ミッション 森と緑と花を見ろ
聖女はカウンターを離れ執務室へ繋がる回廊から、頂きに聳える領主の館を見上げている。今日の昼過ぎの騎士からの報告ではシスターマリリの新居が多数の兵に囲まれていたと聞いているが、その後彼女達が連行されたという事や争いが有ったとは上がって来ていない。
事態は動き出しているが、スラムを見張らせた者や孤児院には不穏な動きの報告はない。このまま彼女達だけに責任を押し付けてもいいのだろうか。
「何が聖女よ。」
そう言うと彼女は執務室へと向かって行った。
王都から公爵本人が率いる騎馬隊が50騎リーリオへ向けて進軍している。騎士には珍しく背嚢を背負い自らの兵糧を確保している。
従卒及び補給部隊は馬の歩みに合わせて進んでおり騎馬隊よりも遅れて進んでいる。
「公爵様ペースが速すぎます。馬が持ちません。」
「ならん、ならば街で交換して進む。」
「ハッ!」
公爵率いる騎馬隊は馬車で8日かかる距離を馬を変えながら進み、3日で辿り着こうとしている。
騎馬には余分なヨロイの類は一切着けられておらず、速く走る事だけを追求している。
あれからコネクトとやらで話し掛けているが、娘からの返事は無い。あの精霊の加護はあの時のみだったのか?それとも距離が関係しているのか?
「胸騒ぎがするな。早まるなよフランシスカ。」
公爵はリーリオを睨むと、ひたすらに馬を走らせた。
舞台は再びリーリオの領主邸、ベリス辺境伯は大量のコインをそのままにフランシスカさんへと歩みを進めていく。
「王都のご婦人方のご機嫌を取るのも疲れるのだよ、今まではエルフ秘伝の惚れ薬と偽ってポーションを渡していたがどんどんとエスカレートして行ってね。」
やれやれと彼女は額に手を当て、大袈裟に振舞っている。
「そんなおり君の父上が精霊の宿ったミスリル銀なんて希少な物を欲していたんだ。どうやってそんな物を手に入れようか悩んだものだ。」
彼女はフランシスカさんの後ろへ回ると、その両肩をガッシリと掴んだ。
「…!」
「本当に偶然だったよ、ふとした事で精霊を物の中に閉じ込める事が出来たんだ。これは本当に君のお陰なんだ感謝しているよ。」
「そしてそればかりでは無く、本当の使い方まで教えてくれた事には感謝しかない。」
ポンと彼女の肩を叩くと自らの席に戻っていく。
「ああ、ご婦人がたとのしがらみや、形だけの国境警備、プロフィテスの大森林のエルフども、どれもこれも小さな事だった。」
「フランシスカ嬢、アールヴの森はご存知か?」
「いいえ。」
フランシスカさんは首を振り答える。
「アールヴの森とは我々エルフの聖地なんだ。我々エルフは元々精霊に近い存在で妖精の一種だった。」
彼女の独白はカレンもフランシスカさんも初めて聞く内容で外観上はジッと静かに聞いている。
(アンタ、アールヴの森がヤバイ物だったらレーザーでコインを薙ぎ払って、それで駄目なら私が跳ばすから。)
(了解)
「好奇心から聖地を出てしまったのが、我々のエルフの祖先と言う訳だ。アールヴの地のエルフは精霊の助け無くとも魔法の行使ができると言われている。」
「どうだ興味深いだろ?人よりも何倍もの寿命を持つエルフの言い伝え、伝説だ。ちっぽけな精霊に頼む必要すら無くなる。」
「君らのを真似させてもらう。私はアールヴの森でハイエルフなどとは比べ物にならない真のエルフとなるのだ!」
「さあ、コインよ!我をアールヴの森へと誘え!」
「げっ!いきなりかよ!準備とか呪文とか無いのか!」
「アンタ、早く!」
「バンバンバン!」
しかしレーザーがそこを通った時にはコインは消えていた。食堂の壁に穴が3つ空いただけだ。
「おや?何故君たちがここに?」
領主は怪訝な顔をするが、その姿が薄くなっていく。それは領主からの見た目も同じだったらしく彼女はこちらを目を細めて観察していたが暫くすると声にならない笑みを浮かべ頷いていた。
ゆっくりと風景に溶け込む様に領主が消えて行ったのを俺たちはそのまま見送った。執事と使用人の女性達は呆然とその様子を見守るしか無かった。
「おい、外を見ろ!」
タリリが叫ぶ。その声に釣られて窓の外を見ると、視界が巨大な緑に覆われてていた。蔦、草、木、苔、シダの群れが眼下の領主の山を覆っていた。その裾野はリーリオの街の一部にも広がっていた。
「なによこれ?」
そう言う間にも窓から緑が入ってくる。一瞬目の前が明滅した気がする。
「カレンさん、今恐らく加護が消滅しました。屋敷の結界が破られたのでしょう。ここは一旦出ましょう。」
「みんな戻るわよ。」
緑に覆われた所為なのか、部屋が薄暗くなって来ている。陰って来たというより色が無くなって来たという方が近い感じだ。
フランシスカさんは目の前に置かれた精霊石を触れて15匹の精霊を解放している。
「そちらの方々も避難されて下さいませ。ここは永くは持ちません。」
フランシスカさんの声に我に返った執事達は慌てて玄関へと走っていく。俺たちが走っていく先に他の人使用人たちの走っていく姿も見える。
「ギリギリだな。」
「ここまでは伸びて来ない様ね。」
「煙ってますねー。」
坂道を馬車も使わずに一気に転げ落ちるかの勢いで、領主の敷地と平民街を別ける門の所まで来ると緑の増殖は感じられなくなった。
