34話 魔王vs魔王
クロスとアルシエルがぶつかり合って何分経っただろうか。
空は炎が迸り、雷が鳴り響く。
大地は亀裂が所かしこに入り、大気が冷たく震えている。
しかし、両者の魔力差は歴然。
終始クロスがアルシエルに押されている。
そして、そのアルシエルが今度は水魔法を放つ。
ダムの崩落を彷彿とさせる大量の水鉄砲がクロスを襲う。
だが、クロスは迫りくる水魔法と同じ魔法を放つ。
すぐさま魔法の衝突が起きて、けたたましい音が鳴り響いた。
アルシエルはその有り余る魔力をさらに注ぎ込み、クロスの水魔法を押し返す。
負けじとクロスは、その天才的な魔力操作で、水を氷へと形質変化させる。
その変化はアルシエルの水魔法にまで及び、すべてを凍らせて粉々に砕け散らせた。
魔法戦争。
今、行われている戦闘は、この一言に尽きる。
「すごいっす......」
「これが...魔王の力......」
レナとエリシアは目の前で繰り広げられている、小さな戦争に驚嘆するばかりであった。
彼女たちは、クロスがアルシエルへと駆け出す前に張った結界の中にいる。
【時空断裂】
クロスが彼女たちの周りに施した魔法は、時間と空間の遮断。
ほぼすべての攻撃が彼女たちに届く前に消滅してしまう絶対防御魔法。
クロスとアルシエルが行う戦闘での流れ弾から守るために、クロスが張った強靭な結界。
エリシアたちは、比較的安全なところから見ているからわかってしまう。
明らかにクロスの疲労が激しい。
刻々と少なくなっていくクロスの魔力を感じることができるエリシアは、苦虫を嚙み潰したような顔をして小さく握った手に力を入れる。
このまま持久戦になるなら、彼の敗北は確実なものになってきた。
(今、私が加勢すれば魔王を討てるのにッ!)
エリシアは、今の自分の状況に歯噛みする。
飛び出そうとする衝動を何とか抑えるのに必死だ。
まぁ、飛び出そうとしたところで、クロスの張った結界魔法【時空断裂】で内側からも出ることができないのだが。
一方クロスは劣勢に立たされている中で、違和感を感じていた。
それは、ここまで魔力の差があるにいも関わらず、どうして自分と対等に渡り合っているのだろうか? ということだ。
もし、アルシエルの言う通り、自分の生前の力を手に入れたというなら、こんなものじゃない。
確かにクロスは、通常魔法をワンランク上の次元に持っていく術を知っているというアドバンテージがある。
だが、そのアドバンテージを差し引いてもアルシエルの放つ魔法の威力は、どれも大したことがなかった。
もちろん、エリシアたちからすればどれも大惨事になるものだが。
そして、最もおかしな点がアルシエルの顔だ。
クロスの身体を乗っ取ったという割には、生前のクロスと顔が違いすぎる。
クロスは、10代後半でその命を終えているにもかかわらず、アルシエルが見せた顔は、どう見ても40代後半にしか見えない。
アルシエルが全盛期のクロス・サタンを完全に再現していたら、今の自分などゴミくずでも掃うかのように消し飛ばされて終わるはずだ。
クロスは、アルシエルが完全に自分の身体を乗っ取ることができていないと当たりをつける。
だから、あれだけの魔力を取り込んだにもかかわらず、本来の力の半分も出せていないのだろう。
どんな魔法を使ったのか知らないが、叩くなら今しかない。
「おかしいですね......」
アルシエルは、自分の手を何度もグーパーしてつぶやく。
奇しくも、彼もまたクロスと同じことを思っていた。
生前のクロス・サタンの力はこんなものじゃなかった。
どういう方法かは知らないが、クロスは魔法を強化する術を持っているようだ。
だが、この手に入れた圧倒的魔力を前には、多少の強化など無意味。
――のはずだ。
(それなのに、どうして......!)
「まさか!?」
アルシエルはクロスの身体に憑依した時、体が少しも動かなかったことを思い出す。
精神を空間移動し時間を同調させるということは、超高難易度の闇魔法。
クロスをも凌ぐ闇魔法使いと言われたアルシエルでさえ、完全には同調できず、身体と精神がなじむまでに時間がかかった。
ならば、この膨大な魔力も、この身体になじむのに時間がかかるのではないか?
このまま持久戦に持ち込めば、クロスは魔力切れを起こしアルシエルが勝利するだろう。
だが、相手はあの歴代最強の魔王と謳われたクロス・サタンだ。
油断はできない。
今自分がしなければいけないことは、クロスに勝つことではない。
一刻も早くこの身体に満ちた膨大な魔力を完璧に扱えるようになること。
全盛期のクロス・サタンの完全再現。
誰もが恐怖し、畏怖すら抱かせる圧倒的な力の再現。
それさえできれば、あの忌々しい剣聖を......。
そして、理想郷の実現が見えてくる。
(ならば......)
