秋の佳き日に
佳きかな 佳きかな 目出度きなり~
◇
「まあ~」
「お綺麗な方」
「振袖姿がお似合いな方ね」
「もしかしたら上条家のお嬢様ではありませんこと」
「あら。ご両親だけではなく一族お揃いのようですわ」
ざわざわとロビーに集まった人たちが、正装で現れた一団に視線を向けながら会話をしていた。そこにやはり正装の一団がやってきた。お互いに挨拶をしあい、ホテルの従業員に案内されてロビーを出ていった。
華やかな一団がいなくなると誰ともなくため息が漏れた。
「目の保養でしたわね」
「ええ、お嬢様の綺麗な中にも可愛らしさがございましたし、お相手の男の方がまた凛々しくて」
「知っていまして。お嬢様のお相手の方、地方で有名なお家の方だそうですわ」
「ええ。老舗の蔵元とか。私、あちらの御酒をいただいたことがありますのよ」
「まあ、それで」
「すっきりと飲みやすいお酒でしたのよ。ああ~、思い出したら飲みたくなりましたわ」
そんな声を耳にしながら、私は忍び笑いを漏らした。
「和花菜、笑うんだったら口元に手を当てろよ。悪い笑顔が丸見えだぞ」
「失礼な~。悪い顔なんてしていないでしょう。目が悪いんじゃないの、碧生」
隣で軽口を叩いた碧生のことを、私は睨んだ。
「君達は余裕があるなあ~」
「そうよ。私なんてさっきからガチガチに緊張しているのに」
向かいに座った二人、桐谷尋昇さんは呆れた様に、萱間萌音さんは緊張を滲ませた声で言ってきた。
私は隣に座る相馬碧生と顔を見合わせた。
「だってねえ~」と私。
「ここまで来たら」と碧生。
「「一緒だよね」」と声が重なる私達。
そこにホテルの従業員がそばにきた。
「桐谷様、萱間様、相馬様、結城様でいらっしゃいますか」
「「「「はい」」」」
私達は揃って返事をした。
「大変お待たせいたしました。これからご案内させていただきます」
「ああ、よろしく」
代表して桐谷さんが答えた。私達は立ち上がると、案内の人の後をついて行った。
案内された部屋は和室だった。ホテルの中にこんな部屋があるのかと思ったけど、歴史のある由緒正しいホテルだし、お茶室のある庭園は見事だとも聞いていたから、こんな部屋もあるのかと思った。
そして示された場所に座る私達。私以外の三人は神妙な顔で席に着いた。私も碧生の隣に腰を下ろして背筋を伸ばした。
◇
私の名前は結城和花菜。本来はここにいるべき立場の人間じゃないのだけど、今日の主役に『たってのお願い』と言われてしまい、今ここにいる。
う~ん。これだけじゃわからないよね。
そうね、まずはここの場所の説明からかな。先ほどもいったと思うけど、歴史のある由緒正しいホテル。格式なんかを考えたら、一般庶民である私が足を踏み入れることが出来ないようなところなの。(主に気後れするという意味で)
そんなところになんでいるのかというと、さっきも言った『今日の主役』がやんごとない家柄だったことに他ならない。
ここも説明しないとだよね。えー、さっきから言っている『今日の主役』というのは、2カ月前の夏祭りで知り合った、上条聖子さんと菱沼忠隆さんのことになります。ついでにいうと、碧生の隣に座っている桐谷さんと萌音さんもその時に知り合ったのよ。それで、何故か聖子さんと萌音さんに懐かれた私は何度か二人と会う内に、今日の大役を頼まれてしまったのよ。
大役というのは、結納の見届け人。『そんなものがあるの?』と思ったけど、公家の流れを汲む家系だそうで、昔からのしきたりだとかで、両名を知る第三者を立ち会わせることになっているそうなの。なんでも、昔に当人以外が成りすましたことがあったとかで、今回みたいに婿取りになる場合は尚更慎重に進めたとか。
