神の娘
気分転換に書いたモノです。
拙い文ですが、読んでいただければ幸いです。
デオン王国、王立学園の廊下は、現在、騒然としていた。
少女を連れた少年と、それを守るようにいる複数の少年。
彼等の前には、一人の、黒髪をポニーテールにして結わえた黒眼の少女が立っていた。
少女を連れた少年が、少女に向けて指を指す。
「ヘルミナ! お前とは婚約を破棄させて貰う! 彼女のお陰で目が覚めた! 俺は彼女――アイサ・グラジエナと結婚する!」
金髪碧眼の、精悍かつ端整な顔立ちの青年が、茶髪の、これまた愛らしい少女を胸に抱き、婚約者に対して怒鳴った。
彼の名はソロン・デオン。
この国、デオン王国の第一王子であり、王立学園の三年生である彼は、次期国王として即位することが決定している。
そんな彼が怒鳴った相手は彼の婚約者である、デオン国でも宰相の家柄である名家、エインズワーズ公爵家令嬢ヘルミナ・エインズワーズである。
常に冷ややかな笑みを湛え、眼は鋭く、学園では”絶氷の令嬢”とも揶揄され、遠巻きにされているが、彼女の信奉者も多い。
そんな彼女であるが、この状況においても変わらず、氷の様な笑みを浮かべているだけだ。
「……あら陛下、その娘と結婚したいと?」
彼女の目に射抜かれ、ソロンの腕に抱かれた少女――アイサと呼ばれた――が「ひぃ!」と声を上げ、ソロンに抱き着いた。
それを愛しそうに抱きしめ、ソロンはヘルミナを睨み付けた。
それと同時に、後ろに控えていた少年達が彼等を取り囲み、ソロンと同じくヘルミナを睨み付ける。
彼等はソロンと同じく、アイサを愛し、ソロンと結ばれたことを受け入れ、その剣にして盾であろうと誓った者達だ。
「あぁ、そうだ! そして自分の地位の為に様々な彼女に嫌がらせをし、彼女の友を死に追いやった貴様を許す訳にはいかない! お前は、法で裁かれる!」
「――ふぅん」
ソロンの声に、取り巻き達はそうだそうだと同意を示すが、ヘルミナはそう言うだけだった。
遠巻きで見ていた生徒達はしん、と静まりかえっており、誰も言葉を発さない。
その誰もが、ヘルミナではなく、ソロン達の方を向き、何処か疑う様な、はた迷惑そうな、驚きと困惑が混ざった顔で見ていた。
それには理由がある。
この世界では、神は『実在する者』として浸透している。
その神は、ある時には人々に神託を与え、ある時には死者の魂を冥界に送る、救済と試練を与える、冥界の神二ルヴァである。
その神の加護を、ヘルミナは受けているのだ。
その証拠が、彼女の持つ黒髪黒眼である。
ニルヴァの外見が、黒髪黒眼の老人であり、その神の祝福を得た人間は、かの神と同じ、漆黒の髪に、夜を溶かしたような黒眼を持って生まれるのだ。
そして、同時に神の声が周囲の者に聞こえるのだ。
ヘルミナが生まれた際も、同じだ。
『我が娘が現世に生を得たり。人の子等よ、我が寵愛を受けし娘に害なすこと能わず』
彼女が生まれた際、その声は全土に聞こえたと言う。
ニルヴァの言葉は直に王家にも伝わり、一歳になる頃にはソロンとの婚約が決まったのだ。
『神に愛された娘』と婚姻することで、王家の力を増そうと考えたのである。
幸い、彼女は自国の公爵家の令嬢であり、家柄は申し分ない。
故に、彼女等は幼い頃より共にあり、ヘルミナは王族になる為の教育を施されて来たのだ。
だからと言って、彼女等の間に恋愛感情があったかと言えば、答えは否である。
少なくとも、ヘルミナとしては『家の為』であり、そこに恋愛感情は無かった。
だからこそ、ソロンと会う時間も少なかったので、婚約破棄はありえることではあったのだ。
そして、生徒達が恐れたのは『婚約破棄によって神の愛した娘より、男爵家の娘を愛し、神を侮った』ことで神の怒りに触れるのではないかと言う事だった。
だが、言葉通り『恋は盲目』となっているソロン達にとってヘルミナは、『神の寵愛を受けた令嬢』ではなく、『自分達の愛する人を害した敵』なのである。
更に言えば、彼等は軽視していたのだ。
――所詮は人、と。
