ミッション 奴隷を解放せよ。
「あ、あれ?私…。」
良かった、ジェシカさんが意識を取り戻した。少し混乱している様だが仕方ないと思う。
ジェシカさんは俺たちが人影をキャッチボールしている間に奴隷たちの様子を見に行ったとのことをだ。だれも見ていない所では話をしているかも知れないと思っての事らしい。
彼女が通路から奴隷達を観察していたところ、不意に衝撃を感じてそこからの記憶が無いとマリリさんに伝えている。恐らく俺も受けた人影が出現する際の不思議な力だ。
ジェシカさんは俯いて、申し訳無さそうにしている。危ない目に合った上に奴隷から聴けた事は何も無かった為だ。
「ジェシカさん、辛いけどごめんね。もう少し頑張って欲しいの。」
「はい、分かってます。」
いつもの語尾を伸ばす喋り方もせずに、マリリさんに肩を貸して貰いながらしっかりと牢屋を見据えていた。
奴隷の事はカレンとフランシスカさんに任せて、俺とジェシカさん、マリリさん、タリリは鉄格子を次々と回収して行った。何も喋らない奴隷たちも俺が鉄格子に触るだけで、消していく現象にその表情は雄弁に内心の驚きを語っていた。
「カレン、こっちは完了した。首輪も解除していくぞ。」
しかしカレンからの返事はない。俺は女性の奴隷の首輪に左手の掌を接触させて首輪の機能を停止させる。音もなく外れた首輪を床に投げ捨てると、精霊石の腕輪からも闇の精霊を解放した。
マリリさんが女性と話し始めたのを見て、俺は2人を残して次の奴隷を解放する為に牢屋をでた。
一方、カレンとフランシスカさんは老人の首輪と腕輪を2人して瞬時に解放すると、その胸に生える木の苗を掴んで抜こうとしたが触る事が出来ない。
老人に語り掛けるが返事はない。しかし眼球は彼女たちを追うし、呼吸もある。生きてはいるが自らの意思では動けなくされているようだ。
ファイアもウインドも小さくする事が難しく、上手く当てられないでいた。
「わたくしの魔法では当たっても変化は有りませんですわ。しかしカレンさんの魔法では先端が無くなってませんか?」
「うーん、そんな気がするわね。」
彼女らの感想は仕方ない、影で出来た苗木には焦げ跡も臭いも漂っていない。パッと見では先端が無くなったかどうかは分からない。
「掴めたら楽なのにね。何なのよこれ!」
カレンが再び掴もうと試みるが、右手は虚しく空を掴む。そうしている間にも苗木から灰色が広がっている。もう四肢を除いた胴体の全てが灰色に染まってしまっている。
「少し冷たいけど、我慢して。」
ウエストポーチから取り出したポーションを口に流し込むが、大半は顎を伝って溢れていく。それを見たカレンは残りのポーションを老人の身体に掛けていく。
「駄目ね。せめて状態異常回復のポーションが有ればね。」
「あら、有りますわ。ハイキュアで宜しければ。」
それは通常取り引きされる状態異常回復ポーションの中で最も高価な物だ。この上にも万能薬と呼ばれるフルキュアポーションや全てのケガや状態異常を瞬時に直す伝説のエリクサーがあるが、まず目にする事は無い。
「え??」
カレンと同様にウエストポーチから黒い瓶を取り出したフランシスカさんは、躊躇いもせず自然に老人の身体を湿らせていった。
「あああああああー。」
その震える声は老人では無くカレンだ。フランシスカさんは口元に微笑みを浮かべながら、不思議そうな表情でカレンをみる。
「フ、フ、フランシスカさん、その黒い瓶って本物のハイキュアポーションじゃないの!金貨10枚はするわよね!」
「はい、お爺様のワインの半分くらいでしょうか。それで命が助かるなら安いものですか…。」
フランシスカさんの言葉は最後まで続かない、老人の服が濡れるだけで灰色は薄くすらならない。口にも含ませたが同様の結果だった。
カレンとフランシスカはその後も試行錯誤を繰り返すが灰色の侵食は広がるばかりで、自分の無力さをどんどんと痛感してくる。この灰色が完全に広がった所で人影がいなければ何も起きない可能もある。しかし、2人には広がり切る前に止めなくては行けないと生物としての感が警報を鳴らし続けている。
「アンタ、助けて。このお爺さん助けてよ!」
カレンが老人を前に絶叫する。その声はこの牢獄を震わせ、今まで口を閉ざしていた他の奴隷の心を揺さぶった。
「アンタらの所為じゃない、それを刺されたらもう駄目なんだ。若い奴ら2人も植木鉢替わりにされて全身が灰色に変わったら消えちまった。」
「そうだよ、そこの牢にいた奴は鉄格子に手を掛けて泣き叫んだ表情のまま、背中に植え付けられていたんだよ。」
青年の奴隷と女性の奴隷は恐らく空き部屋に居た奴隷達の最後を目撃していたのだろう、事細かに惨劇の一部始終を話し出した。
