ミッション 教会騎士
神父さんが早馬を出してから今日で10日目になる。当初の予定では今日が王都からお偉いさんがくる日のハズだ。
俺は日課となったダンジョンの監視についている。入口を入ってすぐの壁を背に、椅子に背中を預けてぼーっとしている。この体勢ならダンジョンの中も外も見る事が出来るからだ。何故他のダンジョンでは兵士は外を向いて立っているのだろうかと、今頃疑問に思う。
壁にはタリリから借りた予備の盾とショートソードを立て掛けている。もっとも今まで使用する機会は無かったが。
「ブーブーブー」
スマホが振動し着信を知らせる。
「ヤッホー。お偉いさん達到着です。凄いよ、竜騎士だよー。そっちに行くみたいだから、よろしくー」
スマホには元気よく手を振るジェシカさんの姿が写し出されている。電池も減らないしどんな原理なんだろうか。
しばらくそのままでいると、空が暗く陰る。顔を上げるとワイバーンに乗ったフルプレートの騎士が降りてくるのが見えた。ワイバーンの翼によって巻き上げられる埃で目が痛い。
「お疲れ様です。この先がダンジョンになります。」
一応立ち上がり、騎士に挨拶をしておく。しかし騎士は軽く手を挙げると、街の方を向き誰かを待っているようだ。
クブルムの街を抜けて2頭立ての6台の箱馬車が走っている。その馬車にはミレラーネ教会の印が彫られ、先頭の馬車にはフロース王国教会本部の旗が掲げられている。
マリリさんの所属する教会は、この大陸では唯一の宗教であるミレラーネ教が所有する教会であり、フロース王国の隣に神聖ミラレーネ国として古くから存在している。そのミレラーネ国より各国の首都に派遣されているのが、教会本部となる。その教会本部の下に各都市の教会が所属している。
今回はフロース王国の教会本部から直接27名もの教会関係者が派遣されて来た。その内訳はハッキネン司祭、竜騎士ハロルドを始め、神父2名、シスター8名、教会騎士2名、騎士の従者3名、兵士10名となっている。
その27名が続々と馬車から降り、洞穴の前に集まった。ワイバーンだけでも圧巻であったが、同じ神父であってもクブルムのスミス神父の服とは明らかに生地から異なるようで、本部司祭ともなれば細部に金の刺繍が入りその辺の貴族よりも貴族然としている。
その一団の後にクブルムの神父、シスターマリー、トーマスさんと続き、そのあとにカレン率いる我がパーティが続いている。更にその後に町長ら街の顔役が数名同行している。
「モンスターのところまで案内せよ。」
司祭が竜騎士と神父と言葉を交わしたかと思うと、神父が俺にそう告げた。おれはトーマスを見るが顎を僅かに挙げる仕草をしたのを確認すると、隙間に向かって歩きだした。
「この上の隙間を抜けた先に、ゴブリンがいます。」
「なんと、この様な隙間を潜るのか。」
司祭は這って通る必要のある隙間を目を細めて見つめている。すると、神父が俺に入る様に視線で指図する。
「ヨイショっと」
掛け声をかけつつ、樽に登ると腹ばいの姿勢で足から隙間に滑り込むとロープを伝って下までおりた。
「下にはゴブリンの姿は無く安全です。どうぞ。」
「司祭様、如何されますか?」
神父が司祭にお伺いを立てているのが聞こえる。その近くでは鎧を脱がすのを複数の人間が手伝っている音が聞こえる。
「竜騎士ハロルド卿が確認されるなら、儂は必要あるまいて。」
「はは、ではそのように。」
フルプレートのカブトと胴と腰を脱いだチェインメールの金髪の紳士が隙間を通り、足から降りて来た。籠手とブーツはそのままだったが上手く降りて来た。
「中は普通だな。」
竜騎士ハロルドはそう感想を述べると、籠手の指先でダンジョンの壁面を触っている。その様子を伺っていると騎士や兵士やシスター等が続々と降りて来た。
「どうぞ。」
シスターさんだけ俺は手助けをした。1人の若いシスターさんが降りる途中で手を滑らせたので抱きとめてしまい、色々と触ってはいけない所を触ってしまったが、シスターさんは俺に氷のような視線を浴びせると立ち去って行った。
俺は両手の柔らかな感触と相対する冷たい態度に、今までに無いゾクゾク感を味わっていた。シスターに続いてカレンとジェシカさんが降りてくると
「アンタ、何鼻の下伸ばしているのよ。」
「スカート覗いたんですよー、きっと。」