ヘルミナは、ソロン達に捕縛され、罪により、罰が下るまでの間、牢へと幽閉されることになった。
ヘルミナは一切抵抗せず、大人しく捕まった。
更に、ソロンによる命令で、衣服は其の儘、足枷を付けられ、食事は一切出されなかった。
王は渋ったらしいが、ヘルミナがアイサを虐めていた事を見ていた、と言う者が出たこともあり、ソロンの要望を通したのだ。
そして、今ソロンが牢獄の前に立っていた。
「……哀れだな。お前は『神の娘』だからと傲慢過ぎたのだ。……アイサを傷つけたことを後悔して死んでいけ」
そう言い放ったソロンは、俯いているヘルミナがどういった反応をするのかを待つ。
だが――
――クスクスクス。
聞こえてきたのは品の良い、だが相手を小馬鹿にするような笑い声だった。
ヘルミナは口を袖で隠し、此方を見上げて笑っていたのだ。
「――っ! 何を笑っているのだ貴様!」
ガシャン! と牢の柵を蹴りつけた。
だが、ヘルミナは答える事無く、笑うだけだった。
「……気味の悪い」
不気味に思ったソロンは、そう吐き捨てると牢を去って行ったのだった。
それから二週間、ヘルミナの処遇を協議する間、度々ソロン達はヘルミナの元を訪れたが、驚くべきことに、食事を与えていないにも関わらず、ヘルミナは痩せ衰える事無く、その怜悧な美貌を保っていたのだった。
牢に繋がれている事も気になっている様子は無い。
家族まで、不気味だからと寄り付かなかった。
牢を監視する衛兵達の間では、こんな噂まで囁かれるようになった。
――ヘルミナは神の娘などでは無く、悪魔である――
暗い牢の中、食事も取らず、疲れも見えず、平然と過ごしているヘルミナは、『神の娘』と言う神聖な存在などではなく、『悪魔』の様に見えたのだ。
そして、その時が訪れる。
「……おい、出ろ」
「えぇ。わかったわ」
衛兵に足枷を外され、無理矢理立たされたヘルミナは、其の儘馬車に詰め込まれた。
そして衛兵三人が見張りとして同乗した。
衛兵の一人が、睨み付け、ヘルミナに言う。
「……貴様は今日死刑になるんだ。しかし、いくらでも出てくるもんだな! 『神に愛された娘』だからと許されるとでも思ったのか? ――この毒婦めがっ!」
そう言って拳でヘルミナを殴り付けた。
ヘルミナは殴られた拍子に馬車の壁に顔をぶつけ、口から血が垂れ流れるも、平然とただ前を向くだけだ。
それどころか、衛兵の存在を気にする様子も無い。
「……このっ!」
「ちょ! 不味いって!」
そんなヘルミナの態度に、腹が立ったのかもう一度殴ろうと腕を振り上げた衛兵を別の衛兵が止めた。
その光景を見ようともせず、ヘルミナはただ真っ直ぐ、前を見ていた。
そして馬車が辿り着いたのは王都の広場だった。
死刑は、王国の広場で民衆に見せしめとして執り行われるのだ。
ヘルミナが衛兵に連れられ、馬車から降りるのを、大勢の民衆が見ていた。
だが、そんな場にいながらも、ヘルミナは動じない。
相変わらずの人を惑わす魔性の美貌に、精錬された所作は死刑囚とは思えない程だ。
枷を付けられる事無く、衛兵に見張られながら歩く姿は、まるで衛兵を率いる女王の様だった。
思わず、民衆達も魅入ってしまう。
デオン王国での処刑方法はギロチンだ。
勿論、広場の中央に、見目を重視したであろう巨大なギロチンが鎮座していた。
その近くには、デオン、その傍にいるアイサを筆頭に、貴族達の姿もある。
ヘルミナは笑うと、其処に向かい、歩を進めて行った。
ギロチン台の元に着いたヘルミナを、衛兵達が素早く台に固定する。
そして、代表してデオンが民衆に向けて語り出す。
「皆、良く集まってくれた! この女――ヘルミナ・エインズワーズはここにいる私の恋人であるアイサ・グラジエナ嬢に対し、数々の嫌がらせを行った! 更に、自らの信者を使い、彼女の友人であるイリアーナ・キリエス子爵令嬢を殺害した! そして国庫の資金を使い込んでいたのだ! 幾ら『神の寵愛を受けた娘』であっても、許せぬ事だ!」
その言葉に、一部の野次馬達からも「そうだ、そうだ」とヤジが飛んでくる。
