第3層「錬金術式練成《アルケミクリエイト》」
牛と豚の押し合いへし合い事件から1週間が経った。
翌日とその次の日は、本当に大変だったとしかいいようがない。
100mに渡っての牛と豚の魔物の処理と、それが終わって気付いた迷宮管理で奴らを最小化して、処理をすればよかったという考えを思いつかなかったことに泣きそうになったが、迷宮内での出現最大数を指定してそれ以上は行かないように設定した上で、そこからこの世界の時間を調べたり、迷宮創造の上限を調べたりという1週間だった。
その上で分かったのは、迷宮創造で作り得た領域が分かりづらかった。なので、ノート上に表示されるように迷宮を上から見下ろしたマッピングに色分けさせる形で迷宮空間とそうじゃない空間にして確認をする方法に切り替えた。
その上で、分かったのは一番最初に発動された範囲は、入り口から最奥までの空間が迷宮空間でそれ以外は適用されていないとわかった。
意識して魔力を注がない状態での発動は、空洞になっている部分だけしか作用しないとわかった俺は、それを踏まえた上で今度は自分の部屋の間取りのイメージをして魔力を流し終えたと同時に発動してみると力が抜ける感覚がした後で、ノート上のマッピングも迷宮空間がだいたい俺の部屋の間取りほどへと色づいた結果になった。
更なる検証ということで、実際に迷宮管理で砂地にした後、アベさんと一生懸命掘り抜いた後に見ると、きちんと自分の部屋の間取り分が砂状になっていてその範囲で彫れたことで確証に至った。
これが迷宮創造における魔力の比重というものだろうと思った俺は、自分の部屋の間取りや、記憶にある中学の頃のグラウンドの大きさなど自分がはっきり思い出せる見た目から思い浮かべながら、それに一致するまで魔力を込めるといったことで発動させる方法をとった。
結果、洞穴サイズの迷宮空間は球場4つ分作ったところで発動ができなくなり、レティーナ様に付与してもらった分を使いきることになった。
使いきっても、迷宮の規模が大きければ大きいほどに俺の魔力が迷宮内を循環して自然回復や容量が増えることになるので、じゃあこの際にとこの世界にきてから気になっていたことを済ませるために部屋へ戻ってきた。
きっかけはあの押し合いへし合いの魔物を狩って手に入れた素材の匂いで気づいたことだ。
それは、時間の経過である。
日時計を作ったり、実際に外に出てガラケーの時間表示で1時間の計測したり、そこから日の出から日の入り――そして、また日の出までという地道な作業を行った結果分かったことは外の時間は1日24時間だった。
ちなみに、亜空間内は時が止まっている印象があった。
それはなぜか――冷蔵庫の中に収めた肉やうどん、そしてそれをまな板の上に放置した状態、また皮を倉庫に納めた状態と外に出してある状態というそれぞれの状態による計測をしたのだが、全てにおいて結果は変わらず腐ることも強烈な臭いを発することもなかったのである。
TVか何かで知ったことによれば、菌が繁殖せずに停止していることになる。 これは状態が保存された感じになってるんじゃないか、と結論付けた。
増加したり、状態保存されたりとつくづく不思議空間だなと思った。
この辺の原理はまたレティーナ様に会った時にでも聞こうと、メモを残して時間のことは調査完了ということになる。
そうして魔力回復までの時間まで暇になり、そういえば最近休んでないなとその日は結局休日にして部屋でここにくる直前までやっていたゲームの続きをした。
ちなみにゲーム以外でも、ゲーム用にと買った42型の薄型TVやゲーム機のDVD再生で友人のオタクから結果的に借パクしたローブオブザリングシリーズを鑑賞したりした。
再生できるかなと試していたところにアベさんが何しているの?と首を傾げたので、使い方を教えた後にアベさんとそのまま鑑賞したのだが、異世界生まれのはずのアベさんが、すごいハマっていた。
転生とかそういう類の存在なのだろうか?アベさんは。
そして翌日には、今度は物質における迷宮創造の実験も行なった。そこで試したいことを確認したかったんだが、実証ができた。
これはアベさん護衛の下、条件である5mほどの大岩がある場所まで連れてってもらい、迷宮創造の力を使って分かったのだが明らかに大岩の外見とその中の広さに矛盾があったからだ。
それはまるで、まるで異次元バッグのように。
つまり条件さえ合えば、中は俺の魔力に比例してどれだけでも広げることができることになる、と分かった。
チュートリアルの迷宮と大岩までそう場所が離れていないこともあるので、何かに使えるかと思った俺は外見から分からないように隠蔽して入らせないルールを書き込んで、放置しておいた。
これで迷宮創造はある程度は理解できた。
迷宮管理に関しては実際使う機会が多いのでこれから試していくことにして、休日空けの今日からはいよいよ錬金術式練成の力を試すことにした。
