5話 ルミナの提案
快晴に包まれた外とは打って変わって、どんよりとした空気がそこには流れていた。
6人掛けのテーブル座る3人の少女たちは、皆それぞれが神妙な顔をしている。
美しく咲き誇る紫陽花を連想させる髪を、左右でドリルのように巻き、誰もが振り返る美貌を持つ顔は、今ばかりは歪めていた。
そんな彼女の隣の席に座る3人の中で一番小柄な銀髪の美少女は、ウェーブのかかった髪先をくるくるといじり、本来はかわいらしい口を真一文字に結んでいる。
そして、どんな黄金財宝も見劣りするような金の長髪を揺らす少女は、向かいの席で、何度目とも知れないため息をついた。
「はあぁぁ......」
ルミナとレナは、エリシアがユウと言い争って、ユウが出て行ったことを先ほどエリシアから聞いたばかりだ。
レナが反応できなかったことから、玄関から出たのではなく、寝室の窓から飛び降りたらしいと。
エリシアが渡した自身の聖法気を編み込んだローブを着ていったことから、出て行ったことはすぐにわかったが、後を追うことができなかったのだと、悲しそうに話していたのを思い出す。
見ず知らずのエリシアとユウに助けられた張本人であるルミナは、非常に肩身の狭い思いをしていた。
命の危険を冒してまで自分を助けてくれた人たちが、自分のせいでケンカをしていることが、非常に心苦しい。
隣に座る親友も肩を落として、ユウのことを、そして、目の前にいる金の少女のことを心配している。
命の恩人を、自分の親友を何とかしようと、ルミナは声を上げる。
「エ、エリシアさん。そんなに気を落とさなくてもいいじゃないですの」
「でも、私が無神経なことを言ったせいで、ユウを傷つけてしまったのよ」
「それは......」
「ユウだって自分の身に起きたことに混乱してたのに......私、自分のことばかりで、ユウの気持ち全然考えてなかった」
「そうですわね。でも、今はちゃんと反省してるじゃないですの。それに、ユウさんだって混乱していたんですわ。きっと話せばわかってくれますわ」
見ず知らずの私なんかを命がけで助けてくださる方ですよ? と微笑みかける。
エリシアも無理やり自分を納得させるように頷き、笑みを返した。
それから、ルミナはエリシアに最も気になっていることを尋ねた。
「エリシアさん、レナから聞きましたけど、私たちと一緒に行動するって本当ですの?」
「そのつもりだけど、迷惑だった?」
魔族の中に人間がいると色々と面倒が起こるのを危惧したエリシアに、ルミナは首を横に振る。
むしろ、ありがたいほどだ。
強力な戦力が加わってくれて、これからの活動範囲が大幅に広がる。
「聖剣姫であるエリシアさんにとって、魔族と一緒にいることは百害あって一利なしですわ。もしかしたら、本来仲間である聖十字騎士団からも恨みを買うかもしれませんのよ?」
そう、人間が魔族といることは、それほどまでに忌み嫌われ、差別、嫌悪の対象になるのだ。
それが、本来人間を守るはずの聖十字騎士団に属するものなら、なおのこと風当たりは強い。
人間にとって魔族とは、自分たちに害をなす存在でしかない。
その手から放たれる、火は土地を焼き尽くし、風は田畑を薙ぎ払い、水はすべてを流し尽くす。
古来より人間が魔族に対して抱く感情は、恐怖と破壊。
だが、そこまで理解しているエリシアから返ってきた言葉は。
「そんなことは覚悟の上よ。それでも私は、魔王を倒す。それが平和へと続く道だと信じているから」
そう力強く答えるエリシアに、ルミナは不敵な笑みを浮かべる。
「エリシアさん、それだけじゃ、世界は平和にはならないですわ」
「「えっ!?」」
ルミナのこの発言には、エリシアはもちろん、レナも目を剥く。
しかし、その反応が意外だったのか、ルミナのほうが面を食らう。
「あら、エリシアさんは魔王が倒されれば、本当に世界が平和になると思っていますの?」
「それは......」
エリシアは言葉を詰まらせる。
幼いころから剣と聖法気の修行ばかりで、騎士になったのも家柄が代々由緒ある騎士一家だったからだ。
