20話 国令
「んんっ!? この反応は、何です? とんでもない奴がいたもんですね」
影が孤児院に近づくにつれて感じる聖法気が、とんでもなく大きくなっていく。
「これは、力ずくでは無理そうですね。仕方ありません、私としては、あまり使いたくない手でしたが」
そう言って影が廃屋から姿を現した。
苔色のおかっぱ頭と赤い眼が月夜に照らされて不気味に光る。
「では、タイルストンこれを渡してきなさい」
「わかった。ミックの兄貴の言うことは間違いねぇ」
ミックから手紙を受け取ったタイルストンは、その大きすぎる図体と夜の闇に同化する褐色肌も相まって、巨大な影にしか見えない。
のそのそと孤児院へ向かう様は、街を踏み潰す巨人のようだ。
「入れてきた」
「よし、ならば後は、あちらが来るのを待つだけですね」
孤児院のポストへ手紙を投入した旨を告げるタイルストンに、ヒキガエル顔のミックは、醜悪な笑みを浮かべて、その場を後にした。
「ルミナちゃん、レナちゃん、急いで魔力を消してッ!」
オレたちが食堂で今後の話をしていると、エリシアが血相を欠いて叫ぶ。
有無を言わさない迫力に、ルミナは慌てて自身とレナへ特殊な魔法を施す。
【隠蔽掌握】
ルミナの特殊な闇魔法は、対象の魔力を強制的に抑え込むもので、ある程度魔力コントロールができる魔族なら誰でも魔力を消すことのできるご都合主義極まりない反則級の魔法。
その際、魔族の証である金の瞳も色が変わる。
ルミナとレナの瞳の色がそれぞれ紫紺色と銀色に変わった。
「本当はリューズ君の魔力も消したかったけど、仕方ないわね」
エリシアの突然の言動にたまらずレナが訊ねる。
「突然どうしたっすか?」
「ええ、近くに聖法気の気配を感じたの」
「それは、穏やかではありませんわね。間に合うかわかりませんが、リューズ君の所へ行ってきますわ」
「ええ、お願いするわ」
慌ただしく食堂から走り去って行くルミナを見届けたエリシアは、険しい表情のまま黙り込んでしまった。
オレとレナ、フィリアさんは、何をしていいのかわからず、エリシアに倣って口を閉じる。
先ほどまで聞こえなかった、夜に鳴く虫の声が薄っすらと聞こえてきた。
食堂に嫌な緊張感が漂う。
この沈黙に耐えかねたオレは、おずおずと口を開いた。
「聖十字騎士団なのか?」
聖法気を使える人で思い当たるのは彼らだけだ。
エリシア以外に出会ったことはないが、聖法気を使えるほとんどの人が聖十字騎士団にいると、出会った当初のエリシアに聞いた。
「おそらく、違うわ。でも、それほど大きな聖法気じゃないから、まだ私たちに気付いていないと思う」
まぁ、私には気づいてるでしょうけど、と続けるエリシアの表情が強張る。
「少ししんどいかもしれないけど、我慢してね」
言うや、エリシアの周りの大気が揺れだした。
それと同時に、ものすごい重圧がのしかかる。
「うぐぅっ」
「あぐっ」
オレとフィリアさんは、エリシアの放つ聖法気の重圧に耐えきれず、その場に蹲る。
そんなオレたちにレナが駆け寄って、心配そうな表情でオレたちの手を握った。
「大丈夫っすか? もう少しの辛抱っす」
「ああ」
「レナさん、ありがとうございます」
フィリアさんは必死に笑顔を作るが、額から汗が垂れていて、我慢しているのがわかる。
意識を保っているのがやっとの状態だが、レナが握ってくれた手を意識することで、少し楽になった気がした。
「もう大丈夫。どこかへ行ったみたい」
「そうか、それはよかった」
「フィリアさん、大丈夫ですか? ごめんなさいね。辛かったでしょう?」
エリシアが周囲に放っていた聖法気を収めると、今までの重圧が嘘のように消え去った。
魔族であるリューズが見つかる危険と、オレの意識が飛びそうな危険が去ったことに安堵すると、エリシアは、急いでフィリアさんに駆け寄って背中をさする。
(オレの心配は?)
