中央公園
マイグレートを祝福するため表へ出た人々が続々と中央区へと集まっている。
いたるところで歓声があがり、煌びやかな照明や音楽が場を盛り上げ、各所に配備された配水車が多様な種類のドリンクを振る舞っている。
もちろん食べ物を振る舞う屋台も数多く配備されていた。
その中心といえる中央公園はさらに活気で溢れ、ひしめき合うほどの人が集まっていた。
広場に特設されたステージには巨大モニタが設置され、ステージの映像は都市内の全モニタへ実況中継されている。
壇上に居るのは、この前夜祭の主催者や人気アイドル、そして治安維持局の現場トップである超高度電離陽子砲のタツミだった。
「無駄な時間だな」
ステージ上の来賓席に座っていたタツミが言葉を漏らした。
誰に対して言ったわけではない、無意識に口からこぼれたのだ。
現在中央でマイクをとっているのは、この祭りの主催者である大手ニュースクランのマスターである。今回のマイグレートで世代交代となり、新たにマスターとなった人間だった。
強く高揚しているのだろう、初めて仕切る大口のイベントを前にして、区画都市機能やマイグレートシステムの有益性を尊大に吹聴している。
言葉巧みに語る姿は、腐っても大手組織のトップを感じさせる気概を持ち合わせていた。
先ほどタツミが漏らした言葉は、このイベント自体に向けられたのか、またはこの男の演説に向けられたのか。
おそらく両方に向けられているのだろう、それを裏付けるようにタツミは興味無さ気に男を見つめ深いため息をついた。
彼の頭の中はすでに、マイグレート後から正式に始まる新体制のことで一杯だった。
ようやく、邪魔で仕方が無かった上の人間が消える。
世話になった者も居るが、多くは都市機能に胡坐をかくだけの無能な連中だった。
しかしそれが今夜を機に根こそぎ居なくなる。その事実を実感する為のイベントならば、あながち無駄では無い。
「クックックック……」
思わず笑いがこぼれる。
シリウス最強で権力者の立場にあるタツミを止める者は居ない。たとえそれが治安維持局中央本部、局長や副局長といった人間であってもだ。
現在の区画都市シリウスのイニシアチブをもっているのは彼である。最強部隊といわれるハウンドをかしずかせ、軍事的な実権を支配してた。
そしてそれは都市の最高権力者になることを暗に示唆していた。彼にとって邪魔な人間を失脚させることは容易いからである。
司会の声が不意に耳に入る。
気がつくと主催の演説は終わっており、タツミの名を叫んでいた。
「それでは、シリウスに住まう市民の皆様お待たせしました。戦う姿は正に電光石火、稲妻のように現れた若き天才。都市の治安を最前線で守る英雄、治安維持局中央特捜課課長、超高度電離陽子砲ことタツミさんの登場だー」
一際盛大な歓声が都市中からこだました。
昨年前までは一部隊の隊長だったとは思えない人気振りだ。
それもそのはず、本来嫌われる立場の憲兵ではあるが、アリーナの頂点に立つ人間なのだ。
暴力的で冷たい性格と、激情家な顔も持ち合わせていることは周知されているが、ナルシストゆえの饒舌なトークパフォーマンスで常にアリーナを沸かせてきた。
それに加え、デスペラードの掃討といった英雄的な実績を作っていることが、嫌われるにしても好まれるにしても、人気に拍車をかけていた。
中央に来るとさらに歓声が強くなりボルテージは早くも最高潮を迎えた。
タツミはそれをひとしきり堪能すると、歓声を手で制した後で口を開いた。
「諸君。特に今宵、マイグレートを控えた長兄長姉たちよ。長い研鑽の日々が報われる時が迫っている。このシリウスに生まれ、同士に出会い、作り上げたものは全て運命なのだ。悩み葛藤する日々を乗り越え、涙を流し悲しみに暮れる日々を乗り越えて来たことも全て運命。生まれながらにして決められたことなのだ。しかし、シリウスはそんな諸君らにチャンスをくれた。それは努力することである。石は石、ガラスはガラスであることに変りは無いが、磨けば光る。諸君らは石ころだがその石が、数多くある区画都市で10位の地位を築き上げた。去る者達よ、胸を張り旅立つのだ。そして残された者たちよ、諸君らはまだ一片も輝いていない。この秩序ある平和を、世界を享受する残された者達よ。運命を受け入れ精進せよ。シリウスに栄光あれ。マイグレートに栄光あれ。運命に栄光あれ」
轟く拍手と歓声。
いつまでも鳴り止まぬ歓声がタツミにとって永遠に感じられたその時、唐突に異変は訪れた。
