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スクールライフ2

 朝の陽光が部屋に射し、いつもの時間に目を覚ます。

 枕元に置かれた時計の針は6時半を示していた。

 毛布にくるまれた状態で携帯端末から大手ニュースクランに接続し、朝の情報をチェックする。

 連日トップニュースを飾るのはマイグレートの記事であるが、それは仕方のないことだ。

 実施日が来週に迫っているし、何よりも10年に一度の大イベントだ。

 しかしカナメにとってこの手の記事は食傷気味というべきか、今回のマイグレートに関係の無い立場からすると少々うんざりしていた。

 それに10年前、当時6歳だった彼にはこのイベントに良い思い出がない。

 しかし、だからといって批判するつもりは無いし、誰かに愚痴を言うことも無かった。

 マイグレートこそがこの区画都市に生きる者の目標だからだ。


 一通りトップニュースから天気、事件、スポーツを確認した後、ランカーランキングをチェックする。

 ランカーランキングとはBMA、都市最大クランのバトルマニアアリーナが主催する実力者ランキングのことで、ランキング201位以下は10人のバトルロイヤル。それ以上が一対一の戦いを行っている。

 登録人口1万人、視聴者は都市人口の7割を超える人気コンテンツである。

 200位前後でも相当な使い手であり、戦闘スタイルによって二つ名が与えられることもある。

 参加資格は特に無い。力に自信のあるものが自由に登録可能で、学生でも憲兵でも登録可能であった。


 ちなみに200位以上の登録者をランカーと言い、憲兵でランカーの者がエースとよばれている。

 現在、ランキングは大きく変動していた。マイグレートに伴い、20歳以上の登録者が全て引退したからである。

 ランカーも7割が引退しており、激しい順位争いが発生していた。

 現ランキング1位は超高度電離陽子砲プラズマブレスこと、治安維持局中央特捜課課長、コールネームはタツミ。生まれてこの方エリート街道を突き進んできた17歳の若きエースである。

 上位陣が根こそぎ引退したおかげで史上最速最年少でのランキング1位という快挙を成し遂げた。

 しかしその実力は誰もが認める、高位能力者の貫禄を備えていた。


 唯一、その彼を脅かす存在があるとすれば、その最有力候補は第005学区高等部三年、疾風三槍ラッキーパイルのリズだ。

 今まで不戦敗以外の負け無し。目に見えない槍状のアビリティで攻撃を行うが、ラッキーの由来は一度も有効打を受けたことがないからである。

 気まぐれな性格で、巷ではタツミとの試合をエスケープする可能性が示唆されていた。


 カナメは一通りニュースに目を通すとベッドから身を起こし、顔を洗うと学校へ出る準備を行った。

 朝食は2フロアごとに設けられた学生食堂で6時から振舞われる。

 地下プラントで生産される野菜や穀物類、培養肉を調理するのは、PIIで育児を行うマムと同型のアンドロイドだ。

 朝の7時を過ぎると食堂は賑わいをみせている。奇数階が男子、偶数階が女子になっており、食堂は奇数階に設けられていた。

 ここに住んでいる学生は全員が同じ学校に通っているわけではない。中等部を卒業と同時に、二人部屋も卒業し、新たな居住場所への転居が行われる。

 南区と西区の一部が都市全体の居住エリアなので、その範囲内の学生寮に放り込まれるわけだ。

 この学生寮はごく一般的な規模の寮で、地上80階、収容人員8000人の建物であった。

 カナメは配膳の列に並び、日替わり朝食セットを受け取ると、比較的空いている端のテーブルへと向かった。


 「隣いいか?」

 席についたところで後ろから声を掛けられた。

 カナメにとって断る理由は無い。了承ついでに顔を見るとそこに居たのはコウタだった。

 「お前同じ寮だったのか」

 「そうみたいだな。偶然見かけたから追いかけてきたんだ」

 「それはわざわざ悪かったな」

 「いやいや気にするな。ところで大丈夫なのか?」

 「ああ大丈夫だ。もう痛みは引いてるよ」

 結局カナメは昨日の実戦実技でコウタとペアを組み対戦した。

 開始早々、全力でコウタがカナメに仕掛けたことで、瞬きする間にカナメは昇天することになった。

 避けることも出来ずに、コウタの多角甲盾フォースアーマーの直撃を受けたのだ。

 本来は盾として使うこのバリアは、よく見ると手のひらサイズのバリアが網目状に張り巡らされた代物だった。それを前方へ向けて、さながら散弾銃のように撃ち出されては、カナメにはどうすることも出来なかった。

