ミッション サリアとサリア
「こんな餓鬼どもでは無い!サリアはどうした!」
サイリサスの街の北部に街の外壁とは別に屋敷を囲う石造りの壁に守られた伯爵の大きな屋敷が建っている。そこで兵士に連れてこられた2人の子供を見て伯爵は怒鳴り散らしている。
「伯爵様、この餓鬼どもを餌にすればサリア様もお戻りになるでしょう。」
燕尾服を来た老年の執事風の男が伯爵に提案する。
伯爵はその男にワインを注がせながら続きを促す。
「餌とは?」
「はい、相手はアザリア教会と聞いております。この餓鬼どもの指でも切って送り届ければ、直ぐにでもサリア様はお戻りになるかと。」
「なるほどな、だかそんなことしてサリアは又臍を曲げるのではないか?」
「そ、それは…。」
伯爵は14才のサリアと今は亡き妻のサリアを混同している。妻だったサリアは伯爵が狩に出かけた際に立ち寄った小さな村の娘だった。その村娘のサリアには幼い頃からの幼馴染で結婚を約束した恋人もいた。しかし伯爵がサリアに一目惚れした為にサリアの人生は大きく変えられてしまう。伯爵は正妻の他に妻が3人いたが5人目の妻として強引に結婚を迫った。
「ああ、愛しのサリア。結婚してくれ。」
「伯爵様、私はただの村娘です。それに婚約者もいます。どうかご勘弁を。」
伯爵の足元で額を地面につけ、謝るサリアとその両親。祖父母とサリアの弟や妹は隣部屋の隅でじっと成り行きを息を潜めて見守っている。
「サリア、今年の冬はいつもよりも寒いと聞く、そなたが来ぬならお前の両親、婚約者、いや、このちっぽけな村に冬は越せぬかも知れぬぞ。」
そのセリフにサリアはビクリと体を震わせる。
「いやいや、怖がらせるつもりは無い。そなたがくれば、この村は伯爵家が支援してやるぞ、今年の冬も何も問題無く過ごせる様にな。」
そうしてサリアは伯爵と結婚し2年を過ごしていた。その年にサリアの婚約者だった男は普段は行かない大森林へ狩りに出かけ、たまたま出会った盗賊に襲われて亡くなった。その事を笑いながら話す伯爵から聞いたサリアは伯爵を憐憫の眼差しで見ると、ただ頷いただけであった。
ただ伯爵とサリアの結婚生活は長くは続かなかった。サリアは元から身体が弱く病に臥せる様になって来た。結局サリアは伯爵の元へ嫁いでから自らを犠牲にして守った村へ一度も帰ることも無くその生涯を終えた。伯爵が村へ来てから5年後の事だった。
そして3年の月日が経ち王都まで伯爵が出かけようとしたその時、シスターに連れられて歩いている14才の亡き妻に似た子供を馬車の窓から見かけた。伯爵は馬車を留める様に言うと、その子の所へ降りて行った。もちろんシスターもその子も驚き跪いている。
「おい子ども、名はなんと申す。答えよ」
伯爵はシスターには目もくれずに、跪く少女に声をかける。
「は、はい、サリアです。」
「おおおお、サリア、愛しのサリアよく戻ってきてくれた。」
伯爵は雷に打たれたの如く叫ぶと、サリアの手をとり馬車へ連れ込もうとした。
「あ、あの人違いです。シスター様!シスター様!」
少女のサリアは我が身に起こった出来事に理解が追いつかず、必死にシスターに助けを求めた。
「は、伯爵さま、その子は孤児院の孤児のサリアです。その子が何かご迷惑をお掛けしましたか?何卒、何卒お許しを頂けないでしょうか!」
サリアの声で冷静さを取り戻したシスターは、伯爵へサリアが犯した罪も分からないまま、頭を地面につけたままでひたすらに謝った。
「何?孤児院の孤児?」
シスターと腕を取っているサリアを伯爵は眺めると、2人を馬車に乗せ孤児院へと走らせる。
伯爵の馬車は教会の敷地内にも構わずに進んでいき、止まった場所は孤児院の前だ。伯爵が2人を連れて騎士や従者と共に孤児院へ入っていく。
孤児達やシスターはあまりの出来事に戸惑い、皆その場で立ち竦んでいる。
「ソロウム伯がお越しになられた、院長はおらぬか!」
騎士が建物の中に向け声を張り上げると、中からドタドタと太った神父が汗を拭きながら出てきた。そして神父は騎士や従者がズラリと並ぶその光景を見るなり、その場にひれ伏した。
「な、な、ん何の御用でございますか。わ、わたしが孤児院の院長のゼーフントで御座います。その2人が何か?」
神父のゼーフントはその大きな身体を丸めたまま、名乗り出た。
「貴様が院長か?」
「は、はひ。」
「孤児は何名いる?」
「はひ、全員で9名でございます。」
「よし、孤児全員は今から儂が面倒を見る。それで異論は無いな。」
「え?は、はいどうぞご自由に。」
院長の軽い回答にシスターや孤児たちに動揺が走る。
「院長!?突然何をおっしゃっているのですか?」
「うるさい!シスターは直ぐに孤児全員を連れて来い!」
シスターの問い掛けに神父は取り合わずに、逆に伯爵の言う通りにする様に命令をだす。普通ならとても良い話なのだ。16才の成人と共に孤児は孤児院から出て行かなくてはならない。上手く仕事にありつければ良し、出来ない場合には安い金で自らを売りに出し奉公先を見つけられればまだ良し。それもままならない場合には宿無し仕事なしの生活か、帝国まで流れて奴隷として自分を売るところまで落ちて行く事になる。だから、その孤児達を伯爵が引き取ると言う事は奇跡の様な出来事なのだ。
ただそれが急で無ければ、前もって伯爵の使いが院長へ打診し、手順を追ってしていればシスターも子供達もそれを喜んで受け入れただろう。
