第1層「熊さんに出会った」
「よし、ひとまずはこれでいいな」
満足な部屋のレイアウトを終えた俺は見渡してみる。
レティーナ様との打ち合わせ後戻ってきた俺は、まずは自分の部屋の編集に取り掛かった。
各家電がきちんと使えるか?から始まり、もらったDVD-ROMでパソコンにインストールして操作方法に苦戦したが、なんとか自分の理想的な住まいになった。
――といっても、そこまで変わってない。
しいてあげるならば、バストイレ別にしたり、洗面所を追加したり、少し部屋を広くしたくらいだ。
パソコンはあまり得意じゃないが、本棚にあった『ミドリムシでもできるPC』片手に頑張った。
広さ以外どこから見ても俺が住んでいた家って感じだが、カーテンを開けてベランダに出るとそこから先はただ真っ白な空間が広がるのみで、以前は垣根を越えた先にあるはずの道路とその向かいにあるコンビニがどこにもない。
それを見て思ったけど、この亜空間というところはどれくらいの広さがあるんだろう?ベランダの仕切りを取っ払った時に一歩外へ出てみたが、下はレティーナ様がいた時のように硬質な石の質感をしていた。この空間を徹底的に歩いてみたいがもし、歩きまくって遭難にでもなったら嫌なのでさすがにそこまで追い求めはしない。
この真っ白の空間もとある理由で現在は変えることができない。
いや、ちょこっと変わったがそれ以外今のところいじらないといったところか。後々落ち着いたときにでもいじってみようと思っている。
さて、そんな中の家具やらテレビといったものは一切移動しなかった俺に、それをしなかったがゆえに襲ったある衝撃的な現象が待っていた。
それは一通りの確認を終えてひとまず落ち着いた俺が、飲み物がほしくなり冷蔵庫で麦茶ポットを取り出すことに端を発したものだ。
喉が渇いたと冷蔵庫の扉を開けて問題なく冷やされていることにほっとした俺が、早速麦茶を飲むためにもう後コップ1杯分くらいしかない麦茶ポットを見てふと考えた。
"もう1つ分くらい欲しかったな"
そんなことを考えながら飲んで麦茶ポットの中身を新しく変えて元の場所に戻そうとしたその時、まだ手元にある麦茶ポットがなぜか冷蔵庫に納まっていた。しかも、あの時取り出した1杯分の麦茶が入った状態で。
軽くホラーである。
「あれ?」
そんな声を出しながらボケたのかなと思いながら右手を見ると、やはり麦茶ポットは取っているようだ。しかし、冷蔵庫にも麦茶ポット。
……。
行動あるのみだと、右手の麦茶ポットをそばにおいて冷蔵庫の麦茶ポットを取り出す。すると、なんの音もしないまま一瞬でまた冷蔵庫に収まっていた。
計三つになってしまった麦茶ポットを見ながら結論付けることにした。
なるほど、これはつまり冷蔵庫の中身が増殖するという不思議なものになったのか、と。
物は試しと、冷蔵棚に置かれたうどんの麺をもう1つ増えないかなと取り出してみる。するとやはり麺も現れた。食料が増える喜びに胸を熱くすればいいのか、はたまたこれが伝説のFF4の増殖法『た5』だと絶賛すればいいのかわけが分からない状態だった。
ほら、早く閉めろよとでもいうように、ブーンという冷蔵音がするのも構わずに一通り試したところ、どうやら"増やしてほしいな"と思えば増えて、そのまま取り出せればいいなと考えて取り出すとそのまま増殖せずに取り出すことができると気付くことができた。
「不思議な冷蔵庫になったもんだ」
ちなみに麦茶ポットの中身を増加とかというのはできないようで、1杯分の麦茶を何度か取り出して、その中身を移し変えてという苦行を行なうことで、ようやくポットいっぱいになった麦茶を冷蔵庫に収めることができたのは言うまでもない。
空いているプラスチック製の麦茶ポット群はまた何かの素材として使うかもだし、押入れにでも保管しておこう。
そんなことをやっているうちに今度はお腹が空いてきたために、麦茶ポットが置かれている冷蔵庫のポケットに入れてあるめんつゆを取り出して不思議な増殖法を使って麺を増やして、素うどんを作ることにした。
