治安維持局中央本部2
入り口は透明な自動ドアであるため、開放感があり、エントランスも天井が高く広々としてる。
しかし観葉植物といったものや調度品の類は配置されておらず、飾りっ気の無い無機質な空間だった。
この建物は地上120階建て、人口1000万人を擁する都市治安維持の中枢となっているため通常ならば夜間も人の出入りが激しいのだが、今夜はマイグレート前夜祭。ほとんどの憲兵が出払っている。
現在このビルに居るのは、ロビー及び低階位に配置された予備の緊急時対応要員と、放送配信施設関連の担当者達の少数となっていた。
基本的に一階ロビーは開放されており出入りは自由になっている。
奥に設置されたカウンターで用件を伝えることで、然るべき部署の担当者が対応に当たるようになっている。
ただ一般人が訪れてまで利用することは少ない。
遺失物の届出やその受け取りが殆どである。
憲兵の主な任務は荒事の解決や、違法薬物の取り締まり、違法集会の解散、不良狩り、警邏となるが、これは被害者が本部に足を運ぶ必要のないものである。連絡一本で済む話だ。
遠くに楽隊や、ざわついた歓声が聞こえてくるものの、外の喧騒とは裏腹に建物内部は静かなものだった。
カウンターには憲兵が二名配置され、遺失物の届出に来たカップルの対応をしている。
さらに奥へと視線を移すと、六つ横並びに配置されたエレベータが確認できた。
そこを塞ぐように、出入りをチェックする要員二人が確認できる。ここからは見えないが右手側には非常階段への扉があるはずだ。
「みなさーんお勤めご苦労様でーす」
ユリの声がフロアに響き渡る。この空間に居た4人の憲兵全てがこの来訪者に注目した瞬間だった。
灼熱の火球が床を這うように放たれると、ロビーの中央部で派手に爆発したのだ。
轟音と煙が辺りを包み視界が著しく悪くなる。
それと同時に3人は一斉に駆け出した。
非常ベルが鳴り響く。
それと同時スプリンクラーと換気システムが働いた。
しかし視界は未だにゼロ、最低でもあと数十秒は見えない状態だ。
リズは爆発と同時、誰よりも早く駆け出していた。目指すのはカウンターの憲兵2人。
視界は要らない。
共感を使うことで場所が手に取るように分るからだ。
突然の爆発にわけが分らないまま身を屈めた憲兵。
OZEの発動すらままならない2人に、容赦無く疾風三槍が叩きつけられた。
一撃で気絶した2人を他所に、リズの勢いは衰えない。
彼女はそのままエレベータへと向かうと呆気にとられている残りの憲兵2人を一瞬にして深い眠りに誘ったのだ。
「第一目標クリアだ」
リズが声を上げる。
「ちょっ、俺まだ何もしてねーよ」
「これでも疾風の名を冠してるからな。スピードには自身がある」
「ぷっ、コウタダサい」
「うるさい、笑うな。大体お前もクッサイにぎりっ屁を一発かましただけじゃねーか」
「に、にぎりっ屁ですってえ、訂正しなさい脳筋男」
「はいはい痴話喧嘩はあとだ。ユリとコウタは倒れた振りをしろ。私が憲兵をひきつけている間に放送室まで駆け上がれ。途中の敵は任せたぞ」
「分ってるわよ。背中から敵が来ないようにしてあげるから殿頼むわよ」
二人はブツブツ言い合いながらも手はずどおり、階段のそばで倒れこんだ。
その直後だった。非常階段の扉が開かれぞろぞろと待機していた憲兵達が駆け下りてきたのだ。
「おい、何があった」
非常ベルとスプリンクラーは停まっているものの、辺りは水浸し。
粉塵は散水の影響でクリアになっているが、カウンターや床、天井に至る多くの場所が焼け焦げ、破片が散乱していた。
この場で唯一意識のあるリズへ問いかける憲兵。
リズは怯えた表情で外を指差した。
