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バトルマニアアリーナ

 「で、どうしてあなた達がここに居るのかしら?」

 眉間に皺を寄せたユリが不快気に告げる。相手はコウタとシオリであるが、なぜか暇なクラスメイト達の殆どが同行している状況だった。

 「カナメ行く、イコール私も行く」

 「俺は元々行くつもりだったからな。みんなとこれてよかったぜ」

 悪びれも無くシオリとコウタが答えた。

 朝の一件から、カナメやコウタ、ついでにユリとシオリも危険人物指定のレッテルが解消され、クラスに馴染むことが出来た。

 代わりに別のレッテルが貼られたようだが、カナメは一切気にすることをやめた。

 この状況で目立つなというのは無理だし、それなら敵を作らないことを目標に、仲良く平穏に過ごすことに努めたほうが建設的だと思ったのだ。

 「まあまあ、別にいいじゃないか。こういうのは皆で見たほうが楽しいよ」

 「カナメは黙ってて。私はこの2人と、そこでたむろしてる連中に言ってるの」

 「俺は結果的にユリと来れただけで十分うれしいよ」

 カナメがユリに微笑みながら告げると、ユリは顔を真っ赤に豹変させクルッと振り返り入場ゲートへと歩き出した。

 「べ、別に私はカナメと二人きりで来たかったわけじゃないんだから、勘違いしないでよね」

 カナメは苦笑しながらユリの後を追い、それに続くように、その他二人とクラスメイト達が歩き出した。


 アリーナは中央の闘技場を中心に4万人が収容できる構造になっている。

 バトルスペースは直径百メートルの円形で、場合によっては障害物が設置されている。

 今日のバトルにおいては一切の障害物は配置されてない。 運営側も頂上決戦に障害物は不要と考えたのだ。

 一同はアリーナ北側の最上位置、つまり観覧席としては最端に腰を掛けている。

 カナメの両脇を固めるようにユリとシオリが座り、そこを中心としてコウタたち他のメンバーが陣取っていた。

 普段ならば当日席での入場だとしても、もっと近い位置で観戦できるのだが注目の一戦ということもあり、ほぼ満員状態となっている。それはマイグレートが間近に迫り、残された期間を惜しむかのように多くの人々が訪れていたからである。

 1戦目が終わりいくつかのバトルが経過したことで、アリーナは熱気に包まれている。しかしこれは前座に過ぎない。ここに集まった全員が期待しているのは次のバトルだからだ。

 少し長めのインターバルを挟み、今まさにメインバトルが始まろうとしている。

 休憩を済ませてきたクラスメイトたちが次々と戻ってきた。


 「カナメはどちらが勝つと思う?」

 座席に着いたユリが尋ねる。

 「たぶん疾風三槍ラッキーパイルのリズが勝つと思うよ」

 今から行われる試合は、現ランカー頂上の超高度電離陽子砲プラズマブレスのタツミ対、2位の疾風三槍ラッキーパイルのリズだ。


 タツミは良く言えば勇猛。一般的な評価は超攻撃的、悪く言えば凶暴。

 上位相手にも強力なアビリティを駆使し戦ってきたエースランカーだ。

 若くして憲兵のエリートに選ばれ、上位職に就いているだけの実力を兼ねそろえている。

 性格はプライドが高く、強い選民意識を持っている。その為、治安維持の名の下にかなり強引な方法で実績を挙げてきた。

 それは彼の今までの行為を見れば明らかだろう。

 どこの世界にもちょっとしたことがきっかけで道を踏み外す者がいる。

 1000万人以上が暮らしているこの区画都市シリウスも例外ではない。

 学校に行かず、不法占拠した建物を根城にしたり、地下のプラントスペースに隠れ住む不良たちは、デスぺラードと呼ばれているが、マイグレートを1年後に控えた昨年、大規模な掃討作戦が展開された。

 そこで当時、彼が指揮する特殊治安維持部隊、合計10名は自らをハウンドと称し、デスぺラードたちを完膚なきまでの武力で制圧した。中には再起不能な怪我を負った者や、死者も出たと言われている。

