ラヴァンドの町に急げ
リーリスの街を素通りしラヴァンドの町に向けて進んでいるが、正直本日の進みはすこぶる悪い。
王都からのメイン街道から外れリーリオとエンサータの街を結ぶ国境沿いの2級街道は未舗装路であり、轍が深く刻まれている。
地面の凸凹が酷い上に昨日雨でぬかるみ、途中で3台も馬車が立ち往生していた。もちろんその馬車を救助していたのも時間が掛かっている原因ではあるが、悪路でスピードが出せないのが進みの悪い1番の原因だった。
「ああ、また雨よ。」
御者をしているカレンがボヤく。ポツポツと降って来ていた雨がだんだんと本格的になって来た。
「少し早いけど、今日はここまでね。アンタ、ポケットコテージをお願いね。」
「ん?小屋の事か、それ。」
「小屋じゃないわ。ポケットコテージよ。そんなダサい名前で呼んだら入れてあげないから。」
俺とタリリは小屋に併設された厩で、馬に餌をやっている。馬の前にはバケツ一杯の鶏肉が置かれており、顔を突っ込んでガツガツと飲み込んでいる。
「何回見ても慣れないな。」
「肉を食うのがか?私達も食べるだろ。」
タリリの意見は何か違う気がしたが、馬じゃなくて脚の長いワニと思う事にする。コイツはワニだ。
「ぴろりろーん!」
(ミッション 雨の中を南へ進め 制限時間 1800秒)
「私と2人きりの時とは珍しいな。」
「ああ、雨の中を南へ進めって指示だ。ちょっと行ってくる。」
「待て、私も行く。」
俺たちは撥水加工の施された外套を頭から被り、雨の中へ歩みを進めた。激しい雨でぬかるんでいた地面も川の様になり、落ち葉が流れて来ている。
「カケル、注意しろ。」
「ああ。」
タリリの手にはショートソードが既に抜かれている。それを見て俺も短剣を手に持った。
街道脇の林の中を10分程進むと、落ち葉がうず高く小山の様になっている場所が有った。この大雨で落ち葉が洗い流され小山の正体が明らかになっていた。
「あの2人だな。」
「デイビスとスミスで間違いない。」
そこには2人の死体が折り重なって放置されており、それを発見した瞬間にミッションも達成となっていた。
「死因は分からない。キズが多過ぎだ。」
タリリが確認したところ、矢傷や刀傷や刺し傷が多数あり過ぎて2人に致命傷を負わせた攻撃手段が断定できないと言っている。
「連れて帰るにしても一旦もどるか。」
「そうだな、敵はまだ近くにいるかもしれないから、カケル気を抜くな。」
「タリリ、頼りにしてるからな。」
タリリは頷くことで返事を返すと、ショートソードに緑色の風を纏わせて行った。
俺は左手で短剣を逆手に持ち、右手を銃の型にして
軽く前に伸ばしている。
雨足が強まり激しく外套を打ちつける。敵の音や気配を聞き逃さない様に神経を澄ますが、雨音が煩くてそれもままならない。小屋までの10分がやけに長く感じる。
目の前に2つの明かりが見えた。俺たちに緊張が走る。タリリはショートソードを正面に構えて防御の姿勢だ。俺は短剣を盾がわりにして、右手の人差し指を明かりに照準を合わせた。
「タリリー!」
「カケルさーん!」
マリリさんとジェシカさんの声だ。俺たちは警戒を継続しながらも光の元へ駆け出した。
「そう、護衛の2人が。」
「カレンさん、これは急いだ方が。」
「レンちゃん急ぐです。」
俺たちが森の中で見た事を説明すると、フランシスカさんとミカンちゃんはカレンに今すぐの出発を促した。
ここからラヴァンドの町までは1日の距離だ。本来ならここで夜を明かし、明日の夕方前には到着予定だった。今から夜通しで走れば、明日の朝には町に着くだろう。
ポケットコテージを収納した後、馬車は再び雨の中を進んでいく。今の御者はタリリだ。俺とカレンは車内で仮眠を取っている。気がはやるが夜間の交代要員として無理やり目を閉じている。それは隣に座るカレンも同じで、眠れないのか何度も姿勢を変えていた。
「お父さん…。」
アルルちゃんの小さな、消えてしまいそうな声が聞こえてくる。
「アルルちゃん大丈夫です。直ぐに着くです。直ぐに助けるです。」
「ええ、わたくしも皆さんには失礼ですが、全力で参らせて頂きますのでご安心下さい。」
ミカンちゃんはアルルちゃんの手を離さずに、フランシスカさんは口元の笑みとは対照的に全くその瞳は笑っていなかった。
途中、馬の為に小休憩を入れたが、その時にマリリさんは馬にヒールを掛けていた。酷使して済まんな馬よ。町に着いたらゆっくりと休んでくれ。
俺が2時間ほど馬車を走らせ、現在はカレンが手綱を握っている。まだ夜が明けていない暗闇を走らせているが、こんな時間に対向車や立ち往生した馬車がいる訳もなく順調に進めている。
「見えましたわ。」
カレンを挟んで反対側に座るフランシスカさんが、町の明かりを見つけた。そのまま進んで行くと、門の前には3台の馬車が既に列を成しており、門が開くのを待っていた。
「カレンさん、そのまま行って下さい。」
「え?大丈夫なの?」
「ええ、出し惜しみは致しません。」