と言いながら、2人は連続で後頭部を叩いて通り過ぎようとした。しかし、2人ともチカラ加減を間違えたようでムチウチになりそうなぐらいの音と衝撃が有った。俺は余りの衝撃に少しフラついた後、尻餅をついた。俺のリアクションが冗談では無いと理解した瞬間から、叩いた当事者自身も己の手のひらを何度も見返していた。
「痛ってー!!頭が取れそうだったぞ。」
俺は首元をさすりながら、2人に文句を言う。
「ごめん、ちょっと強かったわね。謝るわ。」
「すみません、すみません。」
俺とカレンがそんな風に騒いでいると、先程のシスターと目が合った。すると恥ずかしそうに会釈された。くそう、そのギャップに惚れてしまいそうだ。後で名前を聞こう。
ハッキネン司祭と神父1人と数人のシスターと僅かな兵を残して全てがこちら側に降り立った。そのあとはトーマスさんが竜騎士ハロルド卿の横からサポートする形で進んで行った。先頭は兵士達が隊列を組んで進んでいる。
「竜騎士に騎士、そして沢山の兵士にシスターさん達、俺たち必要なのか?」
「付いて来いって言われたんだから、仕方ないでしょ。」
「みなさん、もうすこしだけお付き合いをお願いしますわ。」
「いえいえ、マリリさんに文句を言ってる訳じゃないです。これくらい何でもないですよ。」
「ふう、アタシらまで付き合わされるとはね。」
「儂もじゃよ。壁の向こうで待ちたかったわい。」
マリーおばさんは体型的にギリギリだったし、スミス神父は御高齢だ。確実にハッキネン司祭のが若いだろう。
「しかし、久しぶりのダンジョンだね。若い頃を思い出すよ。」
「儂は昔過ぎて、忘れてしもうたわい。」
「ゴブリン3!」
「始末しろ。」
「「「ハッ」」」
騎士の号令で兵士がゴブリンを一撃で倒していく。この兵士は俺よりも強いようだ。態度には気をつけよう。
床に転がってる3匹のゴブリンを全員が固唾を呑んで見守っている。しばらくすると、金色の糸が立ち登り始めると大きな歓声が沸いた。
「ふむ、間違いなくダンジョンだ。名は何とつける?」
竜騎士はカレンにそう問いかける。
「候補はジェシカアンナのダンジョンです。」
「その意味は?」
「情報提供者の名前です。」
「その者はどこに?街か?」
「昨年、この情報を我々に託した後に亡くなっております。その者の遺言として探索を進めておりました。」
「そうか…。後で話がある。」
「はい。」
ジェシカさんを見ると、口に手を当て声を我慢して、目を見開いてピョンピョンと体を上下に動かしている。きっと以前話していたのを本気にしていなかったのだろう。全身で驚きと喜びを表している。
ジェシカさんの声は俺たちにしか、聞こえないから声を我慢しなくてもと思いながらその姿をみる。しかし、それが実現するかは竜騎士との話次第だが悪い予感しかしない。どこかにジェシカさんの名前を残せたら俺たちの勝ちだ。頑張れカレン。頼むぞカレン。
「ゴブリンメイジ、ナイト、スケルトン各1!」
「やれ。」
何度目かの騎士の合図で戦闘が始まる。メイジ、ナイトだけで無く、ゴブリンスケルトンまで混じっている。アザリアのダンジョンだと6階層の敵だ。
それでも6人の兵士の攻撃で1分もかからずに倒されている。時折シスターのサポートが入っているらしく、ゴブリンメイジは魔法を撃つこともなく撃破されていた。
「どこまで、行くんだ?ボスまでか?」
「それは無いでしょ?ポーターもいないのよ?こんな人数の食事どうするのよ?」
「それもそうか。」
俺は自分の背負っている袋もポーター用では無い小さなバックパックだったなと背中を確認する。
「痛っ!」
小さな悲鳴が上がり、何事かと前を見ると例のシスターさんが何も無い所で転んでいた。周りのシスターはその様子を横目に歩いていく。だれも助ける素ぶりすら見せない。仕方なしに俺は彼女を助け起す為に足速になる。後々からカレン達もついてきている。
「未開宝箱1」
「ハロルド卿?」
「開けよ、毒なら我等には効かぬ。採掘者は後ろへ退がれ。」
兵士が盾を構えながら、宝箱に手を掛ける。
「ぴろりろーん!」
(宝箱を開けるな! 制限時間 1秒)
「え?」
「待ってくだ…。」
「あら?」
「ぴろりろーん!」
「えー?」
制限時間1秒は無理だ。俺が待つように声を掛けている途中で身体が浮いた。いや足元が無くなったのだ。
「きゃあ!!」
「クソ、マジか?!」
