第八話 現場の声
三号機の復旧は二日で終わった。
予備型の投入と保全周期の見直しで、ラインは再び動き始める。出荷遅延も最小限に抑えられた。帳票上は、なんとか立て直した形になる。
だが、空気は元に戻らなかった。
昼休み、食堂の端で話し声が止まるのを吉山は感じた。視線は逸らされる。露骨ではないが、距離ができている。
「現場に負担が増えました」
ベテランの一人が、直接言いに来た。
「慣らしを含めた評価は理解できます。でも、その分チェック項目が増え、報告書も増えた。現場は回すだけで手一杯です」
言葉は冷静だ。だが、その奥に不満がある。
「負担は承知している」
吉山は正面から答える。
「ただ、揺らぎを見えるようにしないと、もっと大きな停止が起きる」
「今回、止まりましたよね」
痛いところを突かれる。
「基準を変えたから、摩耗周期がズレた」
「変えなくても、止まらなかったかもしれない」
“かもしれない”。
現場は結果を見る。仮定ではなく、目の前の停止を記憶する。
吉山は一瞬だけ言葉を探す。
「見えないまま止まるより、見えた上で止まった方がいい」
「それは管理側の理屈です」
静かな一言だった。
確かにそうだ。現場にとって停止は負担であり、残業であり、叱責の対象になる。揺らぎを見せることは、弱さを見せることでもある。
「俺たちは壊さないように回してきました」
ベテランは続ける。
「完璧な数字を作ろうとしたわけじゃない。ただ、求められた形に合わせただけです」
責める響きはない。ただ、疲れている。
吉山は頷く。
「分かっている」
本当に分かっている。完璧な報告は現場の防御だった。
「だから変える」
短く言う。
「現場が無理をしなくていい形に」
「そのために、今は無理をしている」
言葉が刺さる。
揺らぎを守るために、負荷が増えている。それも事実だ。
夕方、湊が声をかけてきた。
「空気、悪いですね」
「ああ」
「間違ってると思いますか」
若い問いだが、逃げていない。
「間違っている可能性はある」
吉山は正直に言う。
「だが、間違いを恐れて動かない方が、もっと間違う」
湊は黙る。
プレス機が動き、低い振動が床を伝う。工場は揺れている。だが、人の心の揺れは数字に出ない。
夜、吉山は現場の報告書を見直し、チェック項目の一部を削減した。見える化は続けるが、過剰な書類は減らす。線を引き直す。
揺らぎを守るために引いた線が、現場を削っては意味がない。
灰色の空は、今日も厚い雲に覆われている。
光はまだ届かない。
だが線は消えていない。
揺れながら、残っている。




