なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
一生に一度の婚約破棄ですもの。盛大にやりましょう! ~みなさん今こそ成果を見せる時ですわ~
ハリボッテ侯爵令息キョドインは、壇上に立つと、
「ハッピー侯爵令嬢プリシラ!」
「はい」
「お前とは婚約破棄だ! そしてクロニン男爵令嬢マーベルとの真実の愛で結ばれるのだ!」
その瞬間、ファンファーレが鳴った。
夜会の室内楽にしては妙に数が多い楽団から、一斉にトランペットが鳴り響く!
婚約破棄男キョドインの後ろにずらりと並んだ男性コーラス隊がうなる。
『お前は~♪ 婚約破棄だ♪ 追放してやるぞ~♪』
キョドインはぎょっとして振り返り、
「な、なんだお前らは!? 」
プリシラは微笑み。
「お気になさらず、みなさま、あなたを祝福しているのでございましょう」
「そ、そうか」
「さぁ、続きをどうぞ」
「お、おう。プリシラ! お前は可憐なマーベルを、いじめにいじめたな! 追放してやる!」
コーラス隊がうなる。
『いじめに♪ いじめたなっ♪ なんという悪魔! まさしく悪役令嬢♪ オレの燃える正義は追放ごときでは満足できぬ♪』
「そ、そうだ。お前は悪役令嬢! 追放程度で済ませてやらないからな♪」
マーベルというらしいピンク髪が、ひし、とキョドインに抱き着き。
「わ、わたしこわくてぇ……今だってプリシラ様はわたしを睨みつけてるんですぅ」
女性コーラス隊が歌う。
『なんとけなげな♪ そしてなんとなんと恐ろしいんでしょう♪ 睨んで来る目はまさに悪魔♪』
男性コーラス隊がうなる。
『今こそ悪に鉄槌を! 断罪の時は今! 火炙りにまでしなければオレの正義は収まらぬ♪』
指揮者が腕を振り下ろすと、勇壮な楽曲が鳴り響き始める。
「な、さ、さっきからこれはなんだ!?」
プリシラ嬢は微笑む。
「ですから、みなさま、あなたの雄姿を応援していらっしゃるんですわ」
「そ、そうか! オレはお前のすまし顔を火炙りにしてやるのだっ!」
「火炙りとかこわいですぅ。プリシア様が謝ってさえくださればぁ」
「マーベル! なんてやさしい天使!」
「で、何を断罪なさりますの?」
「言われるまでもない! マーベルが泣いていた! 泣きながらお前にいじめられたと言ったのだ♪」
男性コーラス隊がうなる。
『乙女が泣いてしまうほどのいじめ♪ 血も涙もないおそろしき暴虐が行われていたのは間違いない♪』
女性コーラス隊がうなる。
『なんという悪! 可憐な乙女の身にいったいなにがあったというの!?』
周囲の盛り上がりに、キョドインはついていけず。
「え、なんで? マーベルが泣いていた。それだけじゃだめなのか? それが立派な証拠だろう!?」
男性コーラス隊が歌う。
『もしやもしや♪ 乙女は階段から突き落とされたのか♪ それなら泣いて怯えるのも道理♪』
女性コーラス隊が返す。
『いえいえ♪ 学園の階段であればどこでも無傷ではいられないはず♪ 怪我をせずにはいられないはず♪』
男性コーラス隊が歌う。
『ならば噴水に落とされたのか♪ 溺れたなら傷は残らない♪』
女性コーラス隊が。
『恐ろしいことに今は冬♪ 噴水の水は凍てついて♪ 風邪をひかずにはいられないはず♪』
男性コーラス隊がささやくように。
『乙女が口に出せないほどの暴虐♪ しかも一見無傷♪ それはなんだなんだなんだ♪』
女性コーラス隊は、悲痛に歌いあげる。
『まさかまさか♪ 哀れなる乙女はその清らかな身体を♪ これ以上は口に出せない♪ ああ、ああ、なんという悪逆♪』
コーラス隊が声をあわせる。
『確かにそれなら一見無傷なのも納得♪ 侯爵家の力を使われ憐れ乙女はすでに乙女にあらず♪ 使い古しのボロ布も同じ♪』
キョドインはマーベルを見た。
「まさか。まさかそうなのか♪ そういえば初めて抱いた時――」
