八章
8
祭の朝が来た。
港の波止場には色とりどりの衣装に身を包んだ人々が整然と並んでいる。シェインはフィフィに連れられて、波止場を見渡せる倉庫の前に陣取っていた。同じようにパレードを見に来た人たちで柵の前は鈴なりになっている。
先頭にはヴェールをかぶったラザが跪いている。南の服とは違う、露出の少ない衣装だ。顔を隠しているせいでまるで花嫁のように見えた。素直に綺麗だと思うのに、綺麗だからこそラザを遠くに感じる。何だかさみしいような気持ちになって、シェインは内心で首を傾げてしまった。別にラザとの距離は近い訳ではない。さみしいと思うことの方が思い上がりだ。
昼花火が空に弾けた。始まりの合図だ。豪快な破裂音がしたかと思うと、青い空に白い煙がたなびいていく。シェインは子供たちと一緒に、空を見上げて歓声を上げた。
楽隊の細かいドラムが管楽器の和音と出会って、港の広い空に溶けていく。列が動き出した。ラザは階段を登り、黄色い煉瓦道の方へと進んでいく。裾の長いスカートが階段に広がって美しい。つるを編んだかごを腕にかけた女の子たちが、音楽にのせて、優美な仕草で色とりどりの紙吹雪をばらまいていく。
思わず身を乗り出しそうになって、フィフィに背中を掴まれてしまった。
「やめてよね、こんなおめでたい日に事故だなんて」
「ご、ごめんなさい」
パレードが動き出したせいで、集まっていた人たちもゆっくりと移動し始めた。黄色い煉瓦道を練り歩いて、パレードは役場のある高台へと向かう。ラザたち各集落の頭領はこれから神山へこもるのだそうだ。その間、島の人たちは、屋台や、道端で始まる寸劇を見て楽しむらしい。
「パレードを見たら、シェインは今日も遠話の練習ね。今日は役場には近付けないから、岬の小屋を案内してあげる」
「ええ⁉ それはひどいよ! 俺だって祭を楽しみたいのに!」
フィフィと話すときにはもう敬語が抜けてしまっている。魔法を教えて貰っているし、敬意がない訳ではないのだが、はいはいと素直に言うことを聞いていると不利益をこうむりそうな気がして油断できない。
「私は別にいいのよ? でも早く覚えた方がいいと考えているのはシェインじゃないの?」
「そ、それはそうなんだけど……」
シェインに魔法を教えてやれと言われたのはフィフィなんだから、ちゃんと出来るようになるまで面倒を見るのが筋なのではないだろうか。自分を放っておいて遊ぶ気じゃないだろうなと考えていたら、私は私で役割があるし、忙しいのよ、と、文句を言われてしまった。
「お昼は運んであげるし、夕ご飯は一緒に広場で食べよう。夜にはラザも身体があくから、それから色々見て回ればいいじゃない」
「そういうことなら、まあ……」
不承不承、シェインは頷いた。
普通に歩ける程度に人がまばらになった頃、ようやくフィフィとシェインは波止場から抜け出した。
祭の目玉はパレードだけではないらしい。道ばたで唐突に音楽や寸劇が始まるようだ。黄色い煉瓦の道を歩いていると、広場になっている四つ角で物語仕立ての舞踊を披露している集団に出くわした。和音を奏でる笛の生演奏にのせて、仮面をかぶった人物たちがひらひらとした衣装をたなびかせるようにして踊っている。
目を引いたのは、黒くてまっすぐな長い髪の男だった。つるりとした卵形の輪郭に、山羊のような大角が二本ついたお面をつけている。男は力強いジャンプを見せたかと思うと、笛の音に合わせて激しく踊った。ひとしきりダンスを披露した後は仰け反るような姿勢でぴしりと止まって、観客から盛大な拍手が送られる。
男の背後には、蛇体の竜を模した人形がうごめいている。どうやら男の本性は竜だということであるらしい。人形といってもかなりの大きさだ。地味な衣装と同じ色の覆面をつけた踊り子たちが、五、六人で操作している。竜の人形が浮いて見えるように、各人が棒のようなもので竜の腹を上下させている。くねくねと蛇行しながら動き回って、まるで生きているかのようだ。
「フィフィ、あれは何?」
「ああ、あれは西の踊り子たちね。いま踊っている振付は昔話を元にしたものよ。竜神さまの嫁取りの話ね」
「嫁取り?」
足を止めて眺めていると、建物の陰から女が現れた。やはり彼女も仮面をかぶっている。女は風にあおられた木の葉のようにくるくると不安げに男の周囲をまわっていたが、助けを求めるように男に向かって手を伸ばした。男は女の手を握り返していいものか測りかねているようで、胸の前で拳を握っているのがどうにもじれったい。
「……あの男の人、角のある仮面をつけているから、多分あの人が竜神さま役なんだろう? 女の人の仮面には角が生えていないけれど、もしかして嫁取りって、竜神さまが人間を――ってことなの?」
「そうよ。もうちょっと近くで見ていこうか」
フィフィの解説によると、彼らが表現している物語は、かつて遠くの国で実際にあった出来事を物語に仕立てたものであるらしい。
