10話 ラビリンス通りの亡霊
オレは今、非常にまずい状況にある。
おいそれと外に出ることができない魔族のレナと片眼だけ金眼を持つオレのことを考慮して、レナの隠れ家でルミナ救出の作戦決行まで過ごすことになったのだが。
オレは今日、死ぬのかもしれない。
「ふふふふふっ、一日に二度も同じ過ちを犯すなんて、いい度胸ですね♪」
頭にはターバンのようにタオルを巻いた、湯浴み姿のエリシアが笑っていた。
それはもう怖いくらい笑っていた、目だけは笑わずに微笑んでいた。
それはさかのぼること数時間前。
■■■
「レナちゃんさえよければ、数日、私達をここに泊めてもらえないかしら?」
オレたち3人がルミナ救出に動き出すことで話がまとまりつつあった時に、エリシアは少し申し訳なさそうにレナに切り出した。
レナは突然の申し出に少し驚いた様子だったが、「いいっすよ」と軽く許可してくれた。
「準備にどれくらいの時間がかかるんっすか?」
「そうね......5日くらいかしら」
「わかったっす。これからレナは何をすればいいっすか?」
「レナちゃんの使える魔法とか色々聞きたいわね。この作戦は私達の連携が鍵よ。まずはお互いのことを知るのが大切だと思うの」
腕を組んだエリシアは、うんうんと頷いている。
そんなエリシアの様子を見たレナは、すごい不思議そうな顔をしてオレに耳打ちをしてきた。
「聖剣姫さんがこんな人だとは思わなかったっす」
「そうなのか? どんなイメージだったんだ?」
「もっとこう、恐い人かと」
「あはははっ、たしかにあの表情と口調じゃ誤解を招くな」
「そこ、何笑ってるのよ!」
少しむくれた様子のエリシアが、オレたちのヒソヒソ話に入ってきた。
これから共闘しようというのに、のけ者にされたのが気に食わないのか少し怒っているように見えた。
オレとレナは、2人顔を合わせて苦笑する。
「いやぁ、エリシアは優しいなって話をだな。なっ、レナ?」
「そうっす」
「なっ、えっ? は? どういうことよ」
オレとレナは、二人して笑った。
エリシアの頬は、少し赤らんでいた。
昼間、外に出られない魔族のレナと魔族の眼を持つオレは、部屋で買い出しに行ったエリシアの帰りを待つ間、色々なことを話した。
レナなら大丈夫だろうと、オレが異世界からきた人間だということも話してみたが、何度オレが人間だと言ってもなかなか信じてくれなかった。
あまりに信じてくれなかったので、試しに魔法の使い方を教わってみた。
これで魔法が出なければ信じてくれるだろう。
「レナは、というか魔族は無意識の内にやってるっす、だから、教えろって言われても......」
「ははっ、だよなー。呼吸のやり方がわからないから教えてくれって言ってるようなもんだしな」
「あえて言うなら、自分の中にある魔力に集中して7つある属性の内、どれかの属性に変換して、それを放出するイメージっす」
「7つもあるのか?」
「そうっす。火、風、土、雷、水、闇、光の属性があるっす。よほど特殊な魔族じゃない限り、闇と光の属性は持ってないっす」
「へえー、じゃあ、レナは火属性なのか? この前、手から炎出してたし」
レナは少し考える素振りを見せて、「まぁ、そんな感じっす」と含みのある答えを返してきた。
せっかく魔法が使える種族に直接魔法を教えてもらえるのだ、エリシアはああ言ってたけど、もしかしたら、魔法が使えるかもしれない。
ものは試しだ、オレはレナに言われた通り、自分の中にある魔力に意識を向けてみる。
まぁ、自分の魔力なんて感じられないので、体の中にエネルギーを貯めるイメージをしてみた。
それからどれかの属性に変換する。
魔法といえば炎か雷、オレは雷属性に変換を試みる。
頭のなかでバチバチと音を鳴らす雷をイメージして手を前にかざす。
「いでよ、龍の雷あああぁ!」
するとオレの手から青白い電流がまっすぐ迸り、部屋の壁を丸焼きに。
することなどなく、静寂に包まれた部屋と、なぜか生暖かい眼差しを向けるレナがいるだけだった。
「やっぱ、でないかぁ」
「みたいっすね、ふふっ」
「な、なんだよ」
「いえいえ、レナはいいと思うんっすけどね。ドラゴニックっていかにも強そうなネーミングだったんで」
ここにきて、オレの中に眠っていた中二病が炸裂してしまったようだ。
恥ずかしい、今すぐここから離れたい。
魔法と聞いて浮かれていたのだろう。
「レナ、今聞いたことは忘れるんだ。いいな、忘れるんだ」
「わ、わかったっすよ」
オレは顔を熱くさせて、無理やりレナを説得する。
まだニヤニヤしていたが、レナは忘れてくれるみたいだ。
「魔法が本当に使えないんじゃ、ユウは魔族じゃないかもしれないっすけど......」
「けど?」
「......いや、なんでもないっす」
「レナと同じ魔族じゃないのが少しがっかりしただけっす」としょんぼりとした顔で言ったレナの言葉の真意をオレがわかるはずもなく「そうか」と話を流した。
それから、レナはゴミまみれになっている自分のローブとオレのローブを洗濯しだした。
オレはやることがなく、もとい、出来ることがなかったのでソファーでくつろいでいると、エリシアが買い出しから帰ってきた。
両手いっぱいの紙袋を抱えて沢山の食材を買ってきた。
ぱっと見、オレの知らない食材はない。
どれも、元の世界で見たことがあるものばかりだった。
「ご苦労様っす」と言って、大量の食材を棚に詰め込んでいく。
エリシアは特に疲れた様子もなく、レナの事を手伝っていた。
それから、一段落したのかエリシアがソファーにやってきた。
家事の大方はレナがやってくれて、今は夕食の準備を進めているみたいだ。
「オレたちも何かやった方がいいかな?」
「私もそう思ってレナちゃんに聞いたんだけど、『任せてくださいっす』って追い返されたわ」
エリシアは残念そうに話している。
レナと仲良くなりたかったのかな?
