死闘1
口元が釣り上がり目じりが大きく歪んでいるが、瞳は決して笑っていない。
敵意や殺意の類いであるが、なによりも強い嫉妬が心を支配している。
今カナメに歩み寄るのはバトルアリーナの頂点、そして憲兵の実質的な頂点、治安維持局中央特捜課課長、超高度電離陽子砲のタツミである。
対するカナメは、気を失い横になっているリズを抱いている体勢だった。
「よもやこんなにも早く、貴様を殺す日が来るとは予想外だったよ」
強い敵意が肌越しにビリビリと伝わってくる。
感応を使わなくとも流れ込む感情は、凶暴な怒気を含んでいた。
「俺は別にあんたを恨んじゃいない。むしろこの都市を、人類を救うために手を貸して欲しいとも思っている」
「私の城を襲撃しておいて、それは都合が良すぎるんじゃないのか」
「最後まで迷ったが、なにより時間が無かった。全てを救うには皆が闘わなければいけない。誰かに与えられる道だけを享受してきた結果がこれだ。だからこそ皆に考えて欲しかった。気づいて欲しかったんだ」
「分からんなあ。理解できない。寧ろ理解するに値しない」
「なんだと」
「下種が何様だ。皆を救う? この都市は私のモノだ。私が導き、私がキングとなる。理想的で完璧な実績をあげる最高の区画都市となるのだ。貴様は言ったな皆を救うと。もう答えは出ているじゃないか。私が統治することが、皆を救うことになる」
「答えになってない。マイグレートで殺される人はどうなる。俺が見せたものは全て真実だ」
「アレが真実だと? だからこの社会を壊すというのか?」
「そうだ。人は家畜じゃない」
「笑止。貴様がみせたモノが本物だという証拠が無いではないか」
「証拠を集め、お前を説得する間にマイグレートは終わってしまう。300万人を見殺しにしろって言うのか」
「では貴様は、明日人殺しをするという理由で捕まり、即日のうちに死刑になっても文句はないのだな」
「違う、殺す必要は無いじゃないか。更正するんだ。正しい道へ進むための指標を示すんだよ。だからこそお前も協力してプラントを」
「何故貴様の指図を受けなきゃならない」
「なっ」
「試しに意見を聞いてみれば世迷言を。しかしよーく分かった。貴様は言葉だけは巧みだ。心を読むという穢い能力を得てるだけはある。実戦実技で私の攻撃を躱したのもそういうことだったのだな。合点がいったよ。リズがここに居る理由も、貴様がたぶらかしたのだろう。人の弱みを覗く醜悪な下種が、今度は私の都市を手に入れるつもりとは、恥を知れ」
「そんなことあるわけないだろっ」
「立て。もう貴様と話すことは無い。都市を浄化するためにも貴様を殺し、リズを解放しなくてはな」
さらに膨れ上がる憎悪の感情がカナメに突き刺さる。説得に応じる精神状態で無いのは明らかだった。
それはつまりタツミとの決闘を意味している。
前回闘った時の感覚は残っている。それは自信に繋がるようなモノではなく、恐怖。
アビリティを制限した状態で感じた一級品の力。
今回は一切の制限を解放し、ただただ自分を殺すためだけに能力を使うだろう。しかし争いを回避する術は無い。人類を救うためには否応にもタツミを倒す必要がある。
震える手にグッと力を込める。
ハウンド1人もまともに倒せない自分が超高度電離陽子砲を相手にする。なんと無謀なことか。しかしそれはなんと勇往なことか。
ここで引くことは仲間の死を意味する。
自分を信じてくれた友。
そしてまだ見ぬ支援者たちの信頼の為に、タツミを打倒すること決意した。
そっとリズを地面に置くカナメ。
彼女が巻き込まれないように弧を描くように距離を取った。
身体全身をアイテールで覆う。
タツミの挙動、指先の微かな動きまでも感知するために全力で感応を展開した。
『雷陣』
カナメの脳にタツミの思考が流れる。
