ラッキーパイル3
日も少し陰りが見え、斜陽が伸び始めた。
2人は改めて話しを進めるため、噴水の縁に腰を下ろしている。
「ところでカナメ、気付いているか?」
「ん? 囲まれてることか?」
「勘は働くようだな」
「いくらなんでもこれは気付くだろ……いたるところでこっちを見てる連中がいるが、ある2人からは目に見える程の殺意が出てる」
「君も隅に置けないな」
「全部お前のせいだ」
「そうだったかな……まあ周りは気にするな。会話の内容は噴水の音で聞こえない」
「それならいいんだが……」
「さて、では本題へ入ろうか、まず私のアビリティだが、これはカナメの予想通り、相手の考えていることを読み取ることができる能力。共感の力だ。発動すれば周囲の人間の心が読める。近ければ近いほど鮮明で心の奥まで覗くことができる。今朝のようにな」
朝のディープで濃厚でねっとりとしたキスがカナメの脳裏をよぎり、頬が赤くなる。
「本当は手で触れるだけで十分じゃないのか?」
「表層を知るだけならカナメと同じように触れなくても大丈夫なんだが、君の全てが知りたくてな」
恥ずかしげも無く告げるリズに半ば諦めるようにため息をつくと、カナメはある事に気がついた。
「全てか……俺の心を全部見たんだな」
「悪いがその通りだ。だからこそ分かる。間違いなく君は私が求める人間だ」
カナメは他人に心を読まれたことに対して、強い嫌悪を感じたが、自分にはその資格がないと思い、彼女に抗議するのをやめた。
「リズの求める力が心を読むというアビリティなら、すでに自分が持っているじゃないか。いまさら俺が必要とは思えない」
「違うよカナメ。私と君のアビリティは決定的に違う部分がある。私は心を読むだけ。でも君は伝えることが出来る」
「それが何だって言うんだ」
「カナメ。君の力は君が思っている以上に強力だ。君がその力を封印した理由も分かる。さぞ人の心は醜く映っただろう。生の感情なんてもんは有害でしかないからな」
カナメの反応を待つように時が流れる。
カナメは何度か口を開きかけたが言葉を発することは無かった。
「今まで孤独と、これからの孤独は全て私が埋める」
リズの言葉が重く心に響く。
他人に嫌悪される能力。
誰にも理解されない孤独感が、生まれて初めて和らいだ気がした。
「だからカナメはこの都市全住民へ向けて力を使ってくれ」
力強いリズの後押しもあり、決意の色がカナメの瞳に灯る。
「リズ。君が何者なのか分からないが今は信じるよ。それで何を伝えるんだ?」
カナメの答えに満面の笑みを見せたリズが、彼の手を取った。
「私の全てを見ろ。それが一番早い。私の生い立ちから今に至るまでの記憶を」
「いや、それは……」
「すべての答えが私の記憶の中にある。10年前に続いた悪夢の日々。マイグレートの正体。そして世界の虚像」
一瞬躊躇するカナメ。
それは彼女の答えを知ることに対してではなく、他人の心を読むという行為に対してだった。
「遠慮するな。これでおあいこだ」
意を決したカナメが強く握り返す。
「全てを見るがいいんだな」
「君だけだぞ」
すこしふざけた調子で返事をしたリズにカナメは苦笑しながらも『感応』を発動させた。
完全に日は暮れ、公園に設置された外灯が二人を照らしている。
マイグレートが近いことから、噴水周辺はいつもより明るく、煌びやかにライトアップされていた。
カナメが頭を抱え込んでどれだけの時間が経過しただろうか、その間リズは一言も発さず隣に居た。
「リズ……」
弱々しい口調だが、不意にカナメが口を開いた。
「全て本当のことだ」
カナメの深いため息が漏れる。
「リズ……君ほどの人物なら……、君の力だけで何とかならないのか?」
「少なくとも当事者達が自覚しない限り、私の力だけでは無理だな」
目を真っ赤に腫らしたカナメが懇願するようにリズに視線を向けるが、彼女は首を振った。
「知ったと思うが、君たちと私の利害は一致している。だけど、それだけじゃない。この世界を救いたいのは本心だ。その為には君達が立ち上がらないといけない。百年前がそうだった様に、抗って抗って抗うしかない」
「だけどその先はあるのか?抗った先は破滅じゃないのか?衣食住に困り惨めに死ぬだけじゃないのか?」
「君は聴いたはずだ。君は見たはずだ。人間の末路を」
言葉見つからない。すぐ死ぬかあとで死ぬかの問題である。
「カナメいま悩むところは、やるかやらないかだ。つまり見捨てないか否か。確実に死ぬ未来か、生きる可能性のある未来か」
「しかしっ」
「死ぬとか生きるとかどういうことかしら」
不意に届いたのは聞き覚えのある声だった。
「ユリ……それにシオリとコウタも……」
「カナメ、すごく顔色悪い。すぐに休んだほうがいい」
「何を話し込んでるかしらねーけど、あんたカナメに何吹き込んでるんだ?」