「なあ、エリシアって魔族は敵だって言ってたけど、みんなそう思ってんのか?」
「そうね、色々だと思うけど。ほとんどの人は魔族を怖がってるはずよ」
「怖い?」
「ええ、魔法は強力な武器よ。人間には対抗する術がない。だから、人々は魔族を恐れる」
「でも、だからって敵だなんて」
「私みたいに魔族に一定の理解を示す人もいるわ。でも、騎士団の中じゃそんな人はほとんどいない。みんな家族や親しい人を魔族に殺されてるからね」
「殺され......戦争でか?」
少し食い気味に聞くオレに「いいえ」とエリシアは首を横に振る。
そして、そのキレイな紅い眼を細め、歯を食いしばり、悔しさを顕にして続ける。
「たった1人の魔族に殺られたのよ」
「......」
言葉にならなかった。
呆然としているオレを横切って、お腹を鳴らせるようなご馳走が通り過ぎる。
匂いを追いかけると、レナが笑顔で夕食を運んでいた。
「これは......」
「いい匂いね」
「さぁ、食べてくださいっす」
まさか、こんな所に来てナポリタンが食べられるなんて思わなかった。
あのオレが知っているナポリタンなのだろうか。
綺麗なオレンジに染まったパスタにフォークを入れる。
クルクルとフォークに絡まるパスタからはしっかりとしたトマトの香りが漂ってくる。
「う、うまい! めちゃめちゃうまい!」
「ホント、すごく美味しいわ」
オレもエリシアも満面の笑みでレナの作ったナポリタンに舌鼓を打つ。
「それは、よかったっす♪」
レナは、頬を赤くして嬉しそうにナポリタンを食べている。
少し酸味の効いたトマトソースが野菜から出る甘みとうまく融合して極上のハーモニーを奏でている。
縦長に切られたウィンナーのパリッとした食感が、さらに美味しさに拍車をかけていて。
主役のパスタはどこで知ったのか、オレ好みのモチモチとした食感に、しっかりとトマトソースが絡んで、もう最高に美味しい。
「こんなうまいナポリタン食べたの生まれて初めてだ」
「ユウ、ナポリタンを知ってるっすか!?」
ご機嫌よく騒ぎ立てるオレとは逆に、レナは驚いているようだった。
「えっ? 知ってるも何もマイフェイバリット料理だぞ?」
「そ、そうなんっすね。母のオリジナル料理だと思ってたんっすけど」
「私は初めて食べたわよ、こんな美味しい料理があるなんて知らなかったわ」
「何? この世界じゃ珍しい料理なのか?」
「ええ、そうね」
「だと思うっす」
「そうなんだ、でもレナのナポリタンは、オレが今まで食べてきたナポリタンの中でも最高にうまいぞ」
「......そう、言ってもらえると、うれしいっす」
レナは顔を真っ赤に燃やして、下を向いた。
そんな事などお構いなしに、オレはパスタをすすり続けた。
夕食の後に突入作戦を行い、一段落したところでオレは猛烈に眠気を催した。
今日は色々なことがありすぎた。
異世界召喚からのエリシアとの衝撃的な出会い。
あげく殺されそうになり、死ぬほど歩いた先では奴隷商人っぽい奴らに追いかけられて、助けた女の子に殺されかけて。
何とか説得したら、今度はエリシアに殺されそうになって......。
って、オレ、この世界に来て死にかけてばっかじゃねぇか!