 「違う違う。嬢ちゃんたちのことだ。あのあと治療室に行ったんだろ?」

 「そっちか」

 「当たり前だ。野郎の心配なんてするだけ無駄だ」

 確かにその通り。男子として当然の思考だ。

 昨日カナメは実戦実技終了後、すぐに学園内にある治療室へと向かった。

 幸いにも治癒が使える能力者が来てくれたお陰で、二人とも重傷にならずに済んでいた。

 「二人とも早ければ今週末には出てこれるそうだ」

 「派手にやりあったからもっとかかると思ったが良かったな」

 コウタは顔をほころばせ無事を喜んでくれた。

 初対面でろくな会話も無いまま実戦実技をかわし、コテンパンにやられた相手だが、カナメにとって思いのほか好印象だった。

 しかしその印象は早くも覆される結果となる。

 「それで結局カナメ、お前はどっちとヨロシクするんだ?」

 ニヤ付いたコウタが拳を作ると、親指を挟み下品なジェスチャーをしてきたのだ。


 カナメは朝食を摂り終えると部屋に戻り、7時40分には寮を出た。高等部までの道のりは約3キロ。定期輸送車に乗れば15分ほどで到着できる為、時間の余裕はある。

 しかし満員の輸送車に乗るほど物好きではない。40分ほど歩くことになるが、早めに寮を出たのだ。

 すると幸か不幸か、カナメはエントランスでコウタと鉢合わせした。

 どうやら彼も同じ算段だったようで、必然的に一緒に登校することになった。

 はじめは出身校の他愛も無い会話だったが、次第にユリ、シオリとの関係についての話となった。カナメにとって特に隠すような話もないので、事実をそのまま伝えると、意外と彼はすんなりと納得してくれた。

 「まあ女心なんて俺にはわかんねーけど、何か不思議な感じがするのは確かだ」

 コウタはマジマジとカナメの顔を覗き込む。

 「ちょっとまて、俺にその気はないぞ」

 あわててコウタがカナメから離れた。

 「俺もねーよ気色悪い。そうじゃなくてどうも気になるんだよな」

 「何がだ?」

 「カナメ。お前のアビリティって結局何なんだ?」

 カナメはたずねられたことに対して、一瞬の戸惑いを見せるが、すぐに何事も無いかのように口を開いた。

 「能力未発達者インファントだ」

 予想外の回答にコウタも一瞬戸惑いを見せる。

 能力未発達者とはそのままの意味で、OZEを用いたアビリティが無いことを意味する。

 コウタがすぐに強い口調で反論した。

 「いや、それは嘘だ。つじつまが合わない」

 「事実だ」

 いたって冷静にカナメが答えるが、コウタの語気は更に強くなった。

 「絶対に嘘だな。お前が能力未発達者インファントなら、なお更昨日の結果は納得いかない」

 コウタは一呼吸置くと、少し落ち着いた口調で話し始めた。

 「お前にアビリティが無いという前提ならば、俺とお前が同じ第360学区高等部に居ることに矛盾がある。少なくともこの高等部は比較的上位の学校だ。そこに能力未発達者インファントの者が入るには必然的にアイテールの出力が並以上となるのが必須だろう。

 しかしカナメの昨日の試合を見る限りアイテールは平均的だった。だからこそお前は何か隠しているはずだ」

 カナメは指摘を受けたことよりも、コウタが思ったことを包み隠さず言葉にしたことに驚いた。実直だからこそ思ったことは口に出したい性格なのだろう。

 常に相手の顔色を伺い本音を出すことができないカナメにとって、間逆の性質で少し眩しくも感じた。

 「高く買いすぎだよコウタ。少なくとも俺のOZEは人並みで、たまたまこの学校に振り分けられたんだ」

 「いや違うなカナメ。可能性としてそれは低すぎる。俺が考えるに可能性は2つ。アビリティを隠したくて弱い振りをしている可能性。または本当にアビリティが無くて、実力を隠したいという可能性だ。」

