閻魔様の言うとおり?
「ありがとう…… まさかあなたに素直にこう言える日が来るなんて思いもしなかったわ」
・・・・・・
「ねえ? 聞いてるんでしょ? 」
・・・・・・
「や、やめてよね! またいつもの趣味の悪い冗談でしょ? …… 」
・・・・・・
「嘘!? やだ…… ちょっと! ズルいよそんなの…… ねえ!ってば」
ーー 半年前 ーー
「ったく、理由分かんねえよ! なんで俺がこんな目に遇わなきゃなんねえっつうの!」
駅地下の南北東西とさらに二つの通路が交わる広場の雑踏の中、田上涼太はベンチに腰を掛ける訳でもなく、壁にもたれて立つ訳でもなく漂っていた。
漂っている、そう表現するのが一番相応しいだろう。
遡ること二時間前、涼太の身体は救急車の中にあった、と同時に涼太の魂は六道の辻にあった。
「心拍数、血圧は異常ありません! 酸素飽和度異常なし! 意識はまだ戻りません! おーい! 聞こえますかーー! おーい! しっかりして! 」
ピーポー ピーポー ピーポーピー ポーピー
「あの…… どうしたらいいんですかね? 俺」
「私に聞いても知るかっ! 」
この世とあの世の交わる処、六道の辻で涼太の横に立つ奪衣婆は総務課の連中の仕事の遅さに苛立ちを顕にしている。
本来なら死んだ人間は三途の川を渡り、閻魔大王の裁きを受けてこの六道の辻にやって来る。そして総合受付で通行証を発行してもらい天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道とそれぞれ進むべき道へと向かうのであった。
しかし涼太はその段取りを一切踏まずにいきなり六道の辻に現れたものだから職員達は大慌て、責任の擦り合いをしているうちにとうとう三途の川の担当の奪衣婆が呼び出された始末だった。
「お待たせしました、確かに田上涼太さんは三途の川を通った様子はないようですね」
ワイシャツの腕の部分に汚れ防止の黒い腕当てを着けた痩せ型の中年男性が手に持った資料を見ながら涼太と奪衣婆の元に説明に来た。
「だから何度もそう言ってるだろう! 私が見逃す筈がないと、私が見てないのだからコイツは三途の川を通っていないんだ! それをお前達総務課の連中は」
「まあまあ落ち着いて下さい、川越さん」
川越さんと呼ばれたのは年の頃は二十代半ばの「学生時代は陸上部で走り高跳びをやっていました」と言われれば「なるほど~」と誰もが納得しそうな細身の体から手足がスラリと伸びた美しい女性だった。
「とにかく私のミスではないことがはっきりしたんだからこれで帰らしてもらう! 」
「で…… あのぅ…… 俺は?」
「知るかっ!」
「これこれ奪衣婆よ、そうカッカするではない、何か手違いがあったようじゃな」
気が付くと涼太達の足元に…… と言っても涼太に足は無かったが、そこには一体のお地蔵様が立っていた。
「なんだこの地蔵は? 偉そうに」
涼太が訝しげにお地蔵様を見ていると川越さんと総務課の中年男性は一歩下がって襟を正し、お地蔵様に向かって一礼した。
「これは閻魔大王様、ご足労頂きありがとうございます」