29話 白黒の夢
ここはどこだ?
あたり一面が暗黒に染まった場所に立っているのか浮いているのかよくわからないが、オレは暗闇の中にただ一人佇んでいた。
どこまでも続く暗闇で、黒以外何も見えない。
普通なら、突然真っ暗闇に放り込まれたら恐怖でパニックに陥るところだが、なぜだか自分の手や足などの体が見えたのでそこまで怖くはなかった。
むしろこの状況を冷静に分析する自分がいる。
自分の手を見下ろしてグーパーすること数回、体に異常はない。
それにこのふわふわした浮遊感。
立っているのか浮いているのかわからない感覚は、何度か体験したことがある。
「夢......」
いったいオレはいつ寝たんだ?
確か、オレはルミナらしき女の子を見つけて、それから......。
そうだ! いきなり体にものすごい衝撃が走って。
それで、それで......あれ?
自分が持っている最後の記憶にたどり着いたが、どこにも眠った記憶はない。
不思議に思ったが、今はそんなことにかまっている暇はない。
もし、これが夢なら早く起きないと。
敵地のど真ん中で堂々と居眠りかますバカは、世界広しと言えどオレくらいのもんだろう。
しかし、困ったことに、これまでこれが夢だとわかる体験をしたことがあるが、自発的に起きようとして起きれた試しがない。
大抵の場合は、どこか高いところから落ちるか、何かよくわからないモノに殺されかけるかして、何かしらの恐怖で目を覚ますのだ。
それなら、今回も怖い思いをするのだろうか......。
嫌だなぁ。
できれば自分の意思で、今すぐ目覚めたいものだ。
だが、こればかりは自分の意思でどうすることもできないのだから仕方がない。
まったく、夢というやつは......。
「――――――――――――――――――――ッ」
突然頭の中に聞こえてきた音に、がばっと振り向くと、そこには。
「えっ!?」
先ほどまで広がっていた真っ黒な空間ではなく、正反対の真っ白な世界が広がっていた。
まったく夢というやつは唐突過ぎる。
黒と思っていたら、いきなり白かよ。
しかし、よく見るとオレはまだ黒い空間にいるみたいだ。
辺りを見回すと、どうやら黒と白の空間に二分されたようだ。
後ろを振り向くと、どこまでも続く真っ黒の世界。
そして前を見ると、雪景色よりも真っ白な世界が続いている。
「よう、相棒」
「!、???」
虚空から突然声をかけられてびくっと肩を震わせるオレは、キョロキョロとあたりを見回して声の主を探す。
「おーい、こっちだこっち」
言われて声のする方を向くと、真っ白い空間に一人の青年が佇んでいた。
年の頃はオレと同じくらいだろうか、どこか大人になり切れていない雰囲気だ。
オオカミの鬣を形どったような髪は、彼の佇む場所と同じく、まるで色素が抜け落ちたかのように真っ白に染まっている。
そしてこれまた、彼が身に着けている軍隊が着るようなコート? ローブ? のようなものも、いくつかの金の刺繍を施されているが、白を基調としている。
『白装束の青年』という言葉がぴったりくる。
しかし、そんな異様な外見の中でも最も目を引いたのが、彼の両眼だった。
「......オレと、同じ...!?」
オレが立っている空間と同じく、どこまでも続く暗闇を彷彿とさせる黒の瞳と、どんな黄金財宝よりもきらびやかに輝く、しかし、その眼に見られると、自分はただの餌だと認識させられてしまうような猛禽類のごとく鋭い金の瞳。
オレと同じく黒と金の瞳を持つ白髪の青年。
正確には全く同じというわけではなくて、オレの両目を鏡写しに見た、右眼が黒、左眼が金というオレとは逆の配置だった。
「だれ、だ?」
「誰?...か。ずっと一緒にいるのに、そいつは寂しいな」
「オレの夢に勝手に出てきて、何わけのわからんこと言ってんだよ。名前くらい名乗ったらどうだ?」
「夢、か......。まぁ、ある意味夢とも言えるかもしれないな」
「オレの質問は華麗に無視ですか......ったく」
「まぁそう怒るなよ。ここはお前の心の中、いわゆる深層心理ってやつだ」
「深層心理......」