 「仮にそうだとして、どうしてそこまで執着するんだ? 初めての実戦で動けなかっただけかもしれないぞ」

 二人の間に少しの静寂が流れるが、コウタの笑い声がその空気をかき消した。

 「カナメ、その答えはどちらかを肯定することと同じだぞ。まあ本当はここまで固執するつもりは無かったんだが、俺は今日からお前の親友になると決めたからな、どうしても知っておきたいんだ」

 じっとコウタがカナメの瞳を覗く。耐え切れなくなったカナメが口を開いた。

 「判った。俺の負けだよ。正直にいうとアイテールの量は平均以上なのは間違いない。だからこそ360学区高等部に入学できたんだ。そして残念ながらアビリティが無いのは本当だ。学校側にも俺は能力未発達者と間違いなく登録されてるよ」

 「だがそれはあくまで表向きなんだろ?」

 再び二人の間に沈黙が訪れた。コウタはどうあってもカナメを開放する気は無いようだった。

 「期待しても無駄だぞ」

 諦め混じりにカナメが呟やくと、コウタは勝ち誇ったように笑顔を見せ口を開いた。

 「安心しろ口は堅いし、何より俺はしぶといぞ」

 「分かったよ。俺の負けだ。限界までは教えるから勘弁してくれ」

 「限界か……仕方ないな今日はそれで勘弁してやろう」

 「コウタが言うとおり俺はアビリティを隠している」

 「どうしてだ?」

 「悪いがそれは言えない。あえて表現するなら俺が使いたくないからだ。だから俺は死ぬまで使う気は無い」

 カナメは強い語気で告げた。

 「どういう能力かは言えないのか?」

 コウタが改めて尋ねるが、カナメは静かに首を横に振った。

 「そこまで決意してるなら仕方ないな……思わずお前が言いたくなるまでじっくり待つとするよ」

 「そうしてくれると有りがたい……済まないな……」

 カナメが少しだけこうべを垂れると、コウタがそれを制した。

 「いやいやカナメが頭を下げる必要は無い。むしろ俺のほうが悪かった」

 コウタが頭を下げるが、カナメもそれを制すと、手を差し出し握手を求めた。

 一瞬ポカンとしたコウタだったが、すぐに意図を理解すると、強く握り返した。

 「ところでカナメ。ひとつだけ腑に落ちない点がある」

 「奇遇だな。俺もコウタに対してひとつ聞きたいことがあったんだ」

 「じゃあ今まで喋らせた分、カナメが先にいいぞ」

 「俺が聞きたいのは、コウタが俺を疑ったきっかけだな。いくらなんでも俺が弱かったからじゃ説明にならないと思う」

 「まあ単純に直感だな」

 カナメが絶句すると、満足げな表情で言葉を付け足した。

 「試合が始まり、俺が攻撃を仕掛ける前から、カナメは俺の攻撃がどんなものか分かっているような気がしたんだ。あの時お前は回避ではなく防御を選んだ。根拠は無いがそこに引っかかったんだ。さらに付け加えるなら、俺みたいな厳つい男が始まる前から闘志ムンムンでアイテール練ってたら普通逃げるだろ」

 「腑に落ちないが、コウタの嗅覚が鋭いのは実感してるしな。とりあえず分かったよ」

 納得できない態度をとりつつも、カナメは理解を示し、今度はコウタの問いを促した。

 「俺が聞きたいのはお前がわざと負けた理由だ」

 「わざと負けたと断定するのか?」

 「なんとなく想像できるがカナメはわざと負けた。これは断定できる」

 コウタの勘の鋭さに少し辟易しながらもカナメが深く息を吐いた

 「まあお前の想像通りの理由だよ。単純に目立ちたくなかったんだ。ただでさえあの二人の影響で目立ってたし、みんな期待してただろ?だから雑魚だと思われないと今後が面倒だしな」