パソコンの亜空間レイアウトソフト自称『アレ』を使って押し入れをコンテナ倉庫サイズに拡張して作り出した中には牛と豚の皮がいっぱいであるので、布製品の素材には事欠かないだろう。
外が小雨の降りしきる中、迷宮内で空間作成実験で作り出した自分の部屋の間取りサイズである『作業室』のテーブル前に陣取った俺は、錬金術式練成のための準備に取り掛かった。
ちなみにアベさんはおそらく俺の部屋で25《トゥエンティファイブ》のDVDを見ているか、寝ているかしている。どうやら今日の狩りは雨天中止のようだ。
ま、あの海外ドラマはいい暇つぶしになるしちょうどいいかもな。
さて、錬金術式練成は、血と魔力が必要なのだが別に腕切って血を出すようなこともないようなので、素材とイメージできるものがあればいいということもあり、狩りで得た牛の皮と豚の皮を重ねて置いて、その上にあらかじめ下手な絵を描いたノートの一ページ分の紙を置いておく。
今から作るものは、肩掛けカバンだ。
肩掛けで中の奥行きがある一般的なものだが、この後薬草など山菜系を集めるため用なのでいっぱい入るように奥行きを広くしてある。
これは大岩まで出歩いた時に草を見てそういえば迷宮といえば、ポーションだなという着想だったが、後々それらを採取するためにこの錬金術式練成で試験的に作る一つ目として選択した。
「よし、錬金術式練成 "肩掛けカバン"!」
両手をデザインした紙に翳して、力を発動した。
自分の中から抜ける何かが迷宮創造の比ではない感じがする中、慣れた魔力が抜ける感覚とは別に感じる不快感を感じながらも集中する。
無色透明の光に包まれた素材とデッサンの紙は溶けるように合わさっていき一段と強い光を発するとそれが次第に落ち着きを見せていく。
そして、目の前には俺のイメージしたカバンがあった。
「よし、成功だ!」
そうして俺はそれを持って中の奥行きを確認しようとしたが、開く部分がまるで縫い付けてあるように開かなかった。
「あれ?」
不思議に思った俺は、しばらく手に取ったりじっと見たりして考えた。
たしか、ちゃんとイメージできるように片紐もカバンの部分も描いたはずだけど……うーんうーんとしばらく考えると、開閉とか機能を書いてなかったことに気付く。
レティーナ様からは具体的にと言われていたが、それは開閉式であるとかも書き込むことだろうかという考えに至ると、物は試しということで鍵のゲート機能で亜空間の素材倉庫から改めて牛と豚の皮を取り出して、今度はきちんと開閉式と念のために寸法も雑誌に書いてある寸法を参考に少し大きめに書いておく。
紐の部分は幅を5cmにして、ちょうど腰の長さに合わせた。
カバン本体は幅が40cm、奥行きは15cmくらいにしてそれなりの大きさにしておく。
柄は自分用なので別に気にせずに白とかにしておく。
見た目は完全に中学生が使うような肩掛けカバンだ。
「これで成功してくれよ、錬金術式練成 "肩掛けカバン"!」
力を発動させると、先ほどよりも余計に力が抜ける感覚が襲ってきて、光が収まると体がとても重くて、貧血なのかすごいクラクラする。
完成を見てみると、今回は成功したようで想像通りの肩掛けカバンができた。
「よ~し!……しかし……疲れるなこれ」
俺はパタンと横になり、しばらく休憩することにした。
そんな中で考えると具体的ってのは寸法やらどういう機能があるのかというものだと気づいた。
他にも色々試したいけど、しばらくは失った血やら魔力のために休憩することにした。
次の日は、アベさんを連れて俺が最初に来たあたり周辺の散策に出た。
試すのは薬草作りというか、ポーション作成だ。
『迷宮と言えばポーション』はジャスティスだ。
個人的には先日のこともあるため、増血剤になりえる何かがあればいいのだが、今のところは肉を食べるくらいしかできない。
たしか、内臓系か?……いや、やだなあれは。
まぁ、ポーションできたら試してみよう。
必要になるであろう薬草は、アベさんがこの森に暮らしているということで
そういうのがあるかどうか分かるのは助かった。
俺にはどうみても雑草にしか見えない緑色の草を、昨日作ったかばんに入れていく。
「ポーションを作るなら、水と薬草ってのはなんとなく想像がつくけど……それが一般的かどうかはわからないからな~。ま、試してみればいいか」
ぶつぶつとそんなことを呟きながらも、順調に薬草らしきものを採取して行った。
午後までカバンいっぱいになる量を採取して、昼飯のここ最近すっかりおなじみになった素うどんに肉を入れた肉うどんを食べる。
今じゃ慣れたものでアベさんの狩ってきた魔物や迷宮内の食用魔物の肉も問題なく食べられるようになった。そして休憩を挟み、午後からは早速ポーション作りに取り掛かる。
