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プロローグ

 2012年12月を境に人類の生活は大きな転換期を迎えた。

 それから幾星霜。

 人間は区画都市に住んでいる。






 「いい加減にカナメのことは諦めなさい」

 第360学区高等部に設けられた実戦実技訓練所、通称コロッセオにユリの怒声が響き、シオリを追尾する形で、爆炎が上がる。

 「断る。彼は私の運命の人」

 シオリは抑揚の無い声でそう答えるや否や、30メートル程の距離を瞬時に跳躍すると、ユリの眼前に迫った。

 「なっっっ」

 速い。

 少なくともユリの知るシオリは、無口で大人しく、とてもじゃないがこれほどの身体能力をもった人物ではない。

 咄嗟に身体をひねり、ギリギリで躱す。

 突撃の力が加わった貫手に、易々と当るわけにはいかない。

 しかし次々に繰り出される追撃の蛇手が、彼女を捉えるのに時間は掛からなかった。

 堪えきれず吹き飛ばされたユリへシオリが再び駆ける。

 今や彼女を強烈な青い光が包んでいた。

 それはOZEオズを操る者にとっては基礎中の基礎。自身で練り込んだOZEを再び自己の肉体へ還元することで、身体能力を底上げしている状態だった。

 これによって腕力や走力に影響を与える筋力類、また視覚聴覚といった感覚類と、さらに反射神経を強化することができる。

 ただしシオリの身体強化は、一般常識を越えるレベルでの強化だった。

 更にOZE戦闘において重要視される防御に対しても、顕著な能力を発揮している。

 ユリが牽制に放つ小型の火球ならば、物ともしないタフさを見せつけていたのだ。


 「意地でも負けられないのよ」

 肉薄され絶体絶命のピンチを迎えたユリが、全力で彼女との間に激しい火柱を作り出した。

 幅2メートル、高さが5メートルを超える立派な炎の柱を、この状況下で瞬時に作り出したことに、周囲から感嘆の声が上がる。

 ユリにとっては九死に一生というより起死回生。ピンチから見出したチャンスだ。

 シオリの眼前に迫る火柱。

 流石の彼女も突っ込めばただでは済まない。かといって止まることができるスピードではなく、誰の目から見てもこれで決着がついたかに見えた。

 しかしその予想はすぐに払拭される結果となる。

 「まだっ」

 とっさにシオリが炎を避けるように、斜め前へと地面を蹴った。

 バランスを崩し、前のめりに倒れたユリが肩から地面に叩きつけられる。

 しかし勢いは納まらず、転がりながらも彼女が向かった先はコロッセオの硬い壁であった。


 ダーンという激突音が辺りに響くとその光景に声を出す者はおらず、誰もが固唾を飲んで見守っている。

 数秒の時が流れるが状況は変わらない。

 コロッセオは今までの喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 そして二人がゆっくりと立ち上がった。


