ミッション サイリサスへ
同じ時刻の教会のカウンター裏のスタッフ控え室ではマリリさんとタリリと何名かのシスターが休憩を取っている。マリリさんの淹れた紅茶をシスターさんたちにタリリがぎこちない仕草で配っている。
「最近の盗賊や人攫いで猫に関する被害ですか?」
「ペットの猫を連れいる商人や採掘者など、今まで聞いた事は無いですね。」
「自分たちの食料だけでも大変ですから。余程の余裕のある方でないと無理ですよ!」
マリリさんの問いかけにシスターさんたちは嫌な顔もせずに答えてくれている。
「人攫いでは、1ヵ月ほど前に身代金目的の誘拐事件がありましたが護衛の方が未然に防いでいます。その時に何名かが逮捕されたと聞いています。」
「それにここは帝国から離れているので、奴隷目的の拉致は聞いたことは有りませんわ。」
マリリさんは昨日も教会でカウンター業務をしていたのだから、今話題に上がった件はマリリさんも、もちろん知っている事ばかりだ。
「マリリたちって、最近は教会の宿舎にいるわよね?1人だけ男の人もいるらしいじゃない?どうなっているのよ。教えなさいよー」
「そうよ!神父連中に聞いても何も教えてくれなのよー」
「ねー!今まで4階止まりだったのに急に10階攻略でしょ?私なんかここ最近ずーっと9階で足止めだったからアッサリと抜かされたわ。」
「マリリ、私見たわ。貴女と男の人が2人でいるところ。いい雰囲気だったわね。」
「私もその人とカウンターで話している所見たわ、前のおじさんがかわいそうだったわ。」
タリリのマリリさんを見る目がキツくなり、歯ぎしりをしている。その横ではマリリさんは頰に手を当て少し困った素ぶりで愛想笑いをしている。シスターと言えどもこの手の話は大好物らしく、話の勢いはとどまる所を知らない。
「マリリとはカケルは何もないぞ!あの男はタダのポーターだ。」
「まあ!カケルさんとおっしゃるの。ただのポーターさんがご一緒に生活されているんですの?」
「それはまたまた。普通は長期契約されたポーターでも宿屋は別ですよね。採掘者より稼ぎ少ないですし、馴れ合わない為と言う方もいらっしゃいますけれど。」
「あ、いや、そうか。そうだったのか。私もおかしいと思ってたんだ。普通は別か。」
半ばシスターさん為のおふざけに流されたタリリに対してマリリさんは静かに微笑んで
「タリリ、本気でおかしいと思っていたんですか…。」
「え、マリリ?! 」
控室にシスターたちの笑い声が響いていた。
一方で俺たちは毛布を購入したその足で、例の商人の宿泊先を探している。
「おばちゃん、王都から来た商人ってどこに泊まってるか知ってますか?」
「あーあの、荷物を奪われた商人ね、噂は聞いてるけど見てないね。はいよ、お待ち。」
「ありがとう。」
カレンは屋台のおばちゃんから、野菜と鶏肉が薄いトルティーヤの様なパンに挟まれたタコスらしきパンを3つ受け取り、俺たちに手渡してくる。俺とミカンちゃんはお礼を言い、昼メシ変わりのタコスを受け取り齧り付く。
「うん、うまいな。」
「でしょ?しかもあのおばちゃん、顔が広いから知ってると思ったんだけどね。」
「おいしい。カレンちゃんおいしい。」
「ねー、おいしいよね。前は良くミカンちゃんと2人で来てたからね。」
「ねー」
いろいろと聞いて回ったが、それらしい場所は特定できなかった。ウワサの中には、もう王都に引き返したとか、領主様の所に逗留していると言ったウワサもあった。
「普通ならこっちで売り捌いた後、王都向けの商品を仕入れてから帰るはずだからまだいる筈なんだけどね。しかし今回は仕入れの資金が無いからね。」
「貸してくれる所を探しているか、この街に資産があり換金している途中とか。」
「そうやって動いていれば、誰かの耳に入る筈なんだけどね。」
俺たちは大通りを門へ向けて歩いている。相変わらず馬車は街中なのに飛ばしていく。危ないから徐行しろと言いたい。
門の所に2人の騎士が待機して、街の外へ出る者に視線を配っている。特別怪しい素ぶりをしなければ出て行く分にはノーチェックだ。カレンは背の高い方の騎士に話かけた。
「すみません、王都から来た商人さんに話を伺いたいと思って来たんですが。」
「アウルス殿と、どの様なご関係で。」
「え?あの」
「俺たち王都に行くんですが、護衛を増員する予定があるなら雇って貰えないかなーって。ハハハ」
「それなら、場所を教える訳にはいかないな。」
騎士はそれ以降、一言も発しなく俺たちは無言の圧力に負け門を後にしたのだった。