「変な人たちが急に……」
その言葉で一斉に外へと駆け出す憲兵達。
それ同時に複数のエレベーターからもぞろぞろと憲兵が集まってきた。
リズが顔を伏せがちに一番右端のエレベーターへ視線を送る。ちょうど階位の表示が120を示したところだった。
思わず笑みが漏れる。
第二目標クリアだ。
「おい女、状況を説明しろ」
近づいてきた憲兵がリズの肩に手を触れる。
「ん?お前」
その刹那。
リズの肩に手を乗せた憲兵が宙を舞った。
呆気にとられ指先ひとつ動かすことさえできなかった憲兵達の中で、ユリとコウタが気づかれないよう非常階段へと駆け出した。
それを確認することもなく、リズは次の動作へと入っている。
両手に収束するアイテール。
目に見えない疾風の槍が空を切り裂いた。
轟音と共に鉄の扉が拉げ破壊されたのは六基のエレベーター。これで各階の移動手段は階段だけである。
「貴様何をする」
「ざっとみたところ憲兵が30人ってところか。さっき出て行った連中と外からの応援を考えたら余裕こいてる場合ではないな」
リズを中心に憲兵達が輪を作る。彼らはすでに臨戦態勢に入っていた。そして、その中でも一際大柄な男が口を開いた。
「なんの理由があってこんな暴挙に出た。ラッキーパイル」
ラッキーパイという単語にどよめきが上がった。
「君達にうらみは無いし、心底仲良くしたいと思うが、今は大義の為だ。すまん」
いい終えるや否やリズの身体がアイテールに包まれる。
そして壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた。
リズ側面、6人の憲兵が避ける間もなく吹き飛ばされ崩れ落ちた。包囲網にいとも容易く穴を開けたリズが壁際へ疾走する。
同時に他の憲兵達が一斉にリズへと襲い掛かった。
リズの背中へ向けて撃ちだされるOZEの圧縮弾は、彼女に着弾することなく壁際をスライドしたリズに回避され、壁に弾痕を作る。
振り下ろされる茨の刃、氷の刺突、横薙ぎのカマイタチといった様々なアビリティも虚しく空を切るのみで、リズの身体に触れることは無い。
そればかりか、真っ先に追いかけてきた3人を、一人また一人と戦闘不能へと追いやっていった。
敵の位置を把握するのに視覚は必要ない。
この状況に付いて行けず、未だに動揺している者を探し出すことも、造作もない作業だった。
血気盛んな者の多くは彼女を追うように行動しており、今やロビーには滑り込むスペースが出来ている。
リズはフロアの角へ行き着くと、迷うことなく反転、壁を蹴り空いたスペースへと跳躍した。
数名の憲兵が視界に入る。
辛うじて構えてはいるが、支援系か遠距離攻撃系の能力者なのだろう。抵抗する素振りは見せたものの、リズの攻撃をいなすだけの実力は無かった。
瞬く間に半分もの憲兵が眠りについた。
同時に激昂していた憲兵達にも動揺が広がり、彼女の背を追う足を一旦緩めると、顔を見合わせ飛び掛るタイミングを図るようになった。
リズの実力に対する恐れが、彼らの戦意を上回りはじめたのだ。
「落ち着けえええい」
野太く、低い声がフロアを包み込む。大声を出したのは先ほどの大柄な憲兵だった。ゆっくりだがリズへと距離を詰める。
「うろたえる必要は無い。わしを中心に取り囲め。こいつに隙が出来たらわしごと構わん、思い切りやれ」
ヒュ~とリズから口笛がこぼれる。憲兵達が遠巻きに、囲うように配置についた。
現場の指揮官に当たる人間、実力を感じさせる迫力と気概が伝わってくる。
恐れおののいていた憲兵たちの士気が目に見えて上がった。
「男らしい奴は嫌いじゃない。超高度電離陽子砲ではなく君の求愛なら私も考えたんだがなあ」
