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マイグレート

 静かな洋上に浮かぶ鉄の島。

 乳白色の外壁は曲線を描き、空高く天を目指す。潮風に晒されてはいるが、数10年の時の流れを感じさせない真新しさを保っている。しかし、良く見ると波を受け続けて来た縁は多くの貝類で埋め尽くされている。

 また多様の渡り鳥が群れを成して生活している様が見て取れた。

 キラキラと輝く水面は、太陽の光を反射しているだけでなく、海面まで上がってきた小魚を反射させていた。

 小魚を追う捕食動物は大型の魚類だけでなく、哺乳生物も含まれている。

 そこには命の育みと営みが確かに存在していた。

 建物の外周はおよそ100キロメートルの円形でドーム構造になっており、内部には広大な空間があることが容易に想像できた。


 区画都市。

 外界の『劣悪』な自然環境から人類を守るために建設された、イージスのゆりかご。

 人口1000万人以上が暮らす巨大なコロニーだった。

 その区画都市の東側に隣接する建物がある。

 都市と比べると遥かに小さいが、それでも直径5キロはある巨大な建造物だった。

 ここは極東部区画都市圏、都市番号58、通称オリオン、太平洋上にある区画都市ではシリウスを越えて最端に位置する都市だ。

 そもそも地球上には、太平洋上に60基、大西洋上に15基、インド洋上に25基、地中海上に10基、合計110基の区画都市が存在している。

 そしてわざわざこの区画都市オリオンを選んで訪れたのには明確な理由があった。

 それはこのオリオンに隣接するプラントが現在稼動しているからに他ならない。

 外殻から内部を覗きみれるような窓は存在しない。

 内部に入るには区画都市東ゲートから専用通路を通って進入するか、または建屋上部の管理者用ゲートから入るしか手は無い。

 従って当然、管理者用ゲートからの入場を行った。

 管理用パスにも権限レベルは多岐に存在するが、彼女の認証レベルはクラスA。

 つまり上級管理者権限を伴っている。

 このパスが本物である限り、間諜に浸入されたという痕跡は残らないものであった。


 上部管理者用ゲートを開放し内部に入ると、ツンとした消毒液の香りが嗅覚を襲う。

 ヘリポートのような広い空間の端には、中央制御室へ繋がる扉と、生産プラントへ繋がる扉があった。

 迷うことなくプラントへの扉を開くと、そこには不安になるほど真っ白で、長い通路が奥へと伸び、空調の音と思われる重低音が微かに響いていた。

 汚れひとつ無い通路、窓も無く、張り紙も無い。徹底した清潔感がより一層人気の無さを感じさせた。


 はやる気持ちを抑えながらも歩き進めること20分。

 突き当たりの階段へ到着した。

 下る形でくの字型に折り返し進んで行くと、すぐに分厚い扉に行き着いた。

 携帯端末を使いセキュリティのロックを解除する。

 空気圧が抜ける音が発生すると共に、足元から冷気が流れ込んできた。

 横へスライドする扉。内部から漏れ出て来たのは、青白い光と冷たい霧。

 そして身体を揺する重低の轟音。

 この先がプラントである。

 ここで行われていることは、政治権力の勢力図を覆す程の凶行。

 そして自分を死地へ追いやった者たちの、最大の強みと弱みを内包したものだ。

 彼女は記録装置の動作を確認をしつつ、意を決して内部へと足を踏み入れた。

 そこは圧倒的な広さ、直径5キロのすり鉢状の空間が広がっていた。

 気温は10度前後、息が白く吐き出される。しかし寒さも忘れて圧倒される光景に目を奪われる。

 200メートルほどの高低差がある中心部を基点に整然と輪を作り、人が入れるほどの大きさのカプセルが埋め尽くすように並べられていた。

 空間に響く轟音の正体は、このカプセル維持で発生しているものだった。

 辺りの光景に目を奪われつつも近くのカプセルへ向かう。

 環境音にも多少慣れてくると、この轟音の中の異音に気が付くことができた。

 それが歩みを進めるたび、近づくにつれ、よりハッキリと鮮明に聞こえてきた。

 同時に透明ケースの内部が見える。


 『ああ、やっぱりそうだ。この音の正体は悲鳴だ』


 カプセルの中には人が仰向けで入れられている。

 固定され身動きが取れない状態は、頭部を覆う発光物質とケーブルのついたヘルメット、下半身を包む排泄処理装置のせいだろう。

 首には無理やり栄養と酸素を送る管が取り付けられていた。

 やせ細り、もはや年寄りのような外見に見えるが、間違いなく20代の男性である。

 自由な両腕が何度も苦痛から逃れようともがいたのだろう、爪は剥げ透明ケースの内側には血のあとが無数についていた。

 あああああああああああああああああああああああああああああああ

 声にならない絶叫。

 瞳孔は開ききっており、自分を認識出来ていない。

 もしかすると内部からは外が見えないようになっているのかもしれない。

 共感エンパシーを使わなくても魂に訴えるような声が届く。


 『助けて』『出して』『許して』『お願い』『嫌』『気持ち悪い』『死にたくない』『どうして』『なんで』『誰か』『怖い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』『痛い』……