そしてその奴隷達はマリリさん等と共に老人の牢の前に集まってくる。奴隷達の表情はどれも悲痛な面持ちで深く沈んでいる。
「爺さん、済まない。」
「どうして1番用心深いアンタが声を出したんだ…。」
「え?!」
青年の声にジェシカさんが顔を上げる、俺はジェシカさんとカレンの元に行こうとしていた足を止めて彼女の顔をみる。
あくまでも想像でしか無いが、影が現れてジェシカさんが老人の前で倒れる。ジェシカさんのその姿は見えないがもしかしたら、気配で感じ取ったのかもしれない。そして彼女を救おうとして、老人は我が身を犠牲にしたとしたら。いや、そんな事はあるだろうか?見えもしないジェシカさんを助けるなど。
「カケルさん、手を貸して下さい。収納してみます。」
「ああ。」
カレンとフランシスカさんが老人の前から離れるとそのスペースにジェシカさんが跪いてエプロンの裾を引っ張っている。
エプロンのポケットの口に苗木が重なったのを、見計らって俺は手をかざす。
(収納)
何をしているかは、後ろのギャラリーには見えないが念の為に心の中で呟いておく。
「あっ。」
その溢れたような呟きはジェシカさんだったろうか。老人の苗木は4本になっていた。そして取り除かれた場所は元の色を取り戻しつつ有った。
そこからは1分も必要無かった。ジェシカさんとのコンビネーションは熟練の職人のようで瞬く間に老人は色を取り戻した。
俺たちが道を開けると待機していたマリリさんが、タリリと共にやってくると、ヒールとキュアを立て続けに掛けていく。
「あ、ああ?」
(ミッション成功 ベリス邸の奴隷を助けろ 制限時間 12時間)
瞳に光を取り戻した老人は、うわごとの様に意味の無い言葉を繰り返していたが次第に落ち着きを取り戻して行った。
「話は後にしましょう。先ずはここを出るわ。」
カレンの指示で牢屋を列になって出ていく。奴隷達も無言でついてきている。ずっと地下にいた奴隷達は緑に覆われた屋敷や坂道を見て、驚いた顔をしていたが、その歩みは止まらなかった。
(カレン、マリリさん、この人達どうします?奴隷の首輪も解除しちゃいましたし。教会からはどうやって取ったのか聞かれますよね。)
(影の仕業にするわ。影が触ったら取れたって。)
(分かりました。それでこのまま教会でよろしいでしょうか。)
(マリリさん、先にお父様の所へ報告させて頂けませんか。領主邸の事ですので耳に入れておきませんと。)
(私はそれで良いいわ、マリリさんは?)
(はい、教会はいつでも構いません。この件は恐らく何も掴んでいないと思いますので。)
しかし、フランシスカさんのお父さんには多分連絡が入ってるだろう。騎士も同行していたのだから。あれ?あの騎士の姿が見えないが何処へ行ったのだろう。
(フランシスカさん、あの騎士は何処へ?)
(きっとそこに居ますわ。)
そことは坂を下りきった詰所の事だったようで、フランシスカさんがそこを通過するのに合わせて、兵士が中に呼びに行ったのが遠目にも見えた。そして騎士と合流すると、我が家へと用意されていた馬車を連ねて向かった。
家に帰ると公爵様は未だ起きていた。そしてフランシスカさんの姿を見ると溜息を吐いてソファに背を預けた。
「今度は影か?そしてそれは剣も魔法も効かないと。なんだそれは。」
しかし公爵様の問いに対する答えを持っている者はだれもいなかった。夜になると突然現れて、声を出した者の身体に苗木を植えていくだけの存在とは奴隷達もオドオドしながらも説明していた。その事はフランシスカさんも確かな事だと補足していた。
「坂を下りる前に消えたなら、街の住人には被害が及ばないと考えても良いものか。だが、この者達があの場に居たから戻ったと考えると今の状況は危うい物かも知れぬな。」
その言葉に奴隷達はビクリと反応している。その様子を見て、フランシスカさんが嗜める。
「お父様、この方達が怯えておりますわ。」
「ああ、すまぬ。其方らを今一度戻そうなど考えておらぬ。見ては居らぬか、ネズミや蜘蛛などに苗木を植え付けた事は?」
公爵様は人の代わりに他の生物で代用出来ないかと考えているらしい。公爵様は騎士に明るくなったら各牢屋に羊や鳥などの家畜を放置してくる様に指示を出していた。
「フランシスカよ教会の後、顔をだせ。内密な話があるのだろ。」
「はい、ご迷惑をお掛けします。」
内密な話とはどこまでの話なんだろと焦りを感じながらも、マリリさん先導で進む教会への道のりを歩きながらボンヤリと暗闇に浮かぶ領主邸と巨大な実のシルエットに不気味な雰囲気を感じていた。
ありがとうございます。