 結果、1200名のデスぺラードの内、300名近くがたった10名のハウンドにより鎮圧された。

 この実績が評価され彼は16歳にして治安維持局中央特捜課課長に昇進。実質治安維持局、現場責任者のトップとなったのである。

 激情家のため側近や部下かからも恐れられている側面もあるが、妥当な人事であることに間違いはない。

 今年のマイグレート後は、彼を諌めていた実力者たちが軒並み居なくなる為、これからの10年は彼の時代とも噂されているくらいだ。


 対してリズは派手な振る舞いこそ無いが、驚くことに一度もクリーンヒットを受けず勝ち上がってきたランカーだった。

 彼女の流れるような動きは、優雅で美しく舞うように攻撃と回避を繰り返す。実力の底が見えない魅力を持っていた。


 「カナメがリズを推すのは理解できるけど、この試合はタツミが勝つわ」

 カナメはユリに買ってきてもらったドリンクを受け取ると一気に飲み干し、その理由を尋ねた。

 「そうね。単純に彼のアビリティは強力だわ。攻撃力、攻撃範囲、それと見事なまでのアイテールの総量、どれをとってもリズを上回っている。今回ばかりは彼女でも躱し続けることはできないでしょうね」

 「なるほど一理あるな。シオリはどう思う?」

 カナメは隣に寄り添うシオリに尋ねた。シオリはあたたか~いと描かれた、緑色の怪しいジュースを啜るのを止めると口を開いた。

 「ユリが言うように超高度電離陽子砲プラズマブレスに分がある。しかし疾風三槍ラッキーパイルは何か隠してる」

 「何か隠してるってどういうことよ」

 「それは分からない、でもそう感じた。カナメはどう思う」

 「俺もカナメの意見が気になるな。どう思ってるんだ」

 コウタが突然会話に加わると、興味深げに尋ねてきた。

 「いや、俺も正直根拠は無いんだ。直感のようなもので・・」

 「直感か……。本当はもっと具体的な意見があるんじゃないのか?遠慮せず言えよ」

 相変わらずしつこいというか、鋭いというか。カナメはむしろコウタのほうが直感が優れているように感じつつ口を開いた。

 「いや本当にただの直感だ。でもあえて挙げるなら彼女のアビリティは疾風三槍の他にもあるような気がしてならない」

 カナメはそう発言したことに少し後悔した。それはもしかすると自分と同種なのではないかと思ったからだ。

 「まったく関連の無いアビリティを複数持つなんてありえないわ」

 「移動能力者テレポーターは移動能力者テレポーター。発火能力者パイロキネシスにはなれないのが真理だ」


 彼らが断言したのには根拠がある。

 それは単純な話で、アビリティは脳によって制御される。高度に操るにはそれだけの才能と研鑽を必要とするし、何より個々人の向き不向きが大いに関係する。

 不可能という話ではなく、非常に非効率であるということだ。

 1つの能力を10年間で100マスター出来るとして、これを2つのアビリティで平行して10年修行すると単純に50と50、合計100マスター出来るわけではない。

 脳やOZE回路の効率化に時間の大半を裂かれ、結果2つのアビリティの練度は極端に低下する。 10~20程度マスターするのがやっとだろう。

 100年、200年と時間があるなら別だが、あいにくこの世界は最高でも29歳までの期限付きなのだ。悠長なことが出来る時間は無い。

 だからこそ二人が否定したのだ。


 「まあ、ただの直感だ。根拠があるわけじゃない。ただ」

 カナメがそう口を開いた瞬間、アリーナを震わすほどの爆音が響いた。

 会場に集う全ての人間が硬直したが、色とりどりの煙が空中に漂うのを見て、主催側の演出だと気がついた。

 甲高い司会の声がメインイベント開始を告げる。まず東側から登場したのは挑戦者、疾風三槍のリズだ。

 腰まで届く長い金髪が会場の何万ルーメンという光を浴びて強く輝いている。表情はいつもどおり、余裕を含んだ笑みを浮かべており、一見すると清楚な顔立ちを台無しにするように力強さが漲っていた。専用保護スーツの着用はしておらず、005学区高等部の制服に身を包んでいる。

