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ラッキーパイル1

 早い時間に目が覚めたので、余裕をもって朝食を摂り、登校の準備を整えた。

 エントランスで朝日を浴びながらコウタを待ち、合流すると寮を出た。

 話題は当然昨夜のことだった。

 試合後も帰途につきながら議論を重ねたが、結局答えは出なかった。

 昨夜、リズが降参宣言をした後は大変だった。

 侮られたと受け取ったタツミが、逆上し超高度電離陽子砲を放とうとしたのだ。

 結果的に、放つことは無かったおかげで、彼女は事なきを得た。

 しかしその後も食って掛かるタツミは、冷静さを取り戻すことはなかった。

 ちなみに交際の件については、うやむやになってしまっている。

 タツミも含めて、現場はそれどこじゃなかったし、リズも降参した理由も告げないままアリーナを後にしたからだ。

 あの時点で、彼女が体力や実力面が劣っていることはなく、むしろ優勢だった。

 何度かヒヤッとする場面はあったが、ほとんどノーダメージ。

 さらに彼女は有利な状況を作り、じりじりと相手を体力的にも精神的にも追い詰めていた。

 今朝のニュースクランの記事では大半が、リズが超高度電離陽子砲の本気を恐れたからという内容が多かった。

 また記事の中には、疾風三槍以外の攻撃が無いことを理由に、決定力に欠けると評し、超高度電離陽子砲が勝利していたとする記事もあったが、これについは反論余地が多く説得力に欠ける。

 リズが稲妻を無傷でやり過ごした手法も未解明のままだ。

 熱心なリズファンにしても、タツミファンにしても、結果に不満があり、ネットワーク上のBMAコミュニティの悲喜交々を含んだ盛り上がりは一夜明けた今でもホットな状態を保ったままだった。

 ちなみにコウタの意見は単純明快で

 「降参したってことはリズは負けを認めたんだ。つまり強いのは超高度電離陽子砲。過程はどうあれ、勝った者が強い」

 ということだった。

 そんなコウタもリズは余力が十分あって、戦える状況だっただけに降参するのはもったいないとぼやいていた。

 居住区を20分も歩くと、中央区外輪の環線道路に突き当たる。

 この道を歩道橋で跨ぎ、さらに15分ほど中央部へ進むことでやっと第360学区高等部の入門ゲートへとたどり着く。

 奇跡的に寮と学校が近いおかげで徒歩での通学が可能であるが、普通ならば、都市を十字にきるように施設された地下鉄で中央区へ向かい、そこから徒歩またはバスで移動することになる。当然満員状態で朝から不快な思いをする羽目になったはずだ。