「クロス様。貴方の存在は予想外でしたが、そのおかげで、大事なことに気づきました」
「何だよそれはッ!」
「ふふふっ、ここで今貴方と争っている場合ではなくなった...ということです」
「逃げるのか?」
「ええ、今の私では貴方を倒しきることは難しいようですから」
アルシエルはクロスの挑発には乗らず、あっさりと逃亡を認める。
「まるで、次に出会ったら俺よりも強くなってるって言ってるみたいに聞こえるんだが?」
「そうですね。私はそう確信しております」
「ずいぶんな口を叩くようになったなッ! この俺から逃げられると思ってるのか?」
「簡単なことではないでしょう。ですので...」
アルシエルは、頭上に向かって両腕を上げ最大魔力を注ぎ込む。
黒いオーラを発した白字で書かれた魔法陣。
その大きさたるや、巨大としか言い表せない。
「全魔力を持って、貴方様には沈んでいただきますッ!」
【大崩壊】
――パリン、パリパリパリン......。
まるでガラスにひびが入るように、空間に亀裂が入る。
亀裂の先には深淵、暗黒、どう表現していいのか、見てるだけで気が狂いそうな雰囲気を醸し出している。
そこへ足を一歩でも踏み入れたが最後、二度と生きては帰って来れないと確信させられる暗黒空間。
突如空間にひびが入ったことにより、大気は安定を失い、元の状態へ戻ろうと開いた穴を塞ぐように大気がなだれ込む。
その吸引力はすさまじく、綿埃が掃除機で吸い込まれるがごとく、クロスを、そして、時空断裂の結界で守られているはずのエリシアたちをも飲み込む勢いだ。
クロスの魔法【時空断裂】を空間全体に施し、すべてを時空の狭間へと吸い寄せるアルシエル最大級の闇魔法。
この手の対抗策は、開いた空間を防ぐか、魔法陣の外へ出るというのが常とう手段だ。
だが、アルシエルが放った魔法は、規模が大きすぎる。
全ての空間を塞ぐことはもとより、魔法陣の外へ出ることも厳しい。
時空が開いている中で【空間転移】を展開すると、どこに飛ばされるかわかったものじゃない。
最悪の場合、時空の狭間から出られなくなる恐れがある。
「チィッ、めんどくせぇことしやがってッ!」
クロスは舌打ちひとつ、両手を掲げ集中する。
突如、大地が揺れ、空気が震え始めた。
――バキッ。
断絶空間だったエリシアたちに張っていた結界が壊れる。
「悪いな。こりゃ全力でいかねぇとヤバそうなんだ」
「「......(こくん)」」
二人とも頷いただけで、何も言わない。
その言葉は、もうエリシアたちを気づかっている余裕がないということ。
だから、彼女たちも覚悟を決める。
この戦いの行方を、この命をユウに、いや、歴代最強の魔王、クロス・サタンに委ねようと。
クロスは二人の決意を背中越しに受け取り、もてる魔力をこの一撃に注ぎ込む。
「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
赤の魔法陣、緑の魔法陣、紫の魔法陣、黄の魔法陣、青の魔法陣で五芒星を描き、その中心に黒の魔法陣を展開させる。
全魔力を注ぎ込んだため、ふらつく足を意地で言う事を聞かせるクロスは、アルシエルへと指を向け告げる。
「爆ぜろッ!」
【666】
瞬間、鼓膜が破れるほどの轟音と巨大な黒い柱が天を衝いていた。
その光景は、圧巻の一言に尽きる。
【大崩壊】を撃ち破り、崩壊した空間ごと消し飛ばした。
そして、暴君のごとき絶大な魔法は、アルシエルをも巻き込み天へと連れていく。
全てを無と化すクロス必殺魔法の一つ、上位六属性結合魔法。
次元違いの闇属性で結合するため、それ以外のすべての属性を一段階次元を引き上げ、すべて結合するという横暴すぎる魔法。
その絶大無比な魔法は、しばらく天を穿ち続けた。
「やったの......?」
(おい、その言葉は......)
