第二話 揃いすぎた数字
海外拠点とのオンライン会議は、朝七時から始まった。
モニターの向こうに並ぶ顔は、疲れているようにも、緊張しているようにも見えた。時差のせいだけではない。完璧な報告書の後ろには、必ず何かがある。
「まずは今月の品質データについて確認させてください」
吉山は資料を画面共有しながら、落ち着いた声で話し始めた。波形グラフは美しいほど揃っている。ばらつきは極小。歩留まりは過去最高水準。
だが、彼の指はグラフの端をなぞる。
「このライン三号機、型替え直後のデータがありませんね」
一瞬、沈黙が落ちた。
現地の生産責任者が咳払いをする。
「慣らしロットは除外しています。安定後のデータのみ報告しました」
「理由は?」
「……本社評価に影響が出るためです」
責める声は上げない。吉山はゆっくり頷いた。
評価制度が変わってから、海外拠点は常に数字で測られている。月次で順位が出る。改善率が公開される。遅れれば、すぐに指摘が入る。
完璧な数字は、彼らの防御だった。
「慣らしを除外すれば、確かに安定はします。ただ、それは工程全体の実力ではない」
静かに言う。
「定時内で、慣らしも含めて安定させる。それが本来の力です」
モニターの向こうで誰かが目を伏せた。
吉山は知っている。現地の人員は不足している。設備は老朽化し、部品の交換周期も限界に近い。納期は年々短縮され、価格は引き下げられる。追い込まれているのは彼らだ。
会議が終わったあと、吉山はしばらく椅子に座ったまま動かなかった。
完璧な数字を否定することは簡単だ。だが、その数字を作らせている構造を変えなければ、また同じことが起きる。
午後、本社の役員会議に呼ばれる。
「海外は安定しているのではないのか」
経営側の問いは率直だった。
「安定しています。ただし、評価基準が工程の一部だけを切り取っています」
吉山は資料を差し出す。
「慣らしロットを含めた実測値です。ばらつきは増えますが、こちらが実態です」
部屋の空気が重くなる。
数字が悪く見える資料を、自ら提出する責任者は少ない。
「なぜ今まで報告しなかった」
「評価制度が変わったのが先月です。現地は適応しようとしました。その結果です」
誰かを庇う口調ではない。ただ、因果を示す。
「責任を問うなら私に」
短く言い切る。
会議室に沈黙が落ちる。
守るとは何か。
吉山にとってそれは、数字を守ることではない。人を守ることでもない。仕組みを守ることでもない。
“続けられる形”を守ることだった。
その夜、成形棟を歩きながら、彼はプレス機の振動を足裏で感じていた。機械は揺れている。完全に止まることも、完全に揃うこともない。その揺らぎを抱えながら、動き続けている。
完璧な報告は、揺らぎを消してしまう。
揺らぎが消えたとき、壊れる。
吉山は海外拠点向けに、評価指標の修正案をまとめ始めた。慣らしを含む工程全体の安定率。定時内達成率。残業時間と品質の相関。
“定時までが実力だ”を、制度に落とす。
言葉だけではなく、仕組みにする。
それが彼の引く線だった。
窓の外では、夜が深くなっている。
灰色の工場は、今日も静かに揺れていた。