その刹那カナメが大きく後ろへ跳躍した。
地面から電撃の柱が幾重も上がり、バリバリと音を立て放射状に広がった。
「読んだなっ、ならばこれならどうだっ」
雷陣がまだ消えぬうちにタツミがカナメに向けて手を翳す。
『尖雷』
刹那轟く音を伴って一直線に稲妻が疾った。
無理やり地面を蹴ったカナメが横へ逃げる。これは身体を掠るだけでも十分致命傷となる。一瞬で 高電圧の電流が身体を駆け巡り命を落とすだろう。
さらに二撃、三撃と次々に尖雷が疾った。
カナメとしてはある程度距離を保っているこの状況ならば、避け続けることは可能な範囲であった。手口は分かる。指先の向きも、相手が自分の位置を修正する挙動すらも鮮明に脳へ入って来ている。
瞬きも忘れるくらいタツミを凝視集中して回避を続けていた。もしこれが複数相手だったとしたらこうはいかなかっただろう。どうしても注意が散漫となり、相手の挙動全てを把握できるだけの集中が出来ないからだ。
この状況で周りを気にする余裕は無い。せめてリズの方へ行かないようにするのが精々であった。
更にタツミを包むアイテールが増大した。
「リズは避けたぞ。貴様はどうだああああ」
タツミの手の平に光る球体が現れた。
『雷宮』
電気を帯びた光球が複数カナメに迫る。
これはアリーナでタツミがリズに使った技の1つ。
小さな電撃を降らせる光の球だった。
リズはこれを疾風三槍で撃ち落していたが、カナメに迎撃の技は無い。獲物を求め電撃を放つ光の球はそこまで来ている。
「くそったれええ」
迫る雷宮は計4つ。
この技の弱点はこの光球の性質にある。溜め込まれた電気は周囲に雷を振りまくが、光球自体が何 かに接触した場合、その接触物に全ての電気が流れてしまうのだ。つまりカナメが取った策は1つ。
上着を投げ、腕時計を投げ携帯端末を投げつけた。見事迎撃に成功するが1つがまだ残っている。
とっさに近くに置かれていた誘導用のモニタを投げつけた。
高圧の電撃を帯びたモニタが空中で爆発した。
「さすが逃げ足だけは一級品だな。だがそれも距離あってのこと」
タツミがカナメを目掛けて疾走した。
接近戦。
中遠距離の攻撃方法を持たないカナメにとっては攻勢に出る好機であるが、それは自殺に近い選択であった。
故にカナメは距離を縮められないように逃げる選択をする。
「無様に逃げるかっ」
そもそもカナメは勝利を掴むために、最低限クリアしなければならないポイントを理解していた。
それは単純だが、タツミを極限まで消耗させることである。どれくらい時間が掛かるか分からないが、逃げて逃げて逃げまくって、最後に疲れたところを仕留めるしかない。
それまでに自分がバテたらアウトであるし、憲兵の応援がきてもアウトであった。しかし他に手が無いのだ。
実戦実技の時は70分間耐えてみせた。今回はどれくらいだろう。アビリティを容赦なく使用している為、そう長くは続かないと踏んでいるが、それも相手の一手一手を正確に読み続けた先にあるのだ。
無様だろうが何だろうが凌ぐしかない。
背後から尖雷が奔る。
幾つもの稲光がカナメを死地へと誘うが、見切るしかない。発生の直前で軌道を何度も変えながら逃げ続けた。
しかしそれも限界が近づいていることにカナメは気づいていた。
ゲートが視界を覆う。壁際に追い詰められたのだ。
逃げている途中も幾重も尖雷が伸び、また囲うように雷宮が逃げ道を限定していることに気付いていたが、現実的な逃げ場が他に無かったのである。
頭が痛い。
すでに焼き切れるように熱い感覚に見舞われている。
これは相手の挙動を極限まで読み込むために、脳の処理がフル稼働しているせいだった。
しかし、だからといって止めるわけには行かない。鋼鉄の壁を背に、正面にはタツミが歩み寄っていたからだ。
正念場である。
