18話 今からお願いします
「軍に志願ってどういうことだよ」
オレは、身を乗り出して聞き直す。
そんなオレの様子を不思議そうに見返すロイは、何てことないように答えた。
「いずれは入らなくちゃいけないんだ。それが早いか遅いかの違いだろ? 別に驚くことじゃないと思うけど」
いや、驚くだろ。
この世界の事情はよく分からないが、少なくとも元の世界では、10歳そこそこの子供が望んで軍隊に入隊することなんてなかった。
社会の教科書などでは、子供が突撃銃を手にした写真などを目にしたが、それでも彼らは望んで戦いに赴いているのではないだろう。
自分たちの身を守るため、あるいは、この世界のように国からの強制という形で、まだ年端もいかない子供が死と隣り合わせの戦地へ放り出される。
しかし、ロイは望んで軍へ入ろうとしている。
「どうして、進んで入隊しようとするんだ? 死ぬかもしれないんだぞ?」
「それは、そうかもしれないけどさ。来年、先生が徴兵されるんだ」
「ああ、さっきフィリアさんに聞いたよ」
「だから、俺が一緒に入隊して先生を守るんだ」
「――ッ!」
ロイの言葉で開いた口が塞がらない。
守るってそういう意味だったのか。
たとえ自分が危険な目に遭ったとしても大切な人を守る。
わずか12歳の子供が抱くには、早すぎる感情じゃないのか?
そこまで思うも、この世界の現状を考えると、そうならざるを得ないのかもしれない。
戦争という常に身の危険が迫る日常。
いつ、魔法が降り注いでくるかもわからない不安の日々。
あるいは、今回のロイのように親しい人が徴兵され、戦場で帰らぬ人となるかも知れない恐怖。
その事実が、年端も行かない子供に自己犠牲などというくだらない感情を芽生えさせたのだろう。
「もちろん、ただ入隊するだけじゃない。誰よりも強くなって剣聖になれば、先生を戦いに巻き込まずに済むだろ? ほら、剣聖って色々命令できるしさ」
先ほどの大人びた考えなど微塵も感じさせない、少年の笑みを見せるロイに、オレはただ笑みを返すのが精一杯だった。
ガラガラガラ。
突然入り口の扉が開き、エリシアが部屋へと入って来た。
その後ろに、ぞろぞろとレナとフィアナが続く。
いきなりのことで、呆気にとられるオレとロイは、二人して目を丸くした。
そこへ、エリシアは開口一番。
「ロイ君、今のままじゃ剣聖なんて夢のまた夢よ」
夢見る少年に厳しい現実を叩きつけた。
「エ、エリシア! 頑張ってるヤツに、それはないんじゃないか?」
「これでも私は聖剣姫よ。剣聖の一番近くにいるの。それに、なれないなんて言ってないわよ」
エリシアの最期の言葉に、オレもロイも目を見開く。
そんなオレたちをよそに、腕を組んだエリシアは続ける。
「ロイ君は才能は十分にあると思う。このまま頑張れば師団長にはなれるんじゃないかしら? でも、さらに上を目指すって言うなら、力の使い方を覚えなきゃダメよ」
「ど、どういうことですか?」
「ロイ君は自分の聖法気に振り回されているの。例えば、さっき出してた聖法気の剣、【熱線刃】を私が出すとこんな感じよ」
そう言って、エリシアは自身の掌に顕現させた【熱線刃】を見せる。
それは、ロイが見せた工事現場でよく見る棒状のものではなく、先端の尖った両刃直短剣。
元の世界のルネサンス期から見られるようになった、攻撃のための剣というよりは、相手の攻撃を受け流すための補助的な武器だ。
「ロイ君も出してごらん」
エリシアに促されるまま、ロイは【熱線刃】を顕現させる。
エリシアは、【熱線刃】自身のをロイの【熱線刃】にゆっくりと近づける。
聖法気で作った剣先を高速振動させて発生する熱で、触れるものすべてを焼き切る熱線。
その熱線同士がこすれ合う――。
ジュッ。
――ことなく、ロイの【熱線刃】が焼き切られ、その刀身が真っ二つに折れた。
「なっ!?」
エリシアは、当然といった感じで笑みを漏らす。
「私はほんの少ししか聖法気を使ってないわよ。でも、ロイ君は今ので、かなり消耗してるようね」
「......」
「それが聖法気に振り回されてる証拠よ」
エリシアは、自身の【熱線刃】をしまい、ロイへと笑いかける。
さっきは、あんなに突き放したような感じだったのに急にどうしたんだろう。
ロイに聖法気の使い方を教えているみたいだが......。
「扉越しに聞いちゃったんっすよ。ユウとロイ君の話」
オレがエリシアをまじまじと見ていると、レナがすぅっと隣に来て小声で耳打ちをしてきた。
ぺろりと舌を出して「悪気はなかったんっすよ」と可愛く謝ってくる。
どこから聞いていたのかは定かではないが、少なくとも、ロイの想いはエリシアに伝わったのだろう。
「今からお願いします」
「ええっ!? もう少しで夜になるわよ?」
「お話だけでも十分勉強になりますから」
ロイは、先ほどと同じようにエリシアに頭を下げて、戦い方の指南をお願いしている。
エリシアも先ほどとは違い、ロイに戦い方を教えるつもりなのだろう。
そんな様子をレナと2人で微笑ましく眺めていると。
てくてくとフィアナがオレたちの元へやって来た。
「せっかく私特製のキズ薬持ってきてあげたのに。あれじゃ、声かけられないじゃない」
むすっとした表情だが、どこか嬉しそうに話すフィアナにオレたちは笑みをもらした。
ただ強さを求める為だけに力を欲する者は、本当の強さじゃない。
力とは、大切な誰かを守るために使うもの。
恐らくエリシアはあの時、ロイのことを拒絶したのは、そのことをわかって欲しかったからなのだろう。
しかし、ロイの話を聞いて、彼がただ力を求めるだけの戦闘狂じゃないことがわかったことで、エリシアもロイに戦い方を教える気になったのだろう。
「ロイだってまだ子供なんだから、エリシアも直接言ってあげればいいのにな」
「そこはアレっすよ。エリシアの素直じゃないっていうか、不器用なところっすよ」
「ははっ、たしかに」
エリシアとロイにはもう、先ほどの気まずい雰囲気はなく、楽しげにあれこれと話している。
あんなにうれしそうなロイを見ていると、こっちまで笑みを誘われじゃなか。
「そんなに深く考えなくてもいいっすよ。レナもユウには救われたっすから」
不意にこそっと手で口元を隠しレナが再び耳打ちをしてきた。
キョトンとするオレに、レナは少し朱色に染まった顔でニコニコとしている。
(待て、待て待て待て待て......)