それはいつしか反対する言葉を押し切り、その場にいる全員の口から、ソロンに同意する、ヘルミナを非難する声が発せられるようになった。
それを見回し、ヘルミナの口から一言、
「……フフッ」
笑い声が漏れた。
その透明で綺麗な、ガラスの様な声は、喧噪の中でもいやに響いた。
人々の視線がヘルミナに突き刺さる。
「――あ、あのっ!」
その空気を遮るように、声が上がる。
声の主はアイサ・グラジエナであった。
ヘルミナに向いていた視線が、今度はアイサに向けられる。
「どうしたんだい? アイサ」
ソロンが聞くが、アイサの視線はヘルミナに向いていた。
「ヘルミナ様、認めて下さい! 貴女がやったことは確かに罪です! イリアナも死んでしまいましたけど……でもっ! だからって死ぬなんて、それは逃げじゃないですか! ちゃんと、生きてっ! 罪を償うのが正しい方法なんじゃないんですか!?」
涙を湛えながら必死に訴えるアイサに、周囲の人間も皆涙を流して聞き入る。
特にソロンはアイサの肩を抱き、大事そうに後ろから抱きしめた。
「――フフフフ!」
だが、ヘルミナは心底面白い、と笑うだけだった。
「……やっていない事を何故認めねばならないのかしら? 覚えておきなさいアイサ・グラジエナ。因果は巡る。……今回は私でも、次は貴女かもね。他者を貶めた者はいつか絶対、報いを受ける」
そう言うヘルミナの覇気に圧倒され、場が静まり、誰も口を開こうとしない。
「じゃ、ここで宣言しておこうかしら。面白くなりそうだし。……『神の娘』として宣言するわ。……『この国は滅ぶ』。……どうかしら?」
「……っ! この女!」
その言葉に、反応したのはソロンだった。
「――早くこの女を処刑しろ! これは王族としての命令だ!」
王子からの命令に、衛兵達は慌てて刑を執行しようとする。
衛兵がギロチンを止めている縄を切る。
そして――
ガシャン!
そう音を立て、ギロチンの刃がヘルミナの首を切断した。
血が勢い良く飛び散り、切断された首が転がっていく。
民衆から発せられる歓声は、地鳴りを起こさんばかりだった。
だが、それを遮るように、
『――我との約束を破ったか人間。ならば汝等に苦難を与えん』
空から、全土に響かんばかりの荘厳で威圧的な声が聞こえた。
「……ぅん」
ヘルミナはその眼を覚ます。
眼を擦り、周囲を見渡すと、自分が豪奢な椅子に座っているのを理解した。
「目が覚めたか、我が娘よ。……人間としての生はどうであった?」
そして、目の前にいる人物を見る。
吸い込まれそうな闇の如き黒髪に、見る者を凍らせるであろう同色の眼、鋭い眼に年齢を重ねてはいるが端整な顔立ち、億劫そうに椅子にもたれ掛かる仕草は驚く程にヘルミナに似ていた。
まるで本当の親子の様に。
ヘルミナの目の前に座る人物こそ、人間達が信奉する神ニルヴァであった。
「えぇ、お父様。……そうね。短かったけれど、面白かったわ。……フフフッ、本当に人間は愚かで、醜くて、矮小ね」
そう言ってふわりと可憐に笑うヘルミナに対し、ニルヴァも愛しき者に対して向ける柔和な笑みを向ける。
「……だからこそ愛しい、だろう?」
「えぇ。人として生きてみたいと言う願いを叶えてくれて有難うお父様」
「構わんよ。……だが、ヘルミナよ。私は少しばかり人間に怒っている。……わかるな?」
父の言葉に、ヘルミナは頷く。
「勿論、私だって怒っていない訳じゃないもの」
ヘルミナは嵌められ、死刑にされたのだ。
当たり前だが、神であろうと相手を憎むし、怒りもする。
神は意外と我儘で自分勝手なのである。
「ならば、我が娘よ。全てお前に任せる。己が儘に、やるが良い」
つまりニルヴァが言っているのは――
「分かったわ、お父様。私の自由にやらせて貰うわ。……あ、頼みたい事があるのだけれど?」
デオン王国では、ヘルミナが処刑された後、アイサ・グラジエナ嬢がソロン王子の婚約者として公開され、学園の卒業をもって結婚する事となっていた。
教会では、民衆の一部が『神の娘』と神ニルヴァに祈るようになっていた。