そんな事を思っているとだんだんと目が瞑れてきて、やがて意識を手放した。
いったいどれほど眠っていたのだろう。
辺りは暗くなっていた。
ソファーで盛大に寝てしまったオレは掛けられていた布団をはがして、ふらふらと歩き出す。
ふと、お風呂に入ってないことを思い出し、今日1日の汚れを落とすべく、というか、何だかまだ、ゴミ臭い。
あぁ、早く風呂に入りたい。
元の世界では、ピッっとボタンを押せばすぐに暖かいお湯が出てくる。
まだ、この世界に慣れてないオレは、風呂はもう暖かいものだと思い込んでいた。
脱衣場で鼻歌交じりに服を脱いでいく。
「おっ! 風呂の明かりが付いてる。オレのためにわざわざ付けておいてくれたんかな」
寝起きで頭が回っていなかったオレは、盛大な勘違いをしたまま浴場の扉を開けた。
ザバアァン!
ちょうど、エリシアが湯船から上がったところだった。
「「――――ッ!」」
いくつもの水滴がほっそりとした肢体からこぼれ落ちて、濡れた金の髪はターバン状に巻いたタオルから所々顔を出している。
バッと体を抱くように胸を隠すエリシアが、頬を紅色に染める。
いつか見た光景を再現しているようだったが、ひとつ違うことがあった。
それは、オレがエリシアと同じく何も身に纏ってないということだ。
オレと目が合ったエリシアは紅色に染めた頬が見る見ると真っ赤に燃えて、視点が定まらず、勢いよく湯船に入り直した。
眼福な光景を目の当たりにしたオレは、まだボーッとしていた頭が急激に醒めて、咄嗟に大事な部分を隠すが、もう遅い。
バッチリと見られた。
いや、オレも見たからお互い様なんだが。
人は不測の事態に陥った時、思考を停止させると言われている。
頭の回転が早い人なら、ものの数秒で事態を把握し行動に移せるらしいが、出来の悪いオレにそんな芸当が出来るはずもなく、その場で時を止めたまま立ち尽くしていた。
「いつまでそこにいんのよおおおおぉぉ!」
「わっ、わりぃ!」
大音量の抗議の声が聞こえてきたオレは勢いよく扉を閉めて、何をテンパったのか服も着ずに脱衣場から退散した。
「きゃああぁぁぁーーー」
「レ、レナああぁぁぁ、うわああああああ」
エリシアの大きな声に反応したのは、オレだけではなく、レナもだった。
何事かと様子を見に来たレナに、ばったりと遭遇してしまったのだ。
突然、真っ裸の男が視界に入ったレナは、顔をゆでダコにして悲鳴をあげた。
まさかのレナ登場に驚きを隠せず、同じく悲鳴をあげる。
急いで部屋の隅で服を着て、前を見ると。
頭にタオルを巻いた湯浴み姿のエリシアが仁王立ちでいた。
ものすごく笑ってらっしゃる。
■■■
オレは、回想から現在の深刻な状況へと意識を戻した。
どうやら、現実逃避の終わりを迎えたようだ。
「どうやらユウは、どうしても死にたいようですわね♪ うふふふふっ」
その後ろでひょっこりと顔を覗かせるレナは、まだ顔が赤く成り行きを見守っている。
「違う、エリシア、アレは不可抗力だ」
「1日に2回も私の裸を見ることが不可抗力ですって? その上、レナちゃんにも変態行為を働いて」
「いや、レナはいると思わなくてだな......と、とにかく、わざとじゃないんだ。な? レナならわかってくれるだろ?」
体を張ってエリシアから守ってくれたレナに助けを求めるが、レナは下を向いて何やらぶつぶつとつぶやいていた。
「1日に......2回、ュゥは、お子様体型には興味が、ない......レナの成長が遅いのが問題っす。まだ、希望が、希望が、あるはずっす。でも、1日、2回......」
「お、おい、レナ......さん?」
おずおずと声をかけると、レナは瞳の色を失ったようにオレにトドメの一言を告げる。
「ユウ、さんは......変態っす......」
「なっ!」
「決まり、ね♪」
ニコニコと全く笑顔に思えない顔で迫ってくるエリシアから逃げようとするが、あまりの恐怖に尻餅をついてしまい、後ずさりするも。
ドンッという壁の無慈悲な音が聞こえてきた。
「うふふふふふふふ♪」
「わああああああああああああぁぁああああ!」
深夜のラビリンス通りに、この世のものとは思えない悲鳴が響き渡った。
のちに、夜遅くにラビリンス通りを歩くと、道に迷って無念の死を遂げた亡霊の叫び声を聞くと呪われるという怪談、「ラビリンス通りの亡霊」と語り継がれることになる。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
ラブコメ要素にお風呂場シーンは絶対にありますよね?
あまりにリアルに描きすぎるとR指定になっちゃうので、この辺で勘弁してください。
この先のオリジナル展開はあなたの妄想力で何とかカバーを(汗汗)
次話、未だに身体的特徴とか全く出てきていないルミナを救出するためにユウたちが動き出す!
次のページでお会いできることを祈りつつ......。