先ほどレナは何て言ったか。
たしか『扉越しに話を聞いちゃったんっすよ』だったような。
それを思い出したオレは、全身が熱くなるのを感じた。
背中からだらだらと汗が流れ落ちるのがわかる。
話を聞いていたとは、どこからだ?
レナの口ぶりからして、オレがレナたちに寄せている想いを聞いていたのは間違いない。
『こんな気持ち悪い眼を持っているオレのことを、1人の人間として受け入れてくれた。オレを孤独の底から救い上げてくれたんだ。ホントに救われた。だから、あいつらには一生かかってでもこの恩を返さないとって思ってる』
(ぐおおおおおおお~~~~)
恥ずかしさのあまり、オレは全身を発火させて、頭を抱えながら天を仰ぎ見る。
「リューズ君、こんなところにいらしたのですわね」
リューズが声のする方へ目を向けると、紫水晶のキレイな長髪を揺らし、自身と同じ黄金の瞳をした少女が佇んでいた。
「ルミナお姉ちゃん?」
「少しお話してもよろしくて?」
リューズは頷き、ルミナを部屋へと入れる。
彼女は、まるで自分の部屋のようにベッドへと腰かけた。
棒立ちになっていたリューズを見上げて、少し苦い表情をする。
「あまり覚えてないかもしれませんけど、5年前に起こったことを教えてくれませんの?」
「5年前?」
首をかしげるリューズに、ルミナはフィリアから聞いたリューズとの出会いを話す。
そこで登場するある人物について尋ねていた。
「黒い服の魔族?」
「ええ、他に特徴などは覚えてませんの?」
リューズは考え込むが、何せ5年も前のことだ、普通は覚えていない。
その上、リューズは当時5歳だったのだ。
「ごめんなさい、覚えてないです」
「いえ、謝る必要はないですわ」
首を振るルミナの笑顔がどこか悲しそうに見えたのは気のせいか。
年上の、それもとびっきりの美人さんをがっかりさせてしまったという事実は、男なら少なからずショックを受けてしまうもので。
それは、リューズとて例外ではなかった。
何とか彼女の悲しみを拭い去ろうとしたリューズは、もう一度5年前に意識を戻そうとする。
自分の見た黒い服の魔族を鮮明に思い出そうとして、一つの特徴を思い出した。
「剣......」
「えっ!?」
「剣です。思い出しました。首から垂れ下げた黄金の丸いアクセサリーに、剣を突き立ててる徽章のようなものがありました」
思い出せたことに興奮するリューズの話を聞いたルミナは、そのキレイな黄金財宝も見劣りする金眼を大きく開けて、勢いよくリューズの肩をつかむ。
「それってもしかして、眼の上に2本の剣を十字に突き立てたものじゃありませんのっ!?」
ルミナは、どこか鬼気迫る勢いでリューズに顔を近づける。
突然目の前に、それも少し動けば触れてしまいそうなほどの距離に美人さんが近づいたので、リューズは耳まで真っ赤にして石像のように固まった。
そんなことはお構いなしに「どうですの?」「見間違いじゃありませんの?」「本当ですの?」と、ぶんぶんリューズの肩を揺らすルミナ。
真っ赤な石像と化したリューズは、曖昧な記憶の中から拾い上げたものと、今ルミナが言った徽章の特徴を、羞恥で固まりつつある頭で何とか照らし合わせる。
「そ、そうだったと、お、思います」
「そう、ですの......申し訳ありませんでしたわ」
ルミナは、先ほどの鬼気迫る表情は鳴りを潜め、儚げな笑みを浮かべて、どこか申し訳なさそうに謝罪する。
過去、リューズに施された魔法は、ルミナがしたことではないのに、彼女はまるで自分がしたことのように深々と頭を下げ続けた。
その行為がリューズにとっては、不思議に思えて「頭を上げて下さい」としか言えなかった。
「思い出して頂いて、ありがとう、ございますわ」
彼女はそう告げると、踵を返し部屋を後にする。
ルミナの姿がなくなった入り口を見つめる事数秒、リューズは去り際に見たルミナの目に浮かぶ涙の意味を知ることはなかった。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
あなたは、過去ものすごく恥ずかしかった出来事はありますか?
僕は、お酒を飲み過ぎて便器に向かって、延々と愛を語っていたことですかね(笑)
便座に向かって「かわいいよ」「好きだよ」などと言っていたそうです(汗
まぁ、その記憶はすっぽりと抜けているので、真実はどうなのかわかりませんが、お酒の飲み過ぎには注意しましょうね。
次話、彼の悪巧みが......!?
次のページでお会いできることを祈りつつ......。




