ミッション 奴隷を救出せよ。
カレンが指差す突起に向けて絨毯を運んでいく。俺を見つめるミカンちゃんを横目で見ながら、カレンの元へ運んでいく。後は絨毯を持ち上げて引っ掛けるだけだ。しかし、ここからが大変だった。これはなんの修行だ、筋肉が限界って叫んでいる。腕はブルブル、汗はダラダラ、足腰は少し潰れていると思う。
「アンタ、無理なら言いなさいよ!」
カレンは文句を言いながらも木の棒を両手で支えると俺をサポートしてくれた。2人になると随分と楽になり、1回掛けるのに失敗したが2度目にして突起に引っ掛けることが出来た。
カチッと小さな音がすると、絨毯を掛けた壁が天井を支点に吊り上げられて行くと、そこにはポッカリと通路が口を開けていた。
俺はカレンとハイタッチで喜びを分かち合おうと右手を挙げた時に失敗に気づかされた。
「カケルもレンちゃんも嫌いです。」
「カケル、カレンはずるい。私も食べたい!」
声の方角へと俺たちは顔を向けると、への字口になって涙を堪えているミカンちゃんと、俺たちを指差して避難するヨナーちゃんがそこにはいた。
「カ、カレンが変なの見つけるから…。」
「え、アンタが持って来なければ良かったじゃない。アンタがミカンちゃんに頼まれた事忘れたのが原因なのよ!」
「2人とも悪いです!」
「私も食べたい。」
ヨナーちゃんは必死だ。それだけにミカンちゃんはヨナーちゃんに余計に食べさせて上げたかったんだろう。そんな気持ちを俺たちは無碍にしてしまった。どうにか挽回できないだろうか。
「行くぞ。」
タリリはそんな事も知らずに絨毯を暖簾の様にくぐっていく。通路の幅は人が1人分ぐらいの幅しかなく、今までの通路よりかなり狭くなっている。
しばらく怪しげな箱が置かれた部屋をいくつか過ぎると地下への階段が現れた。降りていくと鉄格子の嵌った牢獄が左右に3部屋づつ並んでいる。
窓の無い地下までは緑の汚染は進んで無かった様で、まだ牢獄が牢獄としての機能を果たしているのが皮肉に思えた。壁や天井でも壊れて穴でも空いていれば逃げ出す事も可能だっただろう。
「これは!」
真っ先に騎士が叫ぶ、その瞳には部屋の奥に蹲る老人が映っている。老人の嗄れた首には奴隷の首輪がしっかりと巻かれていた。
「男性3名に女性1名の全部で4名ですね。」
「どうにか無事のようですね。」
フランシスカさんとマリリさんが鉄格子の外から、確認しているその声にもだれも反応を示さない。ただ奴隷達の健康状態はそこまで悪くないない様だ。
各部屋に水場とトイレも有り、食料品として保存食が木箱単位で置いてある。もしかしたら、執事さんが脱出する際に時間が掛かったのは、この手配の為だったのかも知れない。
「助けに来ました。」
「…。」
カレンが老人に声を掛けるが返事は無い。マリリさんが女性の奴隷に声を掛けるが無視をしているのか、もう全てを諦めてしまっているのか、反応すら返ってこない。
「えー、リーリオ教会所属シスターのマリリさんがみなさんの首輪と腕輪から解放に来ました。必ず助けますので格子の前まで来て下さい。」
俺は目一杯の大声で叫ぶと、奴隷たちが一斉にこっちを睨む。その眼は救いを求めている眼ではない。まるでこちらを非難するかの様に感じられた。
(カレン、フランシスカさん騎士の注意を引いてくれ。ジェシカさん鉄格子を収納していこう。)
(分かったわ。)
(了解でーす。)
「ランス、向こうを確認します。着いて来て。」
「ハッ」
フランシスカさんは騎士を引き連れて、空き部屋へと歩いていった。そして怪訝な顔で俺たちを見た。
「こちらにも何方かいらっしゃいましたか?」
そうフランシスカさんの目の前の2つの部屋にも他の部屋と同じく保存食の箱が積まれており、幾らか食べた跡が有った。しかし鉄格子にも壁にも異常は見当たらない。
カレンと離れずに付いて行った、ちびっ子2人もその様子を一緒に眺めている。
「カレン、ヨナーお腹空いた、晩御飯食べたい。」
「そうね、もうすぐだから待っててね。」
「夜!もう夜なのか!」
「夜に子供を連れて来たのか!!」
突然、奴隷達が反応しだした。まるで俺たちを責めるかの様に口々に騒ぎ出した。ひとしきり、俺たちを罵っていたかと思うと自らの声の大きさに、ハッとして大慌てで口を噤んでいる。その光景に見惚れている内に、もう今は元の静けさが支配している。
「ぴろりろーん!」
(ミッション 端によれ。 制限時間 5秒)
「え?!」
「端によれ!端に走れ!!」
奴隷の態度が変だと思いかけたその時、ミッションが表示される。俺は内容を読み上げながらもジェシカさんとエイミーさんの背中を押して通路の端にまで走る。
その途中で残り時間が0になり、ミッション失敗の文字が浮かぶ。