空の500mlペットボトルに入った水道水と薬草と、ポーションの効果は回復と書いた上で見た目を具体的に書き込んだノートの紙を置いて発動させる。
カバンほどの力を使ってないのが分かった。
「よし…………ん?」
光が収まってそこを見ると、500mlに何か緑色の液体が入ったものが現れた。
「…………なんか緑茶みたいなものに見えるな」
効能を確かめるために、匂い、味と確かめてそこまで悪くないものだと思って手元の包丁で手の甲を勇気を持って傷つけた上でその上にできたポーションを少し垂らした。すると、たらーっと垂れていた血が砂のようにサラサラとしたものとなり下に落ちて傷口はすーっと消えていくのが見て取れた。
「お……一発成功?」
気をよくして、自傷行為をする人が如くいろいろ自分の腕に傷をつけていって、その都度垂らして効果を見ると全て良くなっていくのが分かった。
「うん、よさそうだな」
あとはこれを薬草の本数単位で効果実証をやっていけば材料も軽減できると思う。
「よしよし、ペットボトルはいただけないけど…………ひとまず完成だ!」
と、ここで俺はふと思った。
「迷宮内に鑑定スキルみたいに見た瞬間に分かるほうがいいよな」
そう思いついた俺は、チュートリアル迷宮のノートを取り出して書き込んだ。
"創造主が作り出したモノは、以下のように表示されて、それぞれ名、効果、説明が付与される。
【アイテム情報】
------------------------------------------------------------------
アイテム名 :
効果 :
アイテム説明:
------------------------------------------------------------------
"
書き終わって改めてペットボトルのポーションを見た。すると――
【アイテム情報】
------------------------------------------------------------------
アイテム名 :緑のポーション(445ml)
効果 :外傷回復(小)
アイテム説明:小さい傷を治す効果のあるポーション
------------------------------------------------------------------
というのがアイテムの上に重なるように表示された。見た目は完全にAR表示のようだった。
445mlって。
やっぱりポーション用の瓶は必要そうだな。絶対ここでファンタジー要素を潰しているし。しかし、自動的に緑のポーションってアイテム名になったな。
色で効果が分かれるのかなと思いながら、思ったことをメモ用のノートに書いていった。ラベルを作ってそれに合わせた表記にしようかなとか色々考えながら、ひとまずの錬金術師っぽいものを完成させた。
それからさらにポーションの検証や新たなものを作る準備のために2週間ほどが経った。
その間、最初にやったのが増血剤作りだった。
魔力は迷宮の規模がよかったのか、比較的に余裕はあったが俺の血液の量が足らないことですぐに貧血する事態が起こった。それを解決するためである。
ちなみに素材は、狩ってきた魔物や牛や豚の魔物の内臓だ。エコは大事だが、味は完全にあれなので、ここでは感想を差し控えさせていただく。……うぷ。
そんな苦労もあったが、色々な試行錯誤で錬金術式練成の実験は休みなく行われていた。今は、ポーション実験が一段落がついたため次に作り出す物の準備が終わったので、早速それを作ることにした。それとは魔武具である。
といっても、武器と呼べる素材は包丁しかない。
ちなみにあれからのポーション類だが、色々と配合率を確かめるうちに草の本数と魔力配分によって回復量と色が関係しているようだった。
傷薬の他に回復系統の2種類と増血剤を作ったが、傷薬を例としてあげると緑が一番低い効果を示して順に黄緑、黄と大きくなった。
回復効果で言えば小、中、大と表示されていたのだ。
採取した中にあった紫色の薬草を見てピンときたのでそれでやってみたら、魔力草だったらしく配合してみた結果青系統の色で魔力回復効果があることが分かった。水色→空色→青だ。
ちなみにここでさらにピンときた俺は、赤い草を探してそれを配合した結果、疲労や体力回復の効果が現れた。桃色→薔薇色→赤の順番である。
つまり、黄が傷、青が魔力、赤が体力という三原色に当てはめたものだった。
それぞれに必要な草は本数によって決められているようで、魔力を込めれば補うこともできるがなるべく効率的に行ないたいと思っているため、どこかで手に入るならもう一つの素材である水道水以外の純度のいい水を使ってやってみたいところである。
そして、現在はと言えば魔武具を作るために包丁以外で色々用意しているところである。火属性を持つ包丁――『火炎包丁』だ。材料は包丁と自称・火魔石である。