オレが悲しそうな目をしていると、後ろからトントンと肩を叩かれる。
「これを飲むっす」
振り返ると、レナがコップ一杯の水を差し出していた。
レナの優しさに感動を覚えて、オレは捨て犬が「拾って、拾って」というような表情をして渡された水を飲んだ。
「そんな顔してどうしたっすか?」
「いや、ちょっと感動して」
「へ?」
レナは訳が分からないといった様子で、こくんと横に首をかしげる。
「いったい何だったのでしょうか」
フィリアさんが答えのわからない呟きをもらす。
それを聞いたオレたちは、全員が全員首をひねる。
「一応外を見てくるわ」
「それなら私も付いて行きます」
エリシアの後にフィリアさんが続いて、食堂にはオレとレナが残された。
「あっ、これ、ありがとう」
「い、いいっすよ別に。大丈夫だったならそれでいいっす」
勢いよくコップを取って、流し台へと持っていくレナの顔が赤くなっていたのは気のせいか。
オレは、訳もわからず首をひねるだけだった。
「これは!?」
フィリアとエリシアが門の所へ着くと、ポストに手紙が入っていた。
フィリアが中身を見ると、驚愕の声を上げる。
周囲を警戒していたエリシアがフィリアの異変に気付き、駆け寄る。
しかし、フィリアは、「何でもありません」と言って、エリシアを避けるようにして孤児院へと足早に入っていった。
「......?」
突然、豹変した態度を示すフィリアに首をかしげながらも、エリシアは、もう一度周囲に気配がないことを確認すると、フィリアの後を追った。
フィリアは、孤児院へ入ると食堂へは戻らず、自室へと赴いた。
そこで、もう一度送られてきた手紙に目を通す。
文面の一番最初に書かれていたのは、『国令』。
国令とは、国から下される絶対命令。
国民に拒否権はなく、例え高熱にうなされようとも地を這ってでも順守しなければならないもの。
当然、フィリアに拒否権はない。
『先日の世界会議において、先生が経営している学校運営を国営に変更することが決定した。
明日の正午、この件に関する説明を聖同館にて行う。
先生は、教師徽章を持参し、これに出席すること。
尚、穏便に事を進める為、聖法気を扱う同行者は認められない。
また、代理出席も認められない。
もし、これに違反すれば、国王への反逆罪で聖十字騎士団による強制執行が執り行われる』
そして、最後の文面に今回の総責任者であるレビジュ・ドルベル国王の息子、アルジャン・ドルベルの名前が記載されていた。
よく見ると、手紙に使われている羊皮紙は高級紙で、国王の徽章まで記されている。
この手紙は間違いなく王国側から発行されたものだ。
「そんな......」
フィリアは、手紙を持ったまま時が止まったように固まった。
希望の星の子供たちには、聖十字騎士団や権力者の私兵などにはならず、商人や農民など、戦争にはかかわらずに生きてほしいと思っている。
それに、希望の星は普通の学校とは違う。
皆、幼くして親がおらず、1人で生きていかなければならなかった子供たちばかりだ。
フィリアにとって、彼らは家族同然である。
そんな大切な子供たちを死と隣り合わせの戦場へ送る真似など、どうして出来ようか。
しかし、この一報は、フィリアの願いを砕くものだった。
学校の主権を国に渡すということは、戦争に送り込むための兵士を渡すことと同義だ。
大切に育ててきた我が子同然の子供たちが、戦争のための道具になるなんて許せない。
「まさか、エリシアさんがここに来たのは、この一件が理由?」
フィリアは知るところではないが、エリシアがこの孤児院へ訪れたのは、全くの偶然だ。
エリシアは、特務で単身動いていたために今回の『世界会議』での決定事項をまだ知らない。
通常、『世界会議』で決まったことは、即座に聖十字騎士団の団長である剣聖に知らされる。
そこから、聖剣姫、師団長へと情報が流されるのだが、今回、エリシアに情報が届かなかったのは、仕方のない事だろう。
だが、そんな事情を知らないフィリアがエリシアを疑うのは無理もないことだ。
あと半日もしないうちに希望の星を出なければならない。
それまでに何とかしなくてはと、フィリアはその膨大な知識を詰め込んだ頭をフル回転させる。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
あなたはサンタさんを信じてますか?
僕は、信じてます。
いや、冗談ではなくて(真顔
おそらく、北極に存在する未開の地『サンタ―ワールド』という異世界にいると思うんですよ。
北極に突如現れる姿見サイズのオーロラ。
そこから、トナカイがサンタの乗ったソリを引いて現れるのが、12月25日。
それから、世界中にプレゼントを配り始めるのだ。
僕の所にまだ来ていないのは、増えに増えた人口のせいだろう。
きっとそうだ。そのはずだ。
次話、フィリアが強行手段に出る?
次のページでお会いできることを祈りつつ......。