「ほざけ犯罪者が」
「まあそれも私に勝てたらの話だ!」
三間程の間合いから放たれた疾風三槍が男の巨躯を貫いた、かに見えた。
「効かぬ。効かぬぞおおおおお」
男の身体を覆うアイテールが硬質の鎧となり、リズの攻撃を弾いた。
「こんなものではわしの肉体硬質を貫くことなどできぬわあああああああ」
荒々しい闘志を剥き出しに雄たけびを上げると、肉体硬質を纏ったままの巨躯が眼前へ迫る。
――速い――
だが振り下ろされる硬質の拳はリズを捕らえることは出来ない。
「無駄だよ。君じゃあ私には届かない」
華麗なステップで攻撃を躱し、舞うように繰り出される疾風三槍が男を次々に襲う。
「軽い」
男を捕らえ命中した槍はすでに18本。直撃の衝撃は少なからず響いているものの、肉体硬質を貫通させることは出来ない。
「華奢な女の攻撃なぞ取るに足らんわ。貴様の戯言もいつまで続くかな」
「言ってくれるな。だがそちらの攻撃も当たらなければどうと言うことは無い」
その時だった。繰り出される拳を躱した瞬間、八方からの同時斉射がリズを襲ったのだ。
空を切り裂く轟音や爆炎を伴い、粉塵が辺りを包む。
リズはおろか男も巻き込んだ攻撃だった。
十数秒にも渡る猛攻が終わりを迎え、ボロボロとなったロビーに静寂が訪れた。
憲兵たちは未だ構えを解いていない。
この緊張した空気を破ったのは外から戻って来た大勢の憲兵たちだった。
爆心地を見つめる憲兵が状況を伝える。
視界は回復の兆しを見せはじめ、多くの増援で憲兵たちに安堵の空気が漂い始めた。
その時ガラガラと瓦礫が転がる音と共に一つの影が現れ始めた。
再び緊張が走る。
「がっはっはっはっは。わしだわしだ。愉快痛快だのお」
「隊長殿、ご無事でしたか」
「当然だバカ者。それにしても思い切りやってくれたのう。流石のわしも死ぬかと思ったわい。まあおかげで奴は木っ端微塵、直撃を受けるのを見たから間違いない」
辺りを取り囲む憲兵たちから歓声が上がる。またこの男も盛大に笑い声を上げた。
「はっはっはっは。確かにヒヤッとしたよ」
「そうだろう、そうだろう。わしもヒヤッとしたわ」
「お互い生きててなによりだなあ、あっはっはっはっはっはっはっはー」
男と女、2人の笑い声だけが辺りにこだました。視界を悪くしていた粉塵もすっかり晴れ、中央に立つのは憲兵隊長とリズだった。
「ききききき貴様あああああ。何故生きている」
リズの存在に気づいた隊長が驚愕の表情で口を開いた。
「知りたい?」
「あの時、確実に直撃を受けたはずだ。それがどうして」
「単純なことさ。君と私では研鑽の時間が違うんだ。そもそもアイテールの総量が格段に違う」
「答えになってないではないか。わしと変わらん年齢で何をほざく」
「ふふっ。すまんな若作りは得意なんだ」
「一体どういう」
その時だった。リズを中心に渦巻くように風が発生し、湯気を上げるかのような熱く濃いアイテールが辺りを包み始めた。
「夜はまだ長い。消耗が激しいから開放したく無かったんだが、この人数を相手にするにはそうも言ってられないからな」
バチバチとアイテールが火花のように弾ける。
異様なまでの瘴気。
漏れ出るアイテールが空間の飽和密度を超えた。
全ての人間の動作が手に取るように把握できる。そして燃えるように熱い闘志が心を支配するのを感じた。
呆気に取られる憲兵たち。騒ぎを聞きつけ続々と集まるその数は100名を超える勢いだった。
「さあ、楽しい楽しいダンスの時間だ」
口を吊り上げ微笑むリズ。
この姿を見た憲兵たちは直後、鬼を見ることとなる。
そして口をそろえて彼らは鬼神と呟いた。
ご覧いただきありがとうございます。