マーベルは慌てた。
キョドインに抱かせたのは半年前。そんな時から乙女でなかったと思い出されたら……。
「ちちがうの! わ、わたしはボロ雑巾なんかじゃ、あ、ありません! え、えっと、きょ、教科書をや、破られました!」
男性コーラス隊がうなる。
『なんということだ♪ それは、いつだ♪ いつなのだ♪』
女性コーラス隊が歌う。
『教科書を破るなんて♪ なんておそろしいのかしら♪ まさに悪魔の所業♪』
マーベルは力を得たように。
「そうです! そうなんですぅ! プリシラ様は悪魔ですぅ! 教科書を全部台無しにして――」
列席者のひとりがすっくと立ちあがり、バリトンで朗々と。
『教科書は学園より貸与されしもの♪ 破られたならすでに届け出をしているはず♪ これぞ乙女がいじめられし動かぬ証拠♪』
男女コーラス隊が一斉に。
『これで悪は成敗される♪ 動かぬ証拠があれば悪は一巻の終わり♪』
キョドインは勝ち誇りプリシラを睨みつけ。
「くくく。これでお前も終わりだプリシラ! こちらには証拠があるようだからな!」
そしてマーベルを見て、
「マーベル♪ 当然届けは出してあるのだな~♪ 今こそ悪を滅ぼす時♪ お前の証拠がうなる時♪」
マーベルはぎょっとして、
「あ、ありません。そのだって、こわくて。届け出なんかしたらもっとひどい目に」
バリトンが朗々と、
『そんなはずはない♪ 隠す必要はないのだ罪なき乙女♪ 教科書は学園から貸与されるもの♪』
男女のコーラス隊が合唱する。
『全ての教科書が破かれているなら授業はうけられない♪ 勉学する学生なら届けを必ず出している♪ 今こそ告発の時♪ 勇気を出す時♪』
二つのコーラスは掛け合いをするように唱える。
『真実を!』『真実を!』『まさか授業を受けていない!?』『勇気を出して今こそ真実を!』
前後のコーラスに迫られて。
マーベルは真っ青になった。
「え、えっと、その、と、友達に見せてもらっていたので……だっだから届ける必要とかなくて……」
突然、フロアメイドが銀のトレイを置くと、バッとメイド服を脱いだ。
下から現れたのは赤いドレス。
なんと女性ソプラノで歌い出したではないか。
『友情♪ それは素晴らしいもの♪ 今こそ友情を発揮する時♪ 憐れな乙女に教科書を見せた友なら、必ず証言してくれましょう♪』
キョドインもマーベルに迫る!
「さぁその友人の名前を教えてくれ! あの悪役令嬢を水責めのあと火炙りにするために!」
マーベルの顔色はさらに悪くなった。
なぜなら、教科書は破られていないし、友達はカラダの関係のある男以外誰もいないからだ。
コーラス隊が一斉に歌う。
『乙女の顔はあおざめし♪ その瞳にたゆたうは恐怖と後悔♪ まさか友はふしだらな男友達しかいないのか♪ いや、まさかまさか♪』
男性バリトンがささやく。
『友の名は言えないのか♪ 言えないような友しかいないのか♪ いじめはうそというのか♪ まさかまさかいやまさか♪』
女性ソプラノが歌う。
『いえいえそんなはずはありません♪ 友の名さえ言えばいいのです♪ 本当にいるならば♪』
キョドインが、マーベルに必死に詰め寄る。
「まさか、本当にいないとかじゃないよな♪ き、君は、泣いて、いじめられていると言っていたじゃないか!」
マーベルは必殺技を繰り出した。
「でもでも。だって」
上目づかいで涙ぐんで見せたのだ。
キョドインは、一瞬我に返り
「ごめん。おびえさせるつもりはなかった――」
コーラス隊の怒涛の音量が、最後まで台詞を言わせない!
『でもでも、だって♪ それは言葉が出ない時の言葉♪ かわいくてあたまの悪い女の子がおいつめられた時の言葉♪ なにかを隠そうとする言葉♪』
指揮者が水平にタクトを振るって、ぴたっと止まった。
突然の恐ろしい静寂と共に、壇上のふたりにスポットライトが当たる。
キョドインがすがるように叫ぶ!
