エンカウント
実践実技は高等部施設のコロッセオで行われるため、外部のニュースクランの記者連中が来ることは無かったが、噂を聞きつけた生徒が授業をサボり多数見学に来ていた。
殺されることは無いだろうが、重傷を覚悟しなければならない。
最悪トドメを刺しに来た場合はヒイラギが何とか止めてくれるというので、心細いがそれを信じるしかない。
シオリとコウタも近い場所からいつでも飛び出せるようにしてくれている。
後は何とか凌いで、比較的攻撃力の低い牽制打で倒れるふりを行い、この試合を切り抜ける。
情け無いが、これが最善の方法だった。
「待ってる間調べさせてもらったが、君は能力未発達者のようだが、本当なのかな」
「その通りですが。それがなにか」
「先ほどとは打って変わって少し反抗的だな。これだから能力未発達者は。まあ私を前にして冷静でいられる者は居ないだろうが」
クックックと含み笑いをするタツミからサディスティックな気性が伝わってくる。
「そもそも能力未発達者やデスペラードはこの都市には要らないんだよ。110もある区画都市でこのシリウスの格付けが10番目というのは貴様らのせいだ。その自覚はあるのか? 出来損ない」
そんな格付けはカナメや真実を知る者にとって、何の意味も無いと分っているが、選民思想の強いタツミとっては看過できない内容なのだろう。
この格付け自体マイグレート後の特大上位区画都市での待遇に関わってくると言われている。
10位という時点で、すでに勝ち組。
どんな落ちこぼれでもこの区画都市シリウス出身だと平均以上の生活が保障されている。
つまり怠惰な者にとっては現状に満足しているし、そうでない者にとって怠け者は足枷でしかない。そういう者たちの絶妙なバランスが閉塞感、ストレスの少ない社会を作っていた。マイグレート後は落ちこぼれでも絶対安泰。そう思い込ませることはマイグレートをする上で、非常に都合のいい『設定』であったのだ。
「言葉も無いか。まあ当然だろう。だが慈悲深い私が今日はお前のような下種を指導してやるんだ。ありがたく思えよ」
さすがに痛い思いをすることを覚悟してこの場に来てるとはいえ、ここまで言われるとカナメも多少イラついてくる。
「そうですね。非常に感謝してますよ。そろそろご託はいいのではじめませんか?」
カナメの言葉が癇に障ったのか目つきが険しくなった。心なしか殺気も増している。
「よかろう今日の目的は指導だ。能力未発達者に私のアビリティを使うのは勿体無い。本物の体術を教えてやるから全力でこい」
不幸中の幸い。
1番恐れていたのはタツミの電撃である。それさえなければ安全に負けることが可能だ。
しかしそれは泡沫の希望的観測に過ぎなかった。
殴りかかったカナメの攻撃を軽くいなし腕を取ると、捻りあげ、動けない状態を作ると、わき腹に強力なブローを何発も入れてきたのだ。
「どうだ。こういう時こそしっかりアイテールで防御しないと、ダメージが蓄積するぞ」
息がつまるほど重い衝撃。
アイテールで覆っても、相手もそれ以上のアイテールを拳にまといブローを繰り出してくる。
10数発の拳を受け崩れ落ちる身体。
腹を押さえうずくまる寸前、目に飛び込んできた映像は、顔を狙った鋭い蹴りだった。
視界が暗転し宙を舞う感覚と地面に落ちる衝撃。
受身も糞もない状態。
声を発することも出来ない中で意識があったのは、アイテールで最低限の防御が出来ていたからだろう。
痛い想いをしたが、その努力を有効に使うときがきた。このまま気絶を装い倒れる振りをするのだ。
タツミが歩み寄って来るのが分かる。
「まだまだ……。まだまだこれからだ」
嫌でも伝わってくる彼の殺気は、次の行動を明確にカナメへと伝えた。
『頭部への蹴り』
瞬間カナメはすでに軋みだしている身体に鞭を打ち跳び起きると、全力で距離を取った。
「なんだ元気じゃないか。腐ってもこの学区に通えるだけの実力はあるということか」
まずい。相手は気絶程度では手を緩める気は無い。
最悪の事態になったとしても、指導中の事故で事を済ませるつもりなのだろう。
嫌な汗がダラダラと流れるのが分る。幸いにも相手は電撃は使わないと皆の前で公言した。そして実戦実技の時間を使ってわざわざこんなことをしている以上、最低限その体裁を破ることはない。
故に活路はひとつ。
残り70分間、避けて避けて避けまくって耐え凌ぐことだ。
大きく深呼吸を取り、アイテールを身体に充満させる。
そして気づかれないようにアビリティを発動した。
「下種のわりにはアイテールだけは一人前だな。まあ能力未発達者ゆえにと言ったほうがいいかな、出来損ない君」
言葉は要らない。
ジッと彼を見据え構える。
アリーナでのリズの動きが脳裏に浮かぶ。
彼女のように出来るのかと一瞬の自問自答ののち、出した答えは『やるしかない』だった。
タツミから挑発の罵詈雑言が言い放たれる。
しかしカナメは動かない。
お前が来いという意思表示を身体で示したのだ。
「なるほど。カウンター狙いか、それとも怖くて手が出ないのか。どちらにしても来ないのなら私が出向いてやろう」
『来る』
ものすごい速さで接近し幾つもの拳を繰り出すタツミ。
打ってくる場所は判る。あとは身体を反応させるだけ。
全力で避ける。躱しきれない分は腕を使い軌道を逸らせる。
20発30発とマシンガンのように飛び交う拳を一発も見落とすことなく避け続ける。
体重の乗った大振りの一撃から、回転を加えた裏拳。
