7話 別に食べられないわけじゃない
この世界に来て、何度目とも知れない微睡みの世界。
頭の後ろにふわふわした感覚を覚えながらゆっくり目を開けると。
「――ッ!」
桜色の美少女がいた。
満開の桜を連想させる長髪が、オレの頬をくすぐるながら、吸い込まれるような紫紺の瞳に見下ろされている。
雪花石膏の柔肌にちょこんと乗った桜色の唇は、今は少し尖らせていた。
そして、先ほど感じていた頭の後ろの気持ちい物の正体に気付いてしまった。
(ひ、膝枕!?)
一瞬にして意識を覚醒させて、その場から飛び起きる。
全身が熱い。
「あ、え、っと......あの」
ヤバい、混乱して自分でも何が言いたいのかわからない。
(女の子の膝枕なんて、男の夢じゃないか!? それもこんな可愛い娘の膝枕......)
だが、オレのテンパりっぷりなどお構いなしに、巫女服ミニスカ少女のリンは、頬を少し膨らませていた。
「妾の作ったおむすび、美味くなかったのか?」
「いや、えっと......」
そうだ、オレは確か塩味(?)のおむすびを食べて気を失ったんだった。
正直に言えば、美味くなかった。
いや、あれはもうそんなレベルですらなかった。
正直に言うべきか、だが、せっかく作ってくれたものをマズいなどと言うのは気が引ける。
それに、あんなうるうるした目を向けられれば、なおのことだ。
ものの数秒の逡巡だったが、永遠にも感じられるほど時間の流れが緩慢になる。
そして、オレの出した答えは。
「ど、どうして膝枕を?」
話を逸らすことだった。
「ん? うむ。妾には、妹がおったのじゃ。病弱でよく寝込んでおったが、妾が膝枕をすると喜んでくれたのじゃ」
「そ、そうなんだ」
少し遠くを見つめるリンの顔と、今の言葉の言い回しに多少の疑問を覚えるが。
要するに、倒れた人がいたら妹が喜んでくれたように、膝枕をすれば喜んでくれると思っているのだろうか?
それは、女の子の認識としてマズくないか。
もし、オレみたいな理性の行き届いている男ならまだしも、世の中、そんなヤツばかりじゃない。
頭の中から聞こえてくる、『お前はただ意気地がないだけの童貞だろ』という言葉は盛大に無視する方向で。
(いつかは、オレだって......じゃなくてッ!)
この世界に来てまだ日は浅いが、小学生にしか見えないくらいの女の子を複数人で追い回す男どもや。
出会って数秒で、魔法をぶち込んでくる魔王だっているんだ。
「リ、リン?」
「何じゃ?」
「リンは女の子なんだから、誰彼構わずそんなことしちゃダメだよ。オレだったからよかったけど、もし野獣のようなヤツだったら、リンが危険になるんだから」
「ふふっ、ユウは優しいのじゃな。だが、大丈夫じゃ。妾は剣術を嗜んでおる」
紫紺の双眸を細めて微笑んだリンの表情が、あまりにもキレイすぎて、またしてもリンに見とれてしまう。
そして、それを目ざとく見ているのが。
「ユウお兄ちゃん、また見とれてるぅ」
栗色のショートボブに髪の色と同じ瞳をした、孤児院の少女フィアナだ。
「ち、違うって言ってるだろ。剣術とか以前にそう言うことをすると、男は勘違いするんだよ。そして、そんなヤツに目をつけられたら本当に大変な目に合うんだって」
「うむ。そうじゃな。これからは気を付けるとしよう。それで、妾の作ったおむすびのことじゃが......」
「うっ!」
美味く話を逸らせたと思っていたが、どうやら彼女は覚えていたようだ。
ちらりとフィアナを一瞥するも、彼女はフルフルと首を横に振るだけで、オレに全責任を押し付ける構えだ。
(どうする、どうする。オレ......)