「まあ、商人の場合は分からなかったが2点分かった事があるな、アウルスって名前と騎士が殿づけで呼んでたからある程度高い地位の人だって事だな。」
「領主様のお屋敷説も現実味を帯びてきたわね。」
「ああ、領主じゃなくともそれなりの立場の家とかな。」
「そうなると、話を聞くのは無理そうね。」
(ミッション 制限時間 13日)
今後の方針も決まらないままで、時間だけが過ぎていく。昨日は騎士団が盗賊討伐に朝早く出かけて行った。俺たちは門の所で一部始終を見ていたが、アウルス本人らしき人は見あたらなかった。
「アンタ、そこのドレッシング取って。」
「これか。」
この世界は食に関しては不自由しないな、ドレッシングあるし、マヨネーズあるし、もちろん手掴みで食べる事も無い。スプーン、ナイフ、フォーク、店によっては箸まである。俺は食事事情が良すぎて、食事チートでの大儲けも無理っぽいなと少し落ち込みながらもサラダを口に運ぶ。
「猫ちゃんも大事だけど、コイン採掘もそろそろしないわけには行かないわね。」
「ええ、申し訳ありませんがノルマが有りますので、ご協力お願いします。」
「アザリアかサイリサスよね?」
「サイリサスには片道3日、ダンジョン攻略には最長2日として教会の業務的にギリギリのところですわ。」
「普通なら、帰りも更に3日必要だからアザリア1択だったのよね。」
「しかも次回からは、行きの3日を攻略に使えるはずよ。」
「それがアザリア専用じゃない事を祈ろう。」
辞めてタリリさん、変なフラグ立てないで。ダンジョン攻略無しで帰って来るのは辛過ぎます。
「今後の事を考えると、サイリサスへ行くべきよね。最悪そのまま戻ってくる事になってもと思うわ。」
「4人でサイリサス行ってから、マリリさんを迎えに来る方法もあるな。」
俺の案にマリリさんとタリリが反論する。
「いえ、そこまでして頂かなくても大丈夫ですわ。」
「マリリが残るなら、わたしも残るぞ。」
「今回はみんなでいきましょ。アンタ準備お願いね。」
「ああ、食料は通常3日、保存食2日でいいか?」
「それでいいわ。」
アザリアの街からサイリサスの街への街道を南下しているパーティがいる、カレン率いるパーティーだ。サイリサスから更に南下するとフロース王国とプロフィテスの大森林の国境がある。なおプロフィテスの大森林とはエルフや獣人などの少数部族が点在してる大森林をハイエルフの女性が首長としてまとめている国と聞いている。
俺たちパーティーは単独行動中だ。盗賊対策として行き先を等しくするパーティーは固まって移動する事が多い。小規模な行商人達のキャラバンも同じ意味を持つ、それぞれの護衛では少なくとも行商人が5組も集まれば、30人近い護衛の数になり盗賊側としてもリスク無しに襲う事は出来なくなる為に抑止力となる。しかし、俺たちはダンジョンへの緊急避難と言う手段を持っているので他のパーティーに合わせる事無く、自分達のペースで進んでいる。
「あー、単独パーティーでの移動は気楽で良いわね。」
「そうか、盗賊が襲うリスクは高くなるよな?」
「いえいえ、私達は女性ばかりのパーティーですわ、盗賊以外にも同行中の採掘者パーティーにも下品な方はいますから、そちらへの注意も必要ですわ。」
「そうよ、前々回のポーターなんて最悪よ。マリリさんに手を出そうとしたんだから、私が潰してやったわよ。」
カレンはそう言いながら、足を蹴り出し、グリグリと地面を踏みつけている。
「即解雇よ。アンナな奴!」
「まぁ仕方ないよな、お前ら顔はいいからなー」
「あらあら。」
「な、何よ、アンタも手を出したら…。」
「マリリは顔だけじゃないぞ!」
マリリさんの件は男なら仕方ない気がする。俺だって手を出したい。カレンは言葉の途中で顔を赤らめて停止している。俺の何を潰す想像をしたのか、このエロ猫が。
「おい、エロ猫。前に馬車が止まってるがどうする?」
左右を森に囲まれ、僅かに登り坂になっているその頂上付近に富裕層が乗るような箱型の馬車が一台止まっている。馬車の周りには馬も人も見えない。
「だ、だれがエロ猫よ!ヘンタイのくせに!」
「カレン、私は引き返すべきだと思うぞ。罠だ。」
「負傷者がいなければ良いのですが。」
「それもそうだな、私も負傷者の確認が必要だと思うぞ。」
確かに怪しい罠の可能性が高い。上から攻撃された場合、こちらは不利になる。俺は実際に戦った事は無いが。
「どうする、カレン?」
「危険よね。だけど負傷者も気になるわ。いきましょう。充分注意してね。」
「了解。」
俺は目一杯の大音量で叫ぶ。
「負傷した方がいたら、合図をお願いします!声でも魔法でもいいです。」