 「まあその努力は認めるがもう無理だと思うぞ。目立ちすぎだ」

 「……ほっといてくれ」


 予鈴10分前、余裕を持った登校を完了し、教室にたどり着くとコウタは勢いよくドアを開いた。

 教室には殆どの生徒が登校し、数人ずつのグループで談笑していたが、二人の登場で一瞬静かになるが、すぐに元通りとなった。

 コウタはデスクに荷物を置くと、すぐにカナメのもとへ訪れ、談笑の続きを行う。

 二人とも遠巻きに見られてることを自覚しつつも、会話を続けた。

 「見事に予想通りの反応だな」

 コウタは特に気にしてないように告げるが、カナメがため息をついた。

 二人は教室に入る前に概ねの予想を立てていた。出会って間もないクラスメイトたちは、二人に対して間違いなく様子見というスタンスで来るだろう。

 些細な挙動すらも監視される。

従って目立たず平穏に無害をアピールしなくてはならない。

 「おいおいカナメ、ため息は幸せが逃げるぞ」

 「この世の中に幸せなんて本当にあるのか?」

 「とりあえずカナメがこの状況を引きずっている限り、あと10年は来ないな」

 「正論で返すな。それくらい俺も判ってるよ。でも入学直後にして、すでに目立っているこの状況が許せないんだ……」

 「それは身から出た錆だからな。諦めろ」

 うな垂れるカナメは、今後訪れるだろう問題について、どれだけ穏便に対処できるか心配になるが、考えれば考えるほどドツボに嵌るような感覚に襲われていった。

 直近の難関は今週末。

例の2人が退院する日だ。それをどう乗り切るかが問題だった。

 「大丈夫。カナメは私が幸せにする」

 「うわあああああ」

 突然背後から掛けられた言葉に、カナメが思わず悲鳴を上げた。

 聞き覚えのある落ち着いた声だが、あまりに不意打ち過ぎた。

 カナメがあわてて後ろを振り返ると、そこにはシオリが立っていた。

 美しい銀髪。少し長めの前髪の隙間からは、トレードマークのほのかに青みがかった瞳が、真っ直ぐカナメを見つめていた。

 「け、怪我は大丈夫なのか?」

 「大丈夫。問題ない」

 「問題ないって……あれだけの怪我が一日で治るわけ無いじゃないか」

 「心配してくれるの?」

 「当たり前だ」

 カナメの目の前にいる少女は昨日の放課後の話では、治癒治療を受けても完治に数日は掛かる状態だった。

 治癒無しならば1ヶ月以上の入院だろう。それが24時間も経過してない状態での登校だった。

 クラスメイトからも驚くような声が聞こえてくる。中にはなにやらゾンビだのノスフェラトゥだのという単語も含まれていた。

 女の子に対して使う言葉じゃないが、それほど驚くべきことなのは確かだ。

 「私のアビリティは増幅」

 「どういうことだ?」

 隣で聞いていたコウタが説明を求めるが、それに答えたのはカナメだった。

 「なるほど。シオリは治癒治療されている間、増幅を使って治癒力を高めたのか」

 「少し違う。私のアビリティは本来自分用ではない。自分を増幅するより他人を増幅するほうが遥かに効率が良い」

 「つまり自分ではなく治癒能力者に増幅を掛けて治療してもらったということか」

 無言で頷いたシオリが、おもむろにカナメの腰を抱くようにしがみついた。

 「好き」

 「なっ!?」

 何の前触れもないシオリの行為に、一連を見守っていたクラスのオーディエンスが色めきだった。

 なにやら女子がキャーキャー喚いている。一部の男子からは入学式から狙ってたのに、という悲痛のな叫びや落胆の声があがった。

 しかしその喧騒を一瞬で吹き飛ばす乱入者が現れた。

 「何やってのよこのスカタン!」

 美しい弧を描いた拳が、見事にカナメを捕らえた。

衝撃に噴き飛ばされる。

 視界の暗転と共に訪れるほんのりとやわらかい感触。

 むせる様な甘い香りが、脳を溶かすように痛みを緩和し、天国の淵へと誘う。

 しかし同時に襲われる息苦しさと殺気がカナメを現実へと引き戻した。

 倒れた身体の上、主に顔の上で、不自然にマウントポジションを取るシオリを引き剥がし、立つのも忘れて殺気の元を確認すると、そこには予想通りユリが般若の形相で見下ろしていた。