「ああ、うん。リン、そのことなんだけど、さ。実は......すまないッ!」
オレは五体を地面に投げ出し、後光が見えるほどの姿勢をとった。
日本人なら知らない者はいない、伝家の宝刀。
――土下座。
「オレの口には合わなかったんだ。いや、決してリンが悪いわけじゃない。悪いのはオレだ。心を込めて作ってくれたリンのおむすびを受け入れられないオレの舌が悪いんだ。そう、すべては今まで贅沢に育ってきたオレの舌が悪い。だから、リンは何も悪くない、決してリンが悪いんじゃなくて、オレが、オレが......」
言い訳がましくまくしたてるオレに、リンは笑みを浮かべて一言。
「いいのじゃ......」
その一言に、オレの心は隕石でも落ちたかのような重い痛みを覚えた。
そして、リンは、広げていたおむすびたちを風呂敷に包み始めた。
「リ、リン?」
「ははっ、薄々はわかっておったのじゃ。これまでに何人かに渡してきたが、皆『大丈夫ですから』と言って受け取ってくれなっかったからな」
「リンお姉ちゃん......」
「フィアナにもすまないことをしたな。せっかく馳走を食べさせてやると言ったのに、院の子供たちに、人が気絶するようなものを食べさせるわけにもいかんじゃろ」
リンは明らかに強がっている。
少しでも早く、この場を離れたかったのだろうか、少し乱暴におむすびを集めていたので、1つのおむすびがポロンと地面に落としてしまう。
「あっ!」
リンがそれを見たのもつかの間、まだ広がっていたおむすびたちを片付け始めた。
しかし、その表情はあふれ出る涙を必死にこらえているものだった。
そんな彼女の顔を見たオレは、自然と体が動いていた。
「お、おいっ!」
「お、お兄ちゃん!?」
地面に転がり落ちた紫色のおむすびを拾って食べた。
「~~~~~~~~~~~~~~ッ!」
脳天をぶち抜ける苦味とエグ味、ごはん自体が芯まで炊けていないのと、地面に落ちた時に付いた砂利のボリボリという音が口の中に広がる。
昇天しそうになる意識を必死に手繰り寄せ、リンの作ってくれたおむすびを味わう。
咀嚼すること数回、目に涙を浮かべながらようやく飲み込む。
「汝は、何をしておるのじゃ!? すぐに吐き出せ」
「一度飲み込んだやつを吐き出せなんて、食材に対して失礼だろ? それに、食べられないわけじゃないんだ。フィアナにあげないんだったら、オレがもらってもいいか? 実はオレ、今、お金持ってなくてな。恵んでくれると助かるんだが?」
先ほど殴られた頬の腫れがまだ収まらず、右眼を開けられずにいるので、うまく笑えているかが心配だった。
リンはあらん限りに紫紺の瞳を開き、ついには破顔した。
「汝は底抜けにバカじゃの......」
「ん? 何か言ったか?」
「いや。そうじゃな、もらってもらうとするか」
「おう」
そう言って、リンはカラフルなおむすびが入った風呂敷を渡そうとする。
だが、その前にフィアナが立ちはだかった。
「「!?」」
「さ、最初にもらったのは、私だよ。それに、いらないなんて言ってないからね。だから、私にも分けてよ」
オレとリンは、互いに顔を見合わせ、苦笑する。
それから、オレはフィアナの孤児院で子供たちと一緒におむすびを食べるということで、話がついた。
そして、フィアナがリンの顔を覗き込むようにして話す。
「リンお姉ちゃん、このおむすびね、もしかしたら美味しくなるかもしれないよ?」
「ど、どう言うことじゃ?」
リンはフィリアの両肩をゆすり、鬼気迫る勢いで詰め寄る。
ちなみに、先ほど聞いたのだが、自分の作ったものを味見したことがないというリン。
試しに緑のおむすびを1つ味見させてみたら。
一口食べるなり、キラキラしたものを盛大に吹き出し、地面をゴロゴロと転がりまわっていた。
自分の爆弾がおいしくなるかもしれないと聞いたら、居ても立っても居られないのだろう。
それにしても、はしゃぎ過ぎだ。
「リン、そんなにしたらフィアナが話せないだろ」
オレに指摘されたリンは、慌ててフィアナを放す。
ぐわんぐわんされたフィリアは、軽いめまいを覚えているようだった。
「フィリアお姉ちゃんって、すっごいお料理がうまいの。だから、お姉ちゃんに見てもらえば、リンお姉ちゃんだってうまくなるよ。それに、このおむすびも何とかなるかもしれないし」
「何? それは本当か?」
「うん。おむすびの方はともかく、料理は絶対うまくなるよ」
フィアナが笑顔でリンも孤児院へ来るよう誘うが、リンは非常に申し訳なさそうにこの申し出を断った。
「すまない。せっかくだが、妾は、これから行くところがあるのじゃ」
「行くところ? もしかして仕事とかか?」
「んー、まぁ、そんな感じじゃ」
あれだけはしゃいでいたリンが、フィアナの提案を断るとは思ってもみなかったので、つい、追及してしまった。
だが、リンはそれ以上の追及を拒むかのような顔で、曖昧な返事を返してきた。
みんなで一緒に孤児院へ招待できると思っていたフィアナは、目に見えて落胆していた。
そんなフィアナの頭に手をのせて、リンは優しく微笑む。
「やることをやったら、すぐにお邪魔させてもらうつもりじゃ。そんな悲しい顔をするでない」
「うん。わかった。約束......」
フィアナは小指をリンに差し出して、それをリンも小指を絡めて応える。
「ああ、約束じゃ」
最後まで読んでくれてありがとうございます。
僕は、マズい物ははっきりとマズいとはっきりと言いきってしまうのですが、どうなんでしょう?
もし、女子の方がいれば教えてほしいです。
理由というか言い訳を言わせてもらうと、美味しくもないものを美味しいと言ってもその娘のためにならないし、もし、一緒に生活するようになった時に困るのは......自分ですッ!
次話、新たな人物が登場する!?
次のページでお会いできることを祈りつつ......。