俺はカレン達の視線を感じながら合図を待つ。何回か叫び3分程経った、この3分がやけに長く感じた。
しかし合図は無い。
「カレン、炎のトラを左右の森へ。馬車の向こう側へファイアの魔法を3本程頼めるか?」
「火事にならない?」
「じゃあ、左右もファイアで木の無いところへ」
「わかったわ。ファイア」
カレンの掛け声で炎の柱が5本立ち上がる。聞こえてくるのは炎の音のみだ。鳥が何羽か驚いて飛び立ったがそれ以外の音は聞き取れなかった。
「カレン、タリリ、何か分かったか?」
「いや、気配は感じられなかったな。」
「私も何も聞こえなかったわね。」
俺は再度、叫んで注意を促した。
「次は馬車へ撃ち込みます」
カレンとマリリさんは驚いてこっちを見る。俺は本気じゃ無いと身振り手振りで伝える。それでも動きが無い。誰もいない気がして来た。
「行こうか。」
「そうね。」
「はい」
今後の作戦はタリリが馬車の扉を開け、カレンが離れて確認するいつものボス戦の方法で行くことになった。俺はカレンの横で立ち、最後尾はミカンちゃんとなっている。マリリさんは俺の反対側だ。
タリリが馬車に耳を付けて中の音を聞いている。親指を立てた。OKサインだ。カレンが頷くのを見るとタリリは扉を開け放った。やはり中からの反応は無く、馬車の中はもぬけの殻だ。また周囲の反応も同様に無い。
「はー緊張するなー。」
「いつ周りから盗賊が出て来るか、ドキドキしたわよ。」
「馬車の中には何も有りませんでしたわ。人も物も。怪我人がいなくてホッとしましたが、乗っていた方はどうされてしまったんでしょうか。」
「私の見方だと、争った形跡も血の跡も無いから命に別状は無いと思うぞ。拉致された可能性はあるが。」
俺は馬車の周りを一回りし、猫に関係するものが無いか確認したが、それらしきは見つけられなかった。
この馬車の確認が思いのほか時間がかかり、精神的にも疲れた。早いところ今日の野営地を探したいところだ。流石にこの馬車の近くでは安心出来ないとの意見が多数だった。その為に俺たちは坂道を下ろうとすると、坂の下に10人程の騎士団とその従者が並んでいる。また統一された武装の兵士が総勢50人位集まり、俺たちに対して剣を抜いていた。
「勘違いされてない?俺たち。」
「後ろもいるわよ。」
カレンの言う通り後ろには鎧の統一された兵士が50人程俺たちの退路を塞いでいる。
「みんな、私はこの馬車は盗賊を誘き出すエサだったと思う。見るからに怪しかった、だから私は罠だと言ったんだ。」
「タリリは私たちが、エサに釣られた盗賊と言うんですか?」
「いや、盗賊ではないぞ、しかし釣られてると思うんだ。」
「けど、釣られるしか無いよな。怪我人をほっとけないし。」
「はい、カケルさんの言う通り、怪しいと思っても確認しない訳にはいきませんでしたわ。」
会話をしている間にも兵士の一部が前後から坂道を登ってきている。
「私たちはサイリサスへ向かう採掘者です。」
カレンは前方の騎士団に向けて叫ぶ。それでも兵士は止まらない。
「武器を捨てて、跪け!従わない場合は盗賊とみなす!」
「私はアザリア教会のシスターです。この者達の身分は私が保証します。」
「それは我々が確認する事だ、貴様ら全員跪け!」
兵士との距離はまだある。森の中に駆け込み兵士らに目撃されずに、腕輪を使う方法が使える距離だ。
「カレン、今なら森の中で兵士に見られずに跳べるぞ。どうする?それとも一戦交えるか?」
カレンのファイアなら、騎士団10人は格好の的だ。10人が固まっているから更にやり易い。だか、カレンには人殺しはさせたく無い。
「私たちは抵抗するつもりは有りません。指示に従います、但し質問はこの場で、全員揃った状態でのみ聞きます。」
カレンはミカンちゃんの手をギュっと握ったまま、騎士団に叫ぶ。
「もし個人を個別に取り調べると言うなら、貴方達を騎士団を装った盗賊として殲滅します。」
殲滅と言う言葉に兵士達に騒めきが走るが、訓練されている為かそれもすぐに収まる。
「兵士の皆さんをそれ以上は近寄らせないで下さい。既に魔法の範囲です。」
俺はパーティメンバーを横目で眺める、最近までアザリアの初心者ダンジョンの4階層止まりだったのに、騎士10人を含む100人の兵士相手に怯えるどころか殲滅すると言い切った。しかもカレンばかりでは無く、ミカンちゃんやマリリさんまで臨戦態勢を取っている。タリリは後方を向いている為に表情は見えないが、きっと同じだろう。俺は空を仰ぎ見た。
(あー、いい天気だ。太陽が眩しい。)