「やっと追い詰めたぞ。こそこそ時間稼ぎとは情け無い」
「そんな俺に前回は手も足も出なかったのはお前だろ」
タツミの足元を中心に電気が走る。
「癇に障ったのか」
「よかろう。ならば私が再び稽古をつけてやろうじゃないか。今回は手加減はせん」
乗ってきた。安い挑発だが実技での一件が、看過できないほどプライドを傷つけていたのだ。
挑発するのには理由があった。中途半端な接近戦で電撃を使われるより、超接近戦で相手にする方がマシだったからである。
「望むところだっ」
タツミの抜き手がカナメを襲う。
ギリギリで躱すカナメににチクリと痛みが走った。
帯電している電気が、バチバチとカナメに流れてくるのだ。
さほど痛いわけではないが、意識の集中を低下させる巧手であった。
しかし気にしては居られない。全身全霊を持って回避をしなければならないのだ。
防御に回すアイテールすらも感応へと回す。
次々と襲い来る必殺の打撃は、当れば骨を砕くような強烈な蹴りも交え、熾烈なものへとなっていく。
繰り出される拳。そして吐き出さされる電撃のコンボ。
伸ばす腕には電気が伴い、光が弾ける。
ただの1つ、一手当るだけ、すこしでも相手に接触するだけで致命傷を受ける極限の状態。タツミの脳が神経を伝い、身体を動かす信号すらも感知し、回避を続けるカナメ。
視界にはタツミの脳から流れる電気信号と、神経の筋が視えている。
数千億の細胞の動きを把握し、相手の行動を察知する。
究極な運用を強いられた脳があげる悲鳴を、ことごとく無視し感応に集中した。
常人ならば気が狂ってしまうほどの頭痛も、脳内麻薬が快楽に換える。
いつしかスリリングな状況で感じていた恐怖が消え、胸が躍るような楽しさが心に生まれてきた。
気付けば左腕の感覚が無くなっている。
いつの間にか攻撃があたったのだろうか。
しかし今のカナメには理解することは出来ない。
動けているということは死んでないということであり、左腕がどうなったかは些細なことであった。
タツミが何か叫んでいる。
「貴様の左腕は死んだあああああ」
口元は恭悦を感じているように笑っているが、今のカナメには理解出来なかった。
更に速くなるタツミの攻撃は、得意の電撃を体中に帯び、一触即発の体となっている。
繰り出される手数は100を越え、1000に近づきつつある。
しかしそれもカナメにはどうでもいいことだった。
当らなければいいのだ。
今やカナメの視界は真っ暗で、唯一タツミだけが視えている。
世界は停止しているように緩やかで、穏やかであった。
先ほどまで感じていた楽しさも、このマンネリな世界では保つことは出来ない。
逆に今まで感じたことの無いような、形容し難い清廉な気持ちを得ていた。
不意にカナメの心に体感したこと無い衝撃が疾った。
それは新世界の始まりを伝えるビッグバンであり、つまりはカナメの脳に新たな世界の誕生を意味してた。
感応。
それは相手の考えを読み取る能力。
同時に伝えることもできる。
一方通信ではない相互通信による深い理解を可能とする。
極限で磨かれた感応は、相手の脳を、相手の神経を、相手の精神を解読した。
故にカナメの脳はタツミを内包するに至る。
故にカナメは最強の矛を得た。
当初勝算は限りなく低かった。
今でも瞳は血走り、息も荒い。
しかし絶対に負けないことが確定した。
いや、むしろ絶対的な勝利が約束されたのだ。
「いい加減に死ねええええええ」
タツミが渾身の力で拳を振るう。
その拳には樹木を真っ黒に焦がす程の電気を帯びている。
ふと一陣の風が流れたかに思えた。
――その刹那――
巨大な雷鳴が轟く。
突然のことに反応できなかったタツミが吹き飛ばされ尻餅をついていた。
そしてその爆音の中心には全身に雷を纏うカナメが立っていた。
ご覧頂き有難うございます。




