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『本当にいいんですね? 』
『うむ』
涼太の問いかけに千里は間を開けることなく頷いた。涼太と小夏が戻って来る迄の間に、すでにどんな結果でも受け入れる覚悟はしていたのだった。
数日前に街で恋人らしき女性と一緒に居る元婚約者の聡を見かけた千里は、聡の気持ちをどうしても知っておきたかったのだ。
方法としてはこうだった。まず小夏に " 千里からの手紙 " を書いて郵便受けに入れてもらい、それを読んだ聡がどういう反応をするか試してみたのだった。手紙の内容は千里からの一緒に過ごせた日々に対する感謝の気持ちを書いたものだった。
『手紙を読んだ聡さんを部屋でずっと見てたんだけど…… 』
『聡にも田上の姿は見えてなかったんだよな? 』
『まったく、気配も感じていなかったよ』
『で? 聡の反応はどうだった? 』
『泣いてたよ、聡さん、こんなにも俺のことを思ってくれてたのかって、千里さんが亡くなってからも一日だって忘れたことはないって涙ながらに、自分は千里さんの分も精一杯生きていくから安心してほしいって千里さんの写真に語りかけていたよ』
『本当か? 』
『う、うん、結婚に関しても最後まで悩んだらしいけど、クヨクヨしてたら千里さんに怒られるだろうから踏ん切ったんだって』
『そうか、ありがとうな、私もスッキリしたよ』
『よかったですね、あっ! 俺ちょっと用事があったんだ、また後で』
その場の空気に耐えきれなかったのか、涼太は一人どこかへ行ってしまった。
『フフッ、アイツ嘘つくの下手だな』
小夏と二人になった千里は思わず笑ってしまった。
「えっ? どうして嘘だって分かるんですか? 」
『そりゃあだって私は』
千里は涼太にも話していない事実を小夏に打ち明けた。
「ええっ!?」
『そのことは聡も知ってる筈だからな、だから田上の話はおかしいだろ? 田上にはそのことを話してないから知らなくて当然なんだが、どうせ聡のことだから私からの手紙にびびってしまってそれどころじゃなかったんだろう』
「千里さん…… 本当はですね」
小夏は聡の部屋から戻ってきた涼太に聞いた実際の状況を千里に説明した。
────
郵便受けで千里からの手紙を見つけた聡は急いで部屋に戻ると封も開けずにコンロの火で燃やそうとした。
それはまずいと思った涼太は慌てて念力を使い手紙を部屋の方に飛ばしたのだった。
驚いた聡が今度は手紙を破ろうとしたので、涼太はまた手紙を飛ばし空中で封を開いて聡の目の前に手紙を拡げて見せた。
そこまでの心霊現象を見せられた聡は恐怖で平常心を失ってしまい、泣きながらお経を必死で唱えていたのだそうだ。そこはたしかに涼太の言うとおり、事実聡は泣いていたのだが同じ涙でもその意味は大きく違っている。
このままでは話にならないと思い、涼太は飾ってあった千里ではない女性とのツーショットの写真立てをキャビネットから落としてみた。
気付いた聡はまたまた驚き取り乱し「別れる! 別れるから! こんな女好きでもなんでもないんだ! 千里許してくれ! 」ととにかく自分が助かる為だけに必死だった。
涼太は見ていて憐れになってきて火の点いたままになっているコンロに手紙を持っていき聡に見せることもなくその手紙を燃やしてしまった。
────
『聡らしいな、けどこれで本当にスッキリした、つまんない男だったんだ。 別に恨みも淋しさもな~んにも感じないわ、私もつまんない女だったんだよ、ありがとうな協力してくれて』
千里は言葉どおりのスッキリした表情で天を見上げるとそのまま遠く見えなくなるまで飛んでいってしまった。
夜になって小夏の部屋を訪れた涼太は浮かない顔でボソッと呟いた。小夏が千里が涼太の嘘に気付いていることを正直に話した後だった。
『もう幽霊やってるのがしんどくなってきたよ、人間なんて本人に聞かれていないと思ったらホント好き勝手なことばかり言うんだからさ』
「本田さんやバイト仲間のこと? 」
『まあそれもあるし、聡さんのことも』
小夏は何も言わず涼太が喋るのをじっと聞いていた。
『本当はもっと酷かったんだ。聡さん、あまりの恐怖に気絶してしまったんだけど、気絶した聡さんに試しに聞いてみたんだ、千里さんのこと』
「言葉が通じたの? 」
『うん、たぶん向こうは記憶にないだろうけど』
「で、どんな風に言ってたの? 千里さんのこと」
『窮屈だったって、一緒に居るのが』
「…… 」
『バスケでイップスになったのも千里さんがいつもプレッシャーを掛けてきたからだとか、結婚の約束だって千里さんが一方的に迫ってきたからしょうがなくOKしただとか』
「酷い…… 」
『あんな奴と結婚なんてしなくて正解だったんだよ千里さんは』
「そう…… 、アンタもね! 本田さんのことは早く忘れてしまいなよ! 」
『お、おう…… 』
「やっぱりちょっと引きずってんのね」
『バーカ、俺は前しか見ないって言っただろ! 目の前にあるオッパイしか』
「だからヤメろ馬鹿! 」
『お前も気を付けろよな、明日だろ? 黒川とのデート』
「あの人はそんな人じゃないわよ、それにデートじゃなくて接待」
『まあでも上手く行けばいいな』
まだ少し先のことだからどういう事に巻き込まれるのかは分からないが、このままでは運命によって死ぬことになる小夏を救う為なら涼太は何でもするつもりだった。
それが涼太が元の身体に戻る唯一の方法であるからなのだが。