ミッション タリリとマリリ
俺は圧迫感を感じて目を覚ました。痛む頭を押さえながら体を起こすと、トーマスさんの足が体の上に乗っていた。それを横へ除けると新鮮な空気を吸いに外へ出かけた。
まだ星が瞬く時間だが、ゆっくりとジェシカさんの家に向かって歩き出した。
ふらふらと家の前にくると、こんな時間になのに窓に明かりが灯っていた。消し忘れか誰かが起きているのか分からないが、あの窓はアンナさんとマリリさん達の2部屋だ。
そんな事を考えていたら、玄関のドアが勢いよく開くと装備を整えたカレン、マリリさん、ミカンちゃん、ジェシカさんが慌てた様子で出て来た。
「カレン、どうした?」
「ア、アンタ。タリリ見なかったよね?」
「ああ、見てないが。」
カレンは俺と会話しながらも、その足は緩まる事は無い。
「タリリがいなくなりました。」
マリリさんの悲痛な声が酔いから覚ます。
「夕方の件から、タリリはしきりに自分の弱さを悔やんでいました。だからきっと眠れずに家を出たんだと思います。」
「タリリはどこに?」
「きっとダンジョンです。弱い自分を鍛える為に」
マズイ、あのダンジョンのトラップはどれもこれも即死系だ。タリリ一人では危ない。一刻を争う事態だ。
「カレン、跳べ時間がない。」
「あ、ええ、そうね。うっかりしてたわ。」
今、俺たちは隙間を抜けた先の宝箱の前にいる。この蓋を開ければ後ろの通路の落とし穴が開く仕掛けになっている。
「念のため開けるぞ。落ちるなよ。」
「いいわよ。」
カレンとマリリさんは落とし穴の中を覗き込んでいるが、タリリが落ちた跡は見られない。
「良し、先に行くぞ。」
「駄目よ。中も見るわ。」
「はい。お願いします。」
カレンは腕輪を使い、落とし穴の横穴に繋がる部屋に転移した。
「いないわ。」
カレンが言い終わる前に、マリリさんは鍵の通路へ走り出している。俺たちが追いついた時にはマリリさんは何者も通さないと固く閉ざされた扉の前で立ち尽くしていた。
「マリリさん、行きますよ。」
「は、はい。」
カレンの腕輪で宝箱まで戻ると、マリリさんはすぐに駆け出した。宝箱を過ぎるとゴブリンナイト、ゴブリンメイジ、ゴブリンアーチャーが立ち塞がったがマリリさんのストーンで瞬殺されていた。
次の部屋に入ると正面に通路が見えていた。その出口のある壁の横には、腰の高さの台が有り、その台の上には同じ大きさの壺が4つ並んでいる。
「壺だな、1つだけ水が入ってるが、残りの3つは空みたいだな。」
「毒だったりしてー。」
「いや、こんな水飲まないだろ。」
「じゃあ、何よ。」
「ぴろりろーん!」
(ミッション 4つの壺を同じ重さにしろ。 制限時間 300)
「こんな時に?」
「いいから、なんて書いてあるのか、読みなさいよ。」
カレンの催促で俺はミッションの内容を読み上げた。みんな何かの仕掛けとは想像していた様で、特に驚いた様子はない。
「やりますね。」
俺は始める前にマリリさんに一言確認をした。マリリさんは言葉は無いが頷いてくれた。
俺は水の入った壺を持ち上げると、壺の有った場所に魔方陣が書かれているのが目に入った。良く見ると魔方陣の中心から少しずつ光が大きくなっていってるようだ。
「カレン、この魔方陣見てくれ。なんだと思う。」
「何かの仕掛けのようね。この光の広がる早さなら、残り300秒ぐらいね。」
「やっぱり罠だよな。」
「頑張りなさい。もしもの時は跳んであげるから。」
「おお、頼んだ。」
俺は空の3つの壺に水を少しづつ移していき、4つの壺の水面の高さが同じになるように調整していった。
「時間が無いわ、急いで。」
「マリリさん、少しだけそっちの壺をこっちに戻して下さい。」
「こっちはいいのー?」
「ジェシカさんのはそのままで。よし壺を元の位置に戻して下さい。」
カレン、ジェシカさん、マリリさんは持っていた壺を慎重に元の魔方陣の上に戻していく。あとは俺の壺だけだ。光も魔方陣の外周部まできている。
「みんな、私から離れないでね。」
カレンは左手ではミカンちゃんと手を繋ぎ、右手で俺のウエストポーチのベルトを握りしめた。
「どうだ?!」
俺が壺を魔方陣の上に置くと、壺の下の魔方陣が更に広がり赤く発光していく。いやな予感しかしない。
「カレン!」
俺が叫ぶとゴゴゴという音と振動が伝わって来た。
「転移」
転移が始まるその瞬く程の瞬間に、マリリさんは左側の壁が崩れた先に、探し求める姉が無数のゴブリンに囲まれているのが見えた。
その右足はトラバサミで固定され、逃げる術さえ奪われているのが確かに見えた。
「タリリー!!」
その悲痛な叫び声は壁や床が崩れ落ちていく騒音に掻き消され、タリリまで届く事は無かった。
転移先ではマリリさんが真っ白な顔で悲痛な声を絞り出している。
「タリリがいました、あの先の部屋に。独りで苦しんで…。」
「どうする、もう1度やるか?」
「できるの?」
「測りも無しに、同じにするのは難しいな。」
マリリさんの話だとタリリはゴブリンと戦闘中との事だ。しかも自由を奪われた状態で。時間を無駄には出来ない。
「先に進んで反対側から回り込むわ。」
「了解だ、急ぐぞ。」
