ミッション 乗合馬車
俺の横を残りの馬車が走り抜けていく。それを横目に見ながらタリリと共にカレンたちの所まで走っていく。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい、私のせいで」
「いや、悪いのはあの男だ!許せるものか!」
タリリが突き落とされた本人よりもキレているが、今はそれどころでは無い。馬車から落ちた俺たちを盗賊達は、丘の上から包囲せんと降りて来ている。
「みんな、すまん。馬車は戻って来ない。」
「そう。歩いていくには遠いわよね?」
「アザリアに一旦戻って、馬車に乗り直しでしょうか?」
「そうね。跳びましょう。」
パーティの皆がカレンを中心に集まってくる。完全に包囲される前に無事跳ぶ事が出来そうだ。
同じころ、俺達が乗っていた馬車では護衛と3人の採掘者とが揉めていた。
「おい、お前ら何勝手な事をしている!」
「は?俺じゃねえ。コイツが女を突き落としたんだ!」
採掘者はふたたび剣でオウルの顔先を突く。
「ち、違います、わたしはそんなつもりでは…。」
オウルは青い顔をして護衛に何度も首を横に振る。そんなやり取りも盗賊と馬車が接触する事で強制的に中止された。
盗賊は弓を捨て、片手斧や刃の欠けたショートソードや両手剣を掲げて馬車に取り付こうと走り寄ってくる。しかも馬車は登り坂の為にどうしてもスピードが落ちている。また、Uターンしようとしても方向転換の途中で動きが止まり逆に盗賊に囲まれやすくなってしまう。
つまり乗合馬車としての勝利条件は護衛の指示通りに勢いを殺さずに坂を登りきる事、そうすれば後は下り坂の為に馬車の速度が増し盗賊の包囲から逃れられる。また、盗賊側としては最初の1台を止めることが勝利条件だ。1台止めてしまえば残りの馬車も必然的に停車する事になるからだ。
「もうすぐだ!突破するぞ!」
先頭の馬車に乗る護衛が馬車に取り付こうとする盗賊に魔法の石飛礫を当てながら、乗員を鼓舞する。
「ぴろりろーん!」
(ミッション 車輪を守れ! 制限時間 5秒)
俺は今にも坂の頂上に辿り着こうとしている馬車を見上げる。俺たちが飛び降りなければ達成できただろうか?不意にそんな考えが浮かんでくる。
「ミッションは何?時間ないんでしょ!」
カレンの声で現実に戻される。
「あ、すまん、車輪を守れ。残り2秒…。」
「あっちなの?!」
「ああ」
カレンも俺と同様に丘を見上げて馬車を見た。
無情にも目の前の空間にミッション 失敗の文字が浮かび上がる。
「あっ!!」
「ああ!」
「駄目だ!」
馬車右側の前輪に火の玉がぶつかり、音と共に弾け車輪が炎に包まれたのが見えた。それでも車輪は回り続け包囲を突破したかの様に見えた。
「よし、行けるか。」
「無理ね。」
俺の希望を含んだ意見をカレンが即座に否定する。その言葉を裏付ける様に車輪の丸い板が割れて軸から外れ、荷台が坂を削りながら速度を落としていき次第に停止してしまう。
馬車は結構な衝撃だったにも関わらず、誰も荷台から投げ出されてはいないのは確認できた。
俺たちが馬車に気を取られていると、俺たちを包囲せんとする盗賊たちは顔が分かるまでの近さまで寄って来ていた。
「さきに男は殺せ。女は抵抗出来ない様に痛めつけろ。」
「へへへ、俺はシスターをやるぜ。」
「じゃあ、俺は金髪の女だ。」
「くたばりやがれ!」
俺たちを包囲している盗賊は6人で、指示をした盗賊以外の5人が俺に向かって武器を掲げ走り出した。