コウタが挑戦的な口調で告げた。
この3人はカナメがリズが話し出した頃には近くに潜んでおり、物陰から2人を観察していた。
コウタは下校時のドタバタで、ユリとシオリを抑止することは適わず、制裁を受けたのち2人の後を追い合流していた。
思いのほか長引く逢瀬にイラつく女性陣をコウタがなだめつつ、様子を見ていた形である。
しかしカナメがアビリティを発動してから、今に至る落ち込みを見て、居てもたっても居られなくなり、飛び出してきたのだった。
「意外と遅かったな」
リズが腰を上げると3人に近づきながら告げた。
「どういうことよ」
「そのままの意味さ。君達の気質からしてもう少し早く出てくるかと思ってたけど、思ったより我慢強いな。実は君達に聞きたいことがあるんだ」
「おいリズ……」
いかにも出てくるのを待っていたかのような振る舞いと発言をするリズに、カナメも含め一同が困惑する。
「仮に10日後に突然死ぬのと、事前に死ぬことが解っていながら死ぬのは、どっちが好みだ?」
「俺は突然死ぬほうがいいなあ」
コウタが思ったことをそのまま言葉にした。
「あんた何答えてんのよ。こんな質問無視しなさい」
「まあ敵かどうかは判断するには、この後でもいいじゃねえか。で、それがカナメに関係あるのか?」
リズは表情を崩さずに、他の2人の意見を待つが、答える気がないと判断したのか、口を開いた。
「カナメだけじゃ無く、皆に関係することさ。それで質問の続きだが、もしその原因が他人の行為によるものだったらどうかな?」
「そんなもん、その他人をぶちのめして終わりだ。どんな理由にしろ危害を加えてくる奴が居るなら全力で抵抗するまでだ。当然だろ」
「2人ははどう思う?やっぱり彼と同じ意見になるのかな」
彼女らが警戒をとることなく頷いた。
「結果が出たなカナメ。私から全部この子達に説明してもいいけど、君がやるべきだ。私は明日の放課後またここに来る。協力する気が無いなら来なくていい。でもどうにかしようと思うなら来て欲しい。具体的な手段についてはその時説明する。じゃあまた明日会えることを信じてる」
そう告げるとリズが踵を返して歩き出した。
「おいまてラッキーパイル。どういうことだ」
コウタが声を張り上げるがリズが振り返ることはなかった。
「なんなんだあの女。頭おかしいんじゃないか?まあいい。それであいつに何言われたんだ? お前が言いたくないのは分るが、この状況で言わないわけないよな」
コウタがカナメに言い寄るが、間にシオリが身体を滑り込ませた。
「喋ると楽になる。私はカナメの全てを受け入れる。だからそんな辛そうな顔しないでほしい」
「カナメ。悩むくらいなら言いなさい」
3人は好奇心もあったが、単純にカナメを心配しての行為だった。
少しの静寂が流れる。
いつの間にか噴水も動きを止めており、都市の換気システムが作り出す微弱な風が水面を撫でていた。
そして静かに、しかし瞳には強い力が宿る顔でカナメが言葉を紡ぎ始めた。
「俺は今、この都市始まって以来の馬鹿なことをすることに決めた。これはもう覆すつもりは無い。だからこの話を聞いて俺を馬鹿にしてもいいし、絶縁してくれて構わない。ただ止めるのだけはやめてくれ。俺がやろうとしてることを見逃してほしい。これを了承してくれるか?」
3人は何かを言いたげだったが、口を挟むことなく一様に頷いた。
「皆はこの区画都市のことをどう思う?」
「どおって言われてもなあ。考えたことがなかったが、まあ住みやすくていいと思うが」
「そうねえ。最低限の貨幣は与えられてるし、旧社会体制のような貧困がないから食事に困ることも無い。遊びたい分のお金は、実績次第でいくらでも入る。何より技術発展のお陰で人類の労働が不要な素晴らしい社会だと思う」
「それに戦争も無い」
「皆の言うとおりだ。でもおかしくないか? なぜマイグレートをする必要がある。みんな一緒に住めばいいと思わないか」
「それが間違いだったと歴史が言ってるじゃない。それに過去社会制度はそれこそ労働を前提に生きる権利を手に入れていたのよ。でも今は違う。OZEを操ることで労働から解放された。より効率的にOZEを鍛えるのにマイグレートは最良なのよ」
「根拠が無い。それにユリ、労働をしない代わりにOZEを鍛える。それはどうしてか考えたことはあるか?」
「どうしてって……現に労働を必要としていない社会なわけで、だらだらと食っちゃ寝してるわけにもいかないでしょ。今、人類は自己進化の真っ只中であり、OZE基盤区画都市社会は進化促進の要。そして全人類の課題は後世へ、美しい地球、戦争の無い社会、新人類へと進化した子孫を渡すこと。これを目標としているからこその区画都市圏での生活とOZEじゃない」
「教科書どおりの模範解答だ。本当にそう思うのか?」
