17話 王子の憂鬱
「まったく、今日は最悪な日だ」
ダンッと机を叩く煌びやかに着飾った小太りの男は、オレンジ色のおかっぱ頭を激しく揺らす。
その横柄な態度に、注文を取りに来ていたウェイトレスは、肩を震わせる。
相手は国内で2番目に地位の高い王族。
レビジュ・ドルベル国王の第一王子――アルジャン・ドルベル――だ。
下手なことをすれば、牢屋へ幽閉されるか、極刑が下るか。
はたまた、ドルベル王子の後ろに、規格外の大剣を装備した、全身甲冑姿の190センチはあるだろう男に切り伏せられるか。
「この店で一番高い酒を持ってこい」
「は、はい。かしこまりました」
ドルベル王子の何とも金持ちらしい注文を受けて、ウェイトレスは厨房の奥へと小走りで入っていった。
「アレクサンドロス、奴らはまだ来ないのか?」
「時機に到着するでしょう。指定時間までは、まだ少し時間がありますので」
「僕が待つだなんて、奴らにはお仕置きが必要かなぁ。まったく、お父様も面倒ごとを押し付けてくれる」
その場に件の人物がいたら泣いて許しを請うだろうことを言いながら、昨日、国王である父、レビジュ・ドルベルから言われたことを思い出し、ため息をついた。
「アルジャンよ、一緒に食事をするのは久しぶりじゃな」
「そうですね。お父様」
「久しぶりに家族そろっての食事ですわね。ふふっ」
窓から差し込む宵闇が明るい室内に差し掛かる中、20人掛けのテーブルで3人が食事をしていた。
上座に座る大柄な男は、鮮やかなオレンジの髪を真ん中に分け、壮年の苦労がわかる程の皺を蓄え、高級ステーキを頬張る。
父に答える小太りの男は、父と同じ髪色のおかっぱ頭を揺らしながら、出されたステーキを行儀悪くかぶりつく。
その二人を微笑ましそうに見ながら、綺麗な作法でお肉を口へ運ぶ女性は、久しぶりの一家団欒を楽しんでいた。
先の2人と同じ艶やかなオレンジの長髪を腰まで伸ばし、髪と同色の瞳を細め微笑む彼女は、アルジャン・ドルベルの母にして、レビジュ・ドルベル国王の正妻、王妃ミランダ・ドルベル。
相手が国王だからこそ結婚したと言っても過言ではないほどの美貌を持ち、とても一児の母とは思えない程で、若妻と言っても過言ではないだろう。
政で食事はいつも別々にとっているが、今日はレビジュ国王が2人を呼び出して、夕食と共にすることになった。
「ところでお父様、今日はどうして僕たちを呼び出したのですか?」
「うむ。先の『世界会議』で決まったのだが、学校から軍への入団者をスムーズに行うため、今まで先生が主導になって行ってきた運営を国営に変えることになってな」
「それはまた、大変な試みですこと」
ミランダの言う通り、このプロジェクトはかなり大掛かりなものだ。
先生は、その誰もが膨大な知識と知恵を持っている。
だからこそ、国の助けを必要とせず、独自に学校運営を行っている。
学校に通う子供たちも様々で、中には聖法気を扱える子供いたりする。
その子供を先生の思い通りに育てて、自分のボディーガードにしてしまうといった例もある。
まぁ、それは特例中の特例だが、学校を卒業した子供たちは、大抵が『聖十字騎士団』か『権力者の私兵』に入団する。
聖法気を使えなくても、学校で得た膨大な知識は戦場では武器になる。
前線へ出なくとも、魔族軍を圧倒する作戦や戦略は、これまで多くの騎士団員を助けてきた。
しかし、激化する戦争で知恵を持つ者は、この戦争を利用して商売をするようになった。
自国にも敵国にも武器や情報など、あらゆる物売り、金銭を手にする。
中には、戦況を読んで、農作物の価格変動を利用して、利益を手にする者もいたりする。
戦火に苛まれることもなく、より安全にお金を手にすることができると、最近では、もっぱら商人になる子供たちが増えている。
軍への入団者が少なければ、当然、戦争も不利になる。
魔族軍と拮抗できているのは、騎士団員の強力な力もさることながら、魔族を圧倒する軍隊の数にも要因がある。
騎士団の師団長や剣聖は別格として、その他団員は、たとえ聖法気を操れようとも魔族軍の1人を倒すのに2、3人は必要になる。
それほどまでに強い魔族を相手にするのに、軍や騎士団員の数が減っては、戦争に負けてしまうのは目に見えている。
それを何とかしようと、8人の権力者は『世界会議』を開いたのである。
「そこで、だ。アルジャン、お前にはこの計画の代表になってもらおうと思っている」
「僕に、ですか」
「ああ、この計画がうまくいけば、私の後を任せようと思っている。大きな実績は、『世界会議』でも大いに影響するからな。我が国だけではない、他の7か国とも次期国王になる人物にこの計画を任せるだろう」
「アルジャンさん、すごいじゃないですの。期待してますわよ」
「はい。喜んで承ります」
アルジャンは、笑顔を母に向け、父に頭を下げて任務の承諾をする。