「バンバンバンバンバンバン」
俺が人差し指で示す毎に盗賊は、太腿を抱えるように倒れこんで行く。あたりに盗賊の罵倒する声や悲鳴が響いている。
「アンタ明るい所だとやっぱり便利ね。」
カレンは倒れている盗賊を眺めながら言葉を続けた。
「直ぐには死なないでしょ。ほっておいていいわ。馬車を助けにいくわよ。」
「えい。」
「ぎゃあああ!」
「「え?」」
ミカンちゃんの掛け声に何事かと振り返ると、回復薬を飲もうとした盗賊の瓶を持つ手ごとメイスで粉砕されている盗賊がいた。
「うわぁ」
「ミカンちゃん、いきましょ」
「ハイです。」
後続の馬車も止まり、護衛や採掘者など戦える者が馬車を降りて先頭車両へ駆け寄って来ている。既に先頭車両では2人の護衛が左右に分かれ、迫り来る盗賊から荷台上の乗員を守っている。
3人の採掘者はまだ荷台の上で、自分達の荷物を物色しているが停車時の衝撃による荷崩れで未だ見つけられないでいる。
「見つかんねーぞ。クソどこだ!」
「どうする?荷物持ったまま逃げられるのかよ。」
「仕方ねえ、その商人の荷物とローブで構わん。ずらかるぞ!」
3人はそれぞれが荷物を背負うとオウルに剣を突き付けた採掘者を先頭に荷台から飛び出して、王都方面へ坂を下って行く。
「お、おい!待て!」
当然加勢すると思っていた採掘者達が、走り去るのを見て護衛の1人が声を荒げるが、採掘者たちの足は止まらない。依頼を受けていないので採掘者には護衛をする義務は無いが、協力して戦うのが普通であった。
その後しばらくして、2人の馬上の護衛がその機動力で盗賊の数を減らしていき、後続の護衛やカレン達のパーティが合流すると盗賊との力関係が逆転して行った。
「フン!」
馬上の護衛が掛け声と共に、肩幅の大きな盗賊を肩口から切り捨てたのを切っ掛けに、残りの盗賊は散り散りに逃げ出して行く。
「お、お頭がやられた!」
「クソ、クソ!」
馬上の護衛はその声を聞くと、馬車へ向かって叫んだ。
「盗賊の頭領は討ち取った!我々の勝ちだー!」
「おおー!」
護衛や共闘している採掘者たちから歓声が上がる。
「まだ気は抜くな!目の前の賊を討ち取るまでは!」
「おおー!」
戦意も完全にこちらが優勢だ、残りの盗賊は逃げるタイミングを逃した2人を残すのみとなった。馬上の護衛はそこまで馬を走らせると
「武器を置いて降伏しろ。」
と盗賊へ投降を勧めた、2人の盗賊は護衛を見上げると武器を放り投げ棒立ちのまま、投降の意思を示したのだった。
その後、護衛達は2チームに分かれて作業を始めている。1つは倒れている盗賊の拘束していくチーム。2つ目は馬車の車輪を直すチームだ。それとは別に俺たちはマリリさんが負傷者を治療をして回るのを全員でついて回っている。
「おお、お嬢さん、大丈夫でしたか?あの時はすみませんでした。」
「いえ、オウルさんは悪くは無いわ。悪いのはアイツらよ。それでアイツ等の姿が見えないけど。」
激戦区だった先頭車両の治療をしている時に、カレンはオウルから声を掛けられた。
「あの3人組なら、途中で私の荷物とローブを持って王都の方へ逃げて行きました。」
「アイツ等、逃げたの?!」
「オウルの話が本当なら、アイツらは採掘者では無く盗賊だな。マリリ、見つけたら切っても良いだろ?」
「タリリ、モチロンいけませんわ。わかっていますよね?」
「ああ、もちろん分かってるぞ。」
あれから3時間程で車輪の交換と荷台の修理が完了し、俺たちは再び馬車に揺られていた。