「そうなのかマーベル♪ ぜんぶうそなのかっ♪ そんな、そんな、なぁなんか言ってくれよ♪」
マーベルがちいさな声でささやいた。
「でもでも。だって。しあわせなお嫁さんになりたかったんだもの……女の子なら誰だってそう思うでしょう……?」
そこへ女性ソプラノが美しい独唱。
『でもでもだって♪ しあわせなお嫁さんになりたかったの♪ それは女の子みんなの夢♪ すてきな夢♪ 誰かを蹴落としてでもつかみたい夢♪』
「ですが!」
声が響くと同時に、天井からのスポットライトがひとりの女性を照らした。
プリシラだった。
その姿は光の中で、ひときわ気高く美しかった。
「誰かを蹴落としてでも掴みたいなら、それが失敗した時の覚悟も出来ていなければなりませんわ」
その声は、高らかだった。
指揮者が再び指揮棒を振り始める。
楽団が華麗で優美な旋律を奏で始める。
男性バリトンが。
『貴族なら覚悟を決めて動くもの♪ それこそが貴族♪ それが出来てこそ貴族♪』
女性スプラのが歌う。
『例え、その結果が破滅だったとしても♪ 覚悟が決まっていたのなら♪ ほほえみと共に受け入れるのみ♪』
コーラス隊が歌いだす。
『嗚呼♪ 乙女の企みは破れ今や破滅の時♪ 名誉は地に堕ち♪ 賠償で一家は離散♪ だが全て覚悟の上の無謀♪』
『泥棒猫も貴族の御令嬢なら♪ ほほえみと共に破滅すべし♪ 断頭台へも登るべし♪ それが貴族♪ それが貴族♪』
マーベルがやけっぱちに、
「か、覚悟なんてしてない! わたしは、ちょっと前まで平民だったの――きゃぁっ」
キョドインは、突き飛ばしたマーベルに吐き捨てた。
「所詮はいやしい平民! オレを騙したな!」
一転してプリシラへ、媚びるような目を向けて、
「お、オレはこいつに騙されてたんだ♪ オレの愛はお前にしか――」
プリシラは、キョドインへ、にっこり笑い。
「婚約解消。とっくに了解済みですわ」
「え、なんで♪ オレは撤回すると――え、了解済み?」
男性バリトンが歌う。
『乙女のカラダに溺れさせられ♪ 乙女の涙にだまされて♪』
女性ソプラノが歌う。
『そんな男をなんというかご存じかしら♪ かしらかしらご存じかしら♪』
全コーラス隊が歌う。
『まぬけ♪ 慮外者♪ 恥知らず♪ 考えたらず♪ 浮気者で粗忽者♪』
プリシラも、歌う。
『そんな方を婿に迎えたがる乙女なんて♪ どこを探してもいるはずがありませんわ♪』
列席者の中にいたプリシラの両親、ハッピー侯爵夫妻まで歌い出す。
『娘よその通りだ♪ それに♪ こんな男を婿に欲しがる家などありえない♪』
『こんな非常識な男♪ 育てた両親も非常識にちがいありませんわ♪ いぎたなく縋ってくるのでは♪』
その右隣から声があがった。
『いえ、その心配をする必要はありません♪』
キョドインが目を見開いた。
「ちちうえ!? ははうえ!?」
キョドインの両親。ハリボッテ侯爵夫妻だった。
息子を見る目の冷たさよ!
『私達がいくら言い聞かせても♪ 何も聞かず何も見ない♪』
『ムコに入るといくら言っても♪ その耳には入らなかったのね♪』
『しかも自分が当主になると♪ どこで頭のネジが壊れたか♪』
『そんなお前には愛想がつきたわ♪ しかも歌さえ中途半端♪』
『すでに除籍の手続きはすんでいる♪ お前はすでに無関係♪』
『勝手に破滅すればいいのです♪ お前に帰る家はありませぬ♪』
左隣からも声があがった。
『兄がメイドに手を出して孕ませてしまって産ませた娘♪』
『孤児になってかわいそうと情け心を出したのが♪ 今、思えば不運のはじまり♪』
マーベルが呆然と呟く。
「ママ……パパ……」
そう! 彼らはクロニン男爵夫妻!