眼前でのフェイントから顎を狙ったアッパーカット。
弧を描くトリッキーな突きと手刀。
リズのような華麗な舞には程遠い体裁きであるが、カナメのなりふりの無い無骨で懸命な回避の舞いが始まった。
長丁場を考えての体力温存なんて考える余裕は無い。
コンマ1秒以下の刹那に全力を出し続けなければ殺されるのだ。
読むのは相手の思考だけではない。
条件反射や攻撃に繋げる挙動に至る、戦闘の情報を読み取っては処理し、対策案を実行するのだ。
こんなことをしたことは今回が初めてである。
死に直面したこの日、自身の脳が挙動や反射に至るプロセスを無意識に感応にフィードバックさせ、より詳細な受感能力を開花させたのだ。
しなり躍動する筋肉は思考した結果動かされるものもあれば、反射的に動くものも存在する。
しかしそれすらも。
相手の脳が発する電気信号すらも。
感応を介して脳にフィードバックさせ、動きを先読みするのだ。
焼ききれる様な頭痛の中で、カナメの目にははっきりとタツミの未来の動きが投射されている。
世界は静かにゆっくりと流れ何も聞こえない。
しかし集中次第では空間内すべての人間の挙動も把握できる様な感覚に包まれていた。
自身を守るためにOZE能力を始めて全開で使用し、急速に最適化と進化が発生しているのだった。
カナメが絶好調で避け続ける反面、タツミは不思議な感情を抱きつつあった。
仕掛けた当初は能力未発達者に併せて手を抜いていたが、回避能力が高く、攻撃が当たらない状態が続いた。
よって思わず本気で攻撃を試みたが、カナメは見事に回避を成功させた。
身体を掠めることも出来なった。
能力未発達者が本気の攻撃を容易くかわしたのだ。
膨れ上がる怒量に比例して、拳にこめるアイテールも、繰り出す拳も強力なものになっていく。
タツミはムキになっている自覚があったが、それを抑制することは人生経験上皆無だった。従って、今回できるはずもないし、そもそも抑える気は無かった。
拳の攻撃は手刀に変わり、肘や膝、また蹴りも含めての攻撃となっていく。しかし何故か当たらない。
『この能力未発達者のアイテール総量は秀でたものがあるのは認めよう。しかしそれだけだ』
タツミが過去、アリーナで対戦した上位ランカーやエース達に比べてなんら重圧も覇気も畏怖も感じない。
手を伸ばせば確実にヒットできる。
顔面に拳をめり込ませ前歯と奥歯を根こそぎへし折ることが容易にできるはずなのに届かないのだ。
つい最近感じた、蜃気楼を相手にしているような、不思議な感覚に襲われ始めていた。
この場に居る者全てがこの光景を目の当たりにして、言葉を発することができずにいた。
昨日まで無名。
そして能力未発達者。
話題性はあったが、それだけで実力なんてたかが知れてるはずの人間が、あの超高度電離陽子砲の猛攻をすべて回避しているのだ。
果たしてこの場にそんなことができる者がいるだろうか。
全ての攻撃を見切れている者がどれだけいるだろうか。
上から下から襲い掛かる無数の巧手、または投げに繋げるための掴みをいなせる者がどれだけいるだろうか。
物見遊山で来た多くの生徒達、学園所属のニュースクランの者、クラスメイト、憲兵のヒイラギ、そしてシオリとコウタですらも呆気にとられていた。
カナメからの攻撃は全く無い。ただひた向きに回避を続けているだけなのだが優勢を感じさせる安定感が生まれていた。
どれだけの時間が経ったのだろうか。肉体的な疲れはとっくに限界を超え、アイテールも最低限以下に衰えている。
慣れない能力を駆使していることが原因なのは分かっていたが、止めることは出来ない。
タツミの苛立ちはとっくにピークを迎えている。もう何度も電撃の使用を考えてはプライドが仇となり使えないでいたが、それも時間の問題だ。
体力的な面ではアビリティを使ってない分、遥かにタツミが優勢だ。その反面カナメの限界は間近である。時間は僅かしかない、それだけが心配だった。
大振りの攻撃が続く中、カナメにとって永遠に感じられた時間の終りを告げる鐘の音が鳴り響いた。
同時にヒイラギが止めに入る。
その瞬間、カナメは確かにタツミの心の声を聞いた。
『死ネ』
反応はできた。
しかし体力は鐘の音と共に底をついていたようだ。
下半身に力を込めて大きく距離を取ろうとした足が地面に崩れ落ちたのだ。
コロッセオを閃光と轟音が支配した。
ギャラリーから悲鳴が上がり、粉塵が当たりを包み込んだ。
喧騒はすぐに静寂へと変わり、視界が晴れるのを固唾を呑んで見守った。
10万ボルトを超える稲妻。
直撃ならば間違いなく死。
そして誰もが直撃を予感した時だった。粉塵の霧の合間から複数の影が現れた。
「実技の時間は終わりだぜ。ここまでだ」
「今はもう時間外」
コウタが出した多角甲盾をシオリの増幅で強化し、稲妻を完璧に防いだのだ。
そして『ユリ』が右腕に灼熱の炎を纏い、タツミを牽制している。
「治安維持局の大将が聞いて呆れるわね。私闘もいいとこだわ」
3人が一様にタツミを睨む。
怒りで溢れるアイテールを隠すことも無く、立ちはだかったのだ。
タツミが憤怒の形相で睨み返すが三人が引くことはなった。
一触即発の睨み合いは、ヒイラギが仲裁に入りなんとか事は収束した。
タツミは怒りを終止露にしていたが最終的にこの場を去って行った。
その際タツミはカナメに対しこう言葉を残して行った。
『貴様は私がアリーナに特別枠で登録しておいてやる。次会うときは戦場だ。覚悟しておけ』
ご覧いただきありがとうございます。