「今日はもう少し進んだ先にある、小川のほとりで野営するらしいわ。」
「明日は宿なんだろ?」
「クブルムって小さな町なんだって、ほんと宿屋が空いていて欲しいわ。」
「そうですね、この乗合馬車だけでも80人程度ですから、1部屋だけでも取れれば良い方と思われますわ。」
今から1時間前、馬車から逃げ出した3人の採掘者は、街道脇の林の中で荒い息を整えていた。
「ハアハア、ハリスの兄貴、あの商人クスリしか持ってませんぜ。」
「きちんと探せ、このローブで金貨2枚って言ってやがったのは確かだ。まだ何か有るはずだ。」
「兄貴、実はこのポーションが高いんじゃないですかい?」
「ああ?アザリアは薬が安い事で有名だろうが!王都で売れば儲けがでるから、テメエ等にも持たせたのを忘れたのか!」
「イヤ、ハア」
「ヘイ」
ハリスはオウルの背負い袋を手に取ると、袋を逆さまにして、中身を全て地面に広げると大きな舌打ちをした。
「チッ、もう少し金目の物があると思ったんだがな。」
「ケチな野郎ですな。」
「薬を袋に戻しておけ、割るなよ」
ハリスは袋をカンケルに投げて渡すが、カンケルの手前に落ちてしまう。するとカチャカチャと硬い石の様な物が当たる音がした。
「ア、兄貴変な音が」
「ああ、多分底に何か有るぞ。」
「ヘソクリっすかね、ゲヘヘヘ。」
ハリスが袋の底を内側からナイフで破ると、ローブの胸元に着いている石と同じ物が10個も転がり出てきた。
「兄貴、なんスカ?それ魔石っすか?」
ハリスは1つ手に取ると、光にかざして石の中を覗き込む。
「いや、やっぱりコイツは加護石だ。」
「お宝っすか!」
「どんな加護かまでは、分からんがこれは安くはねえぞ。ついてきたぜ。」
「流石、兄貴!」
安く見積もっても金貨10枚は超えるだろう加護石を手にしたハリス達は笑いながら、王都へ歩きだした。
予定よりも遅れて、小川のほとりに辿り着いた乗合馬車から乗客達がバラバラと降りてくる。既に御者は最後尾の馬車から飼葉を取ってくると、桶に汲んだ水と共に馬達に与えている光景が見られた。
「あー、疲れたわ。結構キツイわね。」
「んー!」
カレンとミカンちゃんは河原に並んでストレッチをしている。タリリは河原に降りてすぐに素振りを始めようとしたのをマリリさんに咎められ、一緒に何処かへといった様だ。きっと他の人に迷惑にならない場所へと移動したのだろう。
「よし、ここでいいか。」
俺は夕食の準備の為に、丁度良い感じの石がある所で立ち止りカマドの作成を始めた。横を見ると他の乗客達もそれぞれの方法で夕食の準備を始めている。
隣の乗客は大きめの石に腰掛け、真ん中に焚き火をしているだけだ。軽く湯を沸かす程度だろう。食事は携帯性の良い干し肉や水分が少なく硬いパンにスープを合わせている。多くのパーティはそんな感じだ。
「だが、俺は違う。」
俺にはアザリアの街を出るときに手に入れた鉄製の蓋付鍋がある。かなり肉厚で重いがまるでキャンプで使うダッチオーブンその物である。
「すっげー重いが、それもこの時の為だ」
カマドの中に薪を入れガンガンに火を起こし、火が落ち着く間に小麦粉を捏ねてピザ生地をつくる。地味にダッチオーブンの上で丸く平らに延ばした。次回までに空中に放り投げるやり方を練習しておくとする。きっとミカンちゃんが喜んでくれるはずだ。
「アンタも疲れているのに、悪いわね。」
「カケル、ありがとう。」
「ふふふ、お礼は未だ早いぞ、ミカンちゃん!」