 「ゴキブリのようにしぶといわね」

 ユリの悪口に反応するでもなく、シオリが無表情で見返す。

 「それにしてもあなたがこんなに強いなんて、中等部の頃は猫かぶっていたのかしら」

 「中等部までは実戦実技はない」

 「そんなことは分かってるわよ。でもあなたの実力なら成績は上位を狙えるじゃない」

 「能力を誇示する必要はない。私の力はカナメを守るためだけにある」

 ユリが鬼の形相で、観覧席を睨みつける。

 「かぁーなぁーめぇー。一体どういうことかしら?私の知らない間に随分親しい彼女が出来たみたいねえ」

 「ただの友人であるあなたがカナメを責めるのは筋違い」

 ピクッとユリのこめかみに青筋が浮かぶ。

 「あんたは黙ってなさい。私は今カナメに聞いてるの」

 「むしろ私があなたに問う。あなたはカナメの恋人なのか?」

 「な、なに言ってるのよ。私があんな冴えないやつの恋人なわけないでしょ。た、ただの腐れ縁で幼馴染よ」

 「ならば私とカナメの関係を詮索するのは筋違い」

 「だったらあんたは何なのよ。恋人なの?」

 「今は違う」

 「いまは?……どういうつもりか分からないけど頭おかしいんじゃないの? そもそもあんたも私たちに口出しできる関係じゃ無いじゃない」

 「関係はある。私は将来カナメの子種を貰い受ける。PIIピーアイアイで妊娠処置するのではなく、ヒト本来の方法で妊娠する予定」

 「ななななななななななななななっっっっ何言ってるのよ」

 「理解できないのか?人口妊娠ではなく粘膜の接触による」

 「ああああああああああ」

 「例えるならばオシベとメシベが」

 「わあああああああ」

 「つまりセッk」

 「だあああああああそんなこと聞いてないわよっ。もういいわかった。あんたは生粋のストーカーよ。つまり友人である私は淫乱ストーカー女から、カナメを守る必要があるわ」

 ピクリとシオリの顔が一瞬だけ歪んだことに一人を除いて周囲の者は気付かない。

 「ふ~ん……鉄面皮のあんたが反応するっていうことは、どうやら自覚があるようね」

 「訂正を要求する」

 シオリは無表情ではあるが、強い怒気を含んだ声で抗議した。

 「訂正?訂正も何もあんたはまず反省すんのよ。淫乱変態ストーカー女」


 嵐の前の静寂。

 二人の間に目には見えないが、今にも爆発しそうな火花が散っている。

 一方の外野も騒ぎの元凶であるカナメを中心に、固唾を呑んでこの状況を見守っていた。


 この事態に至る際、カナメはクラスメイト、特に女子からは辛らつな意見を述べられていた。

 まだ高等部に入学して2日目。

 個人の実力を測る最初の実戦実技で、会話はもちろん自己紹介すら済んで居ない連中から、ここまで非難を言われるとはまさに災難だった。

 そもそもなぜこんな状態になってしまったのか、カナメ自身も理解できてない。ユリとは何かと腐れ縁で、幼等部から今までずっと同じクラスメイトとして仲良くやってきた。ポニーテルがトレードマークの活発な女子で、クラスのまとめ役を進んでやるような面倒見のいい性格をしている。成績も常にトップで男女関係なく、幅広い人気があった。


 そしてシオリについては中等部からの付き合いになる。

 『物静かで可憐』

 このイメージがぴったり当てはまるような容姿、肩にかかる艶のある髪が印象的だった。なんとなく中等部で孤立しているのに気がつき、声を掛けたことが切っ掛けである。

 後日知ることになったが、口数が極端に少ないことが災いし、仲間はずれや無視を幼いころから受けていたようだった。それを知ったカナメが、積極的に会話をしていたのだ。

 『それがなぜ……どうしてこうなったんだ……』

 カナメは二人が寄せる好意について、少なからず早い時期から気がついていた。

 しかし、これも一過性のものと割り切り、考えないようにしてきた。そのツケがこの場で一気にまわって来たのだ。


 実戦実技は二人一組で行う。

 机上学習とは違い実技については監督官が就くことになる。監督官は学園に常駐している治安維持局局員、通称憲兵が担当している。

 一般的に憲兵はエリート職であり、能力の高い者が選任される。

 一次登用は初等部卒業時、二次登用、三次登用が中・高等部卒業時に行われていた。

 見込みのある生徒だけが専用の訓練施設に入り、エリート教育を受ける。そこは学力、体力だけでない。ありとあらゆる格闘術を叩き込まれ、OZE操者のエキスパートとして、都市治安の要となるべく能力を磨くのだ。

