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治安維持局中央本部4

生暖かい感覚、じんわりと、そして精神が埋没しそうなほど柔軟な刺激が腕を襲った。

 見上げられる視線。

 瞳は仄かに憂いを帯び、控えめながら綺麗な薄紅色をした唇がしっとりと濡れていた。

 鼻腔を擽るのは満開の花園にも勝る甘い香り。

 おもわず引き離そうとするが、がっちりつかまれた腕が開放されることはなかった。

 「いくらなんでもくっつきすぎだ。う、うでが当たってる」

 声が響かないよう、カナメは小声で告げた。

 「胸の事を指しているのならば、正確には当たってるではなく、当てているという表現が正しい」

 「なんでだよ」

 「一般的な交際関係にある男女なら当然のこと。男女7歳にして同衾し、14にて立志、16にて子を孕み育てたるは女の甲斐性。古来よりそう言われている」

 「ねーよ。どんな世界だよまったく」

 「しかし私達は敵を欺かなければならない。そのためには迫真の演技をするよりも、本当の恋人になったほうが遥かに効率がいい」

 「いやいやいやいや、ここは演技をがんばってくれよ。そもそも俺が殆ど喋ってるじゃないか」

 「ではこれは怪しまれないためのアドリブということで」

 「何をコソコソしている、私語は慎め一般人。ここをどこだと思ってるんだ」

 カウンター越しに遺失物の届出履歴を確認していた憲兵が、苛立ちをあらわにした。

 「すいません」

 すかさずカナメが頭を下げる。シオリは変らずカナメにくっついたままだ。

 「各所に届けられた落し物は合計で541件。その中でお前らが言ってるようなブラウンのカバンは45個だ。ここから南に行くと架設されたテントがある。そに集められているはずだ。わかったらさっさと行け」

 少し投げやりな態度で憲兵が告げ、手を払うような仕草で出て行くように示した。

 「えっ?終わりですか」

 思ったより早く終わったやり取りに、焦りの色がでる。

 「いつまでもお前らに構ってられるほど暇じゃない。わかったらさっさと消えろ」

 「えっと、いや、あの……」

 「なんだ、まだ何かあるのか?」

 少なくともカナメとシオリはここで憲兵の注意を作戦開始の時間まで引き付け無ければならない。それには何が何でもあと60秒ほど時間を稼がなくてはならなかった。

 「こ、この娘の顔を見てください」

 しかしカナメから咄嗟に出た言葉はこんなものだった。

 「なんだ。それがどうかしたのか?」

 「いやいや、もっとよく見てくださいよ。じっくりと」

 憲兵は苛立ちつつもシオリの顔を覗き込む。隣で書類整理をしている憲兵も釣られて視線を送っている。多種多様な好みの違いはあるだろうが一般的な美的感覚でいうとシオリはかなり上玉に入る部類だ。

 「……それで、見たが何なんだ。まさか俺のかわいい彼女ですって自慢じゃねーだろうな」

 10年に一度の祭りの日に外にも出れず、一晩中こんなところで過ごさなければならない者にとって、女連れで祭りを謳歌する人間は呪いたいほど憎い相手である。

 しかも羨むほどの容姿をした女連れならば、その憎悪は想像を絶するものだ。特に独り身の男にとっては。

 「いや、まさかそんなことあるわけないじゃないですか……」

 しどろもどもになりながらカナメが言葉を紡ぐ。

 「だったらなんなんだよ。その娘を俺にくれるのか?ああ?」

 「いやいやいやいや、この娘良く見てくださいよ。じつは……実は男なんです!」

 追い詰められたカナメが必死になって出した答えは、ある意味効果ありだった。

 文字通り目が点となったカナメ以外の一同。

 シオリに至ってはあんぐりと口が開いている。

 唖然とした憲兵が動揺しながらも優しい瞳で口を開いた。

 「そ、そうか・・れ、恋愛は自由とはいえ、あまり大きな声で言えないのは理解できる。でもこんなにかわいいなら自慢もしたくなるよな。いいんだ、いいんだよ。今夜は無礼講だ。いくらでも愛し合ってくれ、男同士で!」

 うんうんと何度も顔を縦に振りながら憲兵が同情を示す中、不意にシオリに掴まれた腕に激痛が走った。

 理由は言わずもがな。

 恐る恐る視線を下ろすと、珍しく顔が真っ赤で不機嫌そうなシオリが睨んでいた。

 痛い。

 掴まれた腕に食い込む爪の感触。命の危険を感じた時だった。

 聞き覚えのある声がロビーに響いた。


 「みなさーんお勤めご苦労様でーす」

 カナメとシオリの視線が瞬時に交錯し身を屈めた。時間通りの登場に安堵する間も無く、衝撃と爆音が辺りを包む。

 作戦開始の鐘が鳴らされたのだ。

 シオリの手を取りボロボロのカウンターを乗り越えると、目に焼き付けていた右端のエレベーターへと駆け出した。

 憲兵達から酷く混乱した感情が流れ込んでくるお陰で、視界は無くとも位置を特定するのは容易い。あとはぶつからない様に駆け抜けるだけだった。

 呆気なく目的のエレベータへとたどり着き、上へのボタンを押下する。

 背後から連続した衝撃音が響いた。

 カウンターの憲兵達を倒した音だろう順調に事が進むことを願いつつ、カナメはシオリを連れてエレベータへと乗り込んだのだった。

 ロビーの喧騒が嘘のように静かな空間、エレベーターに持ち上げられる独特の感覚に身をゆだねながら、目的のフロアへの到着を待つ。

 「シオリ怪我は無いか」

 彼女からの反応は無い。やはり機嫌を損ねているようだ。

 「悪い。ごめんなさい。ホント悪かった。俺もテンパってて他に何も浮かばなかったんだ」

 頭を下げ素直に謝罪するカナメだが、一向にシオリからの反応は無い。

 「ごめん。本当に悪かった。決してシオリを男だなんて思ってない。どっちかっていうとすごく魅力的だと思ってる。だから許してくれ」

 再度カナメが深く頭を下げた。

 静かな時間が流れる中、じっとそれを見つめていたシオリが口を開いた。

 「ひとつ約束をしてくれるなら許す」

 「するするする。出来ることならなんでもする」

 思わず頭を上げ即答したカナメが見たものは、仏頂面だったシオリの口元が釣りあがる瞬間だった。

 「いや、ちょっとまて、なんでもって言っても限界は」

 「デート」

 「へ?」

 「全部終わったら二人だけでデート」

 「そ、それでいいのか?」

 「それがいい。ただ二人きりという前提を忘れてはならない」

 「わかったよ。許してくれてありがとうな」

 シオリは無言で頷くと、ぎゅっと腕を絡ませ少しだけ力を込めた。

 程なくして静かな時間が終わりを告げる。

 エレベーターは最上階へと到達した。

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