フランシスカさんは背筋を伸ばし、膝に手を置くと微笑んだ。その瞬間、公爵家令嬢の高貴なオーラを幻視した。
「準備出来ました、ではカケル。フランシスカ アーホルンでお願いしますね。」
名前を呼ばれると自然と身体が動いた。
「開門ー!フランシスカ アーホルン 公爵家ご令嬢の到着である。直ちに開門せよ!」
雰囲気で叫んでみたが、門の内側で兵士達が慌しくなったので間違ってはいなかったかと胸を撫で下ろした。
門が少しだけ開くと、2人の兵士が走ってくる。
「申し訳ありませんが、馬車に紋章が見られませんので紋章のご提示をお願い致します。」
兵士は俺にそう告げて来た。知らないぞ紋章なんてと、不安げにフランシスカさんを見る。
「では、こちらを。」
フランシスカさんは懐から短剣を取り出すと、俺に手渡してきた。彼女から短剣を恭しく両手で受け取ると体の向きを変え、そのまま兵士に提示する。
「拝見させて頂きます。」
兵士は短剣を受け取ると、鞘と柄頭に公爵家の紋章を確認するとすぐに短剣を返してきた。チラッと見ただけで分かるのかと思ったが、失礼にならない事が最優先なのかもしれない。
俺たちの馬車だけの為に開門し、通過後には開門待ちの馬車を残して再び閉じられていった。その少しの時間に兵士はフランシスカさんと話をしているようだった。
「アルルちゃん、お家はどっちです?」
「まっすぐいったら、こっちがお家。」
「レンちゃんまっすぐ行って、右です。」
ミカンちゃんもアルルちゃんも門を潜るまでは寝ていた為にまだ眠そうにしながらも、一生懸命に自宅の場所を説明してくれる。
アルルちゃんがこっちと指差すのをミカンちゃんが丁寧に方向を教えている。そんなやりとりが微笑ましい。
「流石に起きていらっしゃらないようですわね。」
フランシスカさんは商店に灯りが点いてない事からそう判断したらしい。
「こっち」
アルルちゃんは馬車を下りると、ミカンちゃんの手を取って隣の建物との隙間に入っていく。そうして辿り着いたのは裏口の木製の扉の前だった。
「ここは鍵しないから。」
アルルちゃんはいつも通りに、入ろうとするが扉は施錠されていて開かない。
「お父さーん!お父さーん!」
急に不安になったアルルちゃんは扉に向かって叫び出した。
「寝てるだけです。朝になれば起きるです。」
ミカンちゃんはアルルちゃんの手を握ると、安心させるようにゆっくりと語りかけた。
しかし朝になっても、中の住人が起きてくる気配は無い。もしかして既に手遅れかと悪い想像がつきまとってくる。どうする突入するべきか?
「アルルちゃん、お父さんどこかへお出掛けするって言ってなかった?」
カレンが問いかけるが、アルルちゃんは首を左右に振るだけだった。商品の仕入れに出掛けているだけであって欲しい。
ここで店先の看板を見たミカンちゃんはアルルちゃんに聞いた。
「お父さんの仕事は何です?」
その質問にアルルちゃんは無邪気に答える。
「お父さんのお仕事?教会で本読んでるんだよ。」
「え?お父さんは商人じゃないの?」
「うん、お店はお母さんがしてたの。お父さんは恥ずかしいんだって。」
俺は店先の看板を見るが読めない。カレンになんて書いてあるのかを尋ねた。
「マーテルのランジェリーショップってあるわ。」
「そうだったのか。」
「カレンさん、教会に行ってみましょう。」
人通りが増え始めた中、馬車は教会に辿り着いた。門は開放されているが門番の僧兵が詰所からこちらを眺めていた。
「こちらにアルルちゃんのお父さんはいらっしゃいますでしょうか。」
カレンは教会のカウンター周りを掃き掃除していたシスターさんに声を掛けた。
「どちら様でしょうか?」
不審者を見る目で、露骨に警戒されている。カレンはアルルちゃんを前に出して、自己紹介を始めた。
「アザリア教会所属のカレンです。こちらはシスターのマリリです。私達はアルルちゃんを保護して来ました。」
シスターさんはアルルちゃんを見たことが有ったようで、手を振って微笑むと奥に入って行った。しばらくすると、誰かが走ってくる音がする。アルルちゃんのお父さんだろう。
「お父さーん!」
「アルルどうしてここに!」
お父さんはアルルちゃんの両肩を持つと、全身を確かめる様に眺めている。
「カレンお姉ちゃんが連れて来てくれたの。」
「え?あの採掘者の?」
アルルちゃんのお父さんは驚いた表情をした後に残念そうな顔をした。
きっとアルルちゃんをこの町から避難させたかったんだろう。
「お父様、私達はクブルムで娘さんを保護した訳ではありません。その辺のお話をさせて頂けませんか。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
「お父さん!まずはカレンお姉ちゃんにありがとうは?」
アルルちゃんのお父さんはその言葉に呆気に取られていたが、すぐに再起動すると俺たち一人ひとりにお礼の言葉を述べて言った。
そんな父親をじっと眺めていたアルルちゃんは、お父さんの御礼が終わる前にお父さんの足元へ飛び込んで行った。その顔には笑顔が見えた