 その登場を待ちわびたように大歓声がアリーナを包んだ。派手なライトの演出も重なり会場のテンションは最高潮に達している。

 司会がリズに近づき対戦前の意気込みを尋ねるが、笑顔を見せるだけで何かを口にすることは無かった。

 それでもアリーナの熱気は冷めることを知らない。


 そしてついに真打ち。

 超高度電離陽子砲プラズマブレスのタツミが西側より登場した。

 堂々とした足取りで中央部へと向かう。

 リズの時と同様に大歓声が上がる。基本的に対戦者には指向性集音マイクが向けられており、舌打ちから、囁きのような小さな会話まですべて拾われスピーカーで聞こえるように流されている。対戦中に口喧嘩が発生することも多々あるので、このサービスは観衆には非常に好評であった。

 そのシステムを逆手にとり、タツミが早くも口を開いた。

 「諸君ご苦労である。マイグレートが近づき浮き足立ってる者も多いと思うが、そういう時こそ自らを戒め精進してほしいと願う。また、今回マイグレート対象者の方々は、心置きなくこの故郷を旅立ってほしい。残された我々がこの区画都市の精神と伝統を重んじこの都市自体の評価を更なるものに昇華できるよう全力で事に当たると、ここに誓おう。今日この場に足を運んでくれた者、配信サービスを閲覧している者、多々いると思うが今夜は私にとっても重要な戦いとなる。諸君らは証人となり、私の強さを胸に刻むのだ」

 割れんばかりの拍手と歓声があがる。

 まもなく中央部でリズとタツミが対面した。

 観衆は本戦の前の舌戦を期待している。

 歓声が下火に成りつつも拍手が手拍子になり、足踏みをリズミカルに行い盛り上げている。これはBMAバトルマニアアリーナの伝統のようなもので、期待が高いバトルのみ、こうやって観衆が対戦者同士の舌戦を促すのだ。

 それに呼応するように最初に口を開いたのはタツミだった。


 「お久しぶりですね。リズ先輩」

 「おやおや、君から先輩呼ばわりされるのはむず痒いな、課長殿」

 わざとらしい当て振りで頭を抱えたタツミが両手を広げ笑顔でリズの眼前まで迫った。

 「相変わらずですね。しかし約束は守って貰いますよ」

 「約束?君と何か約束したかな」

 「リィィィズゥゥゥゥー、忘れたとは言わせない。お前は今夜敗北を知ることではれて、私の女になるんだ」

 舐めまわすように、リズの足の先から首元までを彼の頭が這う。

 その発言に会場も大きな動揺に包まれているが、リズは表情を一切崩すことなかった。

 「私は私に相応しい相手が居たら考えると言ったはずだが、違ったかな?」

 「それだよリズ。それだよ! つまり今夜、お前は敗北することで私の女になるんだ」

 タツミがリズの頬に手を伸ばすが、彼女は軽く振り払う。

 「気の強い女だ。だがそれがいい。お前は間違いなく強い。だからこそ貴様は1000万人の都市住人の中から私を選択し、私の子を成さなくてならない。それが間違いなくこの都市をより良い社会に導くのだ。わかるだろう?」

 「ロマンチストだと思っていたが、ここまで極まっているとは思ってなかったよ。君の屈折した性格は嫌いじゃないが、私に触れられる相手を決めるのは私だ。判ったらさっさとはじめようじゃないか」

 「減らず口を……まあ良い。完膚なきまでに叩きのめした上で、今夜からじっくりと教育してやろうじゃないか」

 二人が互いに距離をとり、30メートル程度離れたところで向き合うと、司会がルールを述べ始めた。

 アリーナは今から始まろうとしている一戦に早くも興奮し、熱気に包まれてる。

 ルールは単純、気絶するか、降参を認めると負け。死んでも文句は言えないが、殺すのも厳禁となっている。

 また、道具や武器の使用はアビリティの媒体となるもの以外は禁止となっている。使用許可の判断については運営側が独断で行っているが、特に問題が発生していないところを見ると、理に適った判断を下していると言えよう。

 観客のテンションはたかだか数十秒の説明時間が待ちきれないほどに高まっている。

 暴発寸前の状況の中、司会がアリーナの舞台から姿を消すと、ついに戦いの火蓋が切って落とされた。

ご覧いただきありがとうございます。

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