どアップでタツミの顔を映していたモニタの映像がブラックアウトすると、見知らぬ男の顔に切り替わったのだ。
ざわつく観衆。
しきりに何だという声が各所から上がるが、何かの手違いだろうという空気で特に混乱は無い。
しかしこの場で一人だけ動揺したものがいる。
タツミだ。
『下賎の劣等種が、自分の演説を邪魔するのか』
先日の試合以降、燻り続けている不快な感情が急激に湧き上がる。嫌悪を超えた憎しみは自覚していたが、その感情の出所については蓋をしていた。自尊心が認めることを許さなかったのだ。しかしそのたがが外れる音がした。
今までの高揚感はすでに消え、黒い感情が心を支配する。それは彼が生まれて始めて自覚した『嫉妬』だった。
リズを求め、必然として受け入れられるものと思っていたが、その願いは叶わなかった。これが始めての負けでもあった。
しかし恋焦がれる感情は刻々と増すばかり。
そんな時に目にしたのがリズとカナメのキス画像であった。
到底理解できる類のものでは無い。
運命が与えた試練なのかとも思ったが、最終的に彼は渦巻く黒い感情に身を委ねた。
それが360学区高等部へ訪れ、カナメに接触した理由である。
画面に映ったカナメから言葉が発せられた。
『10年に一度のマイグレート。その前夜祭、楽しい時間を邪魔することをお詫びします。しかし今からお知らせすることは、全都市住民の生死に深く関わりのある重大な内容です。衝撃的な内容ではありますが、全て真実です。だから、まずはこれを目を背けず見てください。心を閉ざすことなく見てください。その上で考えて欲しい』
ざわめくのはメイン会場だけでは無い。
都市のいたるところに設置された、全てのモニタから同様の映像が配信されていた。
画面が切り替わる。それは、区画都市外の映像。
煌びやかなさざ波が陽光を反射させ、多くの鳥達が風に乗り空を舞っている。水面ではイルカやクジラが飛沫を上げていた。
『これが現在の地球の姿です。空気は澄み、心地よい風が吹き、海には多くの生物達が命を営んでいる。大戦によって死の世界となった事実は創られた嘘だったのです』
画面には美しい映像が流れている。
しかし画面からカナメの声は響いて無い。
そう今語りかけているのは録画されたカナメのナレーションではなく、実際に彼の能力、感応を使い、直接心に届けているカナメの声だった。
大衆がこの違和感を察知するのに時間は必要なかった。
各所から困惑の声が上がる。
『すいません。説明するのを忘れていました。今私の声が皆さんに聞こえていると思いますが私のアビリティ、感応によるものです。これは現在体験しているように、私の思っていることや記憶を、皆さんの心に直接届ける事が可能です。また他人の思っていることを感じる事が出来ます。そして現在、私はこの能力を使い、全都市住民に私の声を届けています。危害を加えるつもりはありませんので、もう少しだけ私に時間をください』
「ふざけるな!」
壇上から怒声が響いた。
タツミだ。
彼の周りには、数名の憲兵達が集まっていた。
「何がおきている。どうして放送システムを奴が使っているんだ。本部の通信施設職員は何をしている」
「それが、現在その職員と連絡が取れない状態となっております。また、たった今入った報告では、本部が襲撃されており交戦中とのことです」
一人の憲兵が低姿勢で知り得る状況を告げる。タツミの怒りは頂点に達していた。
「ふざけやがって。首謀者はコイツか?」
「断定は出来ませんが、恐らく……」
「本部に残っていた連中は何をしているんだ。放送施設を占拠されるのを指を咥えて眺めていたのか」
沈黙が流れる。現場の状況を把握するにはあまりに情報が少ないのだ。
「殺せ」
タツミの言葉に場に緊張が走る。
「殺して構わん。無理して捕らえる必要は無い。関係者の生死は不問にする。即刻この馬鹿げた放送を止めるのだ」
「しかしタツミ君規則では」
1人の男が口を挟む。彼はタツミ同様にこの会場へ招待された治安維持局の幹部、副局長だった。
しかし彼の言葉を遮ってタツミが口を開いた。
「規則では都市の治安を脅かす者は、捕らえ更正施設にて再教育ですがテロリストは別です。著しく都市の治安を揺るがす者へは現場判断が最重要視されます。今がその時です」
人道的な観点から責任問題へとなり得ることに不安を覚えた副局長を言いくるめると、全憲兵へ徹底するよう指示をだし、自らも治安維持局本部棟へと足を向けた。
ご覧いただきありがとうございます。