「じゃあなにか?新人類になることで何か問題があるのか? 進化しても戦争を止められない。OZEを使って新たな戦争を人間がしてしまうとか、そういう懸念があるってことなのか?」
「違う。そうじゃない。それ以前の問題なんだ。難しくそれらしい理由がつけられているが、今の人類社会がOZE至上主義になっている本当の理由があるんだ」
「それは何?」
シオリのつぶやきは、他二人の言葉でもあった。
「プラントさ」
カナメが静かに告げた。
「プラント?工場ってこと?」
ユリが首をかしげる。他の二人も的を得ない表情をしている。
「養鶏場ってわかるか?旧社会で食肉や食用卵を生産する工場のことだ」
「そういえば歴史の授業で畜産について習ったな。生き物を育てて食べるんだろ?」
コウタのフォローで、ユリとシオリも初等部での授業を思いだすことが出来た。
「そのとおりだコウタ。この区画都市は正に養鶏場だ。OZEを操ることができる人間を集めて育てて繁殖させる。程よく育ったら収穫するんだ」
「収穫ってマイグレートのこと?各都市から集められた人は大陸の特大上位区画都市に住居を移すだけで、収穫というには語弊があるわね」
「それこそが間違いなんだ。みんな騙されてる。特大上位区画都市なんて無いんだ。マイグレートした人間は全員、都市に隣接されたプラントへ送られる。そこで一年に渡り死ぬまでOZEを吸われるんだ」
静寂というより絶句に近い。
それも無理は無い。カナメは馬鹿げたことを言っていること自覚していた。
カナメを除いた全員が沈黙し、時間だけが流れる中、最初に口を開いたのはシオリだった。
「カナメがそれを真実だというなら私は信じる。でもその根拠を教えて欲しい」
「そうだぞカナメ。嘘を言ってるとは思わないが、いくらなんでもちょっと内容がぶっ飛びすぎだ。これじゃあ俺たちの人生に意味なんて無いじゃないか」
「こんなの論じるにも値しないじゃない。あの疾風三槍が上手く言ったのかもしれないけど、冷静に考えてみてよカナメ」
「根拠はある。根拠はあるんだ」
「じゃあそれを教えてよ。でもどんな理由があっても信じられないわ」
「言うより見せたほうが早い」
「見せるってどういうことよ」
ユリの問いにカナメは一呼吸置いて答えた。
「俺のOZEアビリティは感応だ。他人の心を読めるし、自分の心を他人に伝えることができる」
「ちょっとそれって…………もしかして私の心も……」
ユリが顔を真っ赤にしてカナメにして告げるが、カナメは一際大きな声で口を開いた。
「みんな勘違いしないでくれ。確かに俺は人の心を読めるけど皆に使ったことは無い。ずっと封印してきた。ただ発動しなくても強い想いや、高ぶった感情などが微かに伝わってくるのは事実だ。だからその点については本当にすまないと思う。隠していたことも含めて……」
「なんだそれでアビリティを隠していたのか。気にするな気にするな。俺は全然構わん。そうかそうか。なるほどなるほど。試合したときの違和感はこれだったのか」
コウタが何かに納得したように頷いている。心を読まれることに対してはまったく気にしてない様子だった。
「カナメなら私の心を好きなだけ見ていい。許可する。それになんとなく気づいてた」
「気づいてたって・・」
「ずっと見てたから。人への配慮とか勘の鋭さとか……だからそういう能力をもってると思ってた。カナメは独りだった私に唯一優しくしてくれた人。それはカナメの優しさが私の孤独を感じてくれたお陰。感謝している」
思わぬ援護に驚くカナメ。それはリズの言葉と同様に温かく心を満たしてくれるものだった。
「カ、カナメ? あなたが私の心をみてないのは信じるけど、自然と伝わる部分はあるんでしょ? そ、それって……どどどどどどこまで伝わってるのかしら?」
「安心しろユリ。お前のカナメに対する気持ちは俺でも判る。感応以前の問題だ」
動揺し慌てるユリにコウタの生暖かい視線が送られる。カナメは少し困ったような顔でユリに告げた。
「ユリから、一番の友人としての好意は毎日伝わってるよ。ありがとう」
「一番の友人……そうそう友達としての私の好意に感謝しなさい。そ、それで話しを戻しましょう」
「そうだな、というわけでカナメ、お前のアビリティについては、理解したつもりだ。それで見せてくれるなら早く見せてくれ」
コウタの言葉にカナメがユリとシオリの顔を伺うと、二人は同意の意味を込めて頷いた。
「今から見せるのは、リズを経由して見たマイグレート後の人間の末路。正直辛い内容になる。それでもいいか?」
「いいって言ってんだろ」「構わない」「さっさと済ませるわよ」
三人が同時に強く肯定するとカナメはアイテールを発現させ、三人を包み込める大きさまで広げた。
「これが世界の真実だ」
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