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四季  作者: 佐方仁優
2/8

spring

winterからひとつ季節が変わり・・・彼視点です。

「・・・ない」


夜勤から彼女の部屋に帰って来ると部屋の中心に今まであったものが姿を消していた。


「あっコタツ?もう5月だしさ、さすがにね」


開け放たれている部屋の窓から涼しい風が入ってきて頬をなぶる。

外の空気は確かに暖かかったし、コタツに入るには陽気すぎる天気ではあった。

窓の外を見やるとコタツぶとんが干してあって

コタツ本体は解体されて部屋の隅に立てかけられていた。


寒いわけじゃない、でもこのコタツは心の拠りどころだったのに・・・

ひどい、これからどうすればいいんだ


呆然としている俺の後ろから「お茶でも飲む?」と彼女の声がする

お茶を飲んだらその後はどうなるんだ

冗談じゃない・・・そしてやはり眠い

かばんを置いて彼女のベッドに入る

いつもこたつで寝るときにも使っていた枕に頭を乗せて壁を方を向く

ベッドには日差しが当たらないのだろうか

思ったよりもひんやりした感覚に少し身震いをする

いつも暖かく包み込んでくれていた温もりのないここは寒くて落ち着かない


「・・・もう」


あきれた声が存外近いところからして、ベッドの傍らに座る音がした

こいつのせいで・・・と逆恨みだと承知で彼女を睨むと布団をまくって彼女を勢いよく引っ張り込んだ


「えええ」


そのまま抱きしめるようにして目をつぶる

もぞもぞと彼女が動こうとするから気が散る



「じっとしてて」


そういうとお人よしなのか彼女の動きがピタリと止まった


だんだんと彼女の体温が伝わって程よい暖かさを感じる

やっぱ人肌って気持ちいいな

コタツの容赦ない熱さも好きだった

でもこういうのもいい、熱くすぎることもぬるいということもなくて丁度いい

雪で遭難した時は、抱き合っていれば凍死しないで済むんだっけ?

でも厳しい寒さの中で、この体温でも大丈夫なのか?

ずっと抱きしめていたらこのまま気持ちいい温度のままでいられるのだろうか


彼女が呼吸するごとに体が上下する

彼女の呼吸をする音がしばらくすると自分のそれと混ざってひとつになる

そうしていると自然に体がほぐれて眠気が一気に来てどんどん記憶を失っていく



週末に彼女の部屋にくるようになったきっかけは夜勤明けにスーパーでばったり会ったことからだった。

顔見知り程度だった隣に住む女性

顔をあわせれば挨拶もしたし、道で会って駅まで一緒に歩いたことも何度かあった。


その時々にかすかに感じる女性らしいやわらかい印象に好感を抱いていた俺に

「こんにちは」と向こうから挨拶してくれたから

チャンスだと思ってしばらく話を続けようとしたが、どちらかというと俺は話ベタなほうだからすぐに会話につまっていしまった

つい下を向いて彼女の買い物カゴを見るとカレーのルーが入っている

ジャガイモと人参と玉葱と肉も見える

今日の晩御飯だろうか

子供の頃に食べていたカレーのパッケージとかごに入っていたそれが同じものであることに気づいて


「懐かしいな・・・」

と思わずつぶやいてしまった。


「・・・」


まごついたような彼女の表情をみて、慌てて言葉をたす


「子供の頃、これ、よく食べていたから」


「このカレーなの?うちもそうだったよ」


兄弟で競うようにおかわりして食べていたな。大人になってもっと複雑でうまいカレーがあることを知ったけど、これはこれでうまいんだ。



「食べにくる?」


思わず彼女を見ると、彼女も下を向いたままじっとカレールーを見ていた。

なんとなく彼女の気持ちがわかった

彼女も俺を好きなんだ


「うん」


俺は自分のかごに入れていた弁当とペットボトルのお茶を元に戻しに行った。

まるで夢みたいだ、夜勤明けで眠いから歩きながらマジで夢を見ているのだろうか

彼女と一緒にスーパーを出て、こんなにうまくいっていいのか?と信じられない気持ちでふわふわしていたが、そんなに現実は甘くなかった。

彼女の部屋に上がって先にキッチンに向かった彼女に近づいて振り返った彼女の両手をとろうとしたら・・・


「・・・カレー、今から作るから」

と平然とした顔で俺を見上げた彼女に言われる


・・・は?


「それまで、そっちにこたつあるからあったまっといて」


彼女はそう続けるとコタツの傍に行って布団をまくりスイッチを入れる

パッとこたつが赤く光りだすのを確認すると、にこやかに


「どうぞ」


と半分急かされるようにいわれて、あわててコタツに入る。

なんだこれ?

彼女が俺に気があるのは勘違いだったのか?

や、そんなことはない

いつも挨拶するときの彼女の顔は少し赤らんでいたし

カレーだって、出来上がってから隣の俺の部屋へ持ってくるとかじゃなくて

ちゃんと部屋まで上げてくれたのだから


なのに、これ、

甘い雰囲気なんて皆無な態度

心のもって行きようがない、半分拒絶されて傷ついた気分になってきた。

なんとなくいたたまれず仰向けにねころぶと両手を顔に当てる

そのうち暖かいコタツの温もりが容赦なく睡魔を呼び寄せて

いつのまにか眠ってしまった



・・・起きたのがもう夕方

目が覚めるとうす暗い部屋の中に自分はいて、

そこはカレーの匂いが充満していて

首から下のコタツからはみ出したところには布団がかけてあって

枕が頭の下に差し込んであった


ちらちらと光が動くのがテレビの画面が切り替わるせい

わずかに音がするのはおそらくテレビの音声のせいだと気づいて

そちらに目を向けると彼女がテレビの前に座っていた

テレビから繋いだイヤホンを耳につけて声を出さずに笑いながらバラエティ番組を見てる

おなかの高い部分までコタツ布団を引き上げていて三角座りをしているのはきっと俺に遠慮してコタツのスペースを空けてくれているからなのだろう。

そういえば、さっきから自分の足に当たっているのは彼女の体なのだろうか

どきっとして体を起こすと


「あっ起きた?」


彼女がこちらに気づいてにっこりと微笑む

人の気遣いとぬくもった空気

この世界は彼女のこの部屋と彼女とこの暖かい雰囲気がすべてのような気がした



逃がしたくない、この世界を

・・・でもどうやって?

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