今は形式でしかないと言っていたけど、これを使えば私達も参加できるといって、聖子さんが半ば強引に役目を押し付けてきたのよね。あまりに必死だったから話をうまく持っていって聞きだしたら、菱沼家の親族も半端ないくらいの家系だったそうなの。地方の名家なんてもんじゃないそう。彼に連れられて挨拶に行った時に、集まった親戚の数に圧倒されたとか。県知事、国会議員、どこそこの会長などという肩書を持った人たちが勢ぞろいしたとかで、聖子さんはしまいには泣き出してしまっていた。
儚げな大和撫子美人に泣きつかれた私は、立会人を了承すると共に、碧生だけでなく桐谷さんと萌音さんを巻き込むことに決めたのだった。
あ~あ、こんなことなら打算で近づくんじゃなかったわ。
◇
今日のここまでに至るまでの約一カ月を回想していた私は、部屋のふすまが開いて入ってきた、上条家、菱沼家の方々に軽く頭を下げた。他の三人も同じように頭を下げている。
顔をあげると聖子さんと菱沼さんの顔をじっと見た。そして、四人で目を見交わし合い頷くと、桐谷さんが口を開いた。
「こちらにいらっしゃいますのは、菱沼忠隆と上条聖子に間違いないことを、証言いたします」
「右に同じく」
「右に同じく」
「右に同じく」
桐谷さんのあとから、萌音さん、碧生、私と教えられた言葉を言っていく。あ~、桐谷さんを巻き込んでおいてよかったわ~。これを私と碧生だけじゃ、若すぎて恰好がつかなかったと思うのよね~。
この後は、お決まりの結納品の受け渡し。仲人の方が間に立ちご挨拶。
「この度は忠隆様と聖子様のご縁がまとまり誠におめでとうございます。本日は快晴に恵まれまして、天もお二人を祝福しているようでございます。この佳き日にご結納の仲立ちをさせていただきますこと、誠に光栄でございます。それでは、上条家よりの結納品でございます。幾久しくお受け下さいませ」
そう言って仲人の方が目録を上条父から受け取り、菱沼家に渡す。菱沼父が恭しく受け取って、目録の中身を確認した。
「結構な結納の品々をありがとうございます。幾久しく御受け致します」
菱沼父がそう言って頭を下げると、菱沼母と菱沼さんも同じように頭を下げた。顔をあげると同じような封書を取りだして、仲人に渡した。
「こちらは菱沼家からの受書でございます。幾久しくお受け下さいますように」
受け取った上条父が受書の中身を確認した。
「相違ございません」
仲人が上条家に品々が並んでいる片側を指し示し言った。
「こちらは忠隆様から聖子様への結納返しでございます。幾久しくお納め下さいませ」
「ありがとうございます。幾久しくお納めさせて頂きます」
上条父が頭を下げ、上条母と聖子さんも同じように頭を下げた。
「これで忠隆様と聖子様のご結納の儀は目出度く整いました。誠におめでとうございます」
「「「「「「ありがとうございます」」」」」」
これで結納も終わりかと気を抜こうとしたら、忠隆さんが立ち上がった。仲人の方から桐の箱に入った小箱を受け取って、聖子さんのそばに来た。小箱を開けて聖子さんの左手を持つ。その薬指に箱から取り出した指輪をそっとはめた。
「「綺麗~」」
萌音さんと声が重なった。キラキラと輝く婚約指輪に目を奪われた。
「本日は大任をお引きうけ頂きありがとうございました。ささやかながら別室にてお祝いの席をご用意しております。用意が整うまで暫しお待ちください」
上条父の言葉に私達はホッと息を吐き出したのよ。
◇
部屋を移る前に聖子さんと萌音さんとお手洗いに行った。
「今日はありがとう。本当に無理なお願いをしてしまってごめんなさい」
「そんなことないよ~。いい体験させてもらったよ」
「そうそう。こんな本格的な結納はしないからね、私達は」
私の言葉に聖子さんが目を丸くした。
「結納はしないのですか」
「しないよ。というか、もう籍を入れたも同然だし」
私の言葉に萌音さんも目を丸くした。
「ええっ~! 聞いてないよ~。なんで和花菜ちゃんはそんな大事なことを教えてくれないの。もう、お祝いをあげるのに」
「別に、そんなに騒ぐほどのことでもないでしょう。紙切れ一枚のことだし。大学入ってからは、半同棲みたいなものだったから。お祝いされることじゃないもの」
