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『しかしどうやら俺の姿は人間には見えていないようだな、それにこうやって喋る声も聞こえてないみたいだし』
涼太はかれこれ三十分程この駅地下の広場にいる。閻魔大王に下界に落とされた時に「ここで日前宮小夏を待て」と言われたからだ。
広場はそのスペースだけがレンガ敷きになっていて真ん中に噴水のある泉が造られていた。
モニターに映った街並みは知らない場所だったが、この駅地下の広場は涼太もよく知る所だった。
涼太が生まれ育ったのは地方都市の外れで三十年くらい前にベッドタウンとして開発された静かな町だった。
大学を中退して二年経つ今も涼太は実家からバイトに通っている。
涼太が降り立った地下街のある駅は涼太の住む町の名の付いた駅から四つ目にあるこの県で一番大きな駅だった。
大学時代は通学の為に毎日この駅を使い、この広場もよく待ち合わせなどに利用していた。
『あっ! あの娘だ! 』
涼太が泉の前で漂っていると東から延びる通路をこちらに向かって走ってくる女性が見えた。
じきに昼時になり駅地下のレストラン街はどんどんと空腹を満たそうとする人たちで溢れてしまうだろう、そんなワサワサとした空気の中、日前宮小夏は得意先から会社に戻る為に急いでいた。
閻魔大王の話によると小夏は涼太と同じ23歳、だが黒いスーツにスカート姿は就活をする高校生か短大生のようにまるで着こなせておらず、化粧っ気がなく素顔に近いその顔も年齢より幼く見えた。
「キャッ! 痛たたた…… やだもう書類が! あれ!? あれれ? 」
一本でも早い電車に乗ろうと走っていた小夏はレンガ敷きの床に足を取られ泉の前で転んでしまい、どうやらその時に何かを落としてしまったようだった。
『おいおい何やってんだよ! ドジっ娘か? へいへい、泉の前で斧でも落としたのか? 』
「あっ、いえ、落としたのは金の斧でも銀の斧でもなくコンタクトレンズです」
小夏は地面を這いつくばってコンタクトレンズを探していた。
『あれ? ひょっとして俺の声聞こえてる? 』
「はいもちろん、それより動かないで下さいね、コンタクトがこの辺りに落ちている筈なので」
他の人間には聞こえない涼太の声が小夏には聞こえていた、しかし這いつくばって探し物をしている小夏は涼太には間違ってコンタクトレンズを踏んでしまう足が無いことはまだ気付いていないようであった。