ちなみに食料はそれくらいしかない。包丁の入っている戸棚の米びつは、3,4粒しか米が入っていない現状でこれに増殖で時間をかけるのはちょっとあれだと思った。
めんどくさがって、注文サボるんじゃなかったと後悔をしながら俺は、できた素うどんをすするのだった。
そして、お腹が落ち着いたところで迷宮について考える。
「まずは、異世界に出て迷宮によさそうなところを探さないとな」
思い立ったことを実践するため、玄関から異世界へ出ることにした。
もらった鍵をジャージのポケットに入れ、リュックにノートとペンや麦茶が入ったペットボトルを入れて、念のために戸棚の包丁を片手に装備する。
上下ジャージ姿で包丁を片手にリュックを背負った現実では不審な人物と化した俺は、警戒しつつ、玄関口から外に出ると外は嗅いだことがない空気というか香りに鼻を撫でた。そして、視覚的に見ればそこは木ばかりの空間が広がっていた。
空を見ると、まだ日は中央に差し掛かったところだった。
慌てて部屋へ戻って時間を見ると、今は13時くらいだったのだが果たしてこの辺はこの世界と同じなのか不思議である。まぁ、今はいいか。
見渡して察するに、ここはおそらくは森の中といったところだろうと感じた。
獣道も何もないので、人がいるようなところじゃなさそうだ。
人どころか周りを見ても、小動物さえいない感じだった。
たしかなんかの懸賞で当たったいらない双眼鏡があったのを思い出した俺は、
また再び部屋に戻り双眼鏡を首から下げて改めて、異世界の森を観察してみる。
双眼鏡から見る森の中はやっぱり生物が居る様子は感じられなかった。
ん?
「なんかあっちのほうに崖が見えるな」
チラりと見えたそちらへ双眼鏡を向けると、やはり崖がありその上には森のような木々が立っているのが見えた。崖になっているということは洞窟の入り口もあるかなと判断して、俺はそちらへ向かうことにした。
変に動き回らずに真っ直ぐ歩いたことが幸いだったのか、10分ほど歩いたところで崖になっている岩山まで着いた。扇を中央から目一杯開いたような岩山は高さが20mくらいありそうだ。歩いていて気付いたがあるところから坂を下る感じになっていたので、どうやらここらへんは地盤が沈下したようだった。
俺は早速迷宮に合致しているかを探るため、岩肌沿いを西へと移動した。
すると、崖の中央付近で洞穴のようなものを発見した。
「あの洞穴、もしかしたら練習にはうってつけかも知れない!」
そんなことを思った俺は急いで洞穴へと駆け寄った。
洞穴の入り口に着いた俺は、1つのことに熱中したらそれだけになってしまう自分の欠点をまるであざ笑うかのように出てくる大きな熊を見て後悔することになった。
しまったやられる!
と思い、死にゆく後悔とレティーナ様への謝罪とともに勢いで目を閉じるもやがてくるだろう衝撃はこない。こうバサっときて、瞬殺エンドを覚悟しているんだが……。
何も起こらないことに不思議に思いながら勇気を持って片目を開けると、そこにはどうした?とでもいうかのようにぽつんと立ち尽くした銀毛の大熊が俺を見ていた。その目には明確な知能を感じるかのようなものがある。
「あ、えと…………はじめまして」
なぜ俺はぺこっと熊に挨拶しているんだろう。
「ガウ」
そして、なぜこの熊はシュタッと鋭い爪を持った右手上げて挨拶するかのようにしているのだろう。不思議いっぱいな俺はしばらく熊とお互いにお見合い状態でその場に立ち尽くす。
しばらくして、気を取り直した俺は襲ってくる様子もないのにこちらから刺激してはあれだと、ひとまずさっきのはじめましてという文言で言葉が通じると理解してここに来た経緯を伝える。
「ガウガウ」
と言いながら腕を組んで納得したという様子を見せた熊……熊さんは洞穴から出てこちらをじっと伺っていた。
これは気を遣って出てくれた?
