ミッション 願い
「採掘者さん?」
緑の髪をした13才ぐらいの女の子が俺の顔を覗き込み、話し掛ける。
「ゴブリンを倒して欲しいの。」
少女は顔の前で両手を小さく合わせると、はにかみながら頭を少し傾けてそんなお願いをしてきた。
俺はその子に話しかけようとするが声が出ない。手を伸ばし叫ぼうとしたところで、身体の自由が戻り、焚き火の火が弱くなっているのが目に入った。
慌てて見回すが女の子はいない。まだカレンもマリリさんも寝息を立てている。
「いかん、いつの間にか寝てた。危ない危ない。」
俺は薪を何本か追加すると、河原へ顔を洗いに出かけた。河原に着くと振り向いてカレン達を確認するが異常は無いし、人影も無い。
「フウー冷てー!眼が覚める!」
冷たい川の水で顔を洗い、濡れた手を振り水を飛ばしていると意識がはっきりとしてくるが、逆にゴブリンを倒して欲しいと頼んできた少女の事が曖昧になってくる。
俺はなんとかその少女の事を思い出しながら、みんなの寝ている場所までゆっくりと戻っていく。
それからはストレッチと川での洗顔を繰り返しながらどうにか朝を迎えることが出来た。
「おはようございます。起こしてくださっても構いませんでしたのに。けれどもお陰でよく眠れましたわ。」
「おはようございます。いえいえ良く眠れたなら良かったです。」
マリリさんと朝の挨拶を楽しんでいると、カレンが赤い髪を手で整えながら眠そうな目で話しかけてくる。
「おはよう。朝はやるからそれまで寝てなさい。まだミカンちゃんも起きないしね。」
「ああ、ありがとう。助かる。」
俺は木にもたれかかり、毛布を被って目を閉じた。
「おはようございます。」
目の前の視界いっぱいに、緑色の髪で茶色の瞳をした少女が覗き込んでいた。
「うわあああ!」
「何よ!びっくりするじゃない!」
「寝ぼけるには早すぎるぞ。」
カレンとタリリのツッコミが聞こえる。視線を上げれば焚き火と離れたところに小川が見える。 視線を左右に振ればカレンとタリリが驚いた顔でこっちを見ている。
「いや、ちょっとな。」
適当な言い訳をし、心を落ち着かせ今度はゆっくりと目を閉じる。
「あれ?どこいった?」
今度は驚かない様にかなり気合を入れたのに、肩透かしを食らった。
「何がいないのよ?」
「カケル、寝ぼけているのか?」
タリリに2回も寝ぼけていると指摘され、少しカチンときたが冷静に考えるとタリリの指摘が正しいような気がしてくる。
「夢なんだろうけど、緑の髪の小さな女の子がいたんだよ。」
「それがどうしたのよ?」
「どうもしてないけど、思ったより近くて驚いただけだ。」
カレンのジト目が突き刺さる。べつに欲求不満じゃないし。その後はミカンちゃんが起きたために朝食となった。カレンが作ってくれたスープとベーコンを挟んだパンをみんなで食べた。塩味がしっかりとついたベーコンの旨味がパンに染み込んで実に旨い。
「レンちゃん、美味しい!」
「ふふ、ありがとう。」
「いや、マジでうまいなこれ。」
「どういたしまして。」
カレンの手料理に感激しその余韻に浸っていると
、周りの人々が馬車へ乗り込み始めた。
「ボチボチ行くか。」
「そうね。」
小川から水を汲み火を消し、忘れ物が無いかを確認すると俺たちは昨日と同じ馬車へ乗りこむ。
「おはようございます。眠れましたか?私はいつもどおり何回も目が覚めてしまいまして少々寝不足です。」
商人のオウルさんが話しかけてくるが、目の下のクマが話を裏付けている。幾ら護衛がいるとは言え1人旅では満足に寝る事は出来ない様だ。
「おはようございます。お体にはお気を付けて下さいね。まだまだ先は長い道のりですから。」
マリリさんが軽く会釈しながら、オウルさんと挨拶を交わしている。俺はそれを聞きながら、座った姿勢のままで目を瞑る。徹夜明けの為か馬車のガタゴトと大きな振動にも関わらず直ぐ眠りについた。
「カレン、カケルは何を言っていたんだ?」
タリリは右隣に座るカレンに顔だけを向けて小さな声で問いかけている。カレンはその問いに頭をを右に傾けて答える。