昔々、あるところに美女と名高い娘がいた。日照りの続くある年のこと、彼女は人身御供として火山に棲む悪魔の化身――竜へと捧げられることになる。娘は死を覚悟して竜のすみかへと赴くが、竜はそもそも生贄など求めてはいなかった。突然現れた娘に対して竜は困惑する。
一人での生活に満足していた竜は娘に帰ってもらいたくて雨を降らせることに。ところが娘は一度村を出たからにはもう帰る場所はないと居座ってしまう。竜は娘に帰れと言いつつも、力づくで追い出したりはしなかった。娘は不器用だが優しい竜に次第に心惹かれていく。
自分の存在が竜にとっては迷惑でしかないことを自覚しつつ好意ゆえに竜から離れられない娘と、自分を恐れもせずに熱い眼差しを向けてくる娘に戸惑いながらも絆されていく竜――いま演じられている娘と竜との舞踊はこの辺りの情景を表現したものであるようだ。
「あ、ほら。場面が変わるわよ。ここからが面白いところなんだから」
四つ角の広場に演者が誰も居なくなった。笛の演奏が、明るく元気な、調子のいいものに変わる。剣を振り回す身軽な男が飛び出してきた。登場しただけで、観客から笑い声と拍手が生じている。
どうやらここからの物語は剣士を主眼にして進められていくらしい。剣士の存在は完全にコメディ枠で、彼が動く度にくすくす笑いが漏れ聞こえてくる。
村に雨が降ってしばらく経ったある日のこと。美女と名高い娘が人外に捧げられたという噂を聞きつけ、腕に覚えのある剣士が救出に向かう。竜のすみかで娘を見た剣士は一目惚れをして、彼女の意思も確認せずに連れ去ろうとする。
竜と娘とはお互いに意識をしながら膠着状態を保っていたが、剣士という邪魔者が入ったことで二人の関係に変化が生じる。竜は娘のためを思って帰そうとするが、剣士が娘に対して乱暴な態度を取るのに腹を立てて、彼を半死半生の目に遭わせる。娘は竜の暴行を止めるが、剣士を助けたいというよりは竜に手を汚させたくないという思いからの行動だった。竜と娘とは互いの気持ちを確認し合い、最後はハッピーエンドで締めくくられる。剣士は種族を超えた愛を理解できぬまま、ぼろぼろになった姿で山を降りるのだった。
甘いメロディーが流れだし、竜と娘は手を取りあって、二人だけの世界を表現している。笛の演奏が終了すると、主演の二人は一歩前に出て、膝を折ってお辞儀をした。拍手喝采がわきあがって、主演者が全員、表に現れる。これで本当に終わったらしい。剣士の役者が現れると、若干の笑い声とともに労るような拍手が打ち鳴らされた。
シェインも盛大な拍手を送った。だが、表情は真顔のままだった。物語の途中までは剣士の行動を見て笑っていたのだが、あることに気が付いて、次第に剣士のことを笑えなくなってしまったのだ。
この島は竜神を祀る島だ。この昔話が実話を元に作られたものだとしても、竜を悪者として描く物語を上演するはずがない。娘を竜にとられても、それが娘の幸せだからと納得するために作られた物語だとしたら。剣士のように娘を取り返そうなどという考えを起こさないように、ことさら滑稽に描かれているのだとしたら。人身御供の習慣が、もしもまだ残されているのだとしたら。
「……ねえ、まさかとは思うんだけど、ラザってさ……」
岬までの道に戻ったあと、周りに人がいないことを確認してから話しかけたのだが、フィフィは急に怖い顔をして、自分の唇の前に人差し指を立てた。
「しっ。それ以上はダメ」
思いのほか真剣な眼差しに、シェインはごくりと喉を鳴らしてしまった。
「――言ったら本当になっちゃうかもしれないでしょ?」
小さい子に諭すような口調だった。シェインはとっさに口を覆って、こくこくと首を縦に振った。フィフィは肩をすくめて、呆れたように眉を下げる。
「言っておくけれど、可能性だけの話ならあんただって他人事じゃないんだからね、もう島の子なんだから」
「えっ⁉ 俺も⁉」
「そりゃそうよ。もちろん、私もね。それに、男の竜神さまが男の人を選ぶこともあるし、女の竜神さまが女の人を選ぶこともあるんだってよ?」
ではこの島の竜神さまの性別は一体どちらなのだろうと思ったが、それを知ったところであまり意味のないことのような気もする。シェインは両手で頭を抱えた。
「うあー。そうか。だから島の人たちの服ってあんまり男女の差がないんだ……⁉ そうか、島の子って、そういうことなんだ……」
「あらいやだ。知らなかったの?」
フィフィはあっけらかんと言った。どうやら人身御供の風習はまだ残っているということらしい。
「私たちと竜神さまは切っても切れない共存共栄の関係だからね」
「……魔法都市が衰退していった理由が、ちょっとだけ分かったような気がするよ……」
選ばれる人間は竜神さまの生涯に一人なのか、それとも人間の寿命が尽きたら再び別の者を召し上げるのか。そもそも同時期に一人とは限らないのか。何も分からないから、いつ自分の番が来ないとも限らなくて安心できない。改めて、恐ろしい島に来てしまったものだとシェインは思った。