二人は私の言葉にもっと目を丸くしていた。
「和花菜さんって時々すごくドライよね」
「そうかな~。これって今どき普通じゃないの。それに私の場合、二人とは事情が違うじゃない。ここまでのことを考えると今更感が半端ないのよ」
「でも和花菜ちゃん。籍を入れたも同然って、もう婚姻届けに記入はしてあるって事よね。なんで提出しないの」
萌音さんがもっともなことを訊いてきた。
「それがね、碧生がこだわってんのよ」
私の言葉に二人してコテンと首を傾げた。
「本籍地の問題で」
「本籍地?」
「そう。本籍地ってどこにでもできるけど、一番面倒がないのが実際に住んでいる場所でしょ。何かあった時に謄本を取るのが楽な方が良いよね~って。でも、今住んでいるマンションにはしたくないから、碧生が探しているのよ」
「それって一軒家ってこと」
「うん。そうみたい。私は別にあとで変更が出来るのならそれでいいと思うんだけど、碧生がそれなら最初からそこにしたいって言っているのよ」
何故か絶句して私の事を見る二人。眉間にしわをよせて顔を見合わせている。
「なんか、私達より和花菜さんのほうが大人よね」
「そうね。そんなことまで考えてないもの。というか結婚のことまで考えられないというか」
二人して溜め息を吐いたのでした。
◇
菱沼家と上条家の親戚が集まっていた宴会場・・・失礼。パーティールームで私達の本人確認の証言から食事は始まった。時々、どちらかの親族の独身と思われる男女から話し掛けられたけど、私と碧生、桐谷さんと萌音さんが結婚を前提としたカップルだとわかると、すぐに離れていった。
食事を堪能した後、誘われて六人でホテルの庭園に行った。綺麗な日本庭園の中に少し赤く色づいたモミジの木があった。他にも黄色くなってきたイチョウの木も見える。
池の鯉を見ながらゆっくりと歩いて行く。
聖子さんが菱沼さんに寄り添って笑っている。満ち足りて輝くような笑顔だ。その姿を愛おしそうに見つめる菱沼さんの目線が甘い事と言ったら・・・。
萌音さんもなんやかや云っても、桐谷さんといい雰囲気だ。楽しそうに指さしては話している。
「わ~かな~、俺達も結納する?」
二組のカップルを見ていたら、碧生がそんなことを言ってきた。
「やだよ。今更親を喜ばすなんて」
「それもそうか」
私の返事に碧生が笑う。碧生も楽しそうに四人のことを見ている。
「碧生は嫌じゃなかった」
「ん? 何が」
「今回の事」
「ん~、別に~。面白いとは思ったけど」
「面白い?」
「ああ。俺達はしないだろうことを見れたわけだろ。それに、セレブの大変さが良~くわかったよ。良かったよな~、一般庶民の家に生まれてさ」
「それは私も思った。でも、ごめんね。巻き込んじゃって」
「和花菜、ごめんはいらないから。嫌なことに巻き込まれたのなら厄介だと思うけど、幸せのお裾分けを貰えるのなら、巻き込まれるのもありだと俺は思うぞ」
立ち止まった碧生の隣に私も並ぶ。
「そうだね。幸せのお裾分けならうれしいよね」
「だろ。それよりさ、本気だと思う。あの話」
「・・・聖子さんも萌音さんも乗り気で、菱沼さんが切符を取ったらしくて、桐谷さんが宿を押さえたとか」
「週末かな」
「う~ん、どうなんだろう」
私は四人を見つめたまま、思ったことを碧生に告げる。
「まあ、でも、面倒を見ないとならなくなりそうよね」
「・・・違いない」
碧生と顔を見合わせると笑い合った。
「でもね、楽しい旅にはなりそうよ」
「ああ、そうだな」
そう言うと碧生は私の手を握って四人の方に歩き出したのでした。
どこかにこんな風習や家訓みたいなものがあったら面白いと書きました。
聖子と忠隆がやっと結納まできました。
夏企画でシャッフルしていたので、秋企画では語り手をシャッフルするのも楽しいかと思い、こんなお話になりました。
もちろん萌音と尋昇の話も別でお届けしますので、お待ちくださいね。