第一話
神すら殺すと呼ばれる刀。
火の無いところに煙は立たず、しかし神の御姿を私は未だ見ぬ。
果たして。
神とはどんな顔をしているのだろうね。
「さぁ始まります決勝戦! 予選から述べ五百人、その頂点に立つのは果たしてどちらの闘士か!」
歓声が快晴の空に響く。
正方形の飾り気のない、広い舞台。私はその端に立って、向かい立つ相手の様子を伺う。
まだ若い女性、しかし刀の柄を握る立ち振る舞いから察する。あれは人の身にあって剣鬼、魔物の類いだ。油断すれば直ぐに私の首が宙を舞うことだろう。
「竜の方角、相手を睨み付ける鋭い眼光! 切れぬものはない、一騎当千の神殺し、セン! 対するは虎の方角、今日も得意の空間魔法で相手を翻弄するのか! 誰が呼んだか幻想卿! ハートレス!」
実況の声にも熱が入っている。しかし手の内をバラすのはあまり頂けない。
試合開始の銅鑼を待つお嬢さんに、私はそれとなく雑談を振ってみた。
「そこな美人のお嬢さん。その境地に至るまでにどれだけの修練を積んだのか気になるのだけれど、君は何歳なんだい?」
「女性に歳を訊くのは失礼ですよ、おじさん」
「むっ」
まだまだお兄さんで通用するだろ。
「そうですね、私に勝てたら教えてあげます」
「ほう。じゃあ、私が勝ったら訂正したまえ。お兄さんと」
「くっだらな……あー、いえ。まぁ、分かりましたよ」
「しかし、君も相当腕が立つ。分かってるんだろ?」
彼女は余裕綽綽な様子で、しかし微動だにせず銅鑼を待つ。
鳴った瞬間。きっと数瞬で、勝負は終わるだろう。
「君じゃあ私には敵わない」
「そうですね、多分。でも――」
そこで彼女の――センの表情が、少し柔らかく砕ける。
なんだ、笑うと可愛らしいじゃあないか。
「だから勝ちたい。でしょう? 幻想卿」
「おや。なんだ、よく分かってるじゃあないか」
鳴らし手の腕が高く上がって。マイクを握る実況の頬に汗が伝う。
「優勝賞金の百万シルバー、そして名誉はどちらの手に渡るのか!」
未だに収まらない歓声を塗り潰すように。
銅鑼の音が、私達の間に重く鳴り渡った。
「はッ!」
センが刀を抜く。切っ先は空気を裂き、真空の刃がまっすぐ私を殺しに来る。
軽く跳ねて刃を飛び越すと、目の前には鈍色。ばっさり袈裟に斬られそうなところを、身をよじってどうにか避ける。
「殺す気か!」
「そのつもりですよ」
着地する暇すら貰えず、センは殺意を込めて刀を切り上げる。
当たるね。これはまずい。
攻撃を処理するちょっとした手品の為、私は刀に手を伸ばす。
「ちょっと預かるよ!」
「は?」
怪訝そうな態度で、しかしセンは私の右手から容赦なくぶった切るつもりのようで、刀を止めずそのまま振り抜いた。
そして着地。
「――さて。まだやるかね」
センの首元に、彼女の刀をあてがって。
私はにやりと笑いながら、彼女の返事を待つ。
「……何をしたんです?」
「大したことじゃあない。空間魔法のちょっとした応用だよ」
「随分と、手の早い人ですね。あなたは」
「慣れてるからね。こういう小細工」
「そうです――かッ!」
鞘。腰に付いたそれをセンは、居合いのような動きで振り抜く。
構えから攻撃までに欠片もズレは無く、まさしく神速。
舞台の上に風を切る轟音が鳴り響く。私は彼女の背後から、先程と同じように刀をあてがう。
あっぶな。すれすれだったぞ今のは。
「ま、まだやるかね」
「いつ私の後ろに回ったんですか」
「空間魔法のちょっとした応用だよ」
「はー……。反応速度、おかしいですって。人間やめてません?」
「お互い様だろうに」
はー。とひとつ、センは溜め息をついて。
「参りましたー」
どこに隠れていたのか、実況が私達の前に現れる。センと私の顔を交互に見て、それから私の手を取って勝手に高々と掲げた。
「優勝は――幻想卿ッ!!」
観客席から怒号にも似た歓声が上がる。
その中で小さな拍手が、真横からぱちぱちと聴こえた。
「おめでとーございますーげんそーきょー」
「あ、ああ。ありがとう。しかしキミ、なぜそんなに死んだ目をしているのだね」
「そりゃー、優勝賞金貰えませんでしたからね。今晩は山菜のサラダです」
「なッ、どうりで! キミだけ明らかにレベルが違うと思ったんだ、それが目当てだったのか!」
「人のこと言えるんですかぁ? 万年貧乏の金欠卿」
「その呼び方はやめたまえ! 恨めしそうな目をして! 最近の若いのには、こう、なんというか、草食精神が足りん! 山菜を愛せ、悪くないぞ!」
「食に妥協しちゃダメですよ、おじいちゃん」
「お兄さん!」
「そういう趣味ですかぁ? おにーさん」
「やめろ、こんな大勢居るところで誤解を生むな! 負けた腹いせか!」
これでは優勝した余韻も何もあったものではない。
戦っていた時よりも余裕の無い私に、バツの悪そうな顔で実況が声をかける。
「あ、あのー……」
「ん、おほん。どうしたね」
「すみません、マイクが全部拾っちゃってて」
「ええい、厄日か! 賞金貰って帰るぞ私は!」
「あ、そだ。ご飯おごってくださいよぉ。ねえ、おにーさん」
「黙れ! 私は高級料亭でフルコースを楽しむんだ! 腕を掴むな!」
「まだ表彰が残ってるんですがー……」
――――――。