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涼太たちが小夏と出逢って数週間が経っていた。この頃になると小夏も幽霊である涼太や千里の存在にすっかり慣れてしまい、普段通り当たり前の生活を送ることが出来ていた。
『そういやスーパーニシマルには営業行かないのか?』
スーパーニシマルは涼太が元気な時にアルバイトをしていたスーパーマーケットで、ケチャップなどの卸し販売をする小夏の仕事に繋がればと以前話したことがあったのだった。
「あ~、あったねそんなお店」
『 " そんなお店 " って、そりゃ店舗数は少ないけどさ、そういう地道な努力の積み重ねなんじゃねえのか? 営業って』
「まあね、でも今はマルナガ屋に全力でぶつかりたいのよね」
小夏はデスクのノートパソコンのキーボードをカタカタと叩きながら画面に向かって話している。最初の頃は他の人には見えない涼太を相手に会話をしていたので随分と変な目で見られた小夏だったが、この頃になるとワイヤレスのイヤホンマイクで話すフリがごく自然に出来るようになり小夏が一人で喋っていても気にする人は誰も居なかった。
『黒川課長か? スカした奴だよな、あんなのが好きなのか? まあでも協力してやろうか? 』
「だ~か~ら~、仕事なの! し! ご! と! それにアンタに協力してもらわなくても大丈夫です、てゆーか、アンタ生きてる時も全然モテなかったでしょ? 滲み出てるもん、そういうデリカシーの無い所にモテないオーラが」
『はぁ? モテてたし! モテモテだったし! モテてたし! 』
「いいからいいから、動揺してるの丸分かりよ、幽霊がそんなに動揺してどうすんのよ」
「日前宮! ちょっと来い」
上司である岸本の声がオフィスの奥から飛んできた。
「はーい」
マルナガ屋との大口契約が順調なのできっと褒められるのだと小夏は意気揚々と岸本のデスクに向かった。
「日前宮、ケイマート立花店のマネキン手配したのか? 店から確認の電話があったぞ」
「えっ? 来週じゃなかったですか? 」
スーパーなどでの実演試食販売、いわゆるマネキン販売は販売数が上がり消費者の声が直接聞けるメリットがあるのだが、メーカーにとっては店側から場所を借りているという弱い立場である以上、上手く使わなければ顧客である店側との信頼を失いかねない大切なツールだった。
「だからそれが一週ズレたって先週話しただろ! どうすんだよ!? 今から手配なんて無理だぞ! 」
「すみません…… 」
「俺に謝ってもしょうがないだろ! 今すぐ店舗に行ってお前がマネキンやって来い! 」
小夏は自分のデスクに戻ると必要なものをバッグにまと慌ててオフィスを出て行った。
「いい気味よね」
「ざまあっ」
「たまたまマルナガ屋の大口契約取れたからって調子乗ってさぁ」
小夏が出ていった後、前のデスクに座るユカが他の女子社員たちと散々悪口を言っていたのを涼太はじっと聞いていた。
千里と合流した涼太が小夏に遅れてケイマート立花店に着いた頃、小夏は店内の一角に売り出し商品である自社のケチャップを箱積みし、その横で小さく切って焼いたトーストにつまようじを刺し、アルミの小皿にケチャップを入れると近くを通りかかる買い物客相手に全然届かない声でアピールをしていたところだった。
涼太は店内をウロウロと見て回ったが小夏のような試食マネキンはその時だけで四人居た。その誰もがこの道何十年と言うようなベテレンの風格で、よく通る声でどんどんとそれぞれの試食品を捌いていってた。
『もっと笑顔で声出せよな、そんなんじゃ誰も寄って来ねえぞ』
「うるさいわね! ほっといてよ! 」
『ほら、向こうから子供連れのお母さんが来てるぞ』
「えっ? あっ、ど、どうぞ…… 」
『全然聞こえてねえって! それじゃあ、おーい! おーい! ちょっとそこの綺麗なママさん! 』
涼太が大声で叫んでもその声は小夏以外の人間には全く聞こえない、けれどその子連れの女性客は何か感じたのか振り返って辺りをキョロキョロと見回したのだった。
『ほら! チャンスだろ、笑顔で! 』
「えっ? あっ、あの良かったらとうぞ! 当社の自信作のケチャップです、カロリー塩分大幅にカットしているにも関わらず味はしっかり付いています! 」
小夏の勢いに少しびっくりした女性客だったが手渡されたつまようじに刺さったトーストを一口で食べてみると満足そうに飲み込んだ。
「うん、ホント、しっかりしてるわね」
「本日は特売日となっていますので、ぜひご検討ください! 」
「そうね、じゃあ一つ買わせてもらうわね」
「ありがとうございます! 」
それまで全く元気の無かった小夏だったが一人の女性客に買って貰ったことで少しだけ笑顔が取り戻せた。
『おっ? もしかして超能力みたいなのが使えるんじゃねえのか? ちょっと試して来よう』
そういうと涼太はフラフラ~っと飛んで行き、買い物中の客の前に回り込んでは通せんぼうをするように両手を大きく振って、小夏の試食コーナーへと誘導しようとしていた。
大抵の客は何も感じずに目の前の涼太をすり抜けて行くのだが、偶然なのか何なのか、中には急に方向転換をして小夏の元へと歩いて行く客も居た。
「悪い奴じゃないんだよなアイツ、ほら! お前も頑張れ」
小夏の横で涼太の無駄な努力を見ていた千里はフッと笑うと涼太のさらに向こう側へと飛んで行き、くるりと振り返って店内の買い物客に向かって大きな " 気 " の様なものを放出した。
すると客たちは一人、また一人と小夏の試食販売コーナーへと向いだした。そしていつしか小夏の回りには焼いても焼いても試食用のトーストが間に合わないくらいに人が集まりだしていたのだった。
「いや~、お疲れさん、凄かったね今日の賑わい」
用意していた試食品が無くなったので、予定時間を早めに切り上げてバックヤードで休憩していた小夏の元に店長がやって来て労いの言葉を掛けてくれた。
「今日は本当にご迷惑をお掛けしまして申し訳ありませんでした」
「いやいやいやいや、結果オーライだよ、またお願いしたいくらいだし、場合によっては商品棚の位置を変えてもいいかもね」
「本当ですか? ありがとうございます! 」
小夏達営業にとって取り扱い店舗数を増やすことも大事だが、陳列棚のどの位置に自分達の商品を置いてもらえるかという事がとても重要になってくるのだった。
マネキン派遣のセッティングミスから始まり信頼を大きく失う場面だったが、店長が言うようになんとか結果オーライとなって安心して会社に戻ることが出来た小夏だった。