本番前
治安維持局中央管理本部の屋上で、カナメが崩れるように尻餅をついたのは、全住民への感応が終わった瞬間だった。
「カナメ、大丈夫?」
傍らでは咄嗟に手を伸ばしたシオリがカナメを抱くように介抱する。
「俺は問題ない。それよりもシオリは大丈夫か?」
「私は大丈夫。あくまで増幅は補助だから」
そう言いながらもシオリの額には、カナメと同様にびっしりと汗を掻いていた。
カナメの感応にも有効範囲が存在する。もともとアイテールの総量が常人離れしているカナメにとって、本気を出せば中央区全域をカバーすることは可能であった。
しかし、距離が遠くなればなるほど伝わりにくくなるし、記憶の伝達も曖昧なものとなる。
リズの当初の計画では八割の人間に伝えるのが限度だと考えられていたが、それを都市全域までに効果を発揮し、例外なく全ての住民に伝える術が提案された。
それがシオリの増幅である。
カナメはやる以上、全ての住民を巻き込むことに固執し、自らシオリの起用方法を提案した。
それは真実を知らぬまま、住人に敵にも味方にもなって欲しくなかったからである。
自身のことだから、しっかりと情報を得た上で判断してほしい。
そういう想いが込められていた。
息を整えるように深呼吸を繰り返す2人。間もなくして階段を駆け上がる音と共に見知った顔が現れた。
「完璧だったなカナメ」
コウタが声を掛ける。続いてユリが顔を出した。
「放送はバッチリよ。今は映像をリピートさせているわ」
カナメが片手を上げて応じた。今はかなり消耗している状態であるが、大きな目標の1つが達成されすこし笑みがこぼれる。
「良くやったなカナメ。上出来だ」
最後に屋上に足を踏み入れたのはリズだった。
衣服は派手に汚れており、激しい戦況だったことが一目でうかがい知る事が出来るなりだった。
彼女はカナメの放送が始まるまで一階で詰め寄る憲兵達を1人で相手にしていた。それはひとえにカナメの感応を邪魔させないための行為だった。
ギリギリまで憲兵達を押し留めると、彼女は一目散に階段を駆け上った。途中、足止めのために壁や階段を疾風三槍で何度も破壊しながら、注意を引き続けたのだ。
派手に暴れたのはテレポーターや浮遊を使える能力者を単独で上階に上がらせないためでもある。
一人で甚大な被害をもたらす鬼。その仲間も同様に鬼であるかもしれない恐怖が、そういった能力者の足を止めたのだった。
「リズ。君も無事で良かった」
「いやいや君の功績に比べたら小さいことさ」
三人がカナメとシオリに歩み寄った。
近くで見るとリズはところどころ血が滲んでおり、切り傷や擦り傷にまみれていた。
「リズ……その傷大丈夫なのか?」
カナメが起き上がりながら口を開いた。とてもスルー出来るような状態ではなかったからだ。
「問題ない。こんなものは唾をつけとけば治るさ。……もしかしてカナメが舐めてくれるのか?」
「あんた何っているのよ。カナメは疲れてるんだからコウタにでも舐めてもらいなさい」
コウタがはっと驚きながらも期待の瞳でリズを見つめるが、その期待は無碍に終わることになった。
「さて諸君。私の傷なんかよりも目下重大な問題がある」
「ここからの脱出だな」
カナメが答える。
「その通りだ。早く逃げないと超高度電離陽子砲のタツミがそこまで来ているからな」
リズはそう告げると、屋上に併設されている格納庫へと歩みを進めた。
外壁に取り付けられているのは、シャッター開閉のボタン。彼女はそれを躊躇せずに押し込むと中へと進み、整備デッキもかねている格納庫の照明を灯した。
リズ以外から驚きの声が上がる。
作戦会議において脱出については、本部屋上にある航空機を奪取する算段でまとまって居たが、予想外の代物が置いてあったからだ。
「これに乗るのか?」
すこし呆れた表情でカナメがリズに問いかけた。
「そうだ。この区画都市において唯一、空を飛ぶことが出来る乗り物はこれだけだ。安心しろ操縦はなんとかなる」
「なんとかなるって……そもそもこいつは人が乗るスペースはあるのか?」
「一般的な機体はすべて無人式だか、この憲兵用は治安維持のための有人哨戒機だ。武装は無いが詰めれば全員入る。さあ皆、時間が無い急ぐぞ」
リズはそう告げると、格納庫中央に鎮座する対潜航空機乙類・多翼可動式目オーダー2、通称ハチドリへ近づくと機体前部のハッチを開き操縦席へと就いた。
「何してる。乗り込め」
彼女の声と同時にハチドリから駆動音が轟く。すぐに熱風が辺りを包み格納庫の中を嵐が襲った。
「仕方ないわね。行くわよ」
ユリとシオリがハチドリへと乗り込むと、それに続くようにコウタとカナメも後を追った。
ハチドリは5人全員を収容すると、リズの操縦で空高く舞う。目指すは区画都市東区にあるマイグレート用ゲート。
目的はゲートを破壊し、区画都市そのものの存在意義を無くすこと。人間は外で生きていけることを証明することにある。
またゲートを破壊することは、プラントを作りあげた黒幕を引きずり出す狙いもあった。
彼らの前途は多難だが、負けられない戦いはこれからが本番であった。
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