表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『線を引いた男』  作者: GT☆KOU


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/17

第四話 交差点

 その日の夕方、吉山は成形棟の一角で足を止めた。


 見慣れない若い背中が、三号機の前に立っている。作業着はまだ新品に近く、肩の動きに迷いがある。


「配属、今日だったな」


 声をかけると、青年は慌てて振り返った。


「は、はい。後藤です。後藤湊」


 まっすぐな目だった。緊張と好奇心が同居している。


「三号機のログ、見てるのか」


「はい。慣らしロットの波形が安定しなくて……条件を数値で追えないかと思って」


 吉山は小さくうなずいた。


 若い頃の自分とは違う。自分はまず触って覚えた。だがこの青年は、数字から入ろうとしている。


「数字は嘘をつかない、と言いたいところだが」


 吉山は隣に立つ。


「数字は、切り取り方で顔が変わる」


 湊は一瞬、戸惑う。


「慣らしを含めて見ると、揺れは大きくなる。だが、それが実態だ。安定後だけを見れば綺麗になるが、それは工程の全部じゃない」


 湊は画面を見つめたまま、静かに言った。


「でも、全部を見たら評価は落ちますよね」


「落ちるな」


 即答だった。


「じゃあ、どうすれば」


 問いはまっすぐだ。


 吉山は少しだけ考える。


「評価を変える」


「評価を……?」


「慣らしを含めた安定率を指標にする。定時内で完結する工程全体を評価する。無理を前提にした数字は、どこかで破綻する」


 湊はゆっくり頷く。


「仕組みを変えるってことですか」


「そうだ」


 言葉にすると簡単だ。だが、そこに至るまでの摩擦を吉山は知っている。


 プレス機が低く唸り、振動が床を伝う。湊は金型に触れ、そして再びモニターを見る。その動きに迷いはない。


「後藤」


「はい」


「数字は武器になる。だが、刃にもなる」


「……はい」


「誰を守るための数字か、考えろ」


 湊は少しだけ目を伏せ、それから真っ直ぐに答えた。


「現場です」


 即答ではない。だが、迷いながら出した答えだった。


 吉山は小さく笑う。


「それでいい」


 夕方の光が成形棟の窓から差し込む。灰色の空が、わずかに橙に染まっている。


 湊が去ったあと、吉山は三号機の前に立ち続けた。


 若い背中だった。


 まだ線の意味を知らない。だが、いつか引く側になるかもしれない。


 そのとき、今日の言葉がどこかに残っていればいい。


 星はまだ語られない。


 だが、線は確かに交差した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