騎士になった後も、自分が強くなれば、誰よりも強くなれば、大切な人たちを守れる。
その一心で、戦場の最前線で戦い続けてきた。
そして、それは今も続いている。
しかし、エリシアはそこで起きた戦いをどう生き抜くか、自分が預かった部下の、仲間の命をどうやって守るか。
それしか考える余裕はなかった。
だから、エリシアは、世界の平和というものがどういうものなのかをじっくりと考えたことがなかった。
ただ漠然と、この戦いの先に平和が待っていると感じていただけだ。
エリシアが魔王を倒せば世界が平和になると言ったのも頷ける。
だが、ルミナの考えは違う。
「確かに魔王討伐は、平和になるかもしれませんわ。人間にとっては」
「「あっ!」」
「ふふっ、レナ、あなたは魔族でしょ? まったく、自分のことより他人のことを心配するところは相変わらずですわね」
レナは、恥ずかしそうに頭の後ろに手をやり笑みを作った。
しかし、それもつかの間、レナはある疑問を口にする。
「じゃあ、魔族にとっての平和って何っすか? 8人の権力者全員をぶっ倒すことっすか?」
魔族には、魔王という絶対的な長がいる。
広大な一つの土地をいくつかに分割して、領主を設け街や村の管理を行っている。
だが、あくまで領主であって王ではない。
魔族は、魔王を筆頭にした独裁政権を生業にしている。
なので、その長を討てば、後は烏合の衆。
統率を失った軍隊が脆いように、魔王を失えば、残った魔族たちはどうすることもできない。
それほどまでに、魔族にとっての魔王という存在は大きい。
しかし、人間はどうだ?
人間にとっての長とは、誰だ?
国王は確かに存在する。
だが、一人ではない。
人間の領土は8つの国からなっており、それぞれに王が存在する。
この王たちの総称が8人の権力者。
つまり、人間領とは連合国。
1つを潰しても、その他の国が協力、補完し合う。
また、8つも国があるにも関わらず、一つ一つの国は巨大な土地と人口を誇っている。
広大な土地を有する魔族領だが、その大きさは、人間領の3分の1に過ぎず、魔族領に隣接する三国の大きさとほぼ変わらない。
人口に至っては、倍以上の差がある。
残りの五国の人口を合わせれば、魔族の人口など、一粒の砂糖に群がる大量のアリを思わせるほどだ。
そんな大連合国の王たちを全て討ち倒すのは至難の業であり、魔族側の被害が計り知れない。
平和とは程遠いものになるのは、誰でも想像できるだろう。
もちろんレナだって、そんなことは十分に承知している。
それでも口に出したのは、それ以外の解決法が思いつかなかったからだ。
だが、それこそが意外といった様子のルミナは、自分の考えを伝える。
「レナは、今まで通りでいいですわ」
「今まで通りっすか?」
「ええ、魔族も人間も平和になる方法は、一つしかないですの」
固唾を呑んで待つエリシアとレナにルミナは、人差し指を2人にビシッと向ける。
「共存共栄、ですわッ!」
それは、何も知らない真っ白な子供が抱く夢と大して変わらないものだった。
エリシアもレナも、ルミナの言っていることは頭ではわかっていた。
決して考えなかったわけではない。
しかし、それが出来ないから、今も戦争が続いているのだ。
2人は、ハトが豆鉄砲を食らったように固まっていた。
「むぅ、その顔はバカにしていますわね。言っておきますけど、私は、本気ですのよ」
「でもそれは、8人の権力者をすべて倒すことよりも難しいと思うっす」
「そうね......」
「あら、レナはもうその一端を実行してますわよ?」
「へ?」
「ご両親と一緒になって傷ついた人間を介抱していたでしょ? そこで見た彼らの笑みは、魔族に恐怖しているように見えまして?」
戦場になるのは、決まって国境線付近だった。
そのため、人間領との国境線近くの村で育ったレナとルミナは、誰よりも間近で戦争を見てきた。
不思議なことに、レナたちの村が戦火に巻き込まれることはなかったのだが。
それでも、多くの負傷者が村へと流れ込んできた。