――ドサッ。
「ちょ、ちょっとッ!?」
全てを出し尽くしたクロスがここに来て初めて地に倒れる。
それを見たエリシアは、慌てて彼に駆け寄ろうとするが。
「大丈夫だッ!」
地に伏せながらも覇気のある声でエリシアを制止させる。
そして、片膝をつき誰もいないはずの虚空をにらみつける。
「ったく、ご丁寧にフラグ立ててくれやがって。はぁはぁはぁ」
明らかに自分に向けて話していないのに、エリシアはなぜかばつが悪そうな顔をさせて、クロスの視線の先をたどる。
そこで、感じてしまった。
先ほど、その強大な魔力ごと存在自体を消し飛ばしたはずの魔王リベラル・アルシエルを。
「...うそ......」
「マジっすか......」
「何が全力だこの野郎。はぁはぁ、余力残しやがって...ぜぇはぁ」
「ぜぇはぁぜぇはぁ、さすがに、堪えますね......ごぶっ、げぇほっ、はぁはぁはぁ」
全身をボロボロにして口からは血を吹き出しながら、ぜぇはぁと肩で息をするアルシエルが虚空から姿を見せる。
だが、その姿とは裏腹にニヤリと笑みを漏らした顔は、まるで博打に勝ったと言わんばかりのものだ。
互いが全身全霊をかけて放った必殺魔法は、どちらも必殺たり得なかった。
「ふふふっ...げふっ、ごほっ、ぜぇはぁぜぇはぁ、ここまでしてようやく、がはぁっ、はぁはぁ、ですか......」
「チィッ、足りなかったか」
「それではクロス様、はぁはぁはぁ、失礼いたします」
「ま、待ちなさいッ!」
アルシエルが転移魔法で逃亡するのをエリシアが阻止しようと、ほんの少しだけだけど回復した聖法気を顕現させて2枚の翼を広げる。
それを見たクロスがエリシアの腕をつかんで制止させる。
「ちょ、な、何するのよッ!」
「やめとけ」
「ダメよッ! 今なら魔王を倒せるチャンスなのよ。これだけ弱っていれば今の私でも......」
「刺し違えてでも......ってか?」
「――ッ!?」
図星だった。
だが、それでもエリシアの決意は変わらない。
全人類の悲願である魔王討伐は、聖十字騎士団に課せられた使命だ。
そのトップに立つものとしてこの機を逃すわけにはいかない。
力なき人のために、世界の平和のために捧げたこの命、今使わないでいつ使うのだと。
エリシアは、クロスの手を振り払おうとする。
「や・め・ろ」
――が、クロスがドスのきいた声色で言い放つと、突如金縛りにでもあったかのように動けなくなった。
(――ッ!......?? 何これ? 声も出せない......)
「おい、アルシエルッ! 次はぶっ飛ばすからな」
「ふふっ、ええ、私も次は...今度こそ貴方様を討ち取って見せますよ。それでは失礼いたします」
アルシエルは虚空に溶け込み、エリシアの探知の範囲外へと消え去った。
クロスはアルシエルの気配が消えたのを感じると、エリシアにかけた魔法を解除する。
「っぷはぁっ、はぁはぁはぁ、何てことしてくれたのよッ!」
「ちょっと黙っててもらっただけだろ?」
「そうじゃないわよッ! せっかく魔王を倒せるチャンスだったのにッ!」
「ああ、そっちか......だが、あのまま行かせてたら殺られてたのは、あんたの方だった」
「そんなのわからないじゃないッ! それに私は騎士よ、弱き人々のための盾であり剣なの。この命はもう聖十字騎士団のもの、騎士団の使命は魔族軍の殲滅。その元凶である魔王討伐は私たちの悲願な...」
「うっせぇよッ!」
エリシアの言葉をさえぎってクロスは吠える。
突然投げかけられた言葉に目を丸くするエリシアをそのままに、作ったように笑い頭を掻きながらクロスは続ける。
「あんたに死なれると俺が困るんだよ」
「なんであんたが困るのよッ!」
「相棒に、ユウに頼まれてるからだよ」
「何を...よ......?」
「『エリシアを助けてくれ』ってな」
「――ッ!」
「それに......がはぁっ、げほっげほっ、はぁはぁ、誰が、俺たちを運ぶ、んだ...よ......」
「ちょ、ちょっとッ!」
突然口からは血を吐き出したクロスは、エリシアの前でドサッと倒れこみ、色素の抜けきったその白髪がみるみる黒く染まっていく。
そして、エリシアに抱き起された彼は辛うじて目を開き、不安の色を灯す紅眼に反転した金黒眼を向けて一言。
「よかったぁ、無事だったんだなぁ......」
口からは大量に血を流し、今にも死にそうな顔をしているのに、エリシアたちが無事だったことが心底嬉しかったのか満面の笑みを咲かせ、そのまま目を閉じてぐったりと力をなくした。
「えっ!? ユウ、ユウッ!」
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
更新が遅くなって申し訳ありません。
私情により、これからしばらく、週1程度の更新頻度になります。
「それでも付き合ってやるよ!」という心優しきあなたには感謝と共に足をペロペロ舐めます(真顔)
さて、煽るだけ煽ってサクッと終ってしまった魔王戦。
いや、まぁ、ここで決着ついちゃうと物語終わってしまいますしねww
魔王はやはりラスボスとして立ちはだかってくれないとね(←どんだけ王道好きなんだよッ!)
1章もいよいよ残すところあとわずかです。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いします(ペコリんちょ)
次話、エリシアたちは無事帰還できたのか?ユウの運命やいかに!
次のページでお会いできることを祈りつつ......。