「マリリー!」
「あら!」
「え?」
「ストーン!ストーン!ストーン!です。」
例のシスターさんを含めた、俺たちのパーティ全員とマリーおばさん、スミス神父が穴の底にいた。
上を見ると床は既に閉まっており、手も届きそうに無い。ドンドンと音がするので上では兵士が助けようとしているのだろう。
落ちた深さは3メートル程、ただしストーンで出来た足元の下には鋭利な刃物が落ちてきた獲物を刺し殺す様に並んでいた。
「ありがとうミカンちゃん。蓋をしてくれなかったらみんな大怪我だったわ。」
「怪我どころじゃないぞ。死んでるぞ。」
刃物の剣山の脇には横穴が下に向かっているのが見える。これを進むしか無いのか。おっちょこちょいのシスターさんやマリーおばさん、スミス神父がいなければ転移している所だが本部のシスターにバレるのはマズイ。バレるとしても今では無い筈だ。
「カレン、降りるか?あれ。」
「跳びたいけど、無しよね。」
「ああ。」
俺たちが打ち合わせている間に、神父さんとマリーおばさんと例のシスターさんの怪我をマリリさんが治している。
「ミカンちゃんも疲れるから、みんなゆっくりとあの横穴に降りてくれ。タリリ先頭を頼む。」
「俺たちは別ルートで戻るから大丈夫だ!」
俺は上に向かって叫ぶが、兵士たちに聞こえたかは分からない。
残すは俺とカレンとミカンちゃんのみとなった。カレンが穴の中に入ると俺はミカンちゃんを抱えて飛び込んだ。横穴に着地するとミカンちゃんの身体の力が抜けて、剣山の蓋も消え去った。
横穴は鏡面の様に磨かれた滑り台の様で、かなりの速さで下に滑り降りていく。また、剣山じゃないよなと不安が過ったがもう遅い。俺たちは最後なのだ。
「ミカンちゃんー!」
「ありがとうございますー!」
「小さなこの子が?」
「助かりましたわ。」
俺たちが下の部屋に滑り出ると、両脇から腕が出て壁への激突を防いでくれた。タリリとマリリさんだ。カレンは俺が抱きかかえたままのミカンちゃんに抱きついてきた。
「どういたしましてです。レンちゃんにケガ無くて良かったです。」
「すまん、そろそろ退いてくれ。」
俺の声に顔をあげたカレンは、ミカンちゃんの後ろに俺がいた事に気づいた。カレンはミカンちゃんを抱きしめている為に俺とカレンの顔の距離は頬を触れ合う近さだ。
「ふぎゃー!」
猫の様な声を上げてミカンちゃんを抱えながら、後退りしていくカレンを見ながら、いい匂いだったなとしみじみとしていた。
「あー、カレンさん。この顔は例の顔ですよねー。スケベな事考えてるって奴ー。」
ジェシカさんが酷い事を言っている。カレンはそれどころじゃない様だが、何故かマリリさんがジェシカさんに頷きかえしている。
「誰がスケベだ!」
声を出してハッとする。神父さん、マリーおばさん、例のシスターは突然の叫びに驚いていて俺を見ている。ヤバイこれでは俺は独り言を叫ぶ変な奴だ。
マリリさんもカレンもジェシカさんも苦笑いしている。どうしよう。俺は立ち上がると例のシスターさんの前まで行くと、片膝をついて両手を広げる。
「ごほん、おほん、ああー。俺はスケベなカケルですー!シスターお名前なぁにー?」
「うわぁ、開き直ってるわ。」
「サイテーですねー。」
「ふふふ、カケルさんらしいですわ。」
「どうしたんだい、あの子。」
「フォフォフォフォ、若いっていいのお。」
我がパーティの女性陣は引いているが、肝心のシスターさんも俺の目の前でマジで引いている。
「ひっ!さ、触らないで下さい。感染ります!」
何が感染るのかと叫びたかったが我慢した。
「ごめんなさい、私はマリリです。今まではアザリア教会に所属していました。お名前を伺っても?」
マリリさんの丁寧な挨拶に、シスターも姿勢を正して答えた。
「はい、申し遅れました。教会本部所属 ギフト統計管理課 ナーシャと申します。先程は助けて頂き有難うございました。」
ナーシャさんと言うのか、年は16才との事で髪は青色がかった黒髪でオカッパ頭だ。目は大きめでクリクリとしている。取り敢えずダンジョン脱出まで良い関係で終わりたいものだ。
ナーシャさんは名前つげると会釈をした、その仕草は優雅で思わず目を奪われる。だが、見惚れたのも束の間、下げた頭からベールがずれて落ちると、慌てて直しているそんなギャップも魅力的なシスターさんだ。