 1年前までは普通に生活をしていた者達。

 皆が一様に新しい生活に期待を膨らませ、幸福を思い描いた。

 その末路がこれだ。

 周囲を見渡すと、男女関係無くカプセルに入れられている。

 正気な者は居ない。

 1年に渡りOZEを搾取され続けたのだ。

 苦痛を伴う悪夢を繰り返し与えることで、人の防衛本能がOZEを発動させる。

 あとはたっぷりと栄養を与えながら搾取を続けるのだ。

 事前に調べた内容よりも、更に酷い実態に吐き気がこみ上げる。

 中にはすでに事切れた者も多くいるが放置されている。防腐処理が完璧なだけマシなのだろうか。

 あまりの醜悪さに苦笑すら出ることは無かった。

 現在400万人が収容されているこの施設は、あと数日で一年間の生産活動を停止する予定になっている。

 それ以上は人間[そざい]が持たないからだ。生産稼動末日を迎えると素材は処理されることになる。

 カプセルが自走し、廃棄口にて内容物を破棄したのち、処分炉にて人間[そざい]は肉塊から腐葉土のような有機物へと分解される。たとえ人がまだ息をしていたとしてもだ。

 その後は海中へその有機物が撒かれることで処理が完了する。都市周辺の生物の隆盛はつまりそれが起因していた。10年に一度とはいえ飽和要領を超える栄養が充満する海域なのだ。

 地球上の区画都市数は110基。

 毎年11基のプラントが稼動しており、つまりそれは年間6000万人以上がが犠牲になっているということである。


 抑えられない苛立ちを感じながらも散策を続けていると、不意に自分を呼ぶ声が聞こえた。

 辺りを見回すが、カプセルを除いて人影は無い。

 『私はここ』

 さっきよりもハッキリと声が聞こえた。周りの雑音では無い。

 精神に直接語りかけてくるこの感じは、自分と同類の能力アビリティを有している。

 声の主を探す。

 相手を意識することで糸電話の糸を手繰るような感覚で居場所はすぐに判明した。

 場所は対岸中腹部、直線距離で四キロ先のカプセルの中だった。

 「そこか」

 誰に語りかけるわけでもなく、そう呟くと彼女は一気に駆け出した。

 みるみるうちに遠ざかる出入り口、溜まりに溜まった苛立ちを発散するように一身に足を動かした。


 「君か……」

 透明ケースの中には長い髪の女が居た。まだらに白髪が混じり顔には生気が無い。唇は乾き、目は虚ろだった。

 『私は”リズ”。これでもアリーナでは無敗を誇った『嘘つきのダウトファランクス』よ』

 「そうか……私は……」

 『言わなくても分る。私はあなたが憎くて堪らない。だけど敵ではなさそうね』

 掛ける言葉が無かった。ここから連れ出すことは可能だが、どうみても彼女の命は尽きようとしていたからだ。

 『勘違いしないで。私はいまさら助けてほしいとは思わないし、もう幾ばくの余命がないことも理解している。ただ文句を言いたかったのよ。この地獄を作り上げた奴らを呪うほどの恨み言をね。だけどやっと来た相手が敵じゃないとは本当にツイてないわ』

 「すまない」

 彼女がこうなった原因が直接的に自分に無くても謝られずには居られなかった。

 『謝るくらいならこんなことしてる連中を殺してくれる? 私はあの世で爪を研いでまってるから』

 「もとよりそのつもりだ。必ずこの手で殺すことを約束する」

 彼女の虚ろな顔が少しだけ笑みを見せたような気がした。

 『その言葉を聴けただけでも、この悪夢に耐えてきた甲斐があるわね。愛する人が死んで、愛しい友が死んで、かわいい後輩たちも、信頼する先輩たちもすでに死んだ。多くの知り合いが私の名前を呼び続けながら果てていき、その間私は何も出来ずに居た。あなたは私の呪いを受けなさい。私たちの怨念を抱きなさい。恐怖と苦痛の中で朽ちて逝った者達の怨讐を・・』

 「君の言葉、深く胸に刻んでおこう」

 『期待してるわ』

 リズと名乗った女はそれ以後、一切の反応を示すことは無かった。

 それから彼女は数刻の間、施設を見て回った。

 喉の渇きが極限を向かえても、目の乾きが痛みを催しても気に留める余裕もない、それ程の嫌悪感に心を支配されながら、何度も何度もリズの顔が脳裏をよぎり離れることは無かった。

ご覧いただきありがとうございます。

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