だか今回は孤児のサリアとシスターが馬車から引っ張り出され、続け様に孤児全員の引き取りを命令されたのだ。戸惑わない訳が無い。しかしその戸惑いも伯爵と神父の前では無き者にされ、その日の内に孤児達は伯爵の邸宅へと移されたのだった。
アザリアの孤児院のモーリエ院長はカレンが連れて来た子供達3人を前にしている。ただ今起きているのは14才のミルだけだ。ハルルとアピアはまだ目を覚ましていない。
「いらっしゃい、良く頑張ったね。話は朝になったら聞くから今日はもうお休み。」
だかミルは頷かず首を横に振る。
「おばあちゃんは院長先生なの?」
「はい、そうですよ。」
「ゼーフント院長先生みたいに、伯爵様にみんなを渡さない?」
モーリエ院長は表情を変えずに頷いたが、それを聞いたカレンとマリリさんは狼狽えた。
「え?ミルちゃん、孤児院にいたの?」
「伯爵が孤児達を引き取った?」
「シスターマリリ、その件はサリアさんから伺っていますから、後から説明します。」
モーリエ院長はミルの目をきちんと見据えている。
「ミルさん、私は貴女たちをソロウム伯爵には絶対に渡しませんよ。ゼーフント院長の様には。」
「本当?」
「はい、ローレンシウム様に誓って本当です。」
その後、院長の言葉に納得したミルちゃんたち3人はモーリエ院長の側で控えていたシスター達の手によって、ベッドまで運ばれて行った。
モーリエ院長の院長室にて俺たちは立ったままで話を聞いている。院長室とはいっても狭い部屋で小さな机と椅子があるだけだ。寝るときは最年少組の部屋で一緒に寝ると聞いた事がある。
「ソロウム伯爵様は街で見かけたサリアさんを亡き奥様のサリア様と重ねられ、そしてサリアさんを引き取る為に孤児院の子供全てを引き取ったそうです。」
俺たちはモーリエ院長の言葉を黙って聞いている。
「しばらくは何不自由無く、食事や服も良い物が与えられていたそうです。しかしある時に最年少のタルトが庭を走り回っていた時に伯爵とぶつかったそうです。それに腹を立てた伯爵はタルトを蹴り飛ばしたそうです。更に追い討ちを掛けようとしたところにサリアさんが駆けつけ、タルトに覆いかぶさるようにして彼女を守ったと聞いています。」
「それ以来、サリアさんや他の孤児たちに事あるごとに手を上げるようになったとの事です。余りにもサリアさんへの暴力が目に余ったために、最年長のアイサさんがみんなで逃げ出す事を決めたそうです。」
「サリアさんには何にも関係ない無いのに酷いわ。」
「亡くなられた奥様に纏わる伯爵の噂も余り良い物がありませんでしたが、今はアイサさんとタルトさんが最優先です。」
「はい」
「私は片道3日掛かるサイリサスから、貴女達が子供達3人をたった半日で如何にして助け出したかは問いません。どうか、その力で彼女達を助けてくれませんか。」
モーリエ院長はカレンに頭を下げて言う。
「どうか、そのお力をお貸しください。」
「院長!」
「院長先生!」
カレンとマリリさんはモーリエ院長が頭を下げた事に驚き、俺は転移がバレたんじゃないかと驚いていた。
カレンとマリリさんはモーリエ院長に頼まれた為に、今すぐにサイリサスへ向かおうと言い出した。
ちょっと待て、朝から夕方までまでは徒歩で廃砦まで往復し、夕方から今まではサイリサスの森の中を歩き回った。流石に疲れたぞ、伯爵の騎士と争いになって子供を救えるのか?守れるのか?
「カレン、マリリさん、2人が危ないのは分かるがみんな疲れてないか?兵士と争いになって勝てるか?それでどうやって救出するんだ。作戦はどうするんだ。」
「そんなの正面から行くわよ。お願いしてダメなら強引にいくわ。」
「2人は非常に危機的な状況です。例え罪に問われようとも構いません。これは私達にしか出来ませんから。」
2人の勢いに若干引きながら、タリリとミカンちゃんを見る。タリリは俺の視線に気付くと
「私はマリリが行くならば、何処へでも行く。」
うん、それは分かっていた。ではミカンちゃんはどうだろう、きっと眠いんじゃないのかな?
「ミカンちゃんは明日の朝がいいよね?眠いよね?」
俺の希望を存分に含んだ、誘導的な質問をした。
しかし、ミカンちゃんは首を縦に振らない。
「レンちゃんはミカンが守ります。眠くないです。」
ミカンちゃんはそう言い切るが、目を擦っているからきっと眠いんだと思う。そんなミカンちゃんを見てカレンは少し考える。
「ミカンちゃん、明日の朝迎えに来るからここで待ってて。」
「おお、それがいいぞ。」
「いやです。カレンちゃんはミカンが守るんです。」
「だって、ミカンちゃん眠いんだよね。」
「サイリサスの街までお休みします。カケルお願いです。」
サイリサスまでの2〜3時間を俺の背中で寝るという事か。仮眠とるだけでも少しはマシか。
「俺はいいぞ。どうせポーターの背負い袋は置いていくんだろ?」
「ミカンちゃん、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です。元気モリモリです。」
といいながら、ミカンちゃんは机を枕に寝る準備をし始める。
「カケル、ミカンを置いて行ったらミカンはレンちゃんとは一生口を聞かないし、カケルは一生嫌いです。お休みなさいです。」
「「え!」」
ミカンちゃんの条件の格差に打ち拉がれながらも、俺たちは出発の準備を始めるのだった。