攻撃されないという自己解釈により俺は入り口から少し入ったところで、早速力を発動できるか試すことにする。穴の中がどうなっているかは分からないが、物は試しと手を地面に当ててそういえば、迷宮名はどうしようかと考える。
練習――というフレーズからチュートリアルという連想を行い俺は試すことにした。
「迷宮創造 "チュートリアル"!」
すると薄っすらとした白い光が洞穴の奥へと浸透していくかのように広がっていき、それと同時に俺の中から何かの力が抜けるような感覚を感じる。
これが魔力が抜ける感覚かなと思いながら、やがて光が収まったのを感じた俺は立ち上がる。
「成功かどうかは次の迷宮管理を試せば分かりそうだな」
という思いつきで不思議そうな視線でこちらを見ている熊さんに構わず、リュックに入れておいたノートを取り出して"チュートリアル"と書いて迷宮管理を発動させる。真っ赤な光がノートを包みしばらくすると、消えた。
ちなみにノートは、机の上で冷蔵庫同様に実践し増殖法で増やしたものだ。
"チュートリアル"ノートに、岩を砂以外にする試したいことを一応それっぽく記入する。
"迷宮創造主がファイアと言うと、掌から拳大の火球が飛び出る。"
できたての迷宮に入り、迷宮空間に入ったと思える場所で手を洞穴の奥へ向けてファイアと叫ぶ。その瞬間――
「あちっ!」
手が火傷するかのような熱さを感じたと思ったら、拳大の火の球が奥へ向かって飛び出したのを見て、ヒリヒリする右手を振りながらも効果が実証できたことによって確証に至った。
…………条件付けってのは必要だなと。
だけど、俺にも魔法が使えた!と俺は嬉しさのあまりにありえないことをしてしまった。
「熊さん!できたよ!」
そう言いながら後ろで様子を伺っていた熊さんにそのまま抱きついてしまう。
馴れ馴れし過ぎたかと一瞬、体が緊張でビクっとなるがそんな心配はいらないかのように優しく背中をポフポフしてくる熊さんだった。
熊って雑食なはずだし凶暴なはずと不思議に思うが、気にしないことにしてしばらく熊さんのもふもふを堪能して入り口でまったりする俺は、余裕がなくてよく確認してなかった熊さんを改めて見ることにした。
太陽の光がその毛に吸い込んで輝くような銀色の毛並みを持つ体長2mくらいでがっしりしている体格と、目はきちんとした理性を持っているとでもいうような感じがするため、俺は熊さんが熊の獣人かな?とか考えるが、それよりも何よりも、理性があり襲うことがなく力が強そうなこの熊さんを俺は気に入った。
なので、
「なぁ、熊さん。迷宮を作ったり、管理したりするのを手伝ってほしい。俺が住んでいる部屋の横に、熊さん用の部屋を作るからさ。……よければ仲間になってほしい!」
俺の言葉が通じるようでふむっと腕組みして少し考えると、ガウっという一言とともに右腕をシュタっとした。
やった。ケモナーほどじゃないが、俺はこういうモフモフ動物が大好きなのだ。
さっき抱きついた時は銀の毛皮に血のような何かの匂いが染み付いたのかやけに臭ったが、それはお風呂に入れてあげればいい。
とにかく仲間ゲットだと俺はごほんっと咳払いをして熊さんに言い放つ。
「俺は、夜泉 拓人……タクトだ!えと、熊さん……だとあれだから、そうだなぁ~……」
熊か。くま、ベアー……………………アベーと俺は考えて、あっそうだとこう言った。
「よし、熊さんの名前はアベさんだ!てことで、よろしく!アベさん!」
こうして俺の命名により、熊さん改めアベさんが仲間に加わった。
その時には俺は、気づかなかった。
アベさんがやけにがっかりした姿に。
アベ が名前のつもりです。タクトは




