。


「私の知ってる話は、これだけ………なんだけど」


「うーん、なんていうか、聞きたい所だけが抜けているというか」


「……だめ?」


「いやそんな泣きそうな顔をしなくても」


美人は卑怯だ、そんな顔をするだけでこっちが悪いような気分になる。そう思ったデンスケは、ため息をついた。


「お願い……何でもするから」


「その言葉が聞きたかった」


『言ってる場合か―――デンスケ!』



分かってる、とデンスケは心石を起動すると飛び上がり、ブレアの横に着地すると入り口に向かって構えた。


直後、武装した心石使いの集団が部屋の中に押し入って来た。



「……ノックがありませんでしたが?」


「抜かせ―――遠州、界だな?」


「その名前を気安く呼ぶなよ、クソ共が」



デンスケは敵意を返すも、殺意までは抱いていなかった。侵入者は予想していた下手人ではなく、別のクラスで見かけた教官と生徒たちだったからだ。



「それで、何のようッスか?」


「とぼけるなよクズが」



こちらに向けられた武具の群れ、その中にこめられた灼熱の怒気を前にデンスケは困惑した。殺意の一歩手前にまで高まった敵意を向けられるような事をした覚えがなかったからだ。


その態度に苛立つように、集団の中では最も目上であろう太り気味の男が、ゆっくりと口を開いた。
























「………え?」


アキラは聞き違いだろう、その筈だと祈るように尋ね返したが、答えは変わらず。


クラスの代表として通達に来たトシユキは、目を伏せながら告げた。




「デンスケが、スクールの教官達に拘束された―――ミナの奴を殺害した容疑で」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