しかし、心の中では面倒ごとを押し付けられたと悪態をつく。
なぜなら、大抵の先生は、自分の学校に2、3人は聖法気を扱える子供を抱えている。
中には、聖十字騎士団に入団できるような力の持ち主だっているのだ。
先生との交渉が決裂した場合、確実にその子供たちが自分たちの前に立ちはだかる。
ぬくぬくと王族として育ってきたアルジャンは、多少の武の心得があるとはいえ、それは護身術のようなものだ。
戦闘になると歯が立たないのは必至だ。
「詳細は、後で話そう。後で書斎に来るように」
「わかりました」
先ほど厨房へと姿を消したウェイトレスが、高価なワインを運んできたのを目に、アルジャンは回想をやめる。
ウェイトレスは、アルジャンにおびえているのだろう、おっかなびっくりな手つきでワインをグラスに注ぐ。
そして、一礼してその場を後にした。
アルジャンは注がれたワインを一口飲み、後ろに控える全身甲冑姿の大男を一瞥する。
今回の任務でアルジャンの護衛に任命された『権力者の私兵』の1人。
レビジュ・ドルベル国王が抱える『権力者の私兵』の中でも1番腕の立つ人物だ。
数年前に入隊してからは、そのほとんどがレビジュ国王の護衛を行っていたが、今回の一大計画で、息子であるアルジャン王子の確実な任務遂行のため、国王からアルジャンの護衛兼補佐役を任せられている。
普段は気が狂ったように訓練場で黙々と訓練をして、いざ仕事となると、寡黙に仕事をこなす仕事人というイメージが強い。
何事も他人任せで、楽をしたい性格のアルジャンにとっては、非常にやりにくい相手である。
特に補佐役というのが、アルジャンは気に食わない。
補佐ということで、こちらがいちいち指示を出さないと一向に動こうとしないのである。
アルジャンにとって『世界会議』での発言力の高さなどは、正直どうでもいい。
ただ、国王にさえなれれば、後は部下や大臣たちが勝手にやってくれる。
自分はただ、今よりも一層自由な暮らしができる。
アルジャンはそれだけでよかった。
だというのに。
「はあぁ」
国王である父の機嫌を損ねて、後継ぎになれなくては困ると受けた任務だが、正直面倒くさい。
その上、今朝、貧民街に住んでいると思しきの女の子がバラ撒いたリンゴを踏んずけてしまい、靴が汚れてしまった。
そこで、訳の分からない女にコケにされるわ、前髪だけ白く染まった変な男が血まみれで迫ってくるわで、もう散々な目に遭った。
残りのワインを飲み干し、グラスを勢いよく机にたたきつける。
「ああっ、なんて日だ」
本日二度目となる怒りの言葉をまき散らすアルジャンは、ワインのお代わりを注文する。
そこへ、バタンと入り口が閉まる音がした。
アルジャンが音のする方へ目をやると、4人の男たちが見えた。
先頭を切って入ってきた男は、薄く笑みを浮かべており、苔色のおかっぱ頭とヒキガエルのような顔と相まって、非常に不気味な感覚を覚える。
無理に金持ちを装って入るが、決して表の世界の住人とは言い難い雰囲気を醸し出していた。
その後ろに控える男は、自身の護衛役であるアレクサンドロスとさして変わらぬ体躯の持ち主。
横幅はあちらの方がかなり勝っているが、タンクトップから覗く腕は太く、丸太のような筋肉の塊だった。
褐色のスキンヘッドと頬にある無数の傷が、威圧感を放っている。
最後に入店した線の細い男たちは、双子だろうか、どちらも同じような顔をしている。
ひどい猫背に切れ長の目、常にニヤニヤとしていて怪しいことこの上ない。
「いや~、遅れて申し訳ありません。時間通りと思ったんですが、まさか、あなた様がこんなに早く訪れるとは思わなかったもので」
「御託はいい、あんまり僕を怒らせるな」
アルジャンは不機嫌さを隠そうともせず、待ち人たちを席に着かせる。
場所は、とある高級食堂『ミラノヴァ』。
大通りから少し外れた複雑な隘路に建つ皇族御用達の食堂は、一般の人が利用することはめったにない。
現に今この場には、アルジャン王子とその護衛、後は店の店員であるシェフとウェイターしかいない。
そんな場所で、アルジャン王子と王子が呼びつけた裏の住人たちの密談が行われる。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
あなたは待ち人のことをどのくらい待てますか?
今はケータイ電話があるので、そこまで待つことはなくなりましたが、僕が小学校の頃はそんな便利なものを持っていなかったので、よく待ちぼうけを食らっていました。
そのせいもあって、今でも2、3時間くらいなら平気で待ちますね。
まぁ、スマホを手にした今の僕は、5分遅れても姿を現さないと、ソッコーで電話しますけど(笑)
あっ、電話する相手、いないんだった......。
次話、ユウが彼女の言葉に悶絶してしまう!?
次のページでお会いできることを祈りつつ......。