火魔石を作る上で必要なのと、初日の失敗をなんとかしたいのと自分が魔法を使いたいために新たに作ったのがある。
その1つが迷宮魔法というもので、外では魔素が原因で魔法が使えなくなったそうだが、ここでは俺の魔力が迷宮内を循環していて、なおかつ自分のルールで扱える様に迷宮魔法というタイトルを書いた新しいノートを作った。回数制限を考えればと新たにノートを作ったのだ。
その魔法の第一弾がファイア(仮)で、放つこともできるが、手元に集中すればそこに宿らせるといった効果のある魔法だ。
それをそこらへんの石に込めて発動してまるで溶岩が熱を持っているような感じの赤色の火魔石を作った。
魔法に慣れるためにあえて、自力で魔法を込めて作ろうとしたが、出力の加減により火傷に次ぐ火傷の荒らしだった。迷宮内で行い、迷宮用のルールさえ追加しておけば手が炭化してもすぐに元に戻るのだが、失敗の戒めとして痛覚を抜かなかったのは、思えばかっこつけすぎなような気がしたが、後悔はなかった。
そんなわけで俺は今、魔武具『火炎包丁』を作るつもりでいる。
実はすでに三個目の挑戦となる今回だが、自信はあった。
それまでの失敗は刃の部分が火魔石になったり、手と柄が融解してくっついて俺の手が包丁といった謎仕様と散々な目にあったものだ。
痛みに耐えながら引き剥がしたのはいい思い出だった。
しかしそんな失敗や、魔力操作の熟練度による手ごたえやポーション作成での魔力の対価配分の経験によってそれは裏打ちされているとも言える。経験に勝るものはないと俺はいざ!っと言う気持ちで発動した。
「錬金術式練成"火炎包丁"!」
光とともに、だいたい4割の魔力と2割弱の血液を対価にした力が素材たちを包む。ずっとやってればどれくらい減ったかというのも分かるものだ。
やがて光が収まると出来上がったという核心を得られた。
出来上がったものを手にとって見てみる。
【アイテム情報】
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アイテム名 :火の火炎包丁(定価498円)
効果 :振るうと火属性の攻撃
アイテム説明:火の属性を纏った包丁。
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よし。
よし!!
火傷の思い出は伊達じゃない!
…………定価の部分は抜きにしても、きちんと出来上がった。
試しに振るってみると、ぶおっという音とともに火の軌跡を残したことは素直に感動した。
あとゲームでなら攻撃力表記が出るのだが、ゲームじゃないのでそこは割愛した。
でも、見た目はいかにも熱を持ってますよといわんばかりの朱色の刃をしており、日の光を受けて照らされたそれは、なんか綺麗だった。
柄の部分には魔石が埋まっており、これの濃さであとどれくらい使えるのかが
分かるようになっている。つまりは回数制限付である。
永続効果なんてしたら、今の俺ではどんなことになるのかわかったものじゃないのと、侵入者が宝箱から運よく魔武具を手に入れて使用し、魔武具の回数が切れたら普通の武器に戻るので、また次回もきてもらうためにという思いもある。
ここまで、錬金術式練成を何度も失敗することによって分かったことだが、必要素材の比率とデッサン力、想像力や具体性が伴われるものだと分かった。
そして対価となる魔力と血液量の比率も大事だ。あとは込めたい割合を頭の中で描けばそれが力となって発現する感じだった。
武器を1からイメージにより作るには鉄鉱石などの鉱石が必要そうだと考えると、防具などは魔物の皮のランクが必要になってくる。
と、すれば再生のオーブが生み出す魔物の質を階層を下げるごとに上げていき、鉱石の質も上げてその素材の品質を集めて作っていければ錬金術式練成で作られる魔道具の品質も上がるだろうと思っているんだが。
今確実に決まっているのは、迷宮を1階層作る毎にその階層を実際に歩いていき、魔物を討伐して下の階層へと思っている。それは俗にいう迷宮のクォリティーというかテストプレイとかいうやつが目的だが、異世界に来たのなら迷宮攻略をするべきだと思う。つまり迷宮といえば攻略というジャスティスだ。
ノートでしかマッピングできないようになっているし、ルールで忘却などもできるので、きっと新鮮な気持ちで攻略ができそうだ。
まぁ、俺的にはサービスの品質を確かめる作業と自分のためでもあるが侵入者という名のお客さんにとっては、命懸けの宝探しで、あるので宝箱にその命を賭ける価値があるかは俺次第になるわけで、俺としてもその上でどれほど間引けるかというのが今後の課題といったところだ。
そんなことを考えつつも俺は作業室を掃除すると、入り口へ移動してそのまま背伸びをしながら次の予定を言い放った。
「よーし。明日からは迷宮内作業だー」
迷宮作成は未だ始まったばかりである。