 しかしエリート教育の弊害として憲兵は概ねプライドが高く、高圧的な人間が多い。

 ヒイラギと名乗ったこの憲兵も例外では無かったが、今までカナメが出会った中では最もマシな憲兵であった。

 実技のペア決めに際し、彼は適当にペアを組めと生徒に告げた。他人にさほど興味がない人物なのだろう。自らを誇示するような行為は行わなかった。

 カナメは早々に近くの男子へ声を掛けようとしたが時既に遅く、横にはすでにユリとシオリが彼を挟む様に陣取っていたのだ。


 その後は語るに及ばず。

 カナメを掛けての勝負となった。

 実戦に際しては、専用プロテクトを装着しているが、はっきり言って無いよりはまし程度のものである。

 骨折が打撲になる位は役に立つが、粉砕骨折する者もいれば内臓破裂する者もいる。

 実戦における攻防は、基本はアイテールによる防御と、能力アビリティによる攻撃である。


 そもそもOZEとはオーガナイズドエネルギーを表しており、その習得には3つのステップがあると言われている。

 まず一つ目がOZEの目覚めである。

 早い者で3歳、遅くとも幼等部を出るまでには、OZEエネルギーが体感できるように訓練される。

 中にはうまくOZEの発動が出来ない者もいるが、そういう子については能力開発施設にて集中教育が実施されている。


 次のステップはアイテールの発現と充実である。

 アイテールとは『輝く力』を意味しおり、OZEを体表に具現化することで発生する、活性エネルギーのことである。

 未熟な者は、身体の一部にアイテールを集中することしか出来ないが、努力や訓練次第で、体表すべてを覆うように出現させることが可能となる。

 そこまで行くと、身体能力が飛躍的に上昇していることを実感できる。

 このアイテールの密度や充実度合い、四肢への配分によって耐圧、耐火など、あらゆる衝撃に耐性をつけることが可能になる。


 そして最後のステップがOZEアビリティである。

 その名のとおりアイテールをそのまま別の能力に変換し使用することである。

 こればかりは本人の気質に強く依存し、固有の能力として、それぞれが自分に合ったアビリティへと変換することになる。

 人気のあるアビリティとしては炎、雷、風、水あたりである。

 この四つに属する能力者を集めると都市人口半数近くになるとも言われている。

 また昔から、光か闇の能力を使う者には、雑魚と変人しか居ないとも言われているが、これは定かではない。


 高等部教育において危険な実戦実技が組み込まれることには理由がある。

 危険、もっと詳しく言えば『死』を意識させる実戦が最も効果的にOZEを開発する方法であるからだ。


 この世界に一次産業、二次産業、三次産業にあたる職種は存在しない。そのすべてを機械化している社会において、生身の人間が行っている仕事は憲兵のみである。

 娯楽の提供までも、高度に発達した人工知能により与えらているのだ。

 よってこの社会はOZE能力がすべてであり、何よりもOZEが優先されるOZE至上主義社会なのだ。

 ひとつ付け加えるとするならば仕事としてではなく、趣味として、娯楽提供のサービスを行う者が存在しているのは確かである。


 今、カナメが視線を送る先に、ユリとシオリが相対している。

 高まる緊張。

 ユリの両手にはすでに紅の光を放つアイテールが集中している。

 対するシオリも四肢の末端までアイテールが練り込まれ充実していた。

 「あんたアビリティは使わないの? それとも使えないの? どちらにしても負けたときの言い訳なんて許さないから」

 「勝つのは私」

 シオリがそう応えると彼女を覆っていた青いアイテールが、白銀の光へと変化した。

 その瞬間、カナメ以外の観覧者が、光属性のアビリティという事実に落胆と嘲笑の色が浮ぶ。しかしそれも即座に払拭されることとなった。

 シオリを包んでいたアイテールの総量が、爆発的に膨れ上がったのだ。

 測りきれないアイテールの量に焦りと恐怖がユリを襲う。その結果彼女の警戒心は無意識に最大限度まで引き上げられる。

 シオリは非の打ち所のない体術を駆使するだけではなく、その上反則的な量のアイテールをその身に纏ったのだ。

 これには監督官を務めるヒイラギも心底驚く変化であり、彼の見立てではシオリの実力はランカーレベルに相当する力だった。


 「増幅ブースト。私はこれでカナメに尽くす」

 シオリはそうつぶやくと、ユリ目掛けて地を這うように駆けた。

 「馬鹿の一つ覚えじゃあるまいし、同じ手は喰わないわっ」

 ユリはシオリの増幅を見た瞬間に、対シオリへの攻略法を見出していた。

 それは彼女が中遠距離での攻撃法を持たないということである。

 体術はエキスパート級でも、攻撃の間合いは極端に狭い。

 それもそのはず、ユリのアビリティはあくまで補助なのだ。

 『この接近を許さなければ勝機は私にある』

 ユリはまさに予想していたと言わんばかりに、右手を正面にかざし炎のアビリティを発動させた。

 突如轟音が響く。

 そこにはシオリを囲い込むように、V型の火炎壁ファイヤーウォールが発生していた。

 ユリは即座に左手を正面にかざす。もちろん炎に巻かれて飛びしてくる『鬼』を迎撃するためだ。

 そしてユリの予測は見事的中した。

 シオリは回避不可を瞬時に悟ると、炎も厭わず、さらに加速したのだ。

 分厚い灼熱の壁、炎はU字ではなくV字。先端部の厚みは、5メートルを超える。

 灼熱の炎がさらに轟音を上げる。

 火炎壁は高らかに燃え盛り、観覧者をも圧倒する。

 そんな炎の中へシオリは決死の覚悟で渦中へと突入した。


 観覧していた女性徒の悲鳴が上がる。

 しかしすり抜けるのは一瞬だった。

 とはいえ、ひどくダメージを負ったシオリが飛び出した。

 大量のアイテールを防御に使ったのだろう、激しいヤケドは無いが、明らかに消耗している。

 「逃さないっ」

 思わず叫んだユリがこの機を逃さすことなく必殺の収束爆熱フレアを放った。

 「これでお終いよおおおおおおおお」

 火炎壁さえもかき消してしまうような爆発が巻き起こった。

 少なくとも高等部の一年とは思えない破壊力。火力だけならランカーにも匹敵する力だった。


 眼前での爆発が、シオリへ直撃したことを告げる。

 ユリの脳裏に勝利の文字が浮かんだ瞬間だった。

 爆音と共にシオリが飛び出し、見事に体当たりが決まったのだ。

 満身創痍のユリにとっては致命の一撃。しかしシオリのダメージも尋常ではない。

 二人が止まらぬ勢いで壁に激突した。

 誰一人として予想出来なかった二人の実力。

 三度目の静寂があたりを包む。

 あわてて駆け寄ったヒイラギが二人を確認すると、そこには両者共にボロボロで、気を失ってる姿だった。

ご感想や評価をいただけると今後の励みになります。

また、別作品も掲載しておりますので、お時間があればそちらもどうぞ。

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