 「カナメ。私はいつでも受け入れる準備は完了している」

 引き剥がされたシオリがカナメの腰に手を回しつぶやく。しかし今はそれどころじゃない。

 「誤解だユリ。話せばわかる」

 「何が誤解なのかしら?」

 落ち着いた声が、逆に恐怖をあおる。

 「俺とシオリはなんでもない。ただの友達だ!」

 「あらやだ。私はカナメが誰とチチクリ合おうと知ったことじゃありませんわよホホホホホホ」

 「嘘だろ」

 「嘘だな」

 「嘘ね」

 「殴っといてそれは無いだろ」

 周りのクラスメイトたちが一斉にツッこんだものの、ユリの一睨みで静かになった。

 しかし静かにならない者が一名。コウタである。

 「ユリっつったっけ?カナメが好きなら素直になれよ」

 「な、何言ってるのよ。私がこんなやつ好きなわけ無いじゃない」

 「嘘だろ」

 「嘘だな」

 「嘘ね」

 「顔真っ赤にしてそれは無いだろ」

 周りのクラスメイトたちが思わずツッこんだものの、ユリの一睨みで再び静かになる。

 「じゃあなんでカナメを殴るんだ?嫉妬だろ?」

 「ちちちちち違うわよ。往来で盛ってる犬には躾が必要でしょ。そう、これは友人であるが故に取った友情の鞭なのよ」

 「嫉妬だろ」

 「嫉妬だな」

 「嫉妬ね」

 「ダチでもそこまでしねーよ」

 観衆も慣れたのかユリの眼光も効果は無くなってきたようだ。

 「じゃあ何か? この二人がプライベートな時間にプライベートな場所で、お互いのプライベートな部分を弄りあって、濃密なプライベートを演出するのはいいのか?」

 「そんなの駄目に決まってるじゃない!」

 「なんでだ? 俺はカナメの大親友だが別にパブリックな場所じゃない限りOKだぞ」

 「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」

 顔を真っ赤にしたユリが歯軋りをしながら地団駄を踏む。それを見たコウタが彼女を諭すように口を開いた。

 「いい加減認めたらどうだ。カナメが好きなら好きだと言ったほうが楽になる。それに堂々と二人に口出しできるぞ。なっ?」

 「み、認められないわ」

 しかしそう言いつつも、彼女の瞳には大きく動揺の色が浮き出ていたことにコウタは気づいていた。

 「このままだとお前はシオリに負けるがいいのか?」

 コウタの囁きに動揺していたユリの瞳が大きく見開かれる。

 「わ、私は……」

 さっきまで騒いでいたオーディエンスがいつの間にか静かに彼女を見守り、彼女の回答を期待する。

 「私は…………」

 誰も見たことも無いほどしおらしくなったユリが指をモジモジと動かしゆっくりと言葉を紡いだ。

 「私は……カナメのことが……す、す、すすすすすすすす…………」

「す?」

「す……す…………スケジュールあいてる?」

 緊張の糸が切れたように場の空気が緩和し、カナメ以外の人間が崩れ落ちた。

 「スケジュール空いてるなら、今夜アリーナでリズの試合を一緒に見に行かない?ほら超高度電離陽子砲プラズマブレスとの試合、面白そうって言ってたじゃない。端の席なら当日券で入れるし。私もすごく見たかったのよね」

 その場を誤魔化すようにユリが矢継ぎ早に言葉を発した。

 すでに解散し始めた観衆をよそに、カナメは究極の選択を迫られずに済んだ安堵から、何度も頷くとその提案を承諾した。


ご覧いただきありがとうございます。

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