そこには人間も混じっていたが、レナの両親は、人間にも治療を施し積極的に傷ついた人々を助けていた。
もちろんそんなことをすれば、村からは孤立するし、それを手伝っていたレナも白い目で見られていたわけだが。
それでも、レナに今まで通りでいいと言ったのは、他人を思いやる心こそ、平和への第一歩だと思うからだ。
「最初こそ怯えていましたけど、次第に心を開いてくれるようになったじゃありませんの?」
「それは、そうっすけど.....」
レナが煮え切らない返事をするのも納得できる。
助けた人間すべてが心を開いたわけではない。
回復した人間に襲われることもあれば、治療自体を拒み死に体で挑みにかかってきたこともあった。
それに、治療の甲斐なく魔族を憎んで死んでいった者もいた。
そんな現場を一番近くで見てきたレナには、ルミナの言っていることが夢物語にしか聞こえなかった。
ルミナ自身だって、レナと一緒に両親の治療の手伝いをしていたのだから、共存共栄がどれほど困難な道なのかわかっているはずだ。
確かに幼いころ、ルミナは『魔族と人間は話し合えば、分かりあえる』と言っていた。
それは、レナの両親が言っていた言葉でもある。
レナは、ルミナが今だにその言葉を本気で実行しようとしているとは思わなかった。
また、レナは数週間とはいえ、直接その身に人間の憎悪を浴びてきたのだ。
おいそれと、人間を信用しようとは思えなくなっていた。
ましてや、ルミナに至っては、もっと長い期間ひどい目に遭ってきたはずだ。
そんな彼女が、それでもまだ、人間を信じようと、話し合えばわかると言う理由がわからなかった。
だが、次に続くルミナの言葉で、レナは彼女の真意に気付く。
「今の私たちは、どうですの?」
「――っ!!」
「そうですわ。人間であるエリシアさんと話し合って、互いに理解しあって。今は私たちの力になってくれているじゃありませんの?」
確かに、話してもわからない人間は、一定数いる。
しかし、皆が皆わからない者たちではない。
こうして、見ず知らずの、それも倒すべき敵であるはずの者を助ける人間もいるのだ。
ルミナは、レナに、そして、エリシアに向かって高らかと言い放つ。
「私たちが魔族も人間も救っていけば、必ず賛同者は現れますわ。そして、人間を滅ぼそうとする魔族軍でもなく、魔族を殺そうとする聖十字騎士団でもない、両種族の平和を願う新たな組織が出来上がりますの」
「......第三勢力」
「そうですわ。私たちがその礎を作るんですの。ですからエリシアさん、私たちの味方になっていただけるというなら、今すぐ聖十字騎士団をお辞めになっていただけますの?」
「ル、ルミナ!?」
「レナ、私は、本気ですの。助けて頂いた恩人に、失礼なことを言っているのは重々わかってますわ。でも、私はこのくだらない戦争の先に迎える未来など、見たくありませんわ」
「ルミナ......」
「ルミナちゃん......」
「私は、レナがもう白い目で見られることのない世界が欲しい。エリシアさんが笑って過ごせる世界が欲しい。ユウさんが傷つかないで暮らせる世界が欲しい」
ルミナは必死に自分の胸の内をさらけ出す。
「私は、みんなが笑顔で暮らせる世界が欲しいですわ」
ルミナの言っていることは、理想論であり、何千年と続く人間と魔族の軋轢を考えれば、もはや妄言ですらある。
しかし、本当は誰だって望んでいるのだ。
平和を、戦争のない世界を。
誰も傷つかない、誰も悲しまない優しい世界を。
「こんなにも心優しい人たちに出会ったんですもの。私はこの出会いに賭けてみたいですわ」
ルミナは、誰もが見惚れる太陽のような笑顔で、世界を平和にしようと言い放った。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
この世に本物の魔王でも現れてくれたら、戦争なんてなくなりそうなものですけどねww
某VRMMORPGから異世界へ転移してきた見た目がスケルトンの魔導王様とか。
次話、エリシアはどう決断するのか?
次のページでお会いできることを祈りつつ......。