「ああ、っにしてもお前の心の中って真っ黒なのな。ははっ」
金黒眼で白髪の青年はオレの後ろを指さしてフフッと口元おさえた。
言われて振り返ると、確かに真っ黒だった。
どこまでも続く深淵よりもなお深い闇色。
これがオレの心......。
「寂しいな」
思わず漏れ出た言葉に自分で驚いた。
深層心理なんて言葉でしか聞いたことはないが、これが深層心理。
だとしたら、オレが口にした言葉もあながち間違いじゃないのかもしれない。
いじめ、差別、侮蔑に恥辱、この眼になってから、オレに向けられるありとあらゆる排他の視線。
同じ人間なのに、まるで違うナニカを見る恐怖の視線。
決してオレを受け入れようとはしない拒絶の眼差し。
誰からも避けられて、認めてもらえず、忌み嫌われ続ける孤独という名の闇。
何ものにも染まらない黒。
「ははっ、確かに真っ黒だな」
自嘲して白髪の青年に返す。
この背景がオレの心を現しているなら、じゃあ、お前は......。
「そういうお前は真っ白じゃないか」
「......ああ、そうだな」
白髪の青年はどこか寂しそうに苦笑いで応える。
「でも、オレの深層心理ってことは、お前はオレ? ってことになるのか?」
「まぁ、間違いではないな」
「なんだよ、その意味ありげな言い方は」
「ははっ、いずれわかる時が来るさ。それよりも今は自分の状態を心配した方がいい」
「ぐへあぁっ!?」
白髪の青年がパチンと指を鳴らすと、オレは口から大量の血を流しその場にうずくまる。
「な、なに...を......?」
「これをやったのはオレじゃない。ほれ、あそこに見える黒い奴だ」
また白髪の青年がパチンと指を鳴らすと、オレは何事もなかったかのように元通りに戻っていた。
そして、彼が指さす黒と白の空間における境界線にできた球体に映った人物。
全身を黒のローブで覆い隠した、なんとも怪しげなヤツ。
「そうだ! こいつ魔族なんだよ。フードの奥で金の瞳が見えたんだよ。そしたら急にこんなところにいて...っておいっ、まさかオレを血まみれにしたのってコイツか?」
「そう言ってるだろ? それにほれ......」
今度は、球体にウェーブのかかった銀髪の少女が映し出される。
全身をボロボロにして、必死に地面をはいずりながら手を伸ばしていた。
その近くには、紫水晶色の髪が無造作に床を這いずり、静かに目を瞑る少女が横たわっている。
そして、銀髪の少女が手を伸ばす先には、コトコトと歩く黒衣の男と、その先で瓦礫に埋もれた金髪の少女がいた。
最後に裏門で見た青と白を基調とした真新しい騎士団のコートは、土にまみれ、所々焼け焦げていて、これまでの激闘を如実に表している。
「お、おい......」
オレは球体に飛びつき、不安と焦りで頭がいっぱいになる。
そして。
「何とか、何とかならないのかよッ!」
気づけば白髪の青年の胸ぐらをつかみ叫び散らしていた。
しかし、白髪の青年は表情を変えることなく、淡々と答える。
「ああ、無理だろうな。今のお前じゃ......。もう自分の状態を忘れたのか?」
「それは......それは、そうかもしれないけど、これを黙って見てるなんて...」
「『オレにはできない』...か?」
「ああそうだ!」
「無力なお前が言ったところで何ができる? 行ってもただ殺されるだけだ。それにあの銀髪の少女の前から逃げるように去っていったのはどうしてだ? もう忘れたのか?」
「......ッ!」
ああ、そうだ。
オレは無力で足手まといにしかならない。
別段頭が良いわけでもなければ、格闘技ができるわけでもない。
異世界に召喚されて、オレと同じ金の眼を持つ魔族に出会って、自分も魔法が使えるかもと期待したが、結局魔法も使えなかった。
「オレには...何も......ない」
「そんなことはないさ♪」
「へっ!?」
白髪の青年に言われ、全くその通りだと、口惜しさと情けなさで爪が食い込み血を流す拳を震わせる。
しかし、その青年が突拍子もないことをいうものだから、思わず声が裏返ってしまった。
自分で落ちしておいて、持ち上げるとか、コイツ、ヤリ手のジゴロなのか?