 カナメとコウタが学校に到着すると、ゲートには人だかりが出来ていた。


 「おいカナメ一体これはなんだ?」

 「俺に聞くなよ。どうせろくでもないことだ。君子危うきに近寄らず。ここは無視して行くべきだ」

 「馬鹿だなカナメ。虎穴に入らずんば虎児を得ずっていうだろ」

 コウタは子供のような笑みを浮かべると、強引に人を掻き分け進んでいく。

 「おいちょっと待てコウタ」

 「待たない。それになんだかんだでお前も気になるだろ?」

 「そりゃそうだが……」

 カナメが釣られるようにコウタの後を追う。

 なかば止めるのは諦めた形だが、正直なところコウタの指摘どおり気になるのは確かだ。

 「痛っ。急に立ち止まるなよコウタ」

 「それより、あれ見ろよ」

 コウタは人垣の最前列に出ると、鼻を押さえるカナメを引っ張り出した。

 「ん?何があったんだ?」

 「百聞は一見にしかず。そんな低い鼻なんかより目の前の花をみろ」

 「低いは余計だ。それに花って……」

 そう言ったところでカナメは、入場ゲートに背を傾けた人物を目撃した。

 「リズ……?」

 そう、そこに居たのは昨夜死闘を演じ、途中でなぞの降参宣言をしたあの疾風三槍ラッキーパイルのリズだった。

 しかしなぜ、こんなところに居るのかは解らない。

 彼女が通う高等部は005学区高等部だ。

 ここからならば、5キロほどの北に移動した場所、つまり都市のほぼ中央付近に位置しており、学校のレベルもかなり高位にランク付けされている。

 登校途中と言うには無理があるし、この高等部に恋人がいるなんて聞いたことがない。

 こんなに近くで見たのは初めてで、画面上に映る姿よりも、威厳に満ち溢れ、近づき難い雰囲気を醸している。

 「なんでここにいるんだ?」

 「俺が知るか。……そうだカナメ、お前が聞いて来いよ」

 「まてまて、コウタが聞けよ。そもそも俺はここをスルーする案を選択した身だ。虎穴に入ったら虎児を得るんだろ?だったらちゃんと虎児を得てこい」

 「ちょ・・揚げ足をとるとは小さいぞカナメ。俺はお前をそんな風に育てた憶えは無い」

 「俺も育てられた憶えはないよ」

 ギャーギャーと喚く二人。 そんな状況を、リズの瞳が捕らえていた。

 その視線に気づいた二人はとたんに騒ぐのを止めたが、すぐに小声で罵倒し始めた。

 「おい、そこの」

 この場にいた全員がビクッと驚きリズを注視し、カナメたちへと視線を移動させる。

 今までこの状況を一切気にするそぶりを見せず、一言も発しなかったリズが声を掛けたのだ。

 彼女の視線は2人に向けられている。

 「どういうことだよカナメ」

 「いやさっぱりだ」

 2人が小声で確認するが、リズに声を掛けられる謂れは無い。改めてリズへ視線を向けるが、やはり2人の方向を見ている。

 「いやいや、恐れ多くもあのラッキーパイルが僕に会いに来てくれるなんて嬉しい限りですハイ!」

 コウタが照れながらも握手を求めるように近づいて行った。

 「ああ、いやすまん君ではない。うしろの彼だ」

 「カナメエエエ! どういうことだあああ?」

 「知らねーよ。つーか寄るな暑苦しい」

 「なんなんだよ。どうしてお前の周りには美人ばっかり寄ってくるんだ。俺にも分けろよぉぉぉ」

 胸倉を掴むコウタを無理やり引きはがそうとするが、腕力では敵わない。

 抵抗を試みるが効果は無かった。

 気が付くと背にあった人垣は大きく後退し、今はカナメたちを中心に円を描いている。理由は簡単、すぐ隣までリズが詰め寄っていたのだ。

 「カナメと言うのか。良い名だ」

 リズがカナメの瞳を覗き見る。

 至近距離で宝石のように輝くリズの瞳に、吸い込まれるようにカナメもリズを凝視した。

 空気よりも存在感の薄くなったコウタがそっと力を抜いていく。

 目には雫が溢れ、陽光に照らされ輝いていたが、だれもフォローを入れるものは居ない。コウタは気づいてないが、この場に集う男子からの視線は優しかった。

 「どうして……?」

 カナメが口を開き、率直な意見を述べた。

 「それは君にはわかってるんじゃないのか?」

 リズが不敵な笑みを浮かべる。

 「どういう意味ですか?」

 「そのままの意味だ。君は昨夜私の試合を見に来た。そうだろう?」

 「はい、そうです。それは間違いありませんが、それが」

 「それで、君は私に熱い視線を送ってくれたじゃないか」

 コウタを含めてギャラリーがどよめくが、カナメにそれを意識できるだけの余力は無かった。

 「そんなの、アリーナにいた人なら誰だって」

 「君が一番ホットだったのさ」

 笑みを崩さず告げるリズに、顔が高潮するのが判る。

 「からかわないでください」

 「からかってなど無いさ。昨夜私を助けてくれたじゃないか」

 「助ける?自分は何もしてませんが」

 「無意識だったのか?君は私に危ないと告げた。追撃はまずい、超高度電離陽子砲が放つ渾身の攻撃から逃げるようにと。……それに君は気付いただろう? 私の本当の力が何なのか」