「小さな女の子がいたんだって。どうせ変な夢でも見たんでしょ?男はヘンタイだから。」
「夢でしょうね。精霊の働きかけや魔法の残滓は感じられませんでしたから。」
「マリリがそう言うならそうだ。ゴーストの類いならタリリソードで叩っ斬ってやるのに。」
タリリは架空の剣を握った右手をXの字に動かしててタリリソードと叫んでいるが、両隣に座るマリリさんとカレンは上半身を逸らして少し迷惑そうにしている。
「カケルは最近はよく分からない事を言うな。第3王女とかも。いや、よく分からない事は前からか。ハハハ。」
タリリは自分で自分にツッコミながら、1人で笑っている。
「まあ第3王女の件驚いたわね。王女は第2王女までしかいないのを知らなかったから。いろいろと、びっくりしたわ。」
「ええ、実在しない方を誘拐しろって言われた時は、皆さん何度も聞き直していましたのが印象に残っていますわ。」
話題も夢の件からミッションへ移り、カレンもマリリさんも王都への出発前に俺がミッションの内容を伝えた当時の事を思い出していた。
「ですが実在しなくて安心したのも事実ですわ。」
「ああ、王族の誘拐なぞ洒落にならん。確実に死罪だ。」
「確かにアイツは王族でも関係なく、実行しそうね。唐突に誰かを連れて来たかと思えば、この人が第3王女ですって紹介してきそうよね。」
「ああ、やりそうだ。眼に浮かぶぞ。」
「ふふふ、想像できますわ。」
ミカンちゃんは3人の話の輪には加わらずに、荷台の外枠に両腕を乗せ、その上に顎を置き外を眺めている。その視線の先の平原は風に煽られた草が波の様に後方に流れている。
そんな会話の中、出発から馬車に揺られる事3時間。
「ブー、ブー、ブー」
低くこもったバイブ音が繰り返し鳴っている。もちろん俺のズボンのポケットからだ。
「何の音?」
「カケルか?」
「ブーブーです。変な音です。」
俺はまだ覚醒しきらないまま、ズボンのポケットに手を入れてスマホのバイブを止めようとする。
「誰だよ?寝てたのに…。」
と言いかけて急に意識が覚醒する。おかしい電源は入れていないはずだ。もし間違って電源が入っていたとしても絶対に電話もメールも入る事はない。ここは圏外なのだ。そう異世界だからだ。
「ん?あれ?」
スマホのホームボタンを押して、画面を確認しようとするが画面はつかない。一瞬おれのじゃないかとおもったが確かにバイブの振動は感じたし、この馬車でスマホをもっているのは多分俺だけだろう。
側面のボタンを長押しして電源をオンにする。起動の時間が長く感じた。黒い画面に白い果物が浮かぶ起動画面をそのまま眺めていた。
「何だ?着信履歴?」
バイブはスマホへの着信を知らせる物だったらしい。
「非通知設定 10:00」
「ん!」
時刻はつい先程だ。画面左上には圏外の表示があるが構わずに、着信履歴をタップしリダイアルをする。もしかしたら、元の世界の誰かからの着信かも知れない。
しかし結果は残酷だ。通話は成立しない。
「やっぱり、繋がらないか。」
「どうしたの?顔が怖いわよ。」
「ん?ああ、繋がらないはずのスマホが繋がったみたいで。電源が入ってなかったからかかるはずも無いんだけどな。故障かな?だけど着信履歴あるしな。バイブ確かにしたし。」
カレンはそんな俺を見て言う。
「アンタすごい早口になってるわよ。大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。多分夢だ。」
「低い音はしていましたけれど、それが何か?」
マリリさんにもバイブ音は聞こえていたらしい。となるとやはり変だ。なんかゾクゾクしてきた。
「やばい。変だ、おかしい。大丈夫じゃない。」
「きちんと説明しなさいよ。ほら早く!」
カレンは俺のスマホを指で突きながら、急かしてくる。俺は空を見上げ太陽がでているのを確認し、大きく深呼吸をするとゆっくりと話し始めた。大丈夫まだ朝だ幽霊やお化けは時間外だ。
俺はスマホを操作して電源をオフにする。