次の瞬間、視界がブレたかと思うと衝撃が体を襲う。
一瞬床だか天井が見えたと思ったら階段登り口の壁に激突し、肺の中の空気が全部押し出された。
「ガハッ!!」
女性の高い悲鳴も聞こえた気がするが、誰のとも判断できない。自分の身体がどうなっているかも分からないままに、先にみんなの事を探そうとボヤける視界を巡らしていく。
ジェシカさん、エイミーさんは俺の後ろに倒れているのが分かる。マリリさんは見えない。タリリは階段から降りて来ているどうやら無事の様だ。
カレンは?ミカンちゃんは?フランシスカさんは?ヨナーちゃんは?そう思い顔を通路へと向けた。
そこには灰色の絵の具で塗りつぶされた背景の中に、灰色の人影が見える。その人影はゆっくりとした歩みで鉄格子をすり抜けて女性の奴隷へと近づいていく。
奴隷の女性は目を大きく見開いて、口を両手で押さえてその人影を見つめている。つい出そうになる悲鳴をグッと堪えている。
「ミカンちゃん、ヨナーちゃん大丈夫?」
カレンは床を這いずり2人にポーションを渡そうと声を掛けた。途端、人影はカレンを向くと歩き出す。それは牢獄の壁を何も無いかの様に通過していく。
俺たちパーティで立っているのはタリリだけだ。他はみんな立つ事も出来ずに横たわっている。恐らくこの状況を作り出したのはあの人影だ。
「ぴろりろーん!」
(ミッション 転移しろ。 制限時間 15秒)
ヤバイ、ここに来てまた短時間のミッションだ。とても全員がカレンまで行く事は出来ない。不可能だ。
「カレン!今すぐ跳べ!!」
「え?!」
俺の声にカレンが顔を上げて、こっちを見る。ミカンちゃんはヨナーちゃんを捕まえるとカレンの手を握る。
「こっちは構うな!!死ぬぞ!!」
「けどアンタは!」
フランシスカさんが騎士の手を取ると、反対側の手を伸ばしてカレンに触る。制限時間は残り5秒をきる。人影は空き部屋の鉄格子をすり抜けるとカレンの横たわる通路に出た。
「行け!!」
制限時間が1秒を切ろうとする瞬間カレン達の姿は消えた。そして制限時間は1秒のまま点滅していた。良かった今回は間に合った様だ。
しかし人影は次の標的である俺を目掛けてゆっくりと歩き出していた。
(カケルさん、あの影は声に反応しています。その為いまは最後に声を発したカケルさんを目標にしています。)
(なるほど、マリリさんはエイミーさんの口を塞いでいて下さい。お願いします。)
(え?カケルさん何を?)
ウエストポーチからポーションを出し煽る。そして残った空の瓶を人影の向こう側に山なりになげる。
素焼きの瓶がカチャっと音を立てるが人影は見向きもしない。
ナイフを抜いて人影に向かって投げつける。胸の辺りを抜けて鉄格子に当たり甲高い音を立てるが人影は相変わらずにゆっくりと歩いてくる。
(みんな、喋らずに上に逃げろ!音は立てても大丈夫だ。)
(カケルさんは?)
マリリさんがエイミーさんを抱えながら階段を上がっていく。
(ギリギリまで引きつけて時間を稼ぐ。)
カレンのテレパシーが心配そうに問いかけてくる。
(策はあるの?)
(ああ、もちろんだ。)
俺は即答する。安堵の溜息は聞こえないがきっと大丈夫だろう。ただ策など無い。
そうしている間に人影はもう目の前にきてしまっている。俺は階段を早足で駆け登る、相手は歩きだから走れば逃げれるだろうという目論見で。
「げっ?!」
しかし奴は壁をすり抜け階段の上に現れた。全力疾走で行くべきだったのか、失敗した。
「こっちですー。」
何故かジェシカさんの声が階下から聞こえる。
(ジェシカさん?)
(カケルさん、キャッチボールしながら外に出ましょう。ここで朝までキャッチボールしても良いんですがもっと広い場所のが距離が伸びて安全ですー。)
ジェシカさんはいつもの軽い感じで、俺のピンチを救ってくれた。
(みんなで交代しながら、やりましょ。私も直ぐに戻るから待ってて。)
(カレンには精霊銀の指輪をフルに使ったファイアを外に出たら試してくれ。)
(大丈夫かしら?街無くならないわよね?)
(あの話は暴走したからだろ?その辺は頑張って制御してくれ。)
しかし目の前の人影はゆっくりと階段を降りてくる。依然そのターゲットは俺にロックオンしたままだ。
(ヤバイ、ジェシカさんの声は聞こえていないみたいだ。キャッチボールになってない!)
(分かりました。)
「こっちです!」
階上からマリリさんの声が聞こえると人影のターゲットは俺から移った。それは階段を上らずに壁の中に消えて行った。
(マリリさん、足元に気を付けて下さい。そいつは階段を登らずに壁の中をショートカットして行きましたから。)
(ありがとうございます。)
(ミッション ベリス邸の奴隷を助けろ 制限時間 15時間)
そして夜明けまで、あと11時間。