「領主の館の出口は危機一髪だったぞ。」
確かにそこはタリリの言う通りギリギリだった。あの執事が屋敷の使用人が残っていないか確認して出て来たときで人が通れるギリギリの隙間しか無かった。
俺たちのパーティは人が良いのか、その執事が出て来るまでロータリーの所で待っていたのだ。そして執事が最後の1人を伴って出てきてからは、迫り来る緑の波に対して殿をつとめてきたのだった。
「領主が化け物になったり、ドラゴンとか呼び出すのかと思ったけど。何も無かったな。」
「そうね、これで終わりよね?」
「領主がアールヴの森に行きたいだけという話なら終わりでしょう。」
「戻って来て悪さをしなければ良いのですが。」
「フランシスカさん、お疲れ様。今回は助かったわ。」
「いいえ。何もしてませんですわ。」
「いや、フランシスカさんがいたからあれだけの情報を喋ったと思うな。俺たちだけだったら、腕輪の転移を確認したら用済みだったかもな。」
「とりあえず、疲れたから帰りましょう。」
「あの、一度家を見て来てもいいですか?」
俺たちの会話にエイミーさんが加わってくる。
「そうね、それが良いわね、そっちから行くわよ。」
「え、そんな悪いですよ。」
エミリーさんはワタワタと手を振って断っているその様子を見ると少しは落ち着いて来たようだ。
「お母さんも頑張ってたんだから、報告させてもらえる?」
「そうですわ、お母様も戦友ですから。」
「あ、はい。それならお願いします。」
「レッツゴー!」
「え?なにそれ、ジェシカさん?」
「あれ、なんでしょう?」
キョトンとした表情のジェシカさんを置いて、エイミーさんはみんなを先導して歩いている。すれ違う人々はみな領主の館を見上げて、不安そうにしている。中には雨戸を閉め施錠をしている民家も見かけた。
そんな中エイミーさんの家は、いつも通り鍵もかかって居らずエイミーさんが扉を引っ張ると抵抗も無く開いた。そこに覗き込むようにエイミーさんが入っていった。
「ただいま、お母さんいるー?」
「ああ、どうしたんだい?」
エプロンで手を拭きながら、エイミーさんのお母さんが歩いてくる。
「あのね、領主様の件の報告?」
エイミーさんの説明では分かりにくかったので、途中からカレンが引き継いでいる。
「それでもう領主様はいないんだね。」
「はい、腕輪も全て破棄しました。」
「ありがとうね。」
「いいえ。」
エイミーさんのお母さんは心底安心したようで、溜息と共に椅子に腰掛けた。
「ふう、今朝は随分と物々しかったから。エイミー心配したてたんだよ。」
「え、私の事なの?」
「当たり前じゃない。」
「もう!自分のことを心配してよ。」
「お母様、物々しかったとは?」
フランシスカさんがエイミーさんのお母さんの言葉に気に留めていた。
「多分、教会の騎士様達が何人もこの辺りを往き来していてね。」
「それは聖女様がお母様をお守り下さっていたのかと思われます。」
マリリさんはエイミーさんを確保する為にこの場所を見張っていた可能性も考えたが敢えて口には出さないでおいた。
エイミーさんのお母さんに報告を終えた俺たちは全員で教会を目指している。今日中に聖女様には報告が必要だろうとの判断だ。
「ヨナーちゃん、疲れてるのにごめんね。」
カレンが謝る彼女は既に俺の背中にいる。寝てはいないが限界は近そうだ。その横をミカンちゃんは歩いている。
そんな時、緑に覆われた山を見上げたタリリが気付いた。
「マリリ、花が咲くのか?」
その目線の先を追うとマリリの目には、領主の屋敷の上の蔓の先端に小さな小屋ぐらいのツボミが1つ映っている。
「タリリ、いつから有りました?」
「いや、今気付いた。」
マリリの知識では知らない植物で、植物モンスターとしても知らない種類だ。それでも採掘者としての感が警鐘をならしている。
「カレンさん、どうしましょうか?」
「様子をみましょう。コイツが狙い撃ちしても良いけどあの草が暴走した時に、責任取りたくないわ。」
「賛成でーす。」
「みんな、気付いた事が有ったら教えてね。」
俺たちは巨大なツボミを常に見上げながら、教会へと進んで行った。
そしてここは教会の聖女様の執務室だ。俺たち全員と対するのは聖女様と神父さまの2人だ。
「それで貴女達は領主が消えてしまったから、帰って来たと?」
「手は出してはいないんだな?」
「はい、こちらは特に。」
「本当だな?」
「執事や使用人が何名か同席していましたので、証言頂けると思います。」
マリリさんの報告に一々突っかかってくるのは神父だ。聖女様は俺たちを静かに見守っている。
「では、あの植物はなんだ!」
「領主様が消えたと同時期に現れたとしか、私どもにも分かり兼ねます。」
「あの花はなんだ?」
「花ですか?」
「ああ、山頂に咲く馬鹿でかい花だ!危険はないんだろうな?」
「ここに来る前はツボミでしたが、今は咲いているのでしょうか?」
「ああ、不気味な灰色の花だ。」
「それに関しても、我々はなにも知り得えてません。」
俺たちはこの部屋からは見えない、山頂の花を思い描いて何も起こらない事を祈った。きっと教会だから祈りは届きやすいだろう。
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