 カナメは自身の顔が強張ったことに気が付いた。

 リズは玩具を見る子供の様に口の端を吊り上げ、満面の笑顔を見せている。

 全てを見透かされるような、隠し事が一切出来ない感覚に襲われたのだ。それに呼応するように這い上がってきた彼女への拒絶反応が心を支配することに数秒の時間もかからなかった。

 「何のことだか判りかねます。たぶん人違いですよ。では授業がはじまるのでこれで失礼します」

 相手の反応を見ることも無く、逃げるようにカナメがその場を後にする。

 「やれやれ」

 からかい過ぎてしまったことに反省するそぶりも無い。

 リズは髪を掻き揚げ、立ち去ろうとしたカナメの腕を掴むと無理やり引き寄せた。


 「なにするんんんんーっ」

 濃厚なくちづけ。

 接吻。

 キス。

 マウストゥマウスとも呼称される。

 古今東西より男女が愛を確かめあう際に用いてきた方法である。

 カナメは咄嗟に離れようとするが、ものすごい力で抑えられ脱出が出来ない。

 甘い香りが全身に広がり、脳が溶けるような感覚に襲われる。ほんのりと彼女のアイテールに包まれていることに気が付くが、抵抗できない。

 さらにカナメの全神経を懐柔するかのように、口に柔らかい異物が侵入した。

 舌!?

 気絶してしまいそうなほどの興奮の波の中で、この一瞬の出来事が永遠のように長く感じられる。

 実際にはすでに三分を過ぎており、長いという感覚は至って正常であるが、ギャラリーも同様に時が止まってしまったかのように凍り付いており制止できるものは居なかった。

 一部を除いて。

 「私のカナメになにすんのよっ」

 「カナメは私のモノ」

 ユリとシオリの息がはじめて合った瞬間だった。

 カナメの首根っこを捕まえて引き離すユリ。

 同時にシオリの容赦の無い手刀がリズを襲った。

 「邪魔は良くないわね。ユリちゃんにシオリちゃん」

 シオリの攻撃を難なくかわしたリズが2人に告げる。

 「あーら避けるだけの才能で勝ちあがったランカーに名前を知られてるなんて光栄ね」

 ユリがカナメを地面に叩きつけつつもリズに皮肉を述べる。

 内心、名前を知られていたことに驚いているものの、今はそれどころではない。

 女にはランカーだろうが悪魔だろうが、絶対に負けられない戦いがあるのだ。

 「ふふっ。勇ましいワルキューレたち。カナメ、あなたは良い友を持ったな」

 「友ではない恋人」

 シオリがすかさず口を挟んだ。リズに対して、今までに見たことの無い程の怒気を示している。

 「まあそう怒るな。悪かった、反省してる」

 「謝って許されるなら憲兵なんていらないのよ」

 憤怒の表情でユリが応えるが、リズは口で言うほど反省しているようには見えない。

 シオリを含めて二人の警戒が解ける兆しはなかった。

 その為かリズが一歩分、カナメから距離を取った。

 「カナメ。騒ぎを起こしてしまった事も含めて悪かった。だから場所を変えよう。今日の放課後、中央公園噴水前に来てくれ」

 「は?あんた何言ってるのよ。ぜんぜん反省してないじゃない。カナメも行く必要はないわよ」

 「カナメ。あの女危険。必ず悪いことに巻き込まれる。行かない事が最善」

 カナメの返事を聞くことも無くリズが歩き始めた。

 コウタは何も応えられないままその背を見送っている。

 リズの進行方向に人垣が割れ始めると、リズが一旦立ち止まった。

 「カナメ。君に10年前の答えを教えてあげる」

 カナメの心臓の鼓動が跳ね上がる。

 全身を締め付けるような恐怖と不安が押し寄せ、あの日々の記憶が蘇る。

 「あっ……お、おいっ…………」

 何を言っている。

 あいつは何を知っている。

 あの日のことか。

 あの日々のことか。

 声を掛けて引きとめようとするが、声が出ない。彼女の言葉が脳内で繰りかえされる。

 『10年前の答え』

 本当に答えが出るのか?

 あれに答えがあるのか……

 溢れる疑問、固まるカナメをよそに、リズはその場を後にした。


ご覧いただきありがとうございます。

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