貴族達の中でも、ヘルミナの友人や心酔していた者達が同じ様に祈っていた。
特に、彼女に心酔し、無実を信じていた貴族の令嬢達は学校にも行かず、屋敷の中に籠り、ヘルミナとニルヴァ神の像を造らせ、寝食を忘れて祈る程であり、学校でも問題になっていた。
学園の生徒会長であり、国の次代を担う王子であるソロンにとっても重大な問題であった。
「……どれ程の生徒が学校に来ていないんだ?」
ソロンは、同じ生徒会役員である、以前ヘルミナを糾弾した際に周りを取り囲んでいた男子生徒の一人に聞く。
その生徒も、苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「三年の女生徒が半数、二年生の女生徒も半数以上、一年生にいたっては殆ど、と言って良いでしょう」
「……そんなにか」
「えぇ。最早授業どころではないクラスもあり、現状はいる生徒合同で授業を行っている状況ですね」
先日処刑されたヘルミナ・エインズワーズ公爵令嬢は、ソロン達にとっては害悪ですらあったが、「ヘルミナ様」又は「お姉様」と呼び、心酔する女生徒は多かった。
実際、学校で起こる事件やいざこざを的確、かつ迅速に解決し、問題のある生徒の実家の悪事を生徒に影響の及ばない範囲で解決する等、彼女に助けられた者も多く、更には目立つ容姿、気高い性格、成績も良く、頭もキレる彼女に、女生徒の多くが憧れを持っていた。
派閥どころではない。
彼女が声を掛ければ、生徒の半分が彼女の元に集っただろう。
それが無かったのは、ヘルミナがそれをしなかったからだ。
「……民達の中にも、いつ『寵愛を授けた娘を殺されて怒った神からの罰』が落ちるのかと、怯える者が多い。……此の儘にしておけば何れ問題になりかねん」
「……ヘルミナの悪事が露呈したのに、ですか?」
「……逆だ。その全員がヘルミナの所業を嘘だと信じているのだ。『ヘルミナ様はそんな事をする方ではありません』と言ってな。それに、神の言葉があるからな。それが一番強い理由だろう」
そう言ってソロンが頭を抱えた瞬間、声が響いた。
「……人の子等よ、我が言葉を訊け。……デオンの国の人間、現国王ゼオン・デオンよ、汝の子は我が寵愛を授けし娘を、何の罪もなく殺した。それは許せぬ事だ。我が眼には偽りは通じぬ。故に、試練を与えよう。……我が娘を、汝等を罰す為に派遣しよう。抗えるならば、抗うが良い」
その声はこの世界の人々が信仰する神、ニルヴァである。
そして、その神が断じたのだ。
ヘルミナに、何の罪も無いと。
また、それに怒っており、自らの娘を差し向けてくると言っているのだ。
当然、王や貴族達、民衆に至るまで、慌てふためいた。
国王は直にソロン、アイサ、その取り巻き達を招集した。
「……お主等、此度の招集の件、理由は言わずともわかっておるな?」
普段怒らず、ソロンのやりたいようにさせる国王デオンであったが、今回だけはその眉間に深い皺を刻んでいた。
「「「……はい」」」
見た事も無い国王の剣幕に、息子のソロンでさえ慌てて頭を下げる。
だが、ゼオンはそれを一瞥もせず、深く深く溜息を吐いた。
「……やはりあの時しかと調べるべきであった。……私の失敗だ」
そう言ってソロンを見る。
「……私も、お前も、責任を取らねばならないだろう。私は退位し、ソロン、この時を以ってお前が王となれ」
「――っ!?」
ざわり、と場が一気に騒がしくなった。
周囲にいる臣下達からも考え直してくれと声が上がる。
だが、ゼオンの眼には絶対に意志は変わらないと言う覚悟が宿っていた。
ソロン本人も、いきなりの事に呆然と口を開けるだけであったが、アイサがその袖を掴み、引っ張った事で我に返る。
驚き、チラリとアイサを見たソロンに、アイサは淡く微笑む。
ソロンはそれに微笑み返し、アイサの手を握ると、覚悟を決めた眼でゼオン国王を見上げた。
「謹んで拝命致します。必ずや、この国を栄光へと導いて見せます!」
そう言うソロンに、ゼオンは満足気に頷くと、王座から立ち上がった。
「―—では戴冠の儀を今より始める! 主要の者は集まっておるしな。 準備をせよ!」