オレはそっちの趣味はないんだが。
「だって、今は俺がいるだろ?」
「お前...?」
「ああ、そうだよ。今回だけは特別に手を貸してあげよう」
こうして出会えた記念さ♪ と言ってどこか楽しそうに微笑む。
どうやら力を貸してくれるらしい。
コイツにどんな力があるのかは知らないが、とりあえずオレは彼の力を借りることにした。
「オレはどうすればいいんだ?」
「何も」
「え?」
「何もしなくていいさ。ただゆっくり俺に身を任せればいい」
「なっ!?」
やっぱりそっちの気があるのか!?
いくら助けてくれるとは言え、男同士ってのはちょっと、いや、かなり抵抗がある。
コイツの容姿の1割でもあれば、オレももうちょっと違ったウハウハ人生を歩めたのかもしれない。
確かにコイツの顔は、男のオレが見てもイケメンだ。
だからと言って、オレがコイツに惚れるかと言ったら、それはまた別の話だ。
「い、いや、いやいやいやいや。た、確かに何とかしてほしいとは言ったけどさ。さすがに男同士はちょっと...」
「ん? 何を言ってるんだ?」
「え?」
「え?」
「い、いや、オレがお前に抱かれるんじゃないのか?」
「はぁ?」
オレが違った意味で恐怖と不安を感じていると、白髪の青年は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、ぷっと吹き出し、腹を抱えて大笑いし出した。
オレが「なんだ、違うのか?」と聞き直すと、さらに笑い出した。
どうやらオレの勘違いだったようだが、ここまで笑われるとさすがに腹が立ってくる。
「おい、笑いすぎだろッ!」
「ははははっ、いや、ごめんごめん。久しぶりに笑わせてもらったよ。ぷぷっ」
クソッ、コイツ、悪いと思ってねぇな。
オレがジト目でにらみつけていると、ようやく笑い終えた彼が、今度は真剣な眼差しを向けてくる。
突然の表情の変化に、慌ててオレも気を引き締めて見つめ返すと。
白髪の青年は、ゆっくりとオレに手を差し出してきた。
オレも、それに倣うように彼に手を伸ばす。
そして、彼はオレの手を握手の形でつかみ、一言。
「寝てな」
「寝る?」
「ああ、お前はただ寝てるだけでいい。あとは、任せな♪」
「そんな、こと...で......いい、の......か?」
突然オレは、猛烈な眠気に襲われて意識が真っ白に染まった。
「ふふっ、さて、久しぶりの現世だ。16年ぶりかな? とりあえず、相棒をこんなにしたヤツはぶっ殺しとこかな♪」
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
はい、まぁ予想通りの展開ですかね?
勘のいいあなたなら白髪の青年の正体もきっとわかってしまうのでしょう(汗
ところで、あなたは最近どんな夢を見ましたか?
僕は、二次元の美女が顔を真っ赤に染めて、僕に告白するというまさに夢のような夢を見ました。
いや、夢なんですがね。
しかし、僕は妻子持ち。
この娘の想いに応えてあげることができない。
夢なので顔ははっきりと覚えていないが、美人だったことは覚えている。
そんな美人が、上目づかいで、その豊満な胸部を僕に押し当てて迫ってきたら、男だったらコロッといっちゃう。
もちろん僕も男だ。
ああ、女子どもよ。
蔑むがいい。
そうだよ、コロッといってしまったさ。
ははっ、だが悲しいかな。
そこで目が覚めてしまったのだ。
人の夢と書いて儚い。
しょせんは夢なんだ。
夢の中くらい、いい思いしたっていいだろ?
え?ダメ?
ははっ、そうか。
だからもう顔もわからないあの美女は、僕の夢に現れてくれないのか...orz。
次のページでお会いできることを祈りつつ......。