壺の部屋を抜けて、通路を早足で進んでいく。通路は大きく左に湾曲するが、タリリの部屋には繋がらずに扉が見えて来た。
「扉か開けるぞ。」
カレンが頷くのを見ると右側の扉を勢いよく開け放つ。
「ストーンウォールです。」
ミカンちゃんのストーンウォールに矢が弾かれて落ちる。隙間から見えた部屋の中はこちらの扉から出口の扉まで真っ直ぐな橋が架かっていた。幅は50センチ程度だ。
「深いな、下が見えない。」
「出口にはゴブリンアーチャーが3匹、両サイドの窓からも、ゴブリンアーチャーが狙っているわ。」
「ストーン、ストーン、ストーン。」
「ストーンウォール、ストーンウォール。」
立て続けにマリリさんは魔方を行使していく。最初のストーンは正面出口のゴブリンアーチャーを瞬殺した。
続くストーンウォールは橋の両脇に矢避けの壁となった。
マリリさんは何も言わずに、橋に乗り走り出した。
ゴブリンアーチャーの射る矢は全てマリリさんの作り出した壁によって防がれている。
「行くわよ。」
「マリリさーん、落ち着いて下さい。」
出口からは直線の通路になっており、ゴブリンが2匹いたようだがマリリさんに頭部を潰されていた。
ようやくマリリさんに追いついた場所は四角い部屋だった。高さは15メートルぐらいだろうか。
「今度は高いわね。」
カレンの指差す正面の壁の天井間際に、入口と同じサイズの通路が口を開けていた。
「ゴブリンはいないようだが、この高さじゃ登れないぞ。引き返すか?タリリもここを通っていないだろ。」
あまりに高いので道具を持たないタリリが登ったとは考えらない。まさか、タリリの時だけハシゴが架かっていたなんて都合が良い筈がないと取り留めも無い可能性を考えていたらマリリさんの声が聞こえた。
「アースステップ」
マリリさんは通路まで続く、階段をどんどんと作り出していき、足早に登っていく。
「マリリさん!」
カレンの声も届かないのか、もう天井に近い。慌てて俺たちは追いかけていく。
ジェシカさんは高さからくる恐怖から、立ったままでは登れず、両手でステップを掴みながら、1段1段ゆっくりと登って行った。当然、彼女の声は震えていた。
「高いでずー。待ってぐだざいー。」
マリリさんの階段を登りきったあとは、また真っ直ぐな通路が続いている。しばらく進むと広い部屋に出た。
ここにもゴブリンナイトが3匹、ゴブリンメイジが2匹、ゴブリンスケルトンが4匹いたようだがもう既にマリリさんが一掃している。
この部屋の出口は正面では無く、左手に開いていた。そこから伸びる道は長い緩やかな下り坂になっていた。
「もう少し傾斜が有れば、天井から巨大な鉄球ってパターンなんだけどな。」
俺が部屋から坂道を見下ろしながら呟くと非難の声が上がった。
「辞めなさいよ、そんな気がしてくるから。」
「ゴロゴロってくるんですよねー。」
「来たらその時ですよ。」
マリリさんは躊躇いも無く坂道に足を踏み入れた。
俺たちがマリリさんを追いかけ、中程まで下ってくると、案の定、天井が真ん中から両開きにカパッと開いた。しかも坂の麓から頂上までの全ての天井が。
「うわぁ!」
「痛っ、ちょっと痛いわよ!」
「きゃあああー!」
「ストーンウォール。」
「えい、えい。」
無数の骨がバラバラと落ちてきている。もちろん俺の頭の上にも、みんなの上にもだ。
中にはゴブリンスケルトンがショートソードを持ったままで落下してきたのも見えた。
バラバラだった骨は逆再生の様に、ゴブリンスケルトンへと変貌を遂げて行った。
「ストーン、ストーン」
俺たちの前後の通路全体が瞬時に大量の石で埋め尽くされた。その石が消えると、粉々になった骨が床を埋め尽くしていた。
「い、行くわよ。」
「お、う。」
「ほえー。」
坂道を下ると豪華な装飾を施された扉に突き当たる。
「ボス部屋の扉だな。」
「確認だけしましょ。倒さなくていいわ。」
俺はゆっくりと扉を開けると中を覗き込む。それが合図であったかの様に部屋中の無数ゴブリンがこっちを向いた。
「魔方陣確認。いつものボス部屋だ。」
いつもの入口とは反対側の為に、違う風景に見えるがゴブリンの数と中央部の魔方陣がボス部屋だと主張している。
「壺の部屋で良いわね。」
「そこしか無いな。」
やはり壺の仕掛けを解いて、先の部屋に進むしか道はない様だ。しかしどこまで正確に、4つの壺の重さを同じにする必要があるのか?もし許容誤差が無かったら、このダンジョンなら無いとも言えない。俺たちを殺す為に正解なんて無いのかも知れない。
俺たちは4つの壺を遠巻きにして囲んでいる。こうしている間も、タリリは左の部屋で独り生きる為に足掻いているのだろう。
「アンタ、出来るの?」
「自信は無いがやるしか無いだろ。何度でも」
「それしか無いですよねー。」
「カケルそれはダメダメです。1回でミカンがするです。タリリが死んじゃうです。」
ミカンちゃんの淡々としているが、力強い声がダンジョンに響く。俺たちはその声の主を一斉に見つめた。
ミカンちゃんはその視線を跳ね返すかの様に、真っ直ぐにマリリさんを見つめている。その両手はキツく握り締められている。