「スマホはこうやって電源を切ると、何をしても動かないし、もちろん電話がかかってくる事は無い。」
「電話?」
「まあ、それは取り敢えず置いておいて。俺は電源を切ってズボンのポケットへ入れていた。」
俺は実際に電源を切り、ズボンのポケットへスマホを滑り込ませる。カレンやマリリさんはその様子を頷きながら見ている。
「しかし、電源が切れているはずのスマホのバイブ音がしたのは俺もマリリさんも聞いている。」
「ええ、みんな聞いてるわ。」
おれはポケットからスマホを取り出すと、画面やボタンを押して見せた。もちろん何も反応は無い。
「これが電源が切れている状態だ。この状態のスマホはただの箱だ。何も出来ない。」
続いてみんなの前で電源を入れた。黒い画面に白い果物が表示される。
「この画面は電源を今いれていますよって意味なんだ。」
カレンの方に少し傾けて見える様にする。
「覚えてるわ。アンタが「あれ?」とか言いながらそれを弄った後に、その絵が出てきたのを確かに見たわ。」
カレンは何度も頷いている。それを見ると説明を続ける。
「先ず第1がその事。電源が入ってないのにバイブが作動した事。第2はこれだ。」
俺は着信履歴の画面をみんなに見える様に掲げる。
「非通知設定 10:00」
「これはこのスマホに誰がが、この時間に電話してきた事を示す。表示なんだ。」
「カケル、読めない。」
ここで始めてミカンちゃんからの指摘が入る。
「ああ、そうか。この文字は非通知設定 10時と書いてある。今は10時15分だから今から15分前に、電話があった事を知らせている。」
「ふーん。」
カレンは適当に相槌を打っている気がするが続ける。
「電話は何?」
「電話とはこのスマホを俺がもって、別のスマホをミカンちゃんが持てば、離れていても会話が出来るんだ。その事やその機能を持つスマホの事を電話と言っているな。」
ミカンちゃんに回答をするが、またもカレンは適当に呟いている。きっと良く分かってないんだろう。
「ふーん。そう、じゃあ電話があったんじゃない?」
「レンちゃんそれは変。電源切れているから動かない。」
「それは第1の方と重なるな。第2の件はここの隅に圏外って書いてあるんだ。それの意味はこのスマホはこの場所では電話出来ませんって事なんだ。」
「離れていても会話出来るんだろ?どうして出来ないんだ?」
タリリの指摘が痛い。
「えーと、離れていても使えるのは前にいた場所だけなんだ。こっちだと使えない。多分距離が離れすぎてるからだと思う。」
「よく分からんな、まあいいか。それで何がおかしいんだ?」
タリリも半分くらい流し始めたのが、ヒシヒシと伝わってくる。
「第2のおかしい点は、ここは電話出来ない場所のはずなのに電話が掛かってきた事を示す表示がある事なんだ。念のため俺が掛けてみたが繋がらなかった。」
本当はもう1つのおかしい点は、俺以外の転移者がいないとこの世界のスマホはこの1台だけのはずで、絶対に通話出来ないことだ。
ただ俺がいるんだからもう1人ぐらいは日本人がいる可能性が出て来たとも考えることが出来る。ポジティブ過ぎるとは思うが。
「要するに、何?」
カレンは何故か少し切れかかっているし、タリリは腕を組んで難しい顔をしているが、あの顔はきっと考えている振りだと思う。
「普通なら起きるはずの無い事が起きていると言う事かな?原因は分からないな。」
やはり、みんなにはピンと来ていないようでおれ自身も説明が面倒くさくなってきて、この話を切り上げようとした。
「ブブブ!」
今度は振動と共に短いバイブ音がし、メールの着信を知らせる表示が現れた。
「今度はメッセージ?!」
もちろん圏外の表示は健在だ。震える指でメッセージアプリを開く。
「はあ?」
「誰よ?」
「あらあら。」
そこには「よろしくね! ジェシカ」の文字と共に茶色の瞳と緑の髪をした少女がどこかの村の広場で淡い緑の生地のワンピースに白いエプロンを着て微笑んでいる画像が添付されていた。
すみません時間が空いてしまいました。それでも読んでいただけると幸いです。