「「「――はっ!」」」
ゼオンの言葉に、臣下達は慌ただしく仕度を始め、数刻後には戴冠の儀の仕度は整っていた。
異例の事ではあったが、臣下達は最善を尽くした。
「……では、ソロン・デオン。前に」
「はっ!」
宰相の言葉に、ソロンが王座の前に歩み出る。
その顔は晴れやかであった。
そして、その頭に王冠が載せられる。
そして、それを見守っていたゼオンが宣言する。
「今、この時を以って、我が子ソロン・デオンが新しき王となる! ――ソロン、挨拶せよ」
ゼオンの言葉に、ソロンは後ろに控えていたアイサを呼び、寄り添う。
「この度、王となったソロン・デオンだ! まだ若輩ではあるが、我が命に懸けて、この国を豊かにすることを誓う! 我が愛するアイサ・デオンと共に!」
ソロンの宣言に、その場にいた皆が涙を流す程に感動し、拍手をする。
見た者全てが感動するような光景であったが、それを邪魔する者がいた。
「――あら、なら命を懸けて貰いましょうか。ねぇ? ソロン・デオン」
一斉に、声の主を探す。
だが、ソロンは、アイサは声に聞き覚えがあった。
「……まさか、この声!」
「まさか!?」
その声に応える様に、広間の中央の空間が捻じ曲がり、そこから一人の人物が現れた。
夜の様な深い闇色の髪に同色の鋭い眼。
「お久し振りね、ソロン・デオン。それとアイサ・グラジエナ」
「何故生きている!? ヘルミナ・エインズワーズ!」
そこにいたのはヘルミナであった。
だが、着ているのは以前愛用していたドレスとは少し違う、少し露出度の高い衣服であり、身体より巨大な鎌を箒代わりにして宙に浮いていた。
その雰囲気は以前とは相違ない。
だが、得体の知れない気迫が放たれていた。
死者の出現に、貴族達は騒ぎ、騎士達は剣を抜き、構える。
「あら、死んだわよ? 貴方達が殺したんじゃない。……ゼオン・デオンは、私が来た意味がわかるわよね?」
尊大な口調で、ヘルミナはゼオンに聞く。
騎士や貴族の間から、「無礼だ」という声が聞こえるが、ヘルミナはそれを無視した。
「……『神の娘』、か。……まさか実の娘だったとは」
俯き、絞り出すように呟いた言葉が正解だった為、ヘルミナは満足気に頷いた。
「人として生きてみたかったの。だって、愉しそうじゃない?」
クスクスと楽しそうに笑うヘルミナを初めて見たソロンは、一瞬見惚れそうになるが、気を取り直して、
「何をしている! 早く殺せ!」
そう命じる。
兵士達も命令に応じ、弓を構え、魔術を使える者は魔術を詠唱し、攻撃するが、
「あら、一度ならず二度も殺すの? ま、良いけれど」
億劫そうに振り払った鎌から生まれた暴風が、全てを切り裂いた。
矢が、槍が、剣が、魔術が、ヘルミナに到達する前に消え去った。
「――なっ!?」
「馬鹿な!?」
驚くソロン達を見下ろしながら、妖艶な笑みを浮かべるヘルミナ。
指をパチン、と鳴らすと、床に魔力の塊が現れ、そこから異形の者達が現れる。
後ろ脚の無い馬に乗った死霊騎士、鎧を着た骸骨、襤褸布を被った骸骨姿の死神、竜、巨大な狼、更には神々しい光を放つ天使、鎖に繋がれた光る巨人等々……。
正に、驕った人間を罰する為に神が率いる軍勢である。
それが、王座の間に所狭しと現れたのだ。
その場にいた人間が、腰を抜かし、呆然とするのも致し方無いだろう。
「――フ、フフフ、フフフフフフフフフ!」
それを見て、ヘルミナは嗤う。
心の底から、嬉しそうに、愉しそうに。
人として生きれるはずだった分を取り返すが如く。
そしてソロン達に、言った。
「さぁ、神の試練よ。言ったわよね? 『この国は滅ぶ』って」
ゆっくりと鎌の刃を撫でる。
鈍く輝く鎌は、まるで命を求めているかの様であった。
その艶やかな唇がゆっくりと、溶かす様な声で言葉を紡ぐ。
「――頑張って抗って見せなさい」
結末はわざと書いておりません。
ご自由にご想像ください。
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