30話 彼の名は...
ある金髪の少女は、信じられないという視線を向けて、呆然としていた。
そして、その様子を見た黒装束の人物は、彼女の視線をたどり、その金の瞳をめいっぱいに開いた。
また、ある銀髪の少女は、涙と血を流しながら2人が注視する方を振り向き、喜びの笑みを漏らした。
意識あるものすべてが『彼』に注目している。
そして、彼はゆっくりと顔をあげて微笑んだ。
「おはよう、有象無象のゴミ野郎ども♪」
彼が一言発すると、彼の髪の色が見る見るうちに黒から白へと変色していった。
その変化に三者三様の驚きを示す。
エリシアは、完全に死んでいたはずの『彼』が起き上がったことに驚いていたが、その変化で生じた膨大な、そして、圧倒的に禍々しい魔力を感じ取って、その身を抱きしめブルブル震えだす。
そして、同時に思い出す。
彼女はその魔力を以前に感じたことがあることを。
「この魔力は......」
震える口から漏れ出たつぶやきは、誰の耳にも届かなかったが、エリシアが感じている魔力は、ユウを探して初めてレナの隠れ家に辿りついたときに一瞬だけ感じたものだった。
こんな禍々しく膨大な魔力を間違えるはずがない。
その魔力の発生源がどうして......。
「ユウ...あんたはいったい......」
何者なの? という疑問に答える者はこの場にいなかった。
『彼』の登場に最も驚いたのは、黒衣の男だった。
それもそうだろう、殺気もなければ、戦闘力皆無にしか見えなかったただの人間が、自分の前にのこのこと現れたところを魔法属性最強の闇魔法で不意打ち気味に一撃必殺したのだ。
魔力や聖法気を纏っていたなら耐えれるかもしれない。
しかし、『彼』は何のオーラも纏っておらず、【黒の衝撃】をもろに受けたのだ。
瞳に映し出された空間を瞬時に爆発させる闇魔法は、ただの人間なら内臓がぐちゃぐちゃにつぶれて、何が起こったのか理解すら許さず死を迎える。
そう、黒衣の男は、『彼』を確実に殺した......はずだった。
そして、『彼』の髪が白く染まったのを見ると、ただの焦りとは異なった驚きをあらわにする。
「あの髪の色は......」
度重なる魔力の使用による極度の疲労と黒衣の男からの強烈な闇魔法で満身創痍のレナは、ただただ安堵していた。
大切な人が、大好きな人が生きていてくれた。
その事実だけで十分だった。
たとえ髪の色が変わろうと、目の色が左右反転しようとも、レナは、そんなことどうでもよかった。
「...ュ......ゥ...」
黒衣の男が放った【黒の衝撃】の影響で、体の内側にかなりのダメージを負ったレナは、『彼』の名前を絞り出すように叫んだ。
無事でよかった、と。
そして、逃げて、と。
しかし、その言葉が『彼』に届くことはなかった。
『彼』は、それぞれ思い思いの視線を感じながら、笑顔から一転。
両手を広げ、さながら魔王のポーズで不敵に口を釣り上げ、宣言する。
「助かりたいヤツは跪けッ! さぁ、蹂躙を始めようっ!」
言って、その両手からそれぞれ魔法陣が現れる。
エリシアは、それを見た瞬間、これまで感じたことのない悪寒がした。
マズい、この魔法は、非常にマズい。
恐怖に顔をやつして、震える体を叱咤し、しゃむにに駆け出した。
残り少ない聖法気をすべて費やし、4枚の翼を顕現させる。
【大天使の加護翼】
「レナちゃんッ!」
呆然と立ち尽くす黒衣の男を横切り、光よりも早くレナへと飛び込み、ルミナ諸共覆いかぶさった。
『彼』は、その様子をチラ見して高らかに発する。
「上位魔法、悪魔の劫焔」
「上位魔法だと!?」
黒衣の男は、その言葉でさらに目を見開き、慌てて『彼』の言う通り地面に飛び込んだ。
「うぐっ!!」
しかし、『彼』がそれを許すはずもなく、魔法が発動する。
レナとルミナに覆いかぶさるエリシアの数十センチ上空一帯が、突如、黒い焔に覆われた。
空間が口を開けたように開き、黒い焔が次から次へと出現する。
瞬く間に『儀式の間』全体を黒い焔が覆い尽くす。
エリシアの数十センチ上空をメラメラと燃えているにもかかわらず、その黒い焔の熱気は熱くない。
不思議に思い、上空に目を向けると、そこには、ありえない光景が広がっていた。
「うそ......」
黒い焔に触れたすべてのものが、灰すらも残さず跡形もなく燃え尽きていく。
崩落した祭壇の瓦礫も、部屋の壁も、地上へと続いている天井すらも、すべて。
そして、黒い焔は、とどまることを知らず、天空をも貫き通した。
エリシアとレナにとっては、数時間ぶりの地上が顔を見せた。
地上から降り注ぐ光は、昇りかけの太陽と、まだ元気に輝いている月と無数に散りばめられた星々たちが織りなす、夜明け前の幻想的なものだった。
部屋ごとすべてを燃やし尽くした次元違いの魔法を繰り出した『彼』は、この大惨事での唯一の被害者を見つめて問いかける。
「よう、黒いの。無事か?」
「ええ、おかげさまで......」
アダマンタイト製ローブの大部分を焼き尽くされた黒衣の男は、苦渋の顔を必死にごまかして答える。
しかし、黒い焔に焼かれた背中部分は、肌が焼け焦げ、中の肉がえぐれて骨の一部が見えていた。
それでも、黒衣の男は気丈に振る舞い、立ち上がる。
「まさか、上位魔法を扱えるとは思いませんでしたな。それは、前魔王が考案したもの......」
「おいおい、様が抜けてるだろ? 様が」
「様...そうですか。その髪の色に前魔王に対するその態度...前魔王の熱狂的信者か」
「ああん? 信者だ? なんだそれ?」
「前魔王は、歴代最強の魔力量を誇り、魔法の才もまた天才的。誰もが憧れ、誰もが期待した。彼こそが魔族が支配する世界を創ってくれると......だが、彼は夢半ばで死してしまった。16年もたった今でも前魔王の人気は衰えない。さすがは前魔王ですよ」
「......」
「そんな苦い顔をしてどうしました? あなたは実にすごいですよ。今はもういない幻想を追って、髪の色も変え、挙句に上位魔法まで会得したんですから。しかし、その眼は...あなたは何者ですか?」
「俺か? 俺は、お前の言うところの天才ってやつだよ」
「......なるほど。答えてはくれませんか。なら」
【上位魔法、悪魔の激流水】
突如、『彼』の周り半径10メートル四方に現れた巨大な黒い水の崩落。
正確には、天空に現れた魔法陣から降り注ぐ激流の柱。
もちろん、エリシアたちを巻き込んでの広範囲魔法だ。
『彼』の立っていた床は、黒い水に触れた瞬間、跡形もなく消し飛んだ。
しかし、その激流は『彼』を捉えることはなく、もちろん、エリシアたちも捉えられなかった。
「ははっ、まだまだだな。魔法陣が見える時点で、避けるのは簡単だ」
そう言って、いつ移動したのか、『彼』は、エリシアたちと共に黒い水柱の届かないところに移動していた。
エリシアとレナは目の前で何が起こっているのか全く理解できていない。
それもそうだろう、自身の体を抱えて『彼』が移動したのなら、まだわかる。
しかし、エリシアもレナも、ついでに未だに目を覚まさないルミナも、全く同じ体勢で景色だけが変わったのだ。
「何を......」
たまらずエリシアが問いかけるが、『彼』は背を見せるだけで何も答えない。
そんな『彼』の態度にエリシアがキレた。
「っていうか、あんたユウなのよね? 今まで魔力がないなんて嘘ついて私たちをだましてたの? ねぇ、答えなさいよッ!」
背を向けたまま何も答えない白髪になったユウに対してエリシアは、『彼』のTシャツをつかみ叫ぶ。
後ろから引っ張られたことで、『彼』が振り返り、エリシアと目が合う。
その紅い眼からは、怒りと不安と悲しみの感情が読み取れた。
今まで自分たちをだましていたのかという怒りと、悲しみ。
そして、先ほどまで、血まみれで倒れていたにもかかわらず、突然起き上がって、髪の色も眼の色も変わったこの男は、何者なのか?
禍々しい魔力を持つ『彼』は、敵なのか味方なのか......。
「そんな顔すんなよ、ラキュラス。力の半分も出せねぇが、あいつ程度すぐ殺ってやる。お前をそんなにした落とし前はつけさせるさ」
「な、何わけのわからないこと言ってんのよッ。ユウ、ユウなんでしょ?」
「ユウ? あぁ、そうだったな。そういやそんな名前だったな、あいつは......」
「あいつ? 何言ってんのよッ。あんたはあんたでしょッ! しっかりしなさいよッ」
「おいおい、そんなにゆするなよ。――チィッ」
【最高位魔法、次元転移】
今度は、黒い水柱がエリシアと言い合っている『彼』を取り囲むように降り注ぐが、敏感に反応した『彼』は、自分たちのいる空間ごと別の場所へと瞬間移動する。
また、この地下だった場所に先の見えない大穴が一つ出来上がった。
「礼儀の知らねぇやつだな。今俺は、ラキュラスと話してるだろ。横から入ってくんじゃねぇよッ!」
「ラキュラスですとッ!? どうしてその名を知っているッ! どこでその名を...」
「どこでも何もこいつは......」
「私はエリシアよッ! エリシア・シュペッツボルク。あんた、あいつにやられて頭おかしくなったんじゃないの? 私の名前を忘れるなんて」
「...エリ、シア......そうか、そうだったな。知ってるやつによく似てたから、つい間違えちまったんだ。悪かったよ」
「そういえば、あいつはもうこの世にはいなかったな」というつぶやきは心の中にとどめて、エリシアに謝る。
「まぁ、いいわ」と『彼』のことを許したエリシアとは対照的に、黒衣の男はそれどころではなかった。
「おい、貴様! なぜその名を知っているのだッ! 答えろッ!」
「うっせぇな。昔の知り合いだよ。それよりお前、さっきから俺に対して礼儀がなっちゃいねぇな」
「その口調、髪の色...そして彼女の名前を知っている......貴様、クロスとどういう関係だッ!」
「ああん? 俺がそのクロスだよ。お前がさっき言ってた前魔王、クロス・サタンは俺のことだ」
「「「ッ!」」」
3人が3人とも『彼』の発言に目を丸くする。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
あなたはゴールデンウィーク何してましたか?
僕は、引きこもろうとしたんですが、実家に帰ったり、買い物に行ったりと運転三昧の日々でした。
気づけばもう、休みが終わっているではないか!?
休みとはいったい何だったのか......。
次話、チート展開が繰り広げられる...のか?
次のページでお会いできることを祈りつつ......。