「ん?」
ミカンちゃんは首を傾けている。
「きょうはピザだ!ダッチオーブンピザだ!フハハハー」
テンション高く喋りながら生地の上にケチャップを乗せ、干し肉と輪切りにしたピーマンの様な物とチーズをトッピングすると蓋を閉めて半分だけ避ておいた薪の上にダッチオーブンを乗せる。仕上げは残りの薪をダッチオーブンの上に乗せると準備は完成だ。
「スープは何時もの干し肉のスープだ。溶き卵を混ぜ入れたいが卵は保管が難しいからな。これで良し。」
「アンタ、さっきから誰と話しているのよ?変よ。すごーく変!キモいわ。」
カレンは俺をジト目で見ながら騒いでいる。コイツは俺の独り言を全部聞いていたのか?かなり恥ずかしいが無視をして火加減を調整していく。下の薪を2本取るとダッチオーブンの上に乗せていく。
記憶だと蓋の上の薪の量がピザをカリッとさせる決め手だったはずだ。
焼き始めて2分位たっただろうか、マリリさん達が戻ってきたのを見計らってダッチオーブンを火から下ろす。スープは薪の上に放置しておく。
蓋を外すとカリッとした生地に、チーズがグツグツと溶けている。そこにバジル風の葉っぱを載せて完成だ。うん、上出来だ。美味そうだ。
「はい、ミカンちゃん。熱いから火傷に注意してね。」
カレンがミカンちゃんにピザを入れた皿を渡すのを見ながら、俺はコップにスープを人数分注いでいく。
「はふはふ、はふいけどおいひいでふ。さくさくでふ。」
「うん、美味しいわね。いいんじゃない。」
ピザを取り分けるのはミカンちゃんだけだ、後は各自に適当に取ってもらう。
「カケル、美味いが量が足りないぞ。」
「タリリ、両手に持って何を言ってるんですか。もう。」
「いや、マリリさん直ぐに焼けるんで、大丈夫ですよ。この火なら2分ですよ。」
新しい生地をダッチオーブンに入れて、2枚目を焼きに入る。ドライイーストが無かったので少し生地が硬いが木々に囲まれた川沿いでのアウトドア感がそんな事を感じなくさせてくれる。
日が暮れてくると、多くの人達は川沿いから離れ木々の下に集まり焚き火を囲み出す。基本的に馬車での移動時は護衛達が交代で寝ずの番をする為に乗客は見張りをする必要はない。
危機感は有っても対抗手段の無い家族連れや腕に自信のある男ばかりの採掘者のパーティは護衛の側で早々に眠り全員で眠りにつくが、俺たちの様な女性が多いパーティでは護衛が居ても交代で寝ずの番を立てる事が普通だ。
「カレン、ミカンちゃん先に寝ていいぞ。俺が起きておくから。おれは明日馬車で寝るから大丈夫だ。」
「カケルさん、途中で代わりますよ。起こしてくださいね。」
「カケル頼んだ。先に失礼する。」
「アンタ、みんなに変な事するつもりでしょう?
触ったら燃やすわよ。」
「レンちゃんおやすみ…。」
「あ、ミカンちゃんおやすみなさい。」
ミカンちゃんは新しいハーちゃんの毛布に包まってカレンにもたれ掛かると、直ぐ寝息を立てた。
「アンタは暗闇じゃあ役に立たないんだから、何か有ったら直ぐに起こしなさいよ。いいわね!」
「ああ、わかったよ。早くお休め。」
「じゃあ、おやすみ。」
カレンはローブのフードを深く被ると木にもたれた姿勢のまま目を閉じた。
虫の音と川の流れに耳を傾けると気分が落ち着き眠気を誘われる。護衛がいる為に本格的な見張りは必要無い事もあり気もゆるゆるだ。
おやすみの挨拶から30分もしない内に寝てしまいそうだ。ああ長い夜になりそうだ。