『勉学まったく身に着けず♪ それでもせめて学園は出してやろうと思えども♪』
『せっかくいれた学園で♪ するのは男漁りばかり♪』
『私はお前のパパじゃない♪ 最初からパパじゃない♪』
『わたしもお前のママじゃない♪ 最初からママじゃない♪ そもそも養女にもしていません♪』
『もう関わるのはたくさんだ♪ 好きに勝手にどこへとなりと行くがいい♪』
3組の夫婦は、なかなか見事なコーラスを披露。
『婚約はとっくに解消済み♪ 切り捨て御免の親子の縁♪ もともとなかった親娘の絆♪』
ばーんと広間の正面扉が開いた。
指揮者のひとふりで、コントラバスやオーボエが高らかに鳴り響く。
重々しい低音部の連打と共に。スポットライトが当たる。
黒い生地に銀の縁取りが入った制服を着た男たちが整然と行進して登場だ!
男性バリトンが歌う。
『この男たちはなんだ♪ この不吉でまがまがしい圧は♪』
キョドインは叫んだ。
「この男たちはなんだ♪ なんなのだ♪ オレは音痴じゃないんだぁ♪」
女性ソプラノの声がホールに響く。
『ああ、彼らは破滅の使者♪ 地獄からの使い♪』
マーベルは床に座り込んだまま。
「なんで、なんでこんなことになるの……なんで」
黒服の男たちは一斉に叫んだ。
『我らは秩序の使徒♪ その名も高き貴族警察♪ ここに乙女を冤罪にかけんとする企みありを聞き♪ ただいま参上つかまつった♪』
彼らは、一直線にキョドインと泥棒猫のところへ向かい。
座り込んだままのふたりを取り押さえた。
キョドインは絶叫する。
「プリシラぁ♪ 許してくれぇ♪ オレは騙されていただけなんだ♪ だから、だからぁ♪」
マーベルが泣く。
「ちがうの、ちがうの、でもでも、だって、えらい貴族のおよめさんになりたかっただけなのぉ」
プリシラがにっこり笑って告げた。
『おばかさんたち♪ このひとはわたくしのおムコだったの♪ このひとと結婚しても貴族にはなれないわ♪』
『それに音痴もお断りですわ♪』
キョドインがわめいた。
「お、オレが当主になるんじゃないなんて♪ うそだうそだ♪」
マーベルが絶叫した。
「そんなうそよでたらめよ♪ いや、いや離してぇぇぇ♪」
男たちがふたりを連行していく。
罪人たちの周りでは、今や、音楽は最高潮。
プリシラと全歌い手が一斉に。
『しあわせなお嫁さん♪ それは乙女の夢♪』
『でも、相手が間抜けで粗忽だと判れば♪ 夢はあっさりさめるもの♪』
楽団はフィナーレに向けて、一気に盛り上がり。
吹奏楽器も管楽器も打楽器も弦楽器もうなりをあげて吠える。
連行されていく浮気者と泥棒猫以外の全員が熱唱する。
黒服の男たちまでが、歌いながら扉へ向かう。
『一生に一度の婚約破棄♪ 憐れな彼らには一生に一度の婚約破棄♪』
『どうせまぬけな喜劇なら♪』
『せめて楽しくやってあげましょう♪』
『これにてフィナーレ♪』
指揮者が最後のタクトを振るうと、パッと演奏は途絶え。
扉の向こうへふたりと男達が消え。
扉が重々しく閉まる音が、最後の音となった。
会場の一同は一斉に拍手喝采。
なんとキョドインとマーベルの両親までが晴れやかな顔で拍手喝采。
二組の夫婦を悩ませていた問題が一挙に解決したのだから当然だ。
プリシラは周囲に告げた。
「みなさん、ごくろうさまでした!」
楽団員やオペラ歌手たちは。
「いえ、楽しかったです」
「こんな機会でもないと、王都一と評判のソプラノとは共演できませんでしたから」
「いえ、わたしこそ、王都一のバリトンとは歌えませんでしたもの」
見事な歌声を披露したバリトンとソプラノ。
王都でも双璧といわれるふたつの劇団のスターだったのだ。
「みなさん流石プロですわね。台本作成に二日、練習に三日でここまでやってくださるとは」
「いえいえ。これもプリシラ様がうまく元婚約者殿を誘導してくださったからですよ」
「まぁ! お世辞でもうれしいわ」
指揮者が感慨深げに。
「それにしても、奴ら、想定通りの台詞しか言いませんでしたね」
プリシラは楽しそうに笑った。
「だって、まぬけな喜劇ですもの」
そして周りを見回して、
「まだ夜ははじまったばかりですわ! さぁ、今夜はみなさん好きなだけ